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大仏参り  作者: 目262
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『テストの成績は悪いし、講義もサボってばかり。はっきり言って君は馬鹿な落ちこぼれだ。しかしそれでも……』

 先生!

 肩を揺すられた教授は目を覚ました。呆然とした表情で辺りを見渡すと、隣に座っているアミが少し驚いた顔で自分を見ている。

「先生、もうすぐ京都に着きます。……大丈夫ですか?」

「あ、ああ。何でもないよ。どのくらい眠っていた?」

「そんなに長くはないですよ。20分弱かな」

 ナカムラ博士の夢を見ていた。未だ学生だった自分に向かって、所属するゼミの担当だった博士が発した言葉が出てきた。夫人の行方をずっと考えていたせいなのか。教授は頭を振って席から立ち上がり、新幹線を降りるエリコとアミの後に続いた。

 京都駅の改札口でエリコの父親が3人を待っていた。初めて会うが、スマートな長身で、エリコに似た美形である。親子なのだから当然だが、父親はナカムラ夫人にも似ていた。成る程、遺伝とはこう言うものかと教授は思った。

 初対面の教授とエリコの父親は互いに頭を下げて自己紹介をする。その後にアミも名乗った。

「私達家族のために、ご足労いただきまして誠に申し訳ありません。お友達まで協力してくれて。本当に感謝します」

 父親が再度、深々と頭を下げるのを前にして、教授は慌てるしかなかった。

「い、いえ。気にしないでください。私にも事情があってのことなので……」

 自分がエリコを泣かせたことを、彼女が父親に話さないようにと教授は願った。事態がややこしくなるので、少なくとも今は勘弁して欲しい。彼の思いなど一切構わずに、エリコは父親に言った。

「お父さん、日暮れまで未だ時間が少しあるよ。今から方広寺に行こう」

「ここからそんなに遠くないんです。タクシーを使いましょう。私、先に行って確保してきます!」

 アミはそう告げてタクシー乗り場ヘ走っていく。エリコも彼女に続いた。それを見たエリコの父親は呆気に取られたように呟く。

「凄い女の子ですね……」

「ええ……。本当に凄いんですよ」

 教授とエリコの父親は歩きながらタクシー乗り場に向かう。2人はその間に幾つかの言葉を交わした。

「それにしても、母が京都に居るなんて未だ信じられません。念のために京都と大阪のホテルや旅館にも片っ端に問い合わせたんですが、見つかりませんでした」

「……きっと見落としがあったんですよ。それに、娘さんにも話しましたが、あくまでも可能性でしかありません。見つからない場合も考えておいてください」

「元々、何の手がかりもなかったんです。これだけでもありがたく思っています」

 歩きながらまたもや頭を下げるエリコの父親を横目にして、教授は小さく咳払いをして尋ねた。

「ところで、1つ聞いてもよろしいですか?」

「え?はい」

「ご両親、ナカムラ先生と奥さんの出身地を、あなたはご存知ですか?」

 エリコの父親は数秒の沈黙の後に漸く答える。

「……いいえ、知りません。両親は昔のことは一切話しませんでした。子供の頃、夏休みや冬休みの時には国内や海外に旅行することはありましたが、他の人のように帰省はしませんでした。私は不思議に思っていましたが、10代の半ばに2人が駆け落ち結婚したのを知り、それからは敢えて過去の話しはしないように心がけました。両親の事情を汲んでいたつもりだったけど、今となってはそれでも聞いておくべきでしたよ。知っておけば、母を探すのに役に立ったかもと思うと……」

「……ナカムラ先生達が駆け落ちしたのは私も聞いています。昔話をしなかったのは、それなりの事情があったんでしょう。気に病むことはありません」

 やはりそうか。ナカムラ博士は寡黙な人ではなかったが、それでも故郷の話しは一切しなかった。しかし、家族にまで教えていないというのは……。

 そこへエリコが小走りで戻ってきた。

「タクシーを掴まえました!急いで!」

 教授とエリコの父親はどたどたと駆け出して、エリコの後を追った。4人はタクシーに乗り込むと、多少窮屈な思いをしたが30分足らずの内に方広寺近くへ到着した。辺りは既に夕暮れ時で、地面に降りた彼らの影を長くしている。走り去るタクシーを背に、いざ寺の方へ進んで行くと、前方から1つの人影が歩いてきた。

「お婆ちゃん!」

 エリコが大声で呼び掛けながら、その人影に駆け寄る。

「母さん!」

 エリコの父親も全力で走り出していた。

 灰色の髪に女物の帽子を被った老女は、自分に抱き付きながら泣きじゃくる2人に驚きながら声を上げる。

「あなた達、どうしてここに?」

 そう言った彼女は、少し離れた所に佇む教授の姿を認めると更に驚くが、すぐさま観念したような顔になり、大きく溜め息を吐いた。

「そういうことね……」

 拍子抜けする程呆気なく見つかったナカムラ夫人は嗚咽を続ける息子と孫娘の背中を撫でながら、優しく語りかけた。

「随分心配させたみたいね。ごめんなさい。もう何処にも行かないわ。今夜は2人と一緒にホテルに泊まって明日帰りましょう。だけどその前に……」

 夫人は教授の方に顔を向ける。

「あの人と少しだけ、お話しさせてちょうだい。良いでしょう?」

 教授を見つめるナカムラ夫人は微笑みを浮かべたが、その目は笑ってはいない。

 その視線を受けた教授は、これからが核心だと気を引き締めた。

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