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目覚める力「青空教室」



「力が強ければいいってもんじゃない。フワッとか、フワーン、だ。空気を、大きく使うイメージ」

 乱暴に腕を振り回し、リカ・ルカの幻影と戦ったときと同じ小さな竜巻をこぶしにまとわせたパンチをがむしゃらに繰り出す哲に、パパスが身振り手振りを交えて教えている。

「パパスの体格だと迫力あるわね」二人を観察している倫がフムフムと頷いた。哲もパパスの動作を真似するように腕で大きく円を描いていた。「ほら。哲がやってもかえって華奢な感じが際立つ」

「あまり意識はするな。……そうだな。一度目をつむってみろ。風の音を聞くんだ」

 パパスにそう言われて、哲は目を閉じた。

「深呼吸して。耳をすませろ」パパスの言葉のとおり、哲は大きく息を吸って、吐いて、全身の力を抜いた。上手くできずに焦り、こわばっていた顔つきが、穏やかになった。

「風の声が聞こえたら、ドカンといけ」パパスが哲の耳元に囁いた。

 遠くの城下街から、大工だろうか、釘を打つようなリズミカルな音が響いている。近くの林から鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。哲が突然目を見開いた。そして腕を大きく振りかぶり、全身を使って勢いをつけた一撃のパンチを空に放った。大きな竜巻が哲の腕から飛び出し、ドリルのように飛んでいき、遠く離れた岩山を砕く土煙が見えると同時に、ゴゴーンという音が聞こえた。

「よくできました」パパスが大きな手を叩いた。

「すごーい」六季も拍手していた。

「そういやあ、城下街で『黒』を相手にしたときもじっくり集中していたもんな」タバコ片手に手頃なブロックに腰掛けて見物をしているハリルが言った。

 哲は自分の手のひらをしげしげと眺めた。

「ねえパパスさん」

「なんだ?」

「俺はこうして教えてもらえるけど、あなたはどうやって習得したんですか?」

「さてなあ。書物の情報は大きかったように思うな。前回の『使い』から直接学ぶっていうケースが今までなかっただろうしな。見てみろ、師匠がいない倫は書物とにらめっこしているぞ」

「使い」であろうがなかろうが、倫は片時も本を手放さないだろうと、哲は思った。

「まあまあ、楽しみにしておこうね」倫がニンマリと笑った。

「前の『成長の手』も、なんというか研究好きなやつだった」パパスが、思い出すように、言った。

「その人は死んでしまったとか?」倫が言った。

「そうらしい。倫とはまた少し違って、もともと人間として生きづらさを持っている感じのやつだったが、人知れず命を絶ってしまったらしいな」パパスは少し眉を下げた。それから六季と、カイハがいる方をちらりと見た。六季はパパスと目が合うとすぐに目をそらし、カイハの方になにかを話しかけた。

「ま、人ぞれぞれ向き不向きってもんがあるってことかな」倫が手元の本に目を落として言った。

「お前さんはとことん強気だな」パパスが明るく言った。

「周りがなんと言おうとね。こちらの世界ではそれが許される」倫は言ったが、すでに意識は本の内容に向かっているようだった。

「居場所にも向き不向きがある。俺にも心当たりがあるよ」パパスが顎に手を添えて、言った。


「俊くん。この氷を解かせたらランニング減らすように、シエ君に交渉してあげる」

 六季はカイハの横に仁王立ちして、腰に手を当てていた。満面の笑みだ。カイハは自分の身長ほどの高さのある氷のかたまりに寄りかかるようにして立っている。涼しい顔だ。

「やってやろうじゃん」俊は目を輝かせて腕まくりした。

「交渉するだけでしょう。人の話聞いてるのかしら。ほんとバカ」倫がぼそっとつぶやいた。

「ちょっと待って」

 俊の手から火の手がボウボウと上がったところで、カイハが言った。

「なにか合言葉のようなものを考えたらどうかしら」カイハの耳がピクピクと動いている。

「合言葉?」俊は首をかしげた。

「気合いや集中力の勢いだけで力を発するよりも、なにか『言葉』を使うことでよりピンポイントに力を集中できるというのが、わたしの考えなの」

「必殺技みたいなやつだな」俊は少し考え込んでから、すぐに顔を上げた。「オッケー! じゃあ、やってみるわ」

「決めるのはやっ」倫がチャチャを入れる。視線は本に落としたままだ。

「いくぞお……」俊は右手首を左手でつかんだ。手のひらの真ん中には黄色い炎が小さく渦巻いている。「ファイヤー!!」大きな声で叫ぶと同時に手を突き出した。

 夏季、哲、倫、六季が、まさか、という顔をして顔をこわばらせた。

「さすがとしか言いようがないわ」倫が相変わらず本を見ながら、言った。

「『ウォーター!』とか、恥ずかしくて使えない」夏季が言った。

「俺の場合は『ウィンド!』なのかな」哲が言った。「アホ丸出し……別に俊がいいならいいけど」

 俊の炎はカイハの氷のかたまりを少しずつ溶かしていった。

「ノラス」カイハが静かにつぶやいて、傍の氷にそっと手を触れた。すると氷の溶け方がゆるやかになった。

「ファイヤァァァー!!」

 俊がもう一度叫ぶと、俊の炎もまた、勢いを増した。

「哲! 力貸せ!」

「はあ」哲はあきれ顔だ。

「あの竜巻だ!」

 炎の竜巻は広い範囲を焼き尽くすのには効果的で、そのおかげでセボの城下街を恐怖のどん底に突き落としたのは苦い思い出だった。哲は少し考えてから、ドリルのような形の小型の竜巻を起こした。俊の炎をブレンドした竜巻は少しずつ氷をえぐっていった。しかし、いかんせん火力の問題なのだろう、なかなかすべてを溶かすというのは難しいようだった。

 俊は力を使い果したようで、ほうけた顔でその場にぺたりと座り込んだ。頭から湯気のようなもやが立ち昇っているのは、見間違いというわけでもなさそうだった。

「毎日やれば鍛えられるんじゃないかな。今日は残念でした!」六季がケラケラと笑っている。

 倫は本から顔を上げて、腹を抱えて大笑いしている。


 夏季が水滴を出すとカイハが瞬時に凍らせる。

 俊が力尽きたため、カイハは一息つくために夏季が腰掛けている小岩の隣にやってきていた。二人はまるで手遊びのように実験を繰り返していた。白い龍が、夏季の周囲をシュルシュルと宙を泳いでいる。

「水と氷は兄弟みたいなもの?」夏季が指先から水鉄砲を出し、曲芸のようにもう一方の手の指と交互に受け止めている。

「親子に近いのでは」カイハが静かに微笑んで言った。「昔は六季とわたしでこうしてよく遊んだものよ」

 カイハが手をかざすと、夏季の水鉄砲はアーチを描いたままの形で凍りつき、地面に落ちて砕け散った。

「不思議だね。今はわたしたちがこうして『水使い』と『氷使い』として協力できる」

 夏季は今度は指先を頭上に掲げると、水のドームを作り出した。カイハがパキパキと凍らせるとまるで傘のように二人の頭上は氷の膜で覆われた。落ちてきた氷の傘を夏季が支えて、慎重に地面に下ろした。

「痣が消えてからの調子はどう?」カイハがふと尋ねた。

「『水の龍』が戻ってきた」

 夏季の肩の上に、しゅるる、と小ぶりの白い龍が寄り添った。夏季がそっと手を添えて、愛しそうに龍を眺めている。

「安心した。それでこそ『水使い』」カイハが微笑んだ。

 二人が作り出した薄氷のドームは、日に照らされてすでに溶け出している。

 夏季は足元の草を地面から一本引き抜いて、龍の鼻をくすぐった。水の龍はくしゃみをした。とっさにカイハが手をかざすと、細かい氷の粒子がキラキラと辺りを舞った。


「なあ哲や」パパスが、夏季とカイハの方を見ながら言った。

「はい?」

「あそこにちょいと混ぜてもらいな」

「ええ?」哲はあからさまにとまどっている。

「凍った瞬間に思い切り風を送り込め」

 夏季が龍にくしゃみをさせて、無数の水滴を撒き散らしているところだった。カイハが瞬時に凍らせた瞬間、哲が突風を送り込んだ。氷のつぶては近くの木の葉に無数の穴を穿つ。

「すっごーい!」

 夏季がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。

 哲が口を開けて突っ立っていた。

「な、おもしれえだろ」パパスが満足そうに頷いている。「仲間で力を合わせる醍醐味。その種まきを今やっているわけだ」


「なんだこのありさまは」ラートンがしかめ面でハリルの横にやってきた。

「遅刻であります隊長様」ハリルがわざとらしい真面目くさった顔でビシッと敬礼した。

「まるでお遊びだ」ラートンはハリルを無視した。

「そういうお前さんはどこでなにを?」

「図書館で書物をあたっていた」

「朝っぱらから?」ハリルは首を横にふり、汚いものでも見るように顔を歪ませた。

「『闇使い』についての知識が乏しすぎる」

「なんだなんだ、怖気付いたのか。まずはやってみる。それこそ君らしいやり方じゃないかね」ハリルが笑いをこらえて、口元を歪ませて言った。

「ラートン隊長、勝負しませんか?」ラートンに気付いた夏季が手を振っている。そばにいる哲の顔がしかめ面に変わった。

「ほら、ちょうどいい。つべこべ考えずに力試しをしてみりゃあいい」ハリルがラートンの背中をポンと叩いた。

「勝負……。わたしの力はどうやら物理的な攻撃には向かないようなので、それは難しいかもしれない」ラートンがぼそぼそと言った。

「どういうことですか?」夏季が首を傾げた。

「『闇使い』の力は相手の精神に影響を及ぼす。その力の種類は主に『漆黒』と『純白』に分けられる」

「はあ」夏季が気の無い相槌を打った。

「『漆黒』とは相手から光を奪い絶望に向かわせる力で、『純白』とは相手の闇を取り払い浄化する力」

「言葉で聞いてもわからないから、やっぱり勝負しませんか?」ふーん、と夏季。

「わからないよねえ」倫が頬杖をついて、ため息を漏らしている。

「剣の相手であればいくらでも」ラートンが長剣を引き抜いた。

「それでかまいません」夏季が微笑んだ。

 白い龍が小さくいなないて、夏季の側でキラキラと鱗を光らせている。



 水の龍を従えた夏季の水の剣と、ラートンの剣が交わった瞬間。

 夏季は背中に激しい痛みを感じた。何かが皮膚を突き破っている。黒い羽がはらりと地面に落ちた。

「夏季!」

 名前を呼ばれて目を開けると夏季は地面に倒れていた。

「大丈夫?」哲と倫が顔を覗き込んでいる。

「うん……」夏季は弱々しく返事をした。

「ちょっとラートン隊長!」倫がラートンに向かって凄んだ。それを見てハリルがおろおろと倫を止めようとしている。

「すまない。力の加減がまだよくわかっていないんだ」ラートンが申し訳なさそうに、頭を掻いた。

「あれえ。まさかまさか、ラートン隊長は俊よりも未熟なんじゃない?」倫は眉を上げたままで、いじわるくほくそ笑んで言った。

 ラートンがムッとした顔をした。

「はいはい、仲良くやりましょうね」カイハがなだめている。「『闇使い』はまだ力が目覚めたばかりなんだから」



 夏季はまず自分の背中を気遣った。しかしそこには傷一つない。地面に倒れこむ時に打ち付けて、変な夢でも見たのだろうか?

 あの一瞬で?

 視線を感じて顔を向けると、六季がこちらを見ていた。六季の顔色は真っ青だった。



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