森「合流」
「お母さん!」
「あら、夏季。学校は?」
「あたしね、どうしちゃったんだろう?」
六季が笑う。
「お父さんに会えるわよ」
そう言うと、六季は遠くへ行ってしまう。
「やだ、行かないでよ!」
暗闇だ。ほんとうになにも見えない。自分の手がどこにあるのかもわからない。
急に光が現れた。いくつも、いくつも。
4つ。5つ。6つ。
いや違う、7つだ。
やがて光は一つに集まり、大きくなる。闇を包み込み、全てが真っ白になった。
黒いものがやってくる。
それには脚があるようで、駆けている。
なんだろう、あれは……?
夏季は目を開いた。
木々の緑が茂っていた。
地面に仰向けに横たわっていた。ゆっくりと体を起こす。ひんやりと湿った土の上だった。
「なに?」
かすれた声が出てきた。どこかの森の中のようだ。
学校に行こうとしたんだけど?
夏季は首を傾げて、辺りを見回す。
「ほんとうに、ここはどこなの?」
不安になり、どこへ行くともなく、歩き始めた。なにがなんだか分からない。見渡す限り、そこは見覚えのない場所だった。
しばらく歩いていると、人の声が聞こえてきた。誰かを呼んでいる様子だった。夏季は耳をすました。
「……おーい!……いないかぁ……誰か、いないかぁぁぁ!」
夏季はだんだんと大きくなる声の方向へ、走っていった。なぜだか、みずから声を出すのが怖かった。周りが静かすぎる。
「誰かーーー、おーーーい、」
また、同じ声が、今度ははっきりと聞こえた。叫び続ける声の主に感謝しながら、夏季は走った。
こっち、こっちよ!
哲は声の限りに叫び続けていた。
「誰かぁぁ、いないかなぁ、チクショー」
尻すぼみになり、うなだれた。
目覚めてみたら、森の中にいるではないか。どうやってここまでやって来たのか、記憶がない。この静けさの中でそうするのは気が引けたものの、誰かが見つけてくれるまで叫ぶことにしたのだった。
と、近くでがさがさと音がした。
はっとした瞬間、女の子が姿を現した。一瞬自宅の前で見た傘の少女かと思ったが、ステッキは持っていなかった。自分と似たような背丈で、どこかの学校の制服らしきものを着ていた。
ぜー、ぜー、と、夏季は息を継ぐのに忙しくて、しばらく声が出せなかった。
「君、どこから?」
先に話しかけたのは哲だった。
「よ、よく分からない。あなたは?」
夏季の問いかけに、哲は首を傾げた。
「ここはどこ?」
相手も自分と同じ状況だと勘づきながらも、夏季は構わず質問を続けた。
「さあね」
「どこだと思う?」
「日本でいちばん有名な樹海とか?」
哲はヤケ気味で、吐き捨てるように言った。
「わけが分からない。学校に行く途中だったのに、気付いたら土の上で寝てるんだもの」
「そうか。俺も似たような状況だな」
哲は、我ながらよく落ち着いていられるなと思った。祖父の葬式の昼食の後で、なにもかもがどうでもよくなっていた。二人はしばらく黙って考えていた。
「なあ、女の子を見なかった?」
突然、哲が言った。
「どういう?」
「ここに来る前に。背はちょうど君くらいだったと思う」
「見てない……と、思うけど」
「そうか。……変だったんだ。雨の中突っ立っていたら、いきなり傘が降ってきて。それからその女の子が名前を訊いてきたんだ。その後から記憶がないんだけど」
「ふうん。そうなんだ……」
夏季には哲の説明がいまいちよく分からなかった。
「……ぃ」
二人はハッと顔を見合わせた。
「今の、聞こえた?」
「ああ。」
「……ぉーい!」
誰かいる!
哲と夏季、互いの目がそう言っていた。
「俺たち以外にも誰かいるみたいだ。探しに行ってみよう」
「うん、そうしよう!」
二人はかすかに聞こえる声を頼りに、草木をかき分けて行った。だんだん声は大きくなっていく。
「こっち、こっちよーーーー!」
「おーーーーい、ここだーーーーー!」
夏季たちも叫んでみた。一瞬相手の声が途切れ、それからまた始まった。
「……誰か、いるのかーーー?」
夏季たちは自然と急ぎ足になる。
やがて、森が開けた場所で相手を見つけた。
相手も男女二人組だった。
「よう。あんたたち、何してんだ?」
背の高い黒髪の男が声を掛けてきた。
「何してるって訊かれてもなあ。気付いたらここにいたんだ。」哲が答えた。
「あんたも?」男は、夏季の方を見た。
「うん」夏季も答えた。
「参ったな。4人とも記憶喪失なんて」
「別に記憶をなくしたわけではないでしょ。」
黒髪の、女の方が初めて口を開いた。なぜか、怒っている様子だ。
「そんなかりかりしなくたっていいだろ」
黒髪の男が答えた。