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安息の荒野「荒野の親子」



 まぶしい黄金色の乾いた地面に、短い影が落ちた。

「ひでえなこりゃあ」

 男が言った。大岩が転がるような声だが、おおらかな響きがあった。「おいカウジ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。鼻が曲がりそうだけどさ」

 少女が答える。そしてぎゅっと鼻をつまんだ。

「前にこんなもん見たのはいつかわからん」

 男はぶつぶつと言った。少女は身軽に走っていく。

 小さな身体がひらりと飛び越えたのは人の遺体だった。ひび割れた大地に、十数体が転がっていた。彼らが剣を交えたことは明らかで、中には手に剣を握ったまま息絶えた者もいる。衣服のところどころが黒光りしているのは血のかたまりのせいだった。駆け出したくなるような青空の元、昼過ぎの強い日差しに悪臭はますます立ちのぼり、爽やかな風景が台無しだった。

「死んで丸一日ってところか」

 男は大きな身体を揺すり、遺体の一つに屈み込み、つぶやいた。

「こりゃあどう見たってセボの兵隊が戦争をおっぱじめたとしか思えん。しかしなあ……この占い師みてえな格好したやつらはいったい……」

 熊のように荒々しい体格のその男は、ずんぐりとした大きな肩の上で頭をころんと傾けた。

「おとぅーつぁん」

 少女が鼻をつまんだまま、元気よく呼んでいた。

「こぬぉ人、生きてる!」

十メートルほど向こうで、少女が盛り上がった地面を指差していた。






 ゆっくり、重いまぶたを開くと、少女の顔が飛び込んできた。息がかかるくらいに顔を近づけ、目をまん丸に開いていた。

「パパ! 起きた!」

 たたたと駆けていくと、二つのおさげに結った柔らかそうな赤い巻き毛が軽やかに跳ねた。

 ゆっくりと首を回すと、隣のベッドに知った顔の男が横たわっていた。彼と自分が兵士であることを、遠い昔の出来事のように思い出した。

「目が覚めたか」

 低い声に、反射的に身構えた。

「安心せい。俺あただの農民だ。そんな顔せんでくれ」

 男は穏やかな笑みを浮かべ、ベッドの脇に近づいた。少女と同じ色の巻き毛が頭の上でふわふわと踊っている。目の色も同じだった。見るからに、二人は親子だった。

「……世話になったみたいだな」

 ゆっくりと身体を起こした。全身に小さな痛みがあったが、腹の傷だけは突き刺すようなひどい痛み方をした。不意を打たれて歯を食いしばる。

「ゆっくり休んでくれや。かなりひでえ傷みたいだからな。ちょっと顔色がよくなったと思ったら、夜中にウンウン唸りだすし。こっちは怖くて眠れなんだ」

 男は嵐のような大笑いをした。耳が熱くなるのを感じた。人前で呻き声をあげたことへの恥じらいと、腹のあたりで続いている鈍い痛みのせいで、言い返す気力はほとんどなかった。

 父親の肘の横で少女が肩を震わせていた。腹の痛みに顔をしかめたまま見つめていると、急に少女は笑うのをやめ、申しわけなさそうにうつむいた。

 父親がにやりと笑い、口を開いた。

「はしたない娘でな。あんたが寝ている間、そのきれいな顔に見とれてずーーっとベッドの横に座っとったんだ。よくもまあ飽きないもんだと感心したがね」

 父親が話すうちに、少女の顔はみるみるうちに紅潮し、鮮やかな夕陽の色に染まっていった。

「名前は?」

 自分のものとは思えないかすれた声が出た。

 俺は、眠っている間中叫んでいたのだろうか。

「カウジ」

 少女は小さな声で言った。

「看病してくれてありがとう」

 無表情のまま、少女の頭を手の平で軽く叩いた。少女はうれしそうにへへっと笑った。ふと、以前同じように誰かの頭を撫でたことを思い出す。

「まあ、冗談抜きに」

 大男が急に真剣な面持ちになり、言った。

「全身にある小さい痣はなんでい。最初はなにかの病気で痘が腐っちまってると思ったが、どうやら違うようだし。しかも腹に向かって集まっているときた。そんな妙な怪我はそうそうお目にかかれんよ。一体なにでこしらえたらそうなっちまう?」

 無言で返した。おそらく三日三晩の間、手厚く看病してくれたとはいえ、まだ相手のことを信用できないでいた。

「まあ、話したくなければいいんだけどよ。……ほら、わかるだろう。物騒じゃねえか、家の近くで人が大勢死ぬなんてよう」

 父親は大きな肩をすくめた。

「少し時間をくれないか。事態が差し迫っているわけではない」

 兵士は、静かに言った。

「どうしてそう判断できる」

 相手の声には刺があった。

「俺が寝込んでいた時間は?」

「丸三日間だな」

「三日のうちにここは襲われていない。ここが安全な場所だという証拠だ」

「ははあ。そうと言い切れるかどうかまだ疑問だが、お前さんみたいな兵士が言うことならまあ信用してみるか。少なくともしばらくは安全なんだろう。そんで。お前さんは何者なんでい」

「見ての通り、セボに仕える兵士だ。身分を偽らなければならないような怪しい人間ではない」

「そっちの兵士と服装が違ったじゃねえか」

 父親は苛立ちも露に言い、隣のベッドに横たわる兵士を指差した。枕元には薄汚れた制服が畳んで置かれている。

「ふだんは内偵なんだ。密売現場の偵察中に戦闘への招集命令が掛かったのでそのときの格好のまま現場へ向かった。だから彼とは着ていたものが違う」

「なるほど」

 父親はごつごつした腕を組み、少しの間目をつむった。娘のカウジはなかなか途切れない問答の間、困った顔で二人の顔を交互に見ていた。娘の様子を確かめると、気分を切り替えるかのように長い息を吐き、再び口を開いた。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺あパパス・ユエグっていうモンだ」

「俺はエン。エン・ソルトバだ。よろしく」

 手を差し出す。

 大男は、なにを確かめているのかうんうんと頷き、それから出された手の平を握り返した。

「よろしくな、エン」






「本当のことを言おうとしない理由がようわからん」

「うーん。でも、悪い人じゃないと思う」

「そうか。そう思うか」

 パパスはにこっと笑い、娘の頭を撫でた。

「うん」

 カウジは満面の笑みを浮かべた。




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