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ステッキの女「俊ちゃん」


「俊ちゃん、お誕生日おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとー」

「ははは、おめでとうっ、しゅ~んちゃん」

「ヒューヒュー!」

「ありがとう……」

 これは、小学生がクラスのお友達を呼んで開いた「お誕生会」ではない。21歳になる男のために開かれた、れっきとした「誕生パーティー」である。

(なんで、この年になってまで、こんなパーティしなきゃならないんだ!?)

 俊は内心そう思っていた。しかし隣りで目に涙を浮かべて喜ぶ母には、笑顔を向けるしかない。このような集まりを企画するのはいつも母だった。俊が知らない間に大勢を招待している。

「俊ちゃん、大きくなったわねぇ……ママ、うれしくて……」

 俊の家庭事情を熟知していて本当に祝ってくれている友人もいるが、半分以上が「おい、聞いたか? 俊ちゃんだってよ」と顔に書いてあるのに俊本人が気付かないわけはないが、両親は全くお構いなしで純粋に息子の誕生日を祝おうとしている。場をしらけさせるわけにもいかず、俊は両親の前で必死に「俊ちゃん」を演じている。


 俊が幼い頃、母は病気を煩っていて、父が忙しいときは俊が母に付き添っていた。当時の父は会社役員で、接待やらなんやらで滅多にヒマができなかった。その甲斐あって今は社長にまで昇りつめたわけだが。今になって父親が語るのは、自分がいかに正しいかということばかりだった。まだ学生で世間を知らない俊にはピンと来るはずがない。

 母親が回復してから後は俊は甘やかされた。両親は、息子に引け目を感じているらしい。父親の思惑によって、小学校は人脈やお金に物を言わせた裏口入学だった。中学、高校、大学と学校はエスカレーター式に進学できるため、受験勉強というものの経験がない。もちろん進学に際して必要な試験はあるわけだが、俊は結果に興味が無かった。

 がんばらなくとも親が学校にはたらきかけて良い結果を得るのが常であったし、そういう生徒は、俊だけでは無かった。何かをコツコツと続けて順位を上げていくとか、才能を伸ばして褒められるなどという、回りくどい生き方の意義を俊に教える人間は、ひとりもいなかった。

 お小遣いは欲しいだけもらえた。俊は遊び惚け、いつもつるんでいるグループの中ではリーダー的な立場になっている。黒髪長身、社長の御曹司。顔は端正とはいかないまでも、これだけのものを持っていれば、男女にかかわらず遊び相手に困ることはない。

 そんなリーダーが、母親からは「俊ちゃん」と猫なで声で呼ばれ、父親から「俊ボウ」と肩を叩かれる。そのような姿を目の当たりにすると、大抵の友人は翌日から1歩引いた態度を取るようになる。せっかく手に入れたグループ内での権力も、毎年誕生日でリセットされるわけだ。俊にとっての誕生日は、皮肉なことに、まさに生まれ変わりの記念日なのである。

 もう、我慢できそうにないと、俊は膝の上で握りしめた拳を震わせていた。大学に入って3年、毎年恒例のこの行事のおかげで、もはや学校中にこの「俊ちゃん」の噂は浸透しようとしている。俊の様子に気づく様子もなく、俊の両側に座った両親は、ニコニコと笑っている。


 鼻歌まじりでパーティーの後片付けをする母親の背中を見ていた。

「母さん、ちょっといいかな」

「どうしたの? 怖い顔しちゃって」

母がにっこりと笑いかける。

「もうやめてくれないかな」

俊は表情を変えずに言った。友人が帰った今、もう感情を偽る必要はない。

「なんのこと、俊ちゃん?」

母は困った顔をしている。

「その、呼び方だよ!」

俊が急に大声を出したので、母が飛び上がった。

「何だ、急にでかい声を出して!」

父が怒鳴り返した。

「俊ちゃん……」

「うるさい! そんな呼び方をするなって言っているんだ!」

母親は泣き出した。

「わたしの優しい俊ちゃん。いったい、どうしちゃったの……?」

「……もう、俺に構わないでくれ」


「何をエラそうに!」

父親は、息子に負けないくらいの大きな声で喚き散らした。

「欲しがるものは全部与えて、さんざんかわいがっているのに、一体なにが不満なんだ!?」

「そういうのを、やめてほしいと言っているんだ。こんなに親に依存してるやつは、俺以外にいないよ。そのおかげで友達もどんどん減っていく……」

「ふん、自分の不都合を、全て親のせいにするわけか」

「そんなことは言ってないだろ」

「同じことだ」

父親が鼻を鳴らした。

俊が苛立ちに唇を震わせた。

「ここを出ていく」

「勝手にするがいい。カードも全て置いて行け。持って行っても使えないように手配してやる」

「あなた、そんなことしなくても!」

「こいつはわしらの愛情をはねつけたんだ。気に入らないというなら、こちらから扉を閉ざすまでだ」

俊は父親の顔を睨みつけたが、口を開いても、言葉は出てこなかった。

「何をぼさっとしている? さっさと出て行ったらどうだ!!」


 俊は小さなボストンバッグにありったけの現金と、少しの衣類などを詰め込み、急いで家を後にした。

(まさか、親父があんなに怒るとは思わなかった。いや、あんなに怒らなくてもいいじゃないか)

 夜道を歩いているうちに、ふと思った。

 これから、どこへ行く?

 俊には、こんな夜半に気軽に訪ねられる友人がいない。

 普段はいつも、俊が友人を自宅に泊めている。こっちから出向いたら、なんて思われるだろうか。そう思うと、俊のプライドは友人宅を訪ねることを許さない。

 今夜のパーティの後ではなおさらだ。きっと俊が訪ねたら、「俊ちゃあん、ママに追い出されたのお? ぎゃははは!!」とバカにされるのが関の山だ……。

 ホテルを探そうにも、今までそういうことはすべて親に任せてきた。何一つ自分でやったことがない。

 この21歳の青年は、1人では何もできない。裸同然だった。


 呆然と立ち尽くす彼を、電柱の影から観察する者がいる。

 一見、周囲の景色に溶け込んでいるように見えるが、一つだけ不自然なのは、ステッキを持っていることだ。服装からすると、若い女のようである。古ぼけたステッキは似合わない。


 俊は家に帰ろうと思った。さっきのことは全て謝って、家に入れてもらおうと。かっこ悪すぎるが、一人では生きて行けない。


 振り返りかけた時、若い女がステッキを振った。何も無い宙に文字を書くようにして。

 俊は消えた。


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