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使い「リーダー」



 倫、俊、哲、夏季は「始まりの部屋」に戻った。室内は松明の本数が増えて、さきほどより明るくなっている。オスロ師士の顔も、ふだんの穏やかさを完全に取り戻し、十五分前よりも瞳の光は柔らかくなっていた。

 全員が席に着くと、オスロ師士が口を開いた。

「事は既に動き出している。乗り遅れないように、しっかりとついていかねばな。それも、味方同士、一致団結して」

 四人ともが、まっすぐ顔を上げ、オスロ師士を見つめている。

「リーダーが必要だ」

「リーダー?」

 敏感に反応したのは俊だった。

「うむ。二人以上となれば一つの集団だ。誰か一人、特権のある者がいた方がいい。特に君たちはそれぞれマイペースな向きがあることだし、まとまりを持たせるにはやはり代表者が必要だろう。それに、今現在ほとんど交流がない文官との連携もしたい。リーダーに選ばれた者には、諸大臣の報告会である『幹部会議』に出席して、文官たちとの意見交換に参加してもらう」

 倫を除いて、他の三人は目を点にしている。

 いったい誰が、そんな役目を負えばいい?

 三人は顔を見合わせた。

 決まってるじゃないか……。この四人の中で適しているのは、一人しかいない。

「それを今から決めるの?」

 倫が平然と言った。夏季は思った。たぶん倫は、自分が選ばれることを分かっている。だって、倫以外には考えられない。倫の口調はリーダーの発表を急かしている。

「……いや。今から決める必要はない。もう決まっているのだ」

 ところがオスロ師士は、倫の余裕を受け流した。彼女との一対一の対話を拒んでいるように見える。

「決まっている……? どういうこと?」

 オスロがさらりと言った言葉で、ここへきてようやく倫の顔つきに変化が見られた。言葉の意味を理解できない、といった様子だ。

「……この決定に、君は納得しないかもしれない」

 オスロは冷静に言った。倫が目を見開く。

「いったい、誰なの?」わたし以外に、とは言わなかったが、言葉でなくとも顔を見るだけで十分そう言いたいことが伝わった。

 オスロは一呼吸置いて、言った。

「夏季だ」





 同時にいろいろな声が上がり、部屋は破裂しそうだった。

「ち、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。夏季が? いちばん小さいのに?」

 と俊。

「セボの文字も読めないのに!」倫も平静さを取り払って、俊に負けない声で言った。「夏季は大臣たちとの議論になんかついていけないわよ。わたしなら、わたしならセボについて知識がある」

「おい、夏季は竜巻騒動を解決したんだぞ。あんたら二人はさんざん暴れたじゃないか。それなのにリーダーになりたいだなんて」

 とっさに哲が言った。

「そんなの、あんただって同じでしょ!」

 倫がヒステリックに声を荒げた。

 夏季は頭が真っ白になっていくのを感じた。手足の体温がどんどん外に逃げていく。オスロが大きな咳払いをした。

「倫。言っておくが、『幹部会議』は討論ではなく、議論の場だ。必ずしも、君のような強引さが必要というわけではない」

 哲と倫は椅子から立上がり、にらみ合ったままで静止した。俊はオスロを見ている。夏季は椅子の上で固まり、下を向いている。

「君たちが今言い合っている内容は、リーダーの決定にはまったく関係のない事柄だよ。『使い』のリーダーの決定には、体の大きさも、年齢も、持っているセボについての知識の量も関係ない」

「ああそうかい。分かったよ。だけど、どこをどう考えたら、夏季がリーダーになり得るんだ?」

 俊が怒り気味に言った。

「夢占いだ」

「……夢占い?」

 オスロの言葉を繰り返す倫の顔は、今にも泣きそうな半笑いに歪んでいた。

「覚えているかね。初めてこの部屋に来た日のことを。わたしはそこで君たちに夢について尋ねた」

「それがなんなの?」倫は息が上がっている。

「『使い』を束ねる者は七つの星を拝す」

「あ……」倫は何かを思い出したように口を開いたが、ぱくぱくとするばかりで言葉は出てこなかった。

「君がこれまでに見た著書の中にもきっと何度かこの一文が出てきただろう。その意味はまだ理解していなかったか? あれは代々伝わるジンクスでな。夢の中で、7つの光を見た者が『使い』を束ねる。それが夏季だった、というわけだ」

「そんな馬鹿な話があるか……」

 俊は押さえつけるような声で吐き捨てた。

「権力が原因の対立は、ほとんどの場合意味がない。自分にも相手にも、無駄な浪費を生むだけだぞ」

 倫と俊は、オスロの顔も、夏季の顔も見ずにふてくされている。哲はオスロの方を向いたままである。夏季は顔を上げることができなかった。

「皆で、夏季をサポートしてほしい」





 翌日の朝は朝礼だった。純白に包まれたベラ王女は壇上で輝いている。

 大衆の前にたった一人出て行くのは、心細い。「使い」任命のときは三人が一緒であったためリラックスできたのだ。夏季は足の震えを抑えられなかった。

 しずしずと進み出た夏季を前にした途端、ベラの儚い春の花のような微笑は、冷笑に変わった。夏季は王女の明らかな変化に気付いたが、その氷のような青い瞳から、目をそらさないように努力した。

「汝を、『使い』のリーダーと認定する。我に忠誠を誓うか」

 王女は厳格さを漂わせるためにわざと出す低い声で、重々しく言った。夏季は様式通りにひざまづいた。王女が頭頂部に手を添えたとき、夏季が誓いを唱える番になるはずだった。しかし王女は、少しかがみ込んで、桜色のふっくらとした唇を、夏季の耳元に近づけてくるではないか。

「調子に乗ると、ろくなことにならなくてよ」

 そのささやきを夏季ははっきりと聞き取った。ひざが震えるのは本当に、緊張のせいだろうか。

「ちかいます……」

 夏季は必死でのどに力を込めたが、小さなかすれ声しか出てこなかった。





 群衆はざわめいていた。今夏季が振り返って、人の群れを観察できたなら、アレモ、イルタが口をあんぐり開けて目を真ん丸にし、ウォローが説明を求めるように俊の横顔を睨みつけているところを目撃しただろう。

 四人の「使い」の中でリーダーに選ばれたのが、よりによって最年少の少女。身体的にも精神的にも、ここにいるどの二等兵より若い。しかし水の龍を出現させて街の誰もを驚かせたのもまた彼女である。多くの者にとって夏季が持つ可能性はまだ未知で、野次を飛ばすには早い空気だった。

 どちらにしろ夏季にとって中途半端なざわめきは耳障りだった。お前はリーダーなんかできっこない、やめてしまえと言ってほしい願望がいくらかあることを自分で認めている。嫌味や、へたな期待のようなものを聞かされながら役目を負うよりも、反対の声に折れていっそのことリーダーをやめられたなら……。


 朝礼が終わると、人々はまばらに広間の外へ出始めた。夏季がふと見回したとき、オスロがこちらを見て手招きしているのが目に入った。このまま広間を出ても人々の目線を浴びることになりそうだったから丁度いいと、夏季はオスロのところへ駆けていった。

「君が中心の役目を追わねば呪いには勝てない。『夢』は絶対だ。頼むぞ」

「はい。努力します」

 頼むぞとは無責任な言い方だと思いながら、夏季は適当な返事を返した。

「さて、仕事の話になるが。軍部の幹部は、大臣のわたしとラートン隊長、そして君の三人ということになる。一人増えたところで政務部の文官に比べると少数派だ。君には隊長が政務部から請け負っている仕事を手伝ってもらうことになるかもしれん」

「は……?」

「もう一年ほど前になるが、政務部の柱の一人がお亡くなりになった。彼のお気に入りであったラートン隊長が仕事の一部を引き継いだのだが、しかし隊長は近頃特に多忙でな。その文官が恩師だったから引き受けたものの、他人の仕事までこなすのはさすがに骨が折れるとこぼしておる。二人でよく話し合い、雑用を分担してくれるとありがたいんだが」

「隊長と話をしろと?」

 夏季は嫌悪を隠しもせずに、顔を歪めた。

「明日の幹部会議が良い機会だ。会議解散後にでも捕まえてみるといい」

 こともあろうかオスロ師士は微笑み、そして夏季を後に残して颯爽と歩き去った。


 夏季はぽつんと立ったまま、しばらく呆然としていた。

 なるほど。

 夏季にしてみれば先ほどの王女の態度は筋違いもいいところで、朝礼の後にオスロから話を聞いた後はそのことを考えれば考えるほど、胸の内が怒りで煮えくり返った。革の鞭でこれでもかというくらいに思い切り頬を張ったラートン隊長に、自ら進んで彼に話しかけるなんて馬鹿な話はない。

 ところが王女は夏季の立場に嫉妬している。簡単に言えば隊長のサポート役、事務面に限定されるとしても、言葉を交わす機会が増えることは間違いない。夏季の知る限り、ラートンがまともな会話を交わすのは、ベラ王女を除くと副隊長やオスロ師士、幹部の者など男衆ばかり。自分のような若い女の子が新たに加わることが、気に食わないのだと推測できた。


 今や兵士たちの注目は四人の「使い」ではなく、夏季だけに集まっている。多くの目線もヒソヒソ声も感じないようにすることを固く決意した。

 決意は固くとも、気持ちが晴れることがない。明日の幹部会議に向けて悩ましい考えが、暗いトンネルへとまっしぐらに向かっている。目線は遠くのテーブルで朝食を取る倫と俊に向いた。あの二人、わたしがリーダーに決まったとたん仲良くなっちゃって。なんて都合がいい人たち!

哲が夏季の前の席にやってきた。

「ひどい顔してる」

 哲が苦笑した。

「しなくて済むならしたくない。わたしの側にいてもいい気分にはなれないよ」

 夏季は王女のようにドスの利いた声で早口につぶやいた。王女のような威厳は無く、ただただ陰険だった。

「おはようのあいさつがまだだったなと思って」

 哲の笑顔は、決して自然なものではなかったが、相手を思いやる気持ちは伝わった。

「手伝えることがあったら言えよ」

「ありがとう。……ごめん。哲に当たったかも」

 夏季は突然声の調子を和らげた。哲は少し笑って、言った。

「いつ? 気付かなかったな」

 彼の意地らしさに思わず夏季は胸を熱くした。

「お言葉に甘えて、大変になったときは頼もうかな」

「あいつらは気にするな。感情的になってるだけだよ」

 哲が倫と俊がこちらを見ながらなにやら話し合っているのを見て、言った。

「そう?」

「そうだよ。オスロは『夏季をサポートするんだ』と命令したんだから、今に目を覚ますと思う」

 夏季は自分が感情的になっていたことに思い至った。倫が怒るのは無理もない。四人の中でいちばんしっかりしていたのは彼女だった。そして、誰かに認められたい願望があったのだろう。その努力が「夢占い」によってめちゃくちゃにされたのだから、ショックを受けたに違いない。俊については、性分の問題だが、彼の権力好きにはもう慣れた。こちらが大人になって考えれば、そう、彼もまた怒って当然の出来事である。

 今この場に、哲がいることがありがたい。彼がいなければ、人の気持ちを考えることを忘れ自分の頭の中だけで袋小路へ向かっていただろう。セボに来て、哲に同じ状況を助けられたのは二度目だった。母親の六季に言わせれば、一人になりたいときこそ、誰かといる方がいいということだ……。

「あ!」

 夏季ははっとして叫んだ。食堂内は、俊と倫を含め夏季を観察していた者も彼女の声と同時に飛び上がるという、奇妙な光景だった。

「なんだあ?」

 哲が驚いて聞いた。思わず奇声を発した自分を恥じながら、夏季が身を乗り出してひそひそと話した。

「オスロ師士に聞きたいことがあったのに。いろんなことがあってまた聞きそびれちゃった……」

「ふうん。なんのこと?」

 一瞬夏季は迷ったが、哲には話しても問題ないだろうと思い、話した。

「わたしの親のことなんだけど」

「夏季の親って……。住む世界が違うのに、オスロに何を聞くっていうんだ?」

 夏季は、厩舎の老人に言われたこと、水不足の村で自分の顔を見たことがあるという老婆に出会ったことを踏まえて、夏季の両親のどちらか、もしくは両方がセボへ来たことがあるのではないかという推測を話して聞かせた。

「ただの推測だし、……妄想とも言えるし。確証はないんだけど」

「まあ、今度いい機会があったら聞いてみればいいんじゃない?」

 哲はそれほど関心がないようだ。

「そう、だね」

 哲の反応をみてやはり自分の考え過ぎかと思いながらも、次こそは機会を逃さないようにしようと決めた。

自分との約束を心にしっかりと書き留めた夏季は、もう機会を逃すことはないだろう。

 夏季は自分に何度も言い聞かせた。次があれば、と。



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