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大仏参り  作者: 目262
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 ナカムラ夫人が行方不明との話に教授は飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。彼がむせ返る間、エリコは一方的に話し続ける。

「お葬式が終わった翌日、様子を見に行くと家の中に誰も居ないんです!リビングのテーブルに伝言メモがあって、そこには大仏参りをしてくるとしか書いてないんです!でも、お婆ちゃんは今まで大仏参りなんて1度もしたことありません!両親も知りませんでした!だから、具体的に何処に行ったのか誰もわからないんです!」

 彼女は教授に向かって震える手で、1枚のメモ用紙を差し出した。むせ返りを乗り越えた教授が受け取る。そこには綺麗な字で次のような文面がしたためてあった。

『お大仏参りをしてきます。その内戻りますから心配しないでください。』

 教授は少し安堵した。戻ると書かれているし、心配するなともある。慌てずに待っていれば、夫人は帰ってくる筈だ。そのことを指摘して、心配しないように説得すると、エリコは頭を振って否定した。

「お爺ちゃんのお葬式の直後に居なくなったんですよ?お婆ちゃん、本当に気落ちしていて!さっきも言ったように大仏参りなんてする人じゃないんです!嫌なことしか想像出来ません!私達、すぐに捜しました!母は鎌倉に行って、父と私は新幹線で奈良に行きました!でも見つからなかったんです!地元のホテルや旅館に片っ端から電話したけど、お婆ちゃんらしいお客は泊まっていないって!すれ違いで帰っているかもと思って私だけ一旦家に戻ったけど、もう3日帰っていません!警察にも相談して捜索願いを出したけど未だ何の連絡もないんです!お爺ちゃんが居なくなって、その上お婆ちゃんまで!もう私どうしたらいいか!」

 エリコは話している内にどんどん感情的になっていき、終わりの言葉は金切り声が混ざっている。ナカムラ夫人への思いが強すぎる故に、彼女の残したメッセージを信じきることが出来ないのだろう。これでは説得は無理だと教授は思った。見かねたアミが彼女の背中を擦りながら言う。

「お婆ちゃんのスマホは家に置いてあって、これ以上捜しようがないんです。他にも大仏はあるけど、エリコの親類って少なくて、この子とご両親だけなんです。とても手が回らない……」

 しらみ潰しに大仏のある場所を訪れるなど無茶な話だ。日本には新旧合わせて数百の大仏がある。只の一般家族が、その全てを捜しに行くのは不可能に近い。

 それにナカムラ夫人に大仏参りの趣味がないのならば、元々大仏に大して関心などないことになる。そんな人間が大仏参りをするのならば、やはり鎌倉や奈良の大仏に決まっている。それでさえ、たった3人で捜すのは難しい。見落としがあったと考えるのが普通だ。

 ここはプロに任せた方が良い。警察には報せているのだから、後は大人しく待つことだ。なんなら探偵や興信所を雇ったらどうか?2人にそのことを告げる。

「もちろんそれも考えました!だけどやっぱり時間がかかる筈です!もう3日なんです!一刻も早く見つけてやりたいんです!」

 エリコは最早必死の形相だ。その気持ちはわかるが、一体俺にどうしろと言うのか。教授は嫌な予感がした。

 ここで教授はエリコとアミが一緒にいることに疑問を持った。2人は同じ学年だが、学部は違う。そのことを問いかけるとアミが答えた。

「私達サークル仲間なんです。歳も同じだから直ぐ仲良しになって。今日エリコが電話してきて、パニックみたいになっていたから理由を聞いたら、お婆ちゃんが行方不明だって話だから、探し物が得意な人に相談してみようって私がここに連れてきたんです」

 教授は唸り声を上げた。予感が当たった。この2人は、自分がナカムラ夫人を捜すのが当たり前だと思っている。俺は探偵でも何でもないぞと抗議した。

「でも、先生は私の家の宝物を探してくれたじゃないですか。きっとこういうことに向いているんですよ。ここに来るまでにエリコから聞いたけど、先生はこの子と友達だって。友達が困っているなら助けるべきでしょう?」

 アミの言葉に教授は一瞬絶句した。いつの間に自分とエリコが友達になったのだ?それに、アミの件は偶々予想が当たっただけだし、少し考えれば誰でも解決出来た話だ。決して自分だけしか出来なかったことではない。そのように説明するが、2人は頑として譲らなかった。

「先生、私と一緒に推理ゲームやった時に全部1人で解いちゃったじゃないですか!あの時のように、お婆ちゃんを探してください!」

 エリコの科白に、教授は思わず頭に血が昇ってしまった。

 あれはゲームだ!あらかじめヒントが用意された予定調和の世界だ!大仏参りをするというメッセージ1つしかないのに、人捜しなんて出来るわけがない!何度も言うが俺は探偵じゃないんだ!警察とプロに任せろ!

 教授の怒鳴り声で研究室は一時的に静まり返るが、直後にエリコの子供のような泣き声が辺りを満たした。アミは鬼のような顔で教授を睨んでいる。

 まずい。まずいぞ。

 教授は、自分がエリコに対して何らかのハラスメントをしてしまったことに気付いた。困っている学生の相談を、怒鳴り散らして断わったのだ。この件がクレームとして大学に届けば、厄介なことになるだろう。

 話だけは聞こう。もしかしたら見落としていた何かがわかるかもしれない。だが、結果として夫人を見つけることにはならないかもしれない。冷たいようだが、自分に出来るのはそれだけだ。教授は額に手を当てながらエリコに告げた。彼女は泣き止み、小さく頷く。

 教授は研究室の片隅に置かれた冷蔵庫から缶コーヒーを2つ取り出して、それをエリコとアミに渡した。そして椅子に座らせる。話の前に、まずは頭を冷やして欲しかったからだ。エリコは蓋を開けて缶コーヒーの縁に形の良い唇を着ける。

 学生達が黙って飲み物を啜っている間、教授は頭の中で2人から聞いた話をまとめてみた。

 夫人が家を出たのはナカムラ博士の逝去の翌日だ。1度もしたことがない大仏参りが目的だ。しかし、素人の捜索とはいえ、夫人は鎌倉と奈良という最も有名な大仏がある場所には居なかった。

 ナカムラ博士の逝去が、夫人の大仏参りの切っ掛けとなっているのはほぼ間違いないだろう。博士は心不全による急死で、夫人はそのことを予期出来なかった。つまりは計画的な行動ではなく、衝動的なものの筈だ。

 物事を理解するには時系列が大事だ。ならば博士の身に不幸が起こってからの話を、出来る限り詳しくしてもらおう。教授はエリコにそのように促した。

 幾分落ち着きを取り戻したエリコは静かに語り始めた。

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