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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

修羅苦の渚

作者: パタパタ

 所詮、この世は修羅しゅら苦界くがいただよなぎさのよう。


 生と死の狭間で、寄せては返す繰り返し。





 かさりと服を着る音で目が覚める。

「もう起きたの、シュラク?

 今日は休むんでしょ、まだ寝てたらどう?」


 長い緑の髪を一本にくくり横に流し、穏やかな笑みを浮かべるナターシャはそうささやきながら、俺の黒い髪を優しく撫でた。


 昨晩は幼馴染で恋人のナターシャと夜を共に過ごし、情事の後がベッドに残るがナターシャはすでに服を着ている。


 大した才能も与えられることもなくこの世に生まれ出でて、どこにでもある小さな村から食い詰めて、幼馴染男女4人で近くの街に出て冒険者を始めて2年目。


 そろそろ中堅へとかかろうとしていた。

 何者にもなれず、どこにも行けず。

 夢を忘れるのに十分な時間が過ぎた。


 転生チートと呼ばれるものさえ選ばれた者だけの才能となんら変わらないことを知るのには十分すぎる時間が過ぎた。


 いっそそれなら抱えた記憶の方が重いほどだ。


「ああ、いや、装備のメンテナンスがあるからもう起きる。

 ……今日はサレドのパーティに参加してダンジョンに潜るのだったな」


 サレドのパーティは男剣士3人、女魔導士1人のパーティだ。

 サレドはそのリーダーを務める冒険者歴4年の精悍な剣士だ。


 弓使いのナターシャでバランスを取りたいらしく、臨時での参加をすることになったそうだ。


 普段はその4人での行動だが、他パーティとの交流に技術向上を兼ねて、それぞれがこうして時々、ソロで他のパーティに参加することがあった。


 予定は3日。

 2日はダンジョンに潜り、残る1日は……サレドとベッドの中にでも潜るのだろう。


「行ってくるわ」

「……気をつけてな」


 ナターシャは再度、微笑み俺の唇にキスを落とす。

 そうして部屋を出た。


 それから3日後。

 ナターシャを含むサレドのパーティが行方不明になったと知らせが入った。


 全滅したのだ。






 残ったパーティの3人は通夜のように冒険者の酒場で意気消沈していた。

 ……ようにではなく事実、通夜であったか。


 がんっと先程までなみなみと注がれた安い酒を飲み干し、空になったカップをリーダーのエウリエクはテーブルに叩きつけた。


「……探しに行くぜ」


 酒が入り、軽く赤みがさした顔はなにも酒に酔ったからではない。

 血気盛んな金髪の魔剣士で色男ともいえる顔立ちがいまは怒りで震えている。


「落ち着けよ。

 冒険者が行方不明になったということが、どういうことかわからないわけがないだろ?」


「いいや、わかってないのはおまえだ、シュラク!

 ナターシャは生きている。

 そう簡単に死ぬわけがねぇ!」


 これ以上、言い合いをしても激昂していき喧嘩になるだけ。

 そう見切りをつけた俺はパーティ仲間で幼馴染のもう1人、肩までの青髪のクールな見た目の美女魔剣士のカワセミに声を掛ける。


「カワセミ、おまえはどう思う?」


 俺とナターシャ、リーダーのエウリエクとカワセミがそれぞれ恋人同士だった。

 全員が同じ村から冒険者になるべく街に出てきた。


 田舎の農村部では長男とギリギリ次男までしか割り当てられる農地は存在しない。

 農村部では産めよ増やせで子を産み、大きくなった子は食うためにアテもなく街に出て、多くはまず冒険者となる。


 そして半数以上が1年以内に冒険者を辞める。

 限界を感じて自ら辞めるのはまだ良い方で、多くは騙されて破滅させられるか、怪我もしくは死亡する。


 3年冒険者を続けられればベテランとなる。

 しかし、3年以上冒険者を続けると逆に大成する者もいないと言われる世界。


 実力のある者は3年以内に貴族や有力者の目に留まり、新たな世界に羽ばたいていくのだ。


 4年目のサレドのパーティはベテランだったが、それは決して褒められたことではなかった。


 そこそこに有名となり、成功した冒険者として呼ばれることになっても、それはいつか年齢と共に終わる夢。


 どこかで大成功でもしない限り。


「ベテランのサレドのパーティは命の計算は正確だ。

 行方不明なら……そういうことだよ」


 そうだ、冒険者とはそういう職業だ。

 順番が来た、それだけだ。


 カワセミは沈んだ声だが、それが淡々と言っているように響く。


「カワセミ! 見損なったぞ!!

 それにシュラク!

 おまえは……おまえたちは恋人だったんじゃないのか!?

 俺は行くぞ、1人でも探しに行く」


 そう言って立ち上がる。

 エウリエクは若手ナンバーワンとまで言われる魔剣士だが、同時に腕に自信があり過ぎて迂闊なところがある。


「……わかった。

 ただし条件がある。

 無理だと思ったら引くこと。

 俺は恋人のナターシャも大切だが、同時に幼馴染のおまえたちのことも大事なんだ」


 そう告げるとエウリエクは少し照れ臭そうに笑い、俺の肩をぐっと掴む。

「それでこそ俺の幼馴染だ」


 そうして、俺たちはもう1人の幼馴染も失うことになる。




「エウリエク! だめだ、行くな!」

「邪魔をするなシュラク!

 邪魔をすれば斬る!」


 そう叫び返すエウリエクはもはや正気を失っていた。


 エウリエクの魔法を通した剣が青く光り、俺を威嚇する。

 もはや生気など一切ない青い顔と緑に光る髪をなびかせてナターシャが蠱惑的こわくてきにエウリエクを誘う。


『そうよ、エウリエク。

 愛し合いましょう、いつものように2人だけの世界で』


「ああ、ああ……、ナターシャ。

 俺のものだ、何度も抱いた、俺たちは何度も愛し合った。

 シュラクなんかには渡さない」


 ふらふらとエウリエクは魔物と化したナターシャに近づく。

 反対に俺たちは妖しい緑の光に押し返されるようにエウリエクに近づけない。


『そうよ、注いで。

 貴方の精を。

 何度も繰り返したあの日のように』


 ナターシャはエウリエクとの日々を思い返すようにゾクリとする笑みを浮かべる。

 それはエウリエクとナターシャが互いの恋人を裏切って繰り返した日々の告白。


 だけど俺はそれでもエウリエクに手を伸ばす。


「行くな、エウリエク!!」

「だめ、シュラク!

 もう……遅い。

 遅いんだよ……」


 カワセミが感情をこらえるように俺を押し留める。

 ナターシャは魔物と化していた。

 ダンジョンの10階層。

 そこはベテランであっても死の危険のある場所。


 きっとサレドたちには焦りがあったのだろう。

 それが普段なら踏み込まない場所へ足を運ばせた。


 それともナターシャに良いところでも見せようと思ったのか。


 いずれにせよ、サレドたちは干からびた亡者となり、ナターシャも人を誘う幽体のサッキュバスの魔物となった。


 サッキュバスは生前に精を交わした相手を誘う。


 エウリエクが誘惑されたのはそういうことであるし、俺が誘われなかったのはただの偶然だ。


 ……いや、サッキュバスのナターシャからみて、エウリエクよりも優先度が下だったのか。


 ナターシャに誘われたエウリエクは緑の髪に巻かれ、恍惚とした表情でナターシャへの愛をささやく。


「ああ……、ナターシャ。

 おまえが1番、最高だ……気持ちいいよ」


 誘惑されたものであっても、彼の口から漏れ出した言葉は確かな本音だ。


 俺たちはその亡者と幽体のサッキュバスからなんとか逃げ切った。

 俺とカワセミの2人だけ。


 逃げ出した後悔か、生き延びられた安堵か、それとも別の何かか。


 俺たち2人はダンジョンの入り口で嗚咽混おえつまじりに2人で泣いた。


 ダンジョンの警備兵が駆け寄ってきたので、サレドたちと大切だった幼馴染の死を報告し、俺たちは4人で借りた家に帰る。


 2人では広すぎる家に。


 帰り着くとカワセミは言った。

「……これから娼館に行くの?」


 冒険の後は血がたぎる。

 それを鎮めに行くのと同時に生きて帰れた喜びを実感しに行くのだ。


 ……それは男でも女でも変わらない。


「私も温もりが欲しいから、娼婦ではなく代わりに私を抱いて欲しい」

「良いのか?」

 そう言いながら、すでに俺はカワセミを抱きしめて、彼女が頷く前に深く唇を奪う。


 カワセミも抗うことなく、むしろそれをさらに求めて混じり合うように粘膜を混ぜ合わせる。


 そうして俺たちは2人だけの広い孤独な海で、溺れるように絡み合ってしまった。




「シュラクとは絶対に身体の相性がいいと思ってたんだ。

 やっぱりだったよ……」


 毛布で肌を隠しながら起き上がったカワセミは、そう言いながら口をとんがらせてどこか不満げな表情をした。


 俺はそのカワセミのベッドに座り尋ねる。

「良くなかったか?」


 そう言いながらも、おおよそ人には到底見せられない顔とあえぎをあげて混じり合ってしまっているものだから、一緒の部屋にいることさえ気恥ずかしい。


「良かったよ!

 良過ぎておぼれるかと思ったよ!」

 バンバンとカワセミはベッドを叩く。


「俺もすごく良かった。

 溺れた」


 ぶーと普段のクールな様子と違い、年相応の若い娘の顔が可愛くて俺はその頬にキスを落とす。


 彼女はそんな俺の顔を押しのけ、言った。


「そういうのいらない。

 恋人とかしばらくは遠慮するよ。

 代わりに冒険終わりに性欲処理だけさせて。

 男と違って、女は都合の良い相手はそうそういないんだから協力して」


 たしかに女の場合、妊娠のリスクがある。

 妊娠すれば即冒険者は引退、職を失い路頭に迷うこともある。


 避妊をしっかりしてくれる相手ならばいいが、そういう相手ばかりではない。


 エウリエクはその点が緩かったのでカワセミは不満だったようで、むしろ俺の方が好都合と言われたことは喜んでいいのだろうか。


 それと冒険終わりとさらっと言うが、俺たち4人で活動しているときはほぼ毎日活動していた。


 その間隔でいけば毎日ということになるが……、いまそこを指摘するのは野暮やぼというものだろう。


 どのみち男の俺はそれほどにたぎってしまうので、それに付き合ってくれると言っているだけなのかもしれない。


「……これから、どうするかな」


 通常ならパーティは半壊したのだ。

 解散も視野に入れるべきかもしれない。


 そうは言っても、俺には冒険者以外で稼ぐ術は考えつかないが。

「シュラク。4人での夢、覚えてる?」

「夢か……」


 村を出て幼馴染4人、夢を語り合ったこともあった。

 この1年、がむしゃらに生きていたからそういうことも忘れていた。


 始まりは幼い頃に見た夢。


 幼馴染4人で冒険者になって世界を旅していっぱい冒険して、美味いものを食って綺麗なものをいっぱい見て、また4人で楽しく日々を暮らす夢。


 ありふれた、それでもこの世界で唯一のかけがえのない夢だった。


「……ぐっ」

 いつのまにか目から涙が溢れていた。


「んっ……」

 そんな俺をカワセミは頭から抱えるように、優しく抱き抱える。


「いまは泣こ?

 いっぱい泣こう?」


 泣きなさい、ではなくて、泣こう。

 ありふれた夢を抱えていたのは俺だけではないのだ。

 失ったものがぽっかりと空いて、それを2人で必死に肉体で埋める。


 そうしないと心だけでなく命も失ってしまいそうだから。


 俺はしがみ付くように裸のカワセミを抱き寄せ、そのままベッドの押し倒した。


 涙をこぼし、その涙がカワセミの涙と混ざり合うように。

 もがくように唇を重ね合った。


 俺たちはもう一度、失った夢と共に2人で溺れた。





 カワセミと2人で冒険者生活を再開させた。

 まずは安定性の高い信用のあるパーティに混ぜてもらい、徐々に調子を戻していった。


 俺たちは何歳か下の新人冒険者と一緒にゴブリンやオーク、コボルトも退治した。

 この世界のゴブリンたちは女を苗床にしたりはしない。


 普通(?)に害獣だ。

 作物を荒らしたり、1人でいる子供や村人に危害を加えたりする。


 ただし、これがジェネラルやシャーマン、キングやロードという変異種になると、人を生贄にしたり食糧にしようとするので、そうなる前に調査して間引かなければいけない。


 なので、それらの討伐して証拠部位を持って帰ると冒険者組合、大元は領主や国が報酬をくれるので、大事な冒険者の資金源だ。


 なお、さらに特殊な魔物になると魔石や素材が様々なものに活用されるので、ごく当然のように狩りの対象だ。


 それらの冒険者活動の中で、ダンジョンは特殊で様々な遺跡として特殊な魔法の品があったり、歴史遺物があったり、お宝の宝庫でもあるが当然危険がいっぱいだ。


 中にはドラゴンが出たなどという事実を元にした伝説の物語もある。


 危険は多いが、街の中で安全にお金を稼ぐ仕事に限りがあるため、冒険者の仕事は社会インフラの重要な一部なのだ。


「ありがとうございました!」

「ありがとー!」

「またねー!」

 手を振る3人の新人冒険者と報酬を分け合い別れた。


 稼いだ金で酒盛りをするのも刹那を生きる冒険者の生き方だが、今回は小物のゴブリンだけの討伐だったので、そんなことをすればあっという間に稼ぎはなくなる。


 今回は3人の村出の冒険者の男1人、女2人のパーティだった。

 出来るだけのことは教えた。


 場合によっては男女問わず、身体を売っても生きる道を選ぶのも冒険者だ。

 詐欺に遭うこともあるだろう。


 3人が3人のままで1年後も活動出来ているのも、1つの奇跡なのだ。


 よほどの才能に恵まれない限り、日々の宿代も計算しながら、考えて考えてようやく生きていける。

 そんな世界だ。


 俺たちも4人で暮らした家から出ずに、いまもここにいる。


「んっつ……」

 甘えるようにカワセミは俺の首の後ろに腕を回し唇を重ねる。


 沸かした湯で互いの汚れを落として、2人でベッドで絡み温もりを分かち合う。

 恋人としてではない。


 失った何かをそれで補填しているに過ぎない。

 俺とカワセミが今後どうしていくか、まだ何も決められずにいた。


 そうやって1ヶ月が過ぎた頃。


 教えた新人冒険者の少年が遭遇した熊の魔物に殺され、残った女2人は身体を売って旅の資金を工面し、どうにか生まれた村へ帰って行ったと人づてに聞いた。


 誰もが夢を描き、夢を散らせて現実に帰って行く。

 それでも生き残った2人が不幸だとは思わない。


 夢が散って、それで終わりではないのだ。

 それが冒険者の世界だ。




 ベテランと呼ばれるパーティへの参加も増えてきた。

 現在、10階層を挑戦中のトレイスのパーティもそれだ。


 剣士のトレイス、狩人のモレト、そして珍しい錬金術師のバド。

全員が男だ。

 彼らもまた4年目になるベテランで、この街から出ることなく今日に至っている。


 ナターシャを含むサハドのパーティの行方不明を報告したのも彼らだ。


 10階層に入る手前の階段はホールとなっており、比較的魔物が寄らず他の場所よりも安全で冒険者はそこで携行食で食事を済ませる。


 そこは先人の冒険者たちに手によって、松明が用意され、そこに火をつければそこそこに明るい。


 それに理由は不明だがこのダンジョンはほのかに明るい。

 薄暗いと表現するべきかもしれないが明かりがなくとも活動可能だ。


「11階層を覗くと言ってたよ」


 塩っ辛いだけの干し肉をバギッと千切り、嫌そうな顔でバドはそれを繰り返し噛んで無理やり飲み込みながらそう言った。


 それをトレイスとモレトが同じような顔で頷いて同意する。


 携行食はただひたすらに塩辛くゴムのような味がするのだ。

 食わねば死ぬし、それでも食いたいものでもない。


 俺たちは出先の村から調達したドライフルーツを口に含み、小ぶりの石……のようなパンを水でふやかしながら口に入れて頷く。


 季節や収穫によるが、フルーツなど新鮮な物は街より農村部の方が溢れている。

 華やかな王都などになると条件は変わるが、地方の中心都市ではそんなものだ。


 携行食一つとっても、独自ルートがあるかどうかで物事は変わる。


 そうは言っても俺たちもたまたま買い付けた残りがあっただけで、携行食の独自ルートは持っていない。


 そういうルートがあれば、すでに田舎の冒険者など引退あがりだろう。


 ナターシャたちとここ10階層で出会って、いくつか会話をして11階層を覗いてくると言って先に進んだ以来、見ていないそうだ。


 11階層からは魔物の強さは跳ね上がる。

 ベテランでも油断はできないし、全滅も十分にある得る話ではあった。


 臨時の弓使いを連れてまで新しい狩場を開拓するかは疑問ではあったが。

 特にサレバにとっては冒険の後のお楽しみの方が大切であっただろうに。


 簡易な食事を終え、10階層を軽く見て回る。

 5人で危なげなくウサギの魔物を狩り、鋭い爪と肉を採取する。


「お〜い、こっち来てくれ!」

 採取が済んだ俺たちをモレナが呼ぶ。


 行くとそこには底の深そうな穴がぽっかりと空いていた。

 そうは言っても薄暗いダンジョンの中だけに見えないだけで浅い可能性もある。


「11階層に繋がっているのかな?」

「……かもしれない。

 何かで照らせないかなぁ」

 そう言ってバドは錬金術師らしく荷物が詰まったリュックをゴソゴソとやる。


 そこで同じように穴を覗いていたカワセミの背に荷物ごとドンっと当たる。


「あっ」


 カワセミは声も出せずに目を見開いて穴にゆっくりと落ちていく。

 そう見えるだけで、それは一瞬の出来事だろう。


 俺は咄嗟にカワセミの手を掴み抱き寄せるが、そのまま共に底の見えない奈落へ落ちて行った。


 それはまるで冒険者の未来のように。




「大丈夫か、カワセミ」

「シュラクがかばってくれたから」

 落下の際に頭から落ちれば、高低に限らず命に関わる。


 そうでなくてもダンジョンで足をひねってしまうだけで戦闘の一切ができない。

 咄嗟にカワセミを抱えて足から着地できたので互いに怪我はない。


 落ちた先は広い通路になっており、何かの罠が発動する様子はない。


 落ちてきた穴は上に小さく見える。

 そんなところから落ちても無事な程度に冒険者というのは頑丈な証拠か、それとも生まれ落ちた特典か。


 そんなことは今はどうでもよく、ここからどう生きるかだ。


「おぉ〜い、無事かぁー!」

 俺の背後の通りの向こうからバタバタとトレイスたちの声がする。


 しばらく見ていると慌てて走ってきたという様子のトレイスたち3人。


「ごめんなさい、カワセミさん!

 荷物が当たってまさか落ちちゃうなんて!

 あっ、そうだ、これ飲んでください!

 特製の回復ポーション。

 少しの怪我や痛みは無くしてくれます!」


 焦るふうにバドは荷物から青色のポーションを取り出す。

 このポーションというのはそれなりに優れもので多少の怪我や痛みを取り除いてくれる。


 凄いものになると死にかけの人すら回復させるという。


 もちろんゴブリン程度の稼ぎは1発で吹き飛ぶ価格がするので、新人には手が届かないし、そうそう遠慮なく使えるものではない。


 様々な薬品を作ることができる錬金術師が仲間にいるとこれほど頼りになるものはない。


「ほら、シュラクも念の為、飲んでおけ。

 どうやらここは11階層のようだ。

 すぐに階段があったからな。

 ここで少し探索していこう」


 バドはカワセミに、トレイスも俺にポーションを差し出してくる。


「ああ、ありがとう。

 カワセミももらっておけ。

 ここから修羅と羅刹の世界だからな」


 俺はカワセミと4人だけにわかる符丁。

『こいつは敵である』

 目を合わし互いに頷き合う。


 それから笑顔のトレイスたちが差し出すポーションに手を伸ばす。


 その動作のまま俺たちは鞘から剣を引き抜き、きらめかせる。


 トレイスとバドの首は笑顔のまま、宙を舞った。


「ななな……!?」

 生き残ったモレトを睨みつける。


「こうやってサレバたちも罠に嵌めたんだな」


 落ちて割れたビンからは痺れ薬特有の臭い。

 おそらく飲まなくても触れるだけである程度の痺れは起こすのだろう。


「なななん……!?」

「なんでってか?

 穴の先がどうなっているか知らないはずなのに、すぐに走ってやってくるとかバカにしているのか?

 しかもダンジョンで大声をあげたら魔物が寄ってくるはずなのに。

 この場所を知ってたんだろ?」


 おそらく同じような手でサレバたちも嵌めたのだろう。

 その装備は拾った者勝ち。

 それなりの金になったはずだ。


 トレイスたちがこういう真似をしたという話は今まで聞いたことがなかった。

 バレないようにしていたのではなく、魔が差したのだろう。


「サレバの奴らが自慢するから!

 女を見せつけてどうだ、と。

 だからモレトたちを始末して女2人を奪おうとしたんだ。

 だけど、魔物が襲って来て……。

 ああ、そうだシュラク。

 ナターシャと言ったか、おまえに助けを求めていたぜ!

 ダンジョンの奥底に助けなんて来るはずもないのになぁ、ぎゃっ!?」

「黙れ」


 俺がモレトの右腕を切り飛ばすと蒼白になって、来た道を走って逃げて行く。

 その先で。


「ぎゃぁぁあああああああああああああ!」


 モレトは断末魔の叫びをあげた。



「シュラク」

「……わかってる」


 俺とカワセミは互いに背を向け剣を構える。


 今更、どうもなりはしない。

 真実はずっと暗い闇の中で光が差すことは2度とない。


「祈り……安らぎを、プレア」

 剣に祈りの聖言を灯す。


 カワセミも同様に祈りの言葉を剣に灯す。

 魔物の中でも幽体にはこれを使わないと倒すことができない。


「来たよ!」

 両方の通りの先から1体の幽体と4体の死した人の魔物。

 最初に突進をして来たのは、サレバだった魔物。


 すれ違うように胴体を薙ぎ切る。

 カワセミも魔術を使われる前に魔導士だった人の魔物を斬る。


 大きく跳躍して飛び込んできた魔物を斬り、あっという間に『俺たち』だけになった。


「なあ、エウリエク」

「ねえ、ナターシャ」

 俺とカワセミは相対する2人に同時に呼びかける。


「本当にこれで良かったのか?」

「本当にこれで良かったの?」


 こんな終わり方で。

 こんな夢の終わりで。


 2つの魔物から問いに対する答えはない。

 同時に剣が閃めく。


 幽体は消失し、魔物は……静かに物言わぬムクロとなった。


「……ねえ、シュラク?

 あんたも私も幼馴染の親友に恋人の幼馴染を寝取られたね。

 それでこの2人は……こんな、ザマね……。

 ふふ……、ぐっ、ザマァってやつよ……。

 お決まりのザマァよ!

 ザマァないよ!!

 こんな終わり方でさあ!!」


 吐き出すように泣き出しながらカワセミは叫ぶ。


 俺たちは幼馴染で友人で恋人で仲間で……大切な家族だった。


 俺はそっとカワセミの髪をくしゃりと撫でる。


 それはこの世界では聞いたことのない定番。

 幼馴染を寝取られてザマァと笑う風習は、ここにはない。


 それはつまり……カワセミもまた、そういうことだった。


 こうして俺たちは4人の夢を失った。




 ダンジョン入り口の警備兵に事の顛末てんまつと報告をする。

 いくつかの調書を取らされたが、それだけだ。


 ふと空を見上げると、鳥が遠くに飛び去っていた。

 まるで冒険者のように。


 冒険者が夢を願い、散っていくのはありふれている。


 奇跡のような才能はどこであっても与えられる者にしか与えられない。

 それでも人は生きて行く。


 この修羅と苦界のような世界で。

 生と死の間際で。


 4人で暮らした家に2人で帰って来た。

 その間、お互いに何も言わなかった。


 4人の夢が終わったのだ。

 俺たちに仇討ちのつもりも、弔いのつもりもなかった。

 ただ身体も心も行き場を無くしていた、それだけ。


「ねえ、シュラク。

 一緒に死んで?」

 それは冒険者に1番あるまじき言葉。


 冒険者はその生を諦めた瞬間に死ぬ。

 そういう世界だ。


 俺は黙って涙の後の乾かぬ最後の幼馴染を見つめた。

 彼女も俺を見た。


「……恋人同士ではなく、冒険者として世界を巡って、いつか野垂れ死ぬか、誰かに殺されるか、その瞬間まで一緒にいて死んで?

 最後の最後まで、足掻あがいて。

 足掻いて足掻いて足掻いて。

『ああ、この世界も悪くなかったな』と最期に一緒に笑って死んで」


 俺はそっとカワセミを抱きしめる。

 カワセミも俺を抱きしめる。


 俺たちは恋人にはならない。

 それでも魂は繋がる。


「ああ」


 そして俺は同意する。

 この生を生まれた意味も繰り返された理由も目的もないこの生を。

 最後まで足掻くために。


「毎日抱いて?

 生きていることをお互いに確かめ合うために」


「……ああ。

 とりあえず今から飽きるまで抱いていいか?

 冒険があるから日に1回で我慢してたが、1度カワセミを思う存分抱いてみたかったんだ」


 真っ赤な顔でガバッと顔をあげ、俺を見てカワセミは言い放つ。


「ばっかじゃないの!?」

 俺は珍しいその可愛らしい顔を見て涙と込み上げる笑いを抑えられなかった。


「初めて抱いた日に相性が良いと思ったのは、おまえだけじゃないぞ?

 俺もおまえに溺れたんだ。

 それにこの家を解約したら、なかなか声を気にせずできないからな」


「……ばっかじゃないの」

 そう言いながらも、耳まで赤くしたカワセミは再度俺にしがみ付く。


「……私、ちょっと嫉妬深いから他の女は許さないから」

「実は俺もだ」

「気が合うね?」

「身体もな?」

「……ばか」


 そう言いながら俺たちは深く口を重ねる。

 そうして深く深く身体を混ぜ合う。


 明日からも生きるために。

 いつか深い海で眠るその日まで、生の修羅苦と死の海との間で渚のように生きながら。

 夢を抱えて。


 冒険者とは、そういうものだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 案外一般冒険者というのはこういうドラマがあるかもしれないな。
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