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出発/占い小屋

 白く煌めく雪が菜園を覆い、その奥にある自然の宝を隠していく。

 ガンギス曰く、それは大自然による人間との擦り合わせらしい。この辺りでは冬野菜の収穫期には必ず雪が降る。前年が豊作であれば、その次の年には大雪が降りつもる。逆に前年が凶作であれば、その次の年には粉雪が降る。だから、周辺住民は皆野菜を採り過ぎないように気をつけながら生活をしているとのことだ。もちろん、大自然への祈りと畏れも忘れずに。

 そうして互いに適度な距離を保ち、今の自然との共生がある。僕はこうした()()()()()()()()()()()()()()()()()を、なんと呼ぶかを知っている。宗教だ。ガンギスは肉体的な成長だけではなく、知識、精神面でも僕を鍛え上げてくれた。

 宗教にはさまざまなものがある。六年が経った現在――今にして思えば父さんの話した「死後の旅」も一種の宗教であったのかもしれない。

 以前より覇気がなく、老け込んだガンギスが言う。

「巨大なものには、どうしたって人を惹きつける魅力がある。自然の豪雪、死後という未知、そして()()()()()

 ガンギスは「改めて確認しよう」と言い、地図を広げてその内のいくつかに赤丸を付けた。

「この六年をかけて調べ上げた。人を食らう怪物を信仰する宗教、その拠点がある村がこの五つだ」

 僕は自分の体が震えているのが分かった。ようやく父さんの敵討ちができる算段がついたのだ。しかし、この五つの村のどこに父さんを殺した怪物いるのかは分かっていない。なので直接村に出向いて確認する必要があった。今日はその出発の日だ。

「ついに……ですか」

「あぁ、ついにだ」

 ガンギスはどことなく緊張しているようだった。自らの手を(さす)り、目を伏せて瞑目(めいもく)している。冬であるから、というだけの理由ではない。そして、それは僕と同じような「ようやく敵を討てる」という事でもない。どこか尋常でない様子で、どちらかというと「来てほしくなかった事がついに来てしまった」といった反応だ。

「叔父さん?」と尋ねると、ガンギスはハッとして顔を上げ、目を泳がせてからまた伏せた。そして静かに息を吐き、充分な溜めを作って話し始めた。

「ここまで、よく強くなったな」

「もちろん、ガンギス叔父さんのお陰だよ。叔父さんがいなかったら、僕は生きてすらいない」

「いや、お前は()()()()()。でも、そうだな。きっとその知識だけは俺のお陰だと思っておこう」

 僕はガンギスの言葉の意味を計りかねた。僕は確かに死にかけていた。この()以外に生きる道は無かったはずだ。

 そしてガンギスが言葉を続ける。

「……俺は敵討ちには参加できない」

「え?」と僕は思わず困惑の声を上げた。僕とガンギスは同じ感情を共有している。互いにただ一人の家族を失い、悲しみを分かち合う同士。そう思っていたのは僕だけだったのか? 

 気づけばガンギスは涙目になっていた。思えば僕がこの家に転がり込んでからというもの、ガンギスの老いは加速したように思える。もしかしたら、決行の日が訪れることを望んでいなかったのかもしれない。

 するとガンギスは自分の服を乱暴に捲り上げた。冬の日であることなど気にもしていない。

 僕は、もはや瞠目する他なかった。彼には肩から腰へと袈裟懸けに大きな古傷があった。冬の冷ややかな風がそれに触れる度、僕は自分の傷ではないというのに、痛々しさに表情を歪ませてしまう。それは二度と消えない敗北の証であった。

「昔、怪物に襲われてこうなった。兄貴を──お前の父さんを殺したのとは違うやつだ……と思う」

 僕は無言で彼の言葉を聞いた。それはもはや叫びであり、懺悔だった。

「俺は、無理だ。あんな奴らとは戦えない。それでも……悔しかったんだ。だからケリー、お前が『敵を討つ』って言ったとき、嬉しかった。俺も一緒に居れば、あの怪物にも立ち向かえると思ってた。でも……俺は弱いままだった。どんなに力をつけても傷の疼きが消えないんだ。だから、すまない……でも、頼む! あいつらを殺してくれ! 兄貴の敵を討ってくれ!」

 情けない。そんな風に僕は思った。戦えないことにではなく、直接怪物と対峙することだけが戦いだと思っていることにだ。僕は膝をつき、下から見上げるようにしてガンギスを見据えた。

「やっぱり、今の僕があるのは叔父さんのお陰です。だから、もちろん。僕が怪物を倒します」

 ガンギスは安堵の表情を見せた。僕は立ち上がり、地図を麻布のバックに詰めた。

「じゃあ、行ってきます」

 僕はそのままバックを手にして家を出た。曇り空と冬の冷気は決してお出かけ日和とは言えないが、敵討ちの──いや、復讐の日としてこれほど素晴らしい日は他にない。

 ガンギスが僕の背中に声を掛ける。

「いつでも、帰ってきて良いからな」

 僕はそれに手を振って返事をした。帰る場所があるという安心感だけで、僕の歩幅は大きくなった。木々が揺れ、枝葉を風が通り抜ける音がする。これから向かうのは五つの赤い丸の内、ここから一番近い村、フユツキ村だ。


 ×


『どうでしょうかな? 一つ、占われてみては』

 フユツキ村へと向かう道中、ケリーは少しばかり寄り道をしていた。けれど春海にとっては寄り道でなく、ガンギスの家を発って最初に目指した場所である。といってもわざわざ探して回った訳ではない。それはほぼ一本道の山道の道中にあるので、オープンワールドであるこのゲームにおいてさえ、全てのプレイヤーが必ず通る場所だ。

 そこは小さな占い小屋。中ではケリーの対面に半透明な水晶玉を挟んでフード付きのローブを被った老婆が座っている。老婆はニコリと目を細めて笑う。それはまるでアパレル店員の営業スマイルのようだった。

『もちろん、お代も頂戴しませんとも』

『なら、ええ、お願いします』

 ケリーがそう答えると、老婆は満足そうな顔を浮かべ、水晶玉を軽く手で包んだ。もごもごと口を閉じたまま何かを唱え、直後に水晶玉が淡いオレンジの光を放った。

『おお、こりゃあすごい。()()には見える前世が三つもある! いやはやこれほどとは思いもしませんでしたな』

 老婆は歪んだ笑顔を見せながらそう言った。けれど三つあるからといって、それがどうすごいのかまでは説明しなかった。すると突然、老婆の前に──老婆に対面する春海の正面に──インターフェース・ウインドウが現れた。

 ウインドウにはいくつかのアイコンがあり、そのうちの「前世」というアイコンが白く何度も輝いている。恐らく、それを選べという暗示なのだろう。素直に従ってそれを選ぶと「前世を思い出す」という項目が現れた。

 春海は「やっとか」と安堵の声を漏らした。ここに至るまで実に四十五分も掛かっている。オープンワールドという散策や探索の要素が強いゲームであること、その上で最大でも一日に三時間しかできないことを踏まえると、かなりの時間を食らってしまっている。

 その探索を時間短縮するための手段がこれだ。()()()()()前世は三つ。デュラン、ツバサ、アレックス──過去のテイルズシリーズにおける主人公たちの名前だ。

 テイルズシリーズを語る上で、決して外せない要素が二つある。それは()()()()()()だ。よりメタ的に寄った言い方をするなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 春海はウィンドウをいくつか戻って「進捗」のアイコンをタップし、そのままずっと奥へと進む。すると現れたのは「エクストラ」の項目だ。全体の進捗達成は僅かに二パーセントであった一方「エクストラ」の達成率は百パーセントだった。進捗はその達成率によってトロフィーを貰うことができ、達成具合によってランクがあがる。そのトロフィー群の頂点、完全達成の証である三つダイヤモンドのトロフィー――それぞれが各シリーズを表す特徴的な形である――をタップすると、特別な武器を貰うことができる。

 貰える武器は最終レイドを、最大ランクでクリアした者にのみ与えられる各シリーズの最強武器だ。クリア後のお楽しみ要素であり、本来ならストーリー攻略に使うべきではない。レイドとは、ヴァンパイアテイルズでいうところの並行世界の自分(ケリー)――他プレイヤーと協力して、強大な敵と戦うバトルのことだ。プレイヤーは最大十人が同ランク帯で選ばれ、敵の強さもランク帯に応じて変化する。とはいってもこのゲームには攻撃力や防御力という数値は存在しないので、敵の強さは技の多彩さに現れる。罠や騙し討ち、フェイントなど俗に戦闘IQなどと呼ばれるものが強化されるのだ。

 春海は前作の地獄のような最終レイドを思い出して思わず身震いしてしまう。集まった最大ランクのプレイヤー達がたった一体の敵を相手に二時間もかけて、さらに何度も死んでは蘇って特攻を仕掛ける、いわゆるゾンビ戦法を使ってやっと倒せたのだ。

 しかし、努力の末に勝ち取った「エクストラ」達成率百パーセントの価値は、ダイヤモンドよりも遥かに高いと春海は思う。その価値を更に高めるためには、今作の進捗達成率百パーセント、そして最終レイドの勝利が必須条件だ。

 春海は自分が冷静でないことを知っている。なにせゲームに(うつつ)を抜かし過ぎて恋人に愛想を尽かされ、なお辞めなかったのだから。

『思い出したよ。ありがとう占い師の方』

 春海がウィンドウを完全に閉じると、ケリーは軽やかにお礼を言った。

『いえいえ、こちらからお誘いしたのですから、お礼を言うのはこちらの方でしょう。どうもありがとう』

 やはり笑顔の老婆に、ケリーは軽い会釈をして扉に手をかけた。その背中に老婆が再び声をかける。

『そして十分に気をつけなされるよう。この辺りには珍しくも吸血種が群れを成している。それもオオカミ!』

『吸血種?』ケリーは扉のハンドルを握ったまま振り返って質問した。

『吸血種は人の血でしか生きれんようになった化け物のことですな。血をずっと吸わないとどんどん凶暴になる……幸か不幸か、この辺りに住むのは私くらいのもんですから、随分腹を空かせているようで』

『……忠告ありがとう。気をつけるよ』

『ええ、十分に』


 ケリーは占い小屋を後にして、今度こそフユツキ村へ向かった。

 その道中、ケリーは大量の足跡を見つけた。しんしんと降る雪は足跡を隠すのに十分な量を持っておらず、その跡を辿ることは十分に可能だった。しかしその形は僅かに失っており、どんな獣の足跡かはわからない。とはいえ、誰のものなのかはすぐに予測がついた。

 足跡は道なき崖を駆け降りて、その後道を辿ってどこかへと去っている。少し先へ行くと分岐点があり、足跡はフユツキ村では無い方へと進んでいた。

 占い師の老婆の言葉を忘れるにはまだ早い。その警告は存分に生かされている。けれどケリーは大量の獣の足跡の中に()()()()を見つけてしまった。それは小さな、子供の草履の跡だ。それだけでケリーは遠回りを選んだ。ケリーは小走りで足跡を辿る。子供の安否は刻一刻を争うのかもしれない。

 一方で、ケリーはクリスマスの子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。ケリーの正義感溢れる選択はあくまでケリーのものだ。()()が向かう理由は、先ほど貰った武器を試せるからだった。

 インターフェース・ウィンドウが開く。「進捗」「エクストラ」と進み、ダイヤモンドのトロフィーの一つを選ぶ。

 ケリーの手に現れたのは魔法の杖。前作『ウィッチテイルズ』における最強武器だ。

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