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短編

全部を知っているわけじゃなかった

作者: 猫宮蒼

 最初に言い訳をしておくとこれを書いた時、あまりの暑さに意識が半分くらいとんでました。

 みんなもこれを読む時はIQを低下させて読んでくれよな!

 自分としては意識が半分くらい朦朧としてても話ってかけるものなんだなぁ、と嫌な方向で新たな気付きを得ました。クオリティはさておき。



 アニー・ティオルンには前世の記憶があった。


 ここではない世界で暮らしている記憶が。

 そして、その世界で暮らしていた前世の自分は、とある遊戯にハマっていた。

 その遊戯は、その世界では乙女ゲームと呼ばれていて、ヒロインが様々なイケメンと恋をするものでもあった。男性だけではなく時として女性との友情エンドというものもあったけれど、そのいずれもが素敵なもので。

 前世のアニーはそんな恋や友情の物語にすっかり心奪われていたのである。


 そして今こうして生きている世界は。

 前世で遊んだ乙女ゲームの一つそのままの世界で。

 そして自分はヒロインだったのだ。


 とはいえ、あのゲームであった事がここで果たして本当に起きるのか……という疑問はあった。

 だから最初はちょっとそれを確認するつもりで、色々と試すような真似をしたのは確かだ。


 そして、前世の記憶にあったゲームでの光景そのままの事が起きて。

 それが一つや二つであったなら、まだ偶然だろうと思ったかもしれない。

 けれど、一つや二つどころじゃなくて。それどころか、たまたまその場にいたアニーの友人はまるでアニーが未来をあらかじめ見てきたかのような様子に、アニーは未来が見えているの? なんて聞いてきたくらいだ。


 ここまでくれば偶然どころか、本当に前世で遊んだあのゲームの知識はこの世界で役に立つという事がわかってしまって。


 だからこそアニーは。


 その知識を活かして、ゲームではできなかった事にチャレンジして。


 そして破滅したのだ。



 この世界の人間は、その魂が精霊と結びついて加護をもらってから生まれてくる。

 精霊の加護があるからこそ、人は魔法が使えるようになる。

 精霊によって得意な属性や魔法といったものは異なるからこそ、自分が使いたい魔法が使えるとは限らないが、だがしかしそうであるならばお互いに協力し合っていけ、というものなのだろうとこの世界の人間たちは考えている。


 それはゲームでもあった設定だった。


 アニーに力を貸してくれる精霊は、あまり強くはないけれど光と闇の力を持った精霊だった。二つの精霊ではなく、一つの精霊が二つの属性を持っていたのだ。それは、ある意味で珍しいのだけれど、しかし使える力はそう強くはない。ただ珍しいだけだった。


 とはいえ、アニーが頑張れば多少は使える魔法の力だって強くはなる。

 それもゲームで知っていた。


 ゲームではその二つの力を使って色々と自分の周囲で起きた事件を解決したり、困っている人を助けたりして攻略対象との仲を深めたりしていたのだが。

 転生したアニーは攻略対象に興味はなかった。


 確かにゲームをしていた時、彼らは誰もが魅力的に見えたし、ヒロインにしか見せなかった弱みにきゅんときたし、最終的に迎えたエンディングに胸がときめいたり、苦労してようやくたどり着いたエンディングという事で「っしゃあっ!」と乙女にあるまじき叫びを上げたりもしたけれど。

 それはあくまでもゲームでの話であって。


 現実で、またもや彼らと恋をしようとは思わなかった。


 確かに、現実で見かけた攻略対象の彼らは魅力的だった。ゲームで見た時と同じく素敵だった。

 だが、ゲームで既に見た恋愛イベントをもう一度リアルで見たいと思う程ではなかったし、それに彼らの誰を選んで結ばれたとして、ゲームが終わったあとの時間軸になってからもアニーがその相手にときめきを覚え続けて恋をし続けていられるか、となると。

 その愛がずっと続くか、と考えると。


 無理だろうなぁ、と思ったのだ。


 本気の恋だったなら、もしかしたら違ったかもしれない。

 アニーにとって本気の恋とはなんだろう、と考えてもよくわからなかったけれど。

 ただ、彼らに本当の意味で恋をしているとは思っていなかった。

 あくまでもゲームとして。

 そういうものとして楽しむためのコンテンツ。

 どう頑張ってもアニーの頭ではそういう風にしか思えなかったのだ。


 もし、彼らよりも素敵な人がいたとして、そちらを推しにする可能性は充分にある。

 アニーからすればそれは当たり前の事だ。前世の感覚で言うなら、作品ごとに推しがいるようなもので。今まで見ていたアニメが最終回を迎えてしまって、もうそのキャラが動くところを見る事はないけれど、でも好きという気持ちが完全に消失するわけではない。ただ、見る機会がなくなってその想いが時間とともに下火になっていくだけで。何かの折にまたアニメになるだとか劇場版でそのキャラを見る事になれば、好きという気持ちが改めて再燃、なんて事もある。でも、そうじゃなければ好きという気持ちが完全に消滅するわけではないけれど、次のジャンルにハマってそこで新たな推しにキャッキャするだけだ。


 はまったジャンルごとに嫁がいる、とかそういうやつ。


 けれどもそれを現実で実在する人物にやらかせば、それは浮気と見られる。

 アニーの中で攻略対象の彼らは確かにここで実在しているけれど、それでもゲームのキャラという感覚も残っていた。


 であれば、下手に近づいて自分では当たり前の扱いをしているつもりでも、傍からみれば非常識極まりない接し方をしている事になるかもしれない。

 それは、流石にちょっと……とアニーだって思ったのだ。


 だからこそアニーは、彼らの事は嫌いじゃないので近づかないようにしようと思った。

 アニーにその気はなくても彼らを傷つけるかもしれないから。精神的に傷つけるような事をして、トラウマを与えたいわけではないのだ。


 仮にアニーが誰ともくっつかなかったとしても、その未来もゲームではノーマルエンドとして描かれている。アニーとくっつかなかったら彼らが不幸になる、というわけでもないのだ。放置していても彼らはそのうち勝手に幸せになる。


 ヒロインがいるからこそ救われたトラウマだとか、過去の過ちだとか、何かそういうのだってヒロインが絡まなくても時間はかかるが他に解決してくれる人が現れたり、時間薬で立ち直ったりするのだ。

 ヒロインがいないと幸せになれない、というキャラがいたらアニーも少しは考えたけれど、そうではないと知っている。


 であれば、こうして転生したアニーにとって攻略対象の男性たちはいなくても問題がない相手で、また同時に攻略対象の男性たちからしてもアニーとは何の接点もないので彼女がいなくたって彼らの世界に何も変わりはないのである。



 アニーが破滅した原因は、別に自分が乙女ゲームの世界に転生したからその知識を活用して攻略対象の男性たちを全員手玉にとって逆ハーレムを作ろうとか、そういうアレではなかった。

 そういうゲームならともかく、現実でそんな不誠実な事をするのは人としてどうかな、と思う程度にはアニーにだって良識は備わっていたのだ。今そう言ったところで果たして信じてもらえるかは微妙なところであるけれど。


 じゃらり、とアニーの足に繋がれている鎖が音を立てる。


「処刑明日だっけ……?」


 そう呟いて。

 それでも誰もアニーの疑問に答えてはくれなかった。何故って周囲には誰もいないので。

 鉄格子がはめられた小窓から見える外は、空の色くらいしかわからない。


 とんでもない事になったなぁ、とアニーは思ったものの、今からこの状況をどうにかできるような方法は何も思いつかなかった。



 ここがゲームとほぼ同じ世界である、と知ってからのアニーがした事は、魔法の研究であった。

 前世で魔法というのはあくまでも創作物の中のものであって、現実に存在はしていなかった。

 もしかしたらあったかもしれないが、少なくともアニーの身の回りにはなかったし、実際にあったとしてもその存在は秘匿されているだろうから、そうなるとやはり存在しない扱いであるのだ。


 そんなものが存在している世界に転生したのだから、興味がそちらへ向くのは当然だった。


 魂に結び付いた精霊の力を借りて魔法を使う。

 正直不便だと思ったけれど、それでも前の魔法がない世界に比べればあるだけマシだ。


 アニーは貪欲に魔法に関する知識を学び、そして様々な魔法を使ったり作ったりしようとした。

 別に世界を破壊しようだとか、そういった大それた野望は持っていなかったのだ。



 ただ、自分に力を貸してくれている精霊だけではどうしても力が足りないと思う事は何度だってあったし、そういう時はそういった魔法が得意な相手に協力を頼むのがこの世界での当たり前ではあるのだけれど。


 色んな魔法を試してみたいアニーからすると、それはとても面倒な工程だった。

 まず自分が望んだ力を持つ精霊の加護を受けた相手を探すだけでも中々の労力である。

 更に協力を頼んだとして。すんなり引き受けてくれる者も確かにいたけれど、中には謝礼を要求してくる者もいた。

 謝礼に関しては協力を頼むのだから当然であるにしても、明らかに見合わないくらいの謝礼を要求される事もしばしばあった。


 例えるならば、学校を休んでその日の授業内容がわからず、ノートを見せて欲しい、と頼んだとして。

 えー? 仕方ないなぁかわりにジュースおごってよね、とか言われるのであればまだわかる。それくらいならアニーだって許容範囲内だ。

 だが、ノートを見せて欲しい、と頼んだとして。

 えー? いいけどそのかわりお礼に六本木ヒルズのタワマン買ってよね、とか言われたならば。


 明らかに過剰請求だと思うわけで。それが例えば世界的に有名で、授業を受けるのもそう滅多な機会があるわけでもない教授の授業だった、とかであればノートにもそれくらいの価値がある、と言われるかもしれない。だが、普通の学校の授業のノートであるならば、どう考えてもその請求は過剰である。


 そんな過剰請求をしてくる相手に、次も頼もうとは思わないし何だったら一度目のその発言も冗談でなかったならその先こいつとは関わらんとこ……となってもおかしくはない。


 まぁ流石にそこまでぶっ飛んだ要求をしてくるような相手はいなかったけれど、それでもアニーに謝礼を要求する相手の中にはちょっと吹っ掛けすぎじゃないの? と思うような相手もいたのだ。


 アニーが魔法の勉強をしているのは、あくまでも個人の趣味としか言えないもので、国からそういった支援金が出ているだとか、どこぞの仕事で必要経費がおりるとかでもない。

 謝礼はアニーのポケットマネーから出る以外の方法はないのだ。

 そしてアニーの家は特別裕福というわけでもなかった。


 謝礼といっても、本当にささやかなものならともかく、馬鹿みたいに高価なものをせびられてもアニーには無い袖は振れないのである。

 だからこそそういった相手に協力を食い下がってでも頼む事はなかったけれど、それでも色んな魔法を試したくてとなればその分協力者を募る機会は多くなる。

 常識的な範囲内での謝礼をするにしても、塵も積もればなんとやら。アニーの懐は気付けば常にカツカツだった。


 だからこそ、他者に協力を求めるという手段は徐々に取れなくなっていった。

 手伝いの内容がそう難しいものじゃないのなら、無償で手伝ってくれる人もいたけれど、そうじゃない相手だと交渉の時点で面倒だし、そんなのと関わる時間も無駄である。


 金も時間も有限であると知っているアニーは、自分がやりたい事のために無駄な部分は徹底的にそぎ落とそうとした。だが、そうなると協力者なしでできる事は限られてくる。

 どうあってもアニーが自分の思うような研究をするというのは難しい状態だったのだ。



 そこで諦めることができていたなら、こうはならなかった。


 アニーは、どうせなら自主的に向こうから協力してもらえるために、とある方法を考え付いた。

 ゲームで使われていた手段であれば、この世界にも存在しているだろう。

 そう考えた結果だった。

 攻略対象者に渡すと好感度が上がるアイテム、というのは割と大抵の乙女ゲームにありがちなシステムである。

 好きな相手への贈り物をして、喜んでくれたり困惑されたりする、という相手の反応を楽しむためのものでもあった。

 好感度を上げるだけではなく、中には下がる物もあるけれど。

 攻略をする時に、ふと上げるつもりのなかったキャラの好感度が上がってそっちのルートに入りそう……という時にあえて好感度を下げる、なんて使い方もあるので、そういった調整をするのにも役に立つのだ。


 贈る物が身につける物やインテリアを飾るものだとかであればアニーだって何かを思う程でもない。

 ただ、あぁこのキャラはこういうのが好きなのね、とキャラに対する解像度を高めるだけだ。


 ただ、中には。


 贈り物の中には食べ物なんてのがあったりして。

 それが、買ってきた物ならまぁ、人気のお店でゲットしてきたやつ、とか脳内でそこそこ補完もできるのだけれど。手作りのお菓子系は、えぐいくらいに好感度が上がるのである。

 ヒロインのお菓子作りの腕がプロ並みであるならわからないでもない。だが、ヒロインはお菓子も料理も作れなくはないけれど、腕前はきっと普通である。転生したアニーは手料理を一度試しに作ってみたけれど、味の方は可もなく不可もなくだった。


 だが、手作りのお菓子とかは馬鹿みたいに好感度が上がるのだ。

 なんかヤバイお薬でも入ってるの……? とゲームと現実の違いに思わず呟いた事だってあった。


 そしてそこで閃いてしまったのだ。


 好感度。

 そうだ。アニーの言う事を喜んで聞いてくれるくらいに好感度が高いのであれば、謝礼も何もという話ではないかと。

 とはいえ、アニーの手作りのお菓子にそこまでの価値があるとも思えない。実際一度クッキーを焼いてみて、それをたまたま近くにいた知り合いにあげてみたけど、目に見えてわかりやすいくらいアニーに対する好感度が上がったか、となるととてもそうは見えなかった。その後の会話も当たり障りのない反応だったので、好感度が上がった、とは断言できない。


 やっぱりヤバイお薬でも入ってたんじゃないかな、とだからこそアニーは思ってしまったのだ。

 そして、そういったお薬が果たして本当にあるのだろうかと調べ始めた。


 真っ先に調べたのは惚れ薬だ。

 だが、実際に調べて知った惚れ薬は役に立つ感じではなかった。

 対象者に摂取させても、動悸やちょっとした体温・心拍数の上昇が少し起きるだけ。それが惚れ薬の真実だった。


 相手に摂取させた時点で、その場に自分しかいないのであれば。

 この人といるとなんだかドキドキするな、と思う事はあるけれど、その効果も短時間。恋に至るまでではない。ただ、何度も会う時に摂取できるようであれば、この人と会う時はドキドキしてばっかりだな、なんて思うようになるだろうし、そうなればもしかして自分はこの人の事が好きなのかもしれない、と錯覚させるくらいはできるだろう。

 そうなればそこから恋に発展できる可能性は高い。何故なら相手が恋をしていると勘違いしてくれている状態なのだから。


 だがそれは、アニーが望むものではなかった。


 そもそも一人一人に協力を頼むのに、そこまで時間をかけてもいられない。


 だからこそ、アニーはもっと様々な方向から調べて、そうしてたどり着いたのである。


 相手の心を操る魔法薬に。


 心を操るといっても洗脳するだとかではない。

 流石にそういったものは簡単にできるものではないし、仮にできても使用を禁止する法が存在するだろう。


 存在していたのは、つらい記憶を思い出さないようにするための物だったり、恋心を消すための魔法薬だった。あくまでも、自分がそれを使う事を前提としたものだ。場合によっては親が子に使う事もあるらしいけれど、それだって勝手に使っていいわけではない。


 使用例としては、例えば母親を目の前で亡くした子が、それも強盗だとかの相手に殺されたなんてのを見てしまった子に対して、父親がその辛い記憶を薄めるために使用したり、といったところだろうか。

 そうなると、母親が死んだという事実は頭で理解していても、どのように死んだか、というのまでは朧げになるのだとか。

 目の前の光景がトラウマになってフラッシュバックしたりしないための措置。

 そういった、心を守るために使う場合は、届が必要になるけれど使用を認められている。


 アニーはそれらの薬に関しての情報を見て、これだと思った。


 この薬そのものを使うわけにはいかないが、方向性は近い。

 アニーはその魔法薬について調べ、自分なりにアレンジを加え――そうして作り上げてしまったのだ。


 自分に対して必要以上に関心を持たない薬を。


 アニーが魔法に関する協力を頼んだ上で、必要以上の謝礼を要求するような相手は大抵アニーの足元を見ている。その時点でアニーを値踏みしているといっても過言ではない。

 だが、それは自分の利になりそうな相手かどうかを判断している証拠でもあるのだ。

 いかにも一銭も持っていなさそうな相手だったら、謝礼だなんて吹っ掛けたりせず面倒だと断るだろうし、その上で食い下がられたなら馬鹿みたいな謝礼を要求する事もあるかもしれないが。


 だがこの薬を使えば。

 頼みごとをされても、いちいち謝礼だなんだと言う以前に、まぁこれくらいなら大したことではないしな、と思うようになってそれならさっさと協力して終わらせた方が早い、と思われるようになる。

 どうでもいい相手の頼み事なので場合によってはあっさりと断られる事にもなるだろうけれど、アニーに必要以上に絡んでこないという点で考えると、使い道さえ間違えなければアニーにとって有利な展開に運べる……はずだったのだ。


 使い方としては、魔法薬を摂取してもらわなければならないので、まぁ相手に飲んでもらう必要がある。

 だがそこで、普通に薬を出したところで素直に飲んでもらえるはずもない。


 だからこそアニーは魔法の研究に関しての手伝いについて、という契約を結ぶというていで、相手にお茶を出してその中に薬を混ぜた。お茶は、最初から出すわけではない。

 ある程度こういう魔法の研究をするのにこういった手伝いをしてもらいますよ、という説明をして、それからさも思い出したというようにお茶を淹れるのだ。契約書に関して目を通す間に、お茶を飲んだりしてじっくり考えてちょうだいね、とばかりに。


 謝礼に関しては、契約書にサインをする段階で決める事にしているので、それも考えてと告げて。


 お茶の中に含まれた魔法薬など気付かずに飲んだ相手は、じっくりと色々な事を考える。

 だが、その頃には魔法薬の効果がじわじわと効き始めているので、目の前のアニーの事にそこまで意識を向けなくなるのだ。ただ、魔法の研究の手伝い、という部分だけは把握しているし、その報酬、と考えても大した内容でもないからわざわざそこを考えるのもな、となってしまう。

 報酬を吹っ掛ける相手がアニーなので、そのアニーに対して物事を考えなくなるようになっている状態だとそれすら考えるのが面倒になってくるのだ。


 最初、ここまで上手くいくとは思っていなかった。アニーだってもっとこう、無関心になる事でアニーの研究の手伝いすら面倒になる、とかそういう方向に転がる可能性も勿論考えていたくらいだ。

 けれども、何度か試行錯誤を重ねた結果、アニーにとってとても都合の良い効果がでるようになった薬が出来上がってしまって。


 結果としてアニーの研究は、すこぶる捗った。


 手伝ってくれた相手は、ありがとうの感謝の言葉だけで終わらせてくれるようなアニーにとても都合の良い状態になっていたし、薬の効果はいつまでも続くわけじゃない。そのうち薬の効果が切れても、どうしてあの時もっと謝礼を吹っ掛けなかったのか、なんて思ったところで後の祭り。

 まぁ、あの程度なら大した手伝いでもなかったしなぁ、と若干後悔しつつもそうやって諦めがつく範囲だったのだ。


 これにすっかり味を占めてしまったアニーは、もっと色んな魔法を、と更なる協力者の獲得に乗り出そうとした。


 そして、とある人物に接触し――その人が魔法薬入りのお茶を飲んだ時――



「封印は解かれた」

「え?」

「愚かな娘。お前のせいで世界は均衡を破る結果となったのだ」

「えっ?」


 先ほどまでの声とは明らかに違う声がその人からして、何事? とか思う間もなく。


 ぶわり、とアニーは自分の身体から何かが出ていくのを感じ取っていた。


 何がおきたかわからない。けれども、何か、まずいことが起きているのは感じ取れた。


 目の前の人物の姿が揺らぐ。

 その人は、本来のゲームだとアニーのライバルになるポジションだった。ヒロインであるアニーを虐めるだとかではないが、まぁシナリオの展開次第ではヒロインであるアニーの恋心を自覚させるための当て馬になったりするような、損な役回り。


 けれどもアニーはゲームと同じ展開にするつもりはなかったので、攻略対象と関わる事もなく、またその人物と接触する機会もそこまでなかった。ただ、ゲームだと彼女はちょっと変わった魔法が使えるらしい、という風に言われるだけで実際どんな魔法が使えるかはわかっていなかった。それを思い出して、興味が出てきたのは事実だ。だからこそ、こうして接触し、協力してもらおうと考えた。


 何が起きたかわからないけれど、しかし今目の前の彼女の口から出た声は男性のものだった。


「封印は解かれた。故にこれより、我らは侵攻を開始する」


 その言葉とほぼ同時に。

 アニーは凄まじい勢いで吹っ飛ばされて、何が何だかわからないままに気を失って、そうして気付いたら牢屋に繋がれていたのだ。


 その後、牢に姿を見せたのはアニーにとって見知らぬ、どころか人の形すらしていない異形の化け物だった。


 その化け物は、アニーが知らない事実を教えてくれた。


 人が生まれるとき、精霊の加護を得て生まれてくるのは既にこの世界での常識だが、しかし精霊の全てが善良なものではない。

 中には人を滅ぼそうとしている存在も確かにいたのだと言う。

 そして、アニーが接触した人物の魂は、精霊の中で最も邪悪とされている闇の精霊王と結びついていた。普段は邪悪な力は抑え込まれていたけれど、しかしアニーが魔法薬でもって彼女の意識を一時的に沈めた事で。

 精霊は彼女の自我を乗っ取って、そうして表に出てきたのだと言う。

 寝ている間に簡単に出てこれそうな気がするが、それだけでは完全に乗っ取ることができなかったのだと言う。中途半端な乗っ取りは繰り返せば本人の防衛機能を高めるだけでいずれ乗っ取ることも難しくなってくるのだ、とも。


 アニーが作った魅了薬の反対バージョンともいえるそれは、彼らに言わせれば洗脳薬の失敗作だという。

 惚れ薬より更に上の魅了薬は存在自体がご禁制。作った時点で極刑が確定している代物なので、アニーも流石に作ろうとは思わなかった。その逆の効果を発揮する、自分に対して無関心になってくれる薬ならまだ大丈夫だろうと思っていたけれど、言われてみれば確かにその薬の効果は洗脳薬に近しいと言えなくもない。

 一時的にアニーの望む通りの行動をさせるのだから、確かに言われてみれば……となる。

 何故気付かなかったのか、と言われれば本来のレシピとは異なる製造方法だったからだ。このレシピでも再現できる、と知っていたならまだしも、知らなかったが故に。

 自分にとって都合の良い薬ができたなんて暢気に喜んでしまった。


 だが、その結果一時的とはいえ対象者の自我を失わせる事になった事で、魂に結びついていた精霊部分が表面に出てきてしまい、結果としてアニーは解き放ってはいけない存在を世に出してしまったのである。


 今まで薬を盛った相手ではそんな事にならなかった。

 思わずそう言えば、化け物はあまりにも平然と答えてきた。


 そもそも大して力のない精霊なら契約している人間の自我が一時的になくなっても、乗っ取るところまではできないから、と。仮に乗っ取れたとしても、薬の効果が切れた時点でまた裏側に引っ込まなければならなくなるとも言っていた。


 だが、闇の精霊王ともなれば一瞬乗っ取る隙ができれば充分だったし、更には本人の意識が復活する前に逆に相手の意識を浮上できないようにする事も可能。ただ何度も挑戦すると本体の防衛本能あたりが働いて乗っ取るにしても一時的で終わる可能性があったからこそ。闇の精霊王は虎視眈々と一度で完全に乗っ取ることができる機会を窺っていたのである。

 結果として彼女の身体は闇の精霊王が乗っ取る事となり、更には精霊王の力でもって同胞たる眷属たちに干渉、その瞬間多くの人間が精霊に意識を乗っ取られ、そのまま異形と化したのだという。


 つまり目の前であれこれ説明をしてくれている異形の化け物も、元は人間だという事になる。

 けれどもアニーはそう言われてもピンとこなかった。

 何か、悪い冗談でも言われているようにしか思えなかったのだ。


 別に信じなくても構わない、と化け物は言った。

 どのみち既に人間の大半は死んだのだから、と。

 お前は我らが王様を解き放った立役者として盛大に、みんなの前で殺してやることになったとも。


 全ての精霊たちがそう、というわけではないが、少なくとも闇の精霊王とその眷属たちはこの世界にちょっとだけ干渉できるだけの状態を良しとはしていなかった。人間を通じて少しだけしか世界と関われない状況に不満しかなかった。


 それもあって、いつか人間たちにとって代わってこちらの世界を手中に収めようとしていたのだと言う。

 けれどもそれを実行するためには、人間たちとの魂の結びつきを多くしていかなければならなかったし、じわじわと侵食していくにしてももっとずっと長い時間がかかるはずだった。

 それを一瞬で引っ繰り返したのがアニーである。


 まだかろうじて残っている人間たちは既に捕らえたとも言っていた。

 そして、そいつらの前でどうしてこんなことになったのかを教えて、世界がこんなことになった元凶を目の前で殺してやるのだとも。


 そうしてようやく我らの時代が訪れるのだ、なんて言われて、アニーは何も言えなかった。


 はは、と乾いた笑いが漏れた気がする。

 だって。

 だってこんなの。


 どうしろというのだ。


 完全に詰んでいるではないか。


 既に囚われの身。脱出するにしても、化け物の話が事実ならここは敵地。試しに魔法を使ってみようと思ったけれど、自分の魂と結びついたはずの精霊が力を貸すことを拒んでいるのか、魔法が発動する気がこれっぽっちもしない。足についている枷はそうなると素手で壊すしかないが、そんな力、アニーにあるわけがない。


 ヒロインに転生したけれど、しかし乙女ゲームではこんな展開なかった。

 乙女ゲームとしての展開であったなら、この後誰かが助けに来てくれると楽観的に捉えたかもしれないが、こんな事乙女ゲームでは一切何もなかったのだ。


 というか、残された人間たちも捕らえられているらしいし、ほとんどが既に精霊に身体を乗っ取られているというのであれば。

 こんな状況をもたらしたアニーの事を危険を承知で助けに来てくれる人なんているわけがなくて。


 質の悪い悪夢だと思いたかったが、身体中そこかしこが痛いのはどうしたって夢ではなく現実だと知らしめてくる。



 そう簡単に受け入れられなくても、どうにかしてこの状況を脱することはできないかと考えて。

 そうして、呆気なくアニーが処刑される日はやって来たのだ。


 処刑とやらは随分と呆気なかった。


 わずかに生き残った人間たちも、鎖で繋がれ魔法の力を失っているのか抵抗する余力もなく、その表情は絶望に満ちていた。せめて、アニーの事を罵って石でも投げつけてくるくらいの勢いがあったなら、アニーだって「こんな事になるなんて思ってなかったのよぉ!」と叫び返したかもしれない。

 けれど、どうにかして現状を打破しようと藻掻いた結果、そんな気力も何もかも失ってしまっていた。


 最後の最後でせめて多少なりとも抵抗してみせようと思っても、余計な力も残っていないアニーと、自由に身動きできるようになった精霊たちとでは、勝ち目など最初からわかりきっていた。


 アニーが蘇らせる結果となった闇の精霊王とやらは、一目見た瞬間、あ、勝てないな、と思う程の威圧感があって。無慈悲にも始末しろ、という合図をされたことで。


 アニーは一瞬で命を落としたのだ。長々と苦しまなかったのは救いかもしれない。



 死ぬ直前にアニーが思ったのは、せめてゲームみたいにヒロインやってたらこうはなってなかったのかな……? であったのだが。


 まぁ、とても今更である。

 そうはならんやろ、なっとるやろがい! みたいな話を書こうとした結果乙女ゲームが唐突なジャンル変更をした挙句世界が滅びました。原作知識が必ずしも役に立つわけじゃないっていうね(´・ω・`)


 次回短編予告

 転生悪役令嬢と聖女ちゃんの話。

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― 新着の感想 ―
[一言] 半端に原作キャラに絡むから
[良い点] そうして破滅したのだ、じゃねえよ! 人類滅亡まで行ってるとかどういうことなの!? この手の人間てなんでその世界のルールに合わせて生きられないのか?それが分からない。
[気になる点] 今回の作品は、先生のいつも以上に起承転結のないストーリーでしたがこれはどう楽しんでいいのか困惑いたしました。
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