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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの日から

作者: なずとず



 中学生の頃、僕には特別な友達がいた。


 僕たちは今で言う陰キャ……つまり、おとなしくて最近の流行りとかに興味が無く、日がな一日ゲームやマンガの話をしているようなグループにいた。


 由良と僕は、そのグループの中でも特別仲が良かった。というより、由良が仲良くしているのは僕だけだった、という方が正しいかもしれない。


 静かで何を考えているかわかりにくい由良を、他のやつらは少し怖がっていたかもしれない。でも、由良は僕にだけタメ口も軽口も、絵のリクエストも……わりとなんでも許してくれていた。長い付き合いだから、と周りには言っていたと思う。


 それでも、由良のほうから僕を出かけるように誘うことは、これまで一度も無かった。


 そんな中2のある日だ。


「佐久間、ふたりで展覧会に行かないか?」


 そう由良から切り出された時、僕は本当に驚いたし本当に嬉しかった。いつも僕ばかりが声をかけていたし、それにふたりきりで出かけるなんて初めてのことだから。


 なんだかワクワクして、嬉しくて嬉しくて。僕は浮かれきっていた。





 約束の日曜日。朝から待ち合わせのため、駅へと向かった。


 僕たちの家は少し離れていたから、電車の中で合流する。僕が先に乗って、由良はふたつ先の駅でやって来た。


 由良はいつも、大人びた服装をしていた。僕は中2になっても小学生っぽい幼さが滲み出ていたから、ちょっと羨ましい。僕は身長も全然伸びなかったし、声もそんなに低くならなかった。でも由良は、僕よりも背が高くなって、声も低い。


「由良って、相変わらず大人びてるなあ」


「佐久間が子どもなだけだろ」


「なんだよー、お前と違って背が伸びないんだから、仕方ないじゃん」


「背の問題じゃないだろ」


 そんな軽口を叩きながら、僕たちは席を探す。


 田舎の電車はいつだって座る場所に困らない。ボックス席に向かい合って、僕たちは窓から外を見ながらなんということはない会話をしたと思う。


 昨日のアニメの話、マンガの新刊のこと、最近やってる同じゲームの攻略情報……。そして、僕の書く小説の話。学校にいる時と変わらない、くだらない話題ばかりだ。


 そんないつもどおりの時間を過ごすと、あっという間に目的の駅。電車を降りて、繁華街の一角にあるというアトリエまで、ふたりで地図を見ながら相談して向かった。


 そういえば今日は何の展覧会に行くんだろう。聞いてなかった。そんなことを考える。僕ときたら、ふたりでの外出に浮かれていて、他のことは気にも留めていなかったんだ。


 やがてたどり着いたアトリエの入り口。そこには、中学校の美術の先生がいた。


「やあ来てくれたんだね、由良君、佐久間君」


「先生、こんにちは。この度はおめでとうございます」


「あっ……、おめでとうございます」


 丁寧に頭を下げる由良に続いて、僕も頭を下げた。先生は笑って、「今日は先生と生徒じゃないから気楽にね」と言った。


 そういえば由良は美術部だ。だから先生が個展をすると知ったのだろ。納得しながら、先生や由良に続いてアトリエへと入る。


 どうやら先生は、美術の先生である前に芸術家で、だから個展を開いたらしい。僕はやっと、今日見るものを知る。先生は現代アート? のような、不思議な絵ばかり描いていたんだ。


 少しだけ色味の違う白がひたすら塗り重ねられただけのキャンバス。歪んだ格子の中を、様々なパステルカラーで埋めた絵。何を描いているのかさっぱりわからないが、たぶん人間のような何か。上手いとかきれいとか、そういう簡単な形容詞で表せないような絵ばかりだった。


 僕はアートのことはさっぱりだったし、それに美術の成績もさっぱりで、ついでに先生のことも好きじゃなかった。僕はすごく困って、由良とずっと一緒に黙って絵を見ていたと思う。


 ちらっと見た由良の眼は真剣で、先生は他の来客に対応していて。僕は場違いなんだなと、強く感じた。


 せっかくふたりで出かけられたのに。まるで水に絵の具のついた筆をちょんと入れた時みたいに、じんわりと浮かれていた気持ちが沈んでいった。


 




「よくわかんない絵だったな……」


 帰りの電車に乗り込んで。由良がそう呟いた時に、僕はとても安心したものだ。


「良かった、由良にもよくわかんなかったんだ」


 心の底から安心していると、由良は苦笑して頷く。


「先生の作品がああいう路線だとは知らなかったからさ。困るよな、どう褒めたらいいか、何を感じたらいいか」


「ほんと、ほんと。僕、美術のこと全然わかんないし」


「佐久間ごめんな、誘って」


「えっ、それは全然大丈夫だよ! 由良と出かけられて嬉しかったし!」


 素直にそう答えると、由良は少しはにかんだように笑った。


「せっかく出かけたんだし、もっと一緒にいられたら良かったんだけど。お互い門限もあるしな」


 空いた電車のボックス席。窓から差し込む夕日に照らされて、由良の表情に影がさす。


 そういえば、由良はどことなく顔つきも大人っぽくなっていた。僕とは違って、掘りの深い顔立ち。筋張った手の甲。男なんだ、と僕は漠然と感じて、何故だか少し落ち着かない。


「佐久間と会ってから、もう6年か……俺たちも長い付き合いだな」


 由良は突然そんなことを呟く。一瞬引っかかったけど、僕はすぐに頷いた。


「小2で同じクラスになってから、ずっと僕たち一緒だったね」


「腐れ縁ってやつだ」


「な、なんでだよ~、友達だったろ?」


「俺、最初は佐久間のこと苦手だったから」


「えっ? なんで?」


 問いかけながら、僕は昔のことを思い出そうとする。


 小2のとある日のこと。


 由良は休み時間にじゆうちょうにイラストを描いていて、それを見た僕が「すげー、マンガみたい!」と声をかけたのがきっかけだ。……と、由良が言ってた。僕は正直、覚えてない。だって僕たちは、いつの間にか仲良くなっていたのだ。


「佐久間、俺の絵を「マンガみたい」って言っただろ。だからムカついた。俺はイラストレーターになりたかったから」


「そ、それは、だって小2にはわかんないだろ、漫画家もイラストレーターも」


「俺はわかってた。なのに佐久間がマンガなんて言うから、腹が立った。……でも、毎日すごい上手いもっと描いてってうるさいから、……だんだん悪い気はしなくなった」


「え、えへへ、だって由良の絵はホントにすごいもん。僕、絶対プロになれると思ってるよ」


「……ありがとうな」


 由良はまた照れ臭そうに笑う。僕はその顔が、結構好きだった。僕までなんだか嬉しくなって、表情が綻ぶ。


「佐久間の小説も才能あると思うよ」


「えっ、そ、そうかなあ。でも国語の先生にはウケなかったよ」


 僕は自分の作品のことを思い出す。


 いわゆるライトノベルっていうやつを、僕は自分なりに考えて書いていた。中2が書くものだ。しょうもない稚拙な、ただ好きなことを書き散らした乱文だったと僕は思ってる。


 それでも、由良は作品を読んでくれて。そして僕のことを褒めてくれた。いつも、いつも。


「そりゃ国語の先生だからな。古典美術の展覧会に近代アートを並べたって評価はされないよ。でも、今は美術の世界にも色んな表現があるように、小説の世界だってたくさんのジャンルがあっていいと思う」


「そう、だよね。僕、純文学よりラノベのほうが好きだもん。読みやすいし、面白いし、ワクワクする。僕もああいうの書けるようになりたい」


「佐久間なら書けるよ。俺がいつか表紙を飾るんだろ?」


 由良が悪戯っぽく笑った。


 そう、僕はよく、由良に絵を描いてもらっていた。自分の小説に出てくる登場人物のラフを描いて、由良に描き直してもらうんだ。いわゆるキャラクターデザインをしてもらっていた。


 由良は律義に僕の下手くそな絵を綺麗にして返してくれる。僕は子供心に嬉しくて、由良の絵がますます好きでたまらなくなった。


「もちろん! 僕がプロデビューしたら、絶対に挿絵も表紙も由良に頼むよ。約束する」


 そう無邪気に言うと、由良は答えずに窓の外を見た。


 夜の迫る世界は、徐々に青みを増して暗くなっていく。ただその中で燃え尽きる寸前のように橙色の光が眩しい。


 そういえば、こんな時間まで人と出かけるのは初めてかもしれない。会話が途切れると車内には、ガタンゴトンと車両が揺れる音や、時折大人たちが咳をするのばかりが響く。それはかなりうるさいものなのに、不思議とその時は静かに思えた。


 由良が物憂げに外を見つめている。その横顔には、大人のそれが漂っていた。長い睫が瞬きに合わせて揺れる。瞳が何処か遠くを見つめながら揺れていた。


「もう、6年か……」


 由良が繰り返した。


「お前とも、長い付き合いだな……」


 同じことを、また。だけど、今度の言葉には何か、深い意味があるような気がした。


 唐突に僕は、なにか妙な予感に囚われた。それはいつもと違う景色、時間、が生み出してしまった魔法なのかもしれない。マジックアワーという言葉のとおり、僕たちの間に常ならない空気が流れていた。


 告白される。


 どうしたことか、僕の頭にその確信が宿った。


 根拠なんてない。僕たちが長い付き合いで、由良は僕を特別に扱っていて。初めて彼に誘われて、日が暮れるまで行動を共にした。その帰り道。もうすぐ、由良の降りる駅の番がくる。


 ただそれだけなのに、僕ははっきりとその雰囲気を感じ取っていた。なにか空気感が、由良から滲み出るものが違うのだ。なにか言うべきか迷っているような、僅かな表情の揺らめきがわかる。


 きっと、由良は告白してくる。そうなったら、僕たちの関係はどうなってしまうんだろう。とてつもない焦りを感じた。


 僕は、咄嗟に口を開く。


「そ、そういえばさ、次の話なんだけど……今度書いたら、新人賞に応募してみようと思ってるんだ。だから、読んで欲しいなって……それで……それで……」


 突然話を逸らそうとしたって、うまく話がまとまらない。それで、一体なんだというのだろう。自分でもわからなくなっていると、由良が静かに僕を見つめる。


 その視線が、あまりにも真剣だったから。僕はたじろいでしまった。ついに来る、と覚悟を決める。


 けれど由良は、いつものように溜息を吐いた。


「わかった、読むよ。そろそろ駅だ。佐久間も今日は早く寝ろよ。付き合わせて疲れただろ」


「え、あ、ああ……うん、大丈夫。由良もお疲れ様……」


 由良はそう言って話を切り上げた。


 告白は回避された。そう安堵したはずなのに、何故だか胸がどっどっと遅れて騒ぎ出す。


 僕たちは無事、ただの友達のままでいられたのに。どうしてだか、とてつもない後悔を覚えた。なにか取り返しのつかないことをしてしまったような気がして、胸の中がぐるぐるする。


 そこからはふたりとも何も話さず、由良は駅が近付くと「またな」と言って去った。その後ろ姿を見送りながら、僕は何故だか少しだけ、泣いた。


 それで、その日は終わった。


 その後も僕たちは、ただのオタク仲間で。特にそう言った空気になることもなく、中学生活を終えた。高校からは別になって、僕たちは自然と疎遠に。連絡先は交換したけれど、僕たちがコンタクトを取ることはお互い無かった。


 遠い、昔のことだ。








「あれから13年、かあ……」


 僕は溜息を吐きながら、あの日の駅を歩いていた。


 先生の個展のために降りた駅。夕暮れの日差しを浴びながら、ひとり。僕はスーツケースを引きながら、とぼとぼと歩いている。


 高校には小説が上手い奴なんてたくさんいて、大学になればもっと多くなった。自分は何も特別な才能など無い。夢を同じくする人間たちに散々ダメ出しをされ、何度も新人賞の一次通過に自分の名が無いことを確かめた結果、僕は静かに筆を折った。


 県外の大学から、自然な流れで就職した。夢は叶わなくても、いい企業に入れば金が幸せを運んでくる……なんてことはなく。必死に働いても給料は上がらず、やりがいは覚えても成果は出ない。ついでに不景気のあおりを受けて、僕は職を失った。


 再就職を目指す前に、一度実家へ帰ることを決められたのは、心優しい雇用保険のおかげだ。少しの休憩。それが終われば、また普通の社会人として生活する。それが、僕の現実だ。


 ホームに出ると、夕暮れの景色が目に飛び込んでくる。影が強さを増し、橙色の光で全ての色調が変わる世界。


 目当ての乗り場には、既に乗る予定の電車が止まっていた。僕は足早に、その車両に乗り込む。


 相変わらず、開いている席はそこそこあった。しかし田舎のことだ、大股に脚を開く人や、座席に荷物を置いている人も多い。僕はしばらく見てまわって、とあるボックス席に座ることにした。窓際が空いていたのだ。


「すいません」


 ひとこと会釈して、スーツケースが邪魔にならないよう荷物置きへと持ち上げる。それから既にいる客の向かいに腰掛けた。


 ふう、とひとつ溜息を漏らす。あとは、実家の最寄り駅まで寝て過ごせばいい。そんなことを考えながら、窓から外を見る。あの日と変わらない景色が目に飛び込んできた。


 夕陽も相まって、あまりにも眩しい。


「……佐久間?」


 蚊の鳴くような、小さな声が聞こえた気がして。僕は思わず目線を動かす。


 向かいには、随分背の高い男が座っていた。全身黒のコーデでまとめており、見た目からして一癖ありそうには感じる。黒い髪をきっちりとまとめた彼は、僕より掘りが深くて、何処かで見た顔のように思えた。


「…………由良?」


 僕たちはそこで理解した。


 あの日と同じ、夕暮れの電車に、ふたり。マジックアワーに引き寄せられて、僕たちは偶然にも再会したのだ、と。


「……久しぶり」


 そう静かに呟く声は、以前よりもさらに低くなっている気がする。結局あまり変わらなかった僕とは大違いだ。


「ひ、久しぶり……元気、してた?」


「まあ」


 しかし、僕たちは再会したからと言って大喜びしたり、抱き合ったりはしなかった。


 由良は声をかけてきた理由がわからないぐらい、静かにしていて。僕はさっそく、これ以上話を続けていいかわからなくなった。


 話すと言ったって、何を話せばいいのだか。故郷を離れて長い。もう由良がどこの大学に行き、何を学んでどんな仕事をしているのかもわからないのだ。それを聞いて嫌な顔をされないか心配で、次の言葉が出ない。


 ちら、と由良を見ると、彼は窓の外の景色を見ている。僕と会話をするつもりはないのかもしれない。僕も同じように外を見る。


 あの日と何も変わらない。変わったのは僕だけだ。由良に図々しく話しかける勇気も、小説家になる夢も失った僕だけ。


「……佐久間は、今何してんの」


「えっ、ぼ、僕は……」


 急に尋ねられて、僕はとっさに答えられなかった。


「ええと……県外に住んでるよ。そっちで仕事を、してた……」


「小説、書いてんの?」


「……それは……」


 由良の問いに、僕は口ごもった。


 正直に言えば、書いている。夢を失ったって、僕は完全に筆を折ることができなかった。正確には、折った。もう諦めて何も書かないと決めた。


 ……それなのに、まだ性懲りもなく、誰に読まれるわけでもない話を書いてしまっていたのだ。


「……やめちゃったの? 小説」


「……由良は? 由良はまだ、絵を描いてる?」


 不安になって質問を返してしまった。よくないことだ、と後悔したけれど、由良はちらりと視線を送るだけで、気にした様子はなかった。


「描いてるよ」


「ま、マジ? 見たい、僕、由良の絵が好きだったんだよ。覚えてないかもしれないけど……」


 思わずそう言ってから、また口を閉ざす。しかし由良は何故だか小さく笑って、僕を見た。


「忘れるわけないだろ、佐久間のこと」


「う……」


「俺の下手くそな絵を褒めて、毎日描いて欲しいなんてウザいこと言ってきた奴のこと、忘れられるわけないだろ」


「そ、それは、その。ごめん……」


「謝んなよ」


 由良は苦笑して、持っていた鞄に手を掛けた。革製の使い込まれたそれから、静かにスケッチブックを取り出す。


 差し出されたそれを受け取って。少し、覚悟を決めてから開いた。


「わ……」


 そこには、あの頃よりも格段に上手くなった由良の絵が躍動していた。


 マンガではなく、イラストを描くのだと言っていたのは本当のようで、それは鮮やかな色彩で描かれている。絵の具のほのかな香りさえ心地いい。描かれている人物は、誰も彼も生き生きとしていて、ただ一枚の絵なのにその世界の背景やこれまでの時の流れまで伝わってきそうなほどだ。


「すごい、すごいな、由良、すごい……!」


 僕は夢中でスケッチブックを見つめ、そして由良を見た。彼は、以前と同じようにはにかんでいる。


「由良、ほんとすごいよ! めっちゃいい、絵で仕事とかしてるの?」


「まあ、多少」


「マジかよ、すごいな、おめでとう……!」


 本当にイラストレーターになっているなんて。僕はその言葉に、様々な理由で涙が出そうだった。心からお祝いする気持ちもあるし、それに比べて自分はという悔しさもある。でもそれ以上に、僕の知っている由良がこんなにすごい絵を描いていることが、何処か誇らしかった。


 きっと努力を続けてきたんだろう。僕とは違って。そう考えると、胸が苦しくなった。


「お前のおかげだよ」


「え?」


 だから、由良にそう言われた時、まったく意味がわからなかった。


「僕?」


「お前が、俺の下手くそな絵を褒めちぎるから。小説の絵を描いて欲しいとかウザいから。いつか、表紙を描いてくれって約束するから」


 俺は、頑張れた。


 由良の言葉を理解するのに、随分時間がかかったような気がする。いつの間にか電車は揺れていた。発進していたらしい。一時間もしたら、僕は家に。それよりも前に、由良は降りてしまう。


 そう考えて、気付いた。僕の頬が、濡れていることに。


「わ、わ……」


 手の甲で涙を拭いて、スケッチブックを返す。濡らしたら大変だと思った。だけど由良は、僕の様子のほうを気にかけたようだった。


「大丈夫? 佐久間」


「だ、大丈夫、…………由良、僕……」


 僕は一度、言葉を呑み込む。


 何を伝えたいのか、何を言いたいのかグチャグチャだった。これはちょっと、今すぐにどうにかできるようなことではない気がする。ただ、このままにしていたら胸が爆発してしまいそうだ。


「僕、由良と、まだ話したい……」


「…………」


「由良と、これまでのこと、いっぱい話したい、話したいことがたくさんある。また、会える?」


 その問いに、由良は一度自分の腕時計を見た。僕もつられて見る。まだまだ、夜はこれからだ。


「……良ければ、何処かで飯でもどうだ。もう俺たちには門限も制約も無い。俺も、……お前の話が聞きたい」


「……! 行く、今から行く! まだ帰りの時間連絡してないからちょうどいい」


 僕がそう言って笑うと、由良はまた大人びた笑顔を浮かべる。


 車窓の外を、あの日と同じ景色が流れては消えて行った。

 

 



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