城「敵」
城に帰る一行は、酒場での出来事に和気あいあいとしていた。
「おい、あいつらなんなんだよ?」
俊がアレモに訊いた。
「あれはだな、大人の顔した子どもだ」
アレモが言った。俊と哲が納得したように深くうなずいている。
レナが「お前もそうだろ」とつぶやいた。
夏季が吹き出した。
「まさか、明日からいっしょに訓練なんてことは……」
哲がハッとしたように言った。
「そのまさかだよ。あいつらも二等兵だ。実際一番多いのは実戦向きの二等兵隊なんだから、俺らの年代で体格のいいやつは全部それに入ると考えてもいいと思う。安心しろ、オスロの前じゃやつら、何もできないさ」
哲の嫌悪に歪んだ顔を見て、アレモが一言付け足した。
「夏季、よく避けられたな。あの玉カーブかかってたぜ」俊が感嘆して言った。
「あんなのぜんぜん大したことないよ。平均台の上でだって避けられる」夏季が自信たっぷりに答えた。
「そ、そりゃすげーや……」俊は引きつった笑顔で言った。
「ねえ、哲ってもしかして、野球部?」
夏季は、哲のお返し速球を見たときに思いついたことを言った。
「いや、サッカー部だけど」さらりと答える哲だった。
「サッカーってなんだ?」
アレモが訊く。
「説明するのめんどくさいな。哲、ヒマがあったら今度やろうぜ」
「“ここ”にサッカーボールがあったらの話だけどな」哲が冷静に答えた。
「なかったら作りゃぁいーじゃん。生意気なチビだな」
「チビとはなんだ!」哲はムッとした。
実際、小柄な夏季と哲の背はそれほど違わないのだが。二人が俊と会話をするときは、相手の顔を斜め上に見上げなければならなかった。
「哲、ポジション当ててやろうか。ミッドフィルダーだろ」
突然、俊が言った。
「当たり」哲がムスッとしたまま言った。
「やっぱり!」俊がガッツポーズをした。
「だからなんだよ」哲がため息をつきながら言った。
「狙いが正確だって、褒めてやってんだよ!」
「余計なお世話だ」
俊が哲に蹴りを入れるのを見ながら、夏季はサッカーのプロリーグの試合で稀に見られる、正確なフリーキックからのゴールの映像が、頭に浮かんだ。
城に帰る途中、俊、アレモは上機嫌で、レナもおもしろがっていたが、夏季と哲は同じことを考えて、先行きの困難を思案していた。
「ねえ、今日のこと。仕返しとかないと思う?」
夏季は恐る恐る、思っていることを哲に言った。
少し先を歩く俊たちは大股で闊歩し、歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「ないとは言い切れないよな」哲が空を見上げて言った。
やっぱり、と夏季は少し落ち込んだ。
「君も俺と同じことを考えてるだろ。あいつら、俺たちに復讐するために、何かやらかすかも。あの態度を見てると、油断大敵だと思うよな?」
「哲がそう考えてくれているなら、ちょっと安心」
有頂天で歩く前の2人を見ながら、夏季が言った。
「今は、ダメだ。たぶん笑い飛ばされる。明日あたり、こいつらにも言っておくよ。聞く耳持つかは分からないけどね」
哲がもう一度、ため息をついた。
カルーとその連れは、暗い洞窟の中にいた。
岩でできたその洞穴は、どこに立っていても肩や腕や頭に水がぼたぼたと滴り落ち、衣服が体に張りつき、じめじめとして気持ちが悪かった。
「ここ、嫌なんだよな。来る度にぞっとする」
「黙れよ、キム」
カルーが怒ったように言った。カルー自身もこの洞窟を気に入っているとは言えないが、「あの人」に関する悪口は出来る限り言いたくないと思っていた。2人は壁伝いに奥へ、奥へと進んでいった。
通路の最深部には、大きな湖があった。暗闇のため、水面が黒く透明に見えない。そこに溜まっているのは得体のしれない液体と変わりはなく、ブーツを履いた足を中に入れることさえためらわれた。
湖の対岸で、誰かが待ち構えていた。よくよく目を凝らせば、その背後にはさらに暗い洞穴が続いている。
女の耳は、狐のように先が尖り、毛が生えていた。
「来たわね」
笑いを含んだその口調から、女の口がにんまりと笑っていることが想像できた。
「どうだったの、やつらは?」
「どうってことないですよ。ただのガキです」
カルーが答えた。
「カルー、お前もそうそう変わらないただのガキだ。お前はどう思う、キム?」
質問をされたキムは震え上がったが、答えた。
「……ええ。ガキには違いありません。しかし、小娘はするどい神経の持ち主でした。あと、もう一人。こっちの挑発に全く動じない。相手の魂胆を見抜く目を持っています。『呼び寄せ』された新手の『使い』は四人ということですが、俺たちが見たのは三人きり。残りの一人はまだ未確認です」
「カルー。キムを見習え。相手を見定めるときはこうでなければならない。相手に負かされ、怒りで本来の目的を忘れるなど論外だ。改めて訊く。少しは得たものがあったか?」
カルーは黙り込み、何も言わなかった。
「今日はもう行ってよい。ご苦労だった」
女はカルーとキムに背を向け、穴蔵に入っていった。