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城「晩餐」


 なんなのだ。あの人は。あんな剣幕はあり得ない。

 夏季は倫の態度に混乱してどきどきしながら、鍵を取り出し、鍵を回し、部屋に入った。

「わ」

 想像していたよりもずっと良い印象で、声を漏らした。城全体の古さに比べて、宿舎はまだ新しいようである。少なくとも、夏季が母親と暮らす、畳が毛羽だっているようなボロボロのアパートよりはずっと立派で、ホテルにでも来たような気分になった。ベッド、机、クローゼット。その他必要なものは全て揃っている。ただ、やはり俊が言ったようにキッチンはないし、バスルームもない。

 夏季は皺のないシーツをかけられたベッドに倒れ込むと、そこで初めて、体の疲労が激しいことに気付いた。うつ伏せに寝転んでいるうちに眠りに落ちていた。


 コツッコツッ

 なにかの物音で目を覚ました。いつの間にか日は沈み、部屋が暗くなってる。夏季はのっそりと起き上がった。

 コツッコツッ

 ドアをノックする音だった。

「夏季、いる?」

(誰だろう?)

 聞き覚えのない声だった。ベッドから降り、重い足で体を運び、恐る恐る、扉を半開きにすると……

「こんばんは!」

 女の上半身は宙に浮いていた。

 はて……?

 先ほど会ったばかりなのに、名前を覚えていなかった。

「あたしはレナよ。はじめまして!」

(はじめましてとはどういうことだ。昼間、オスロといっしょにいたのはレナじゃなかったっけ。セナ、ソナ、ソナタ、あれれ? あー。もう、わかんないや……)

 目を覚ましたばかりの夏季の思考は混乱していた。

「どうも、夏季です……」

「最初に謝っておくわ。あなたたち四人を森に吹っ飛ばしたのはあたしのせいなの。集中力が足りなくて。ごめんね!」

「いえ、お気になさらずに」

寝ぼけて、そんな返事をしていた。許すから、もう少し寝かせてほしいと思った。

「お腹すいたでしょう?食堂に案内するわ」

気付けば、空腹は吐き気がするほどになっていた。


「男の子はセナが案内してるの。あなたの相棒、部屋にいないみたいだけど、どこにいるか知ってる?」

「うーん。たぶん、図書館かな」

倫が相棒というのは疑わしいが、答えた。

「そう。まあ、後で呼びに行くとして、先にあなたを案内するわね。ついて来て!」

 夏季はだんだんと目が覚めてきた。目の前に浮かんでいる団子頭の少女を見ながら、あと何人くらいが、こうやって宙に浮いているのだろうと、大きな欠伸をしながら考えた。

 松明に照らされた階段を降り、どこぞの廊下を歩き、厨房の前を通り過ぎ、やがて大部屋に着いた。木目の浮き出た粗末な作りの机と椅子が、無数に並んでいる。食欲をそそる、いいにおいが立ちこめていた。

「ここが食堂。お腹がすいたらここに来ればよし。大体いつでもなにかしらの食べられるものが、置いてあるってわけよ」

レナと名乗った少女は、誇らしげに胸を反らせて言った。

「どうも、ありがとう」

料理のにおいをかいだことで、夏季の空腹は限界に達した。

「男の子たちは、ほら、あそこにいるから」

レナが指し示す先には、哲と俊が席に着いていた。二人の、知らない若い男が一緒に座っている。

「じゃ、あたしはもう一人の子を呼んでくるね!」

レナは手を振り、倫を呼ぶために、ふわふわと去っていった。

食堂に入って、まっすぐ哲たちのところに歩いて行った。周囲の目線が痛かった。夏季の服はやはり、注目の的である。

「よう。あんたいい加減に着替えたらどうだ? ずいぶん目立ちたがりなんだな」

 俊がニヤニヤしながら言った。彼が着ているのは黒いTシャツのようなものに、生成りのやわらかそうな生地のズボン、足元は革の編み上げショートブーツだった。似合う、似合わないは別として、周りに溶け込んでいた。

「着替えるって言ったって。服ないじゃん」

「クローゼットに何着か入ってるよ」

哲が言った。

 彼はまだ着替えていないが、白いワイシャツにネクタイ、学校の制服だろう、紺のズボンだった。夏季のチェック柄のプリーツスカートよりはまだ目立たない。

「クローゼットの中、見てないよ」夏季が言った。

「今まで何してたんだ?」俊が尋ねた。

「寝てた」夏季は正直に答えた。

哲が笑った。

「俺も、俊に連れ出されなかったら寝ていたと思うよ。疲れたもんな」哲が食事の載ったプレートを夏季の目の前に押し出した。「夏季の分だよ」

「ありがとう」優しい子だなと、夏季がため息をついた。

プレートに載っているのは赤い色をしたなにかのスープの椀と、ジャガイモのような物体(ただし緑色)が盛られた皿だった。

「昼寝くらい、無理ないよな。俺らの中で今日、一番苦労したのはあんただし」

俊が言った。

「ほんと、よく寝た」

夏季が眠そうに言った。できればあのまま寝かせておいてほしかったくらいだった。

「おい、まさかこの子も『使い』なのか?」

若く、赤毛で、がたいのいい男が喋った。少しも遠慮せずに、夏季を上から下までじろじろと見ている。

「まあ、そうらしいな」俊が答える。

「へえ、そりゃ驚きだ。こんなに小さい子が。はじめまして、アレモだ」

赤毛の男が手を差し出す。

「はじめまして、夏季です」

夏季は男と握手した。私をいったい何歳だと思っているのだろうと、気になった。

「俺はイルタ」

もう一人、黒髪で猫背、ひょろっとした男とも握手した。

二人は小麦色に日焼けしている。年は俊と同じくらいだろうか。

「二人とも二等兵で、俺たちといっしょに訓練を受けるんだとさ」

俊が説明した。

「まあ、受ける訓練も途中で変わってくるだろうよ、もちろん」赤毛のアレモが言った。

「なにせ、あんたらは『使い』なんだからな」のっぽのイルタが言った。

「その『使い』ってやつ。いったいなんのことなのか、誰かにうまく説明してもらいたいな。わたしたちに関係あることみたいなのに、よく分からないんだよね」

夏季が鼻を鳴らした。

「『使い』っつったらなあ。エラい人たちだよな。なにせ国を救うんだから。どうやって救うのかは知らんけど。確か前の『使い』が現れたのは、俺が産まれるか産まれないかくらいの頃?」

アレモが言った。

「俺たちの前に何人くらいいるんだ?」

哲が言った。

「さあね。ずいぶん昔から、この『呼び寄せ』ってやつは行われているらしいから」

「ふーん。それじゃあ、わたしたちの他にもいるの?」夏季が言った。

「『呼び寄せ』はこれで終わりなんじゃないのかな」

「どういうこと?」

「『呼び寄せ』でほかの国から来るのとは別に、もともとこの国で暮らしているやつらも何人か『使い』として選ばれるんだ。あんたらは、四人だっけ?だからあと何人かはこっちの人間が選ばれているはずだ」アレモが、自分の夕食を口に運びながら言った。

「へえ、そうなんだ」

アレモという男に興味本位で質問した夏季にとっては、『国を救う』だとか『選ばれる』という言葉がうっとうしかった。

「その誰かってのはいつ分かるんだろう」俊が言った。

「さあな。上層部のエラい人が勝手にやってることだから、俺たちみたいな下っ端にはあまり情報が下りて来ない」

「オスロさんなら知ってるかな」

 哲が、アレモの顔を見ずにぽつりと言った。今話している内容よりは、目の前に出された新種の食べ物をフォークでつつくことのほうが楽しい、といった様子だ。

「そりゃ知ってるだろ。軍部を仕切ってるのはあの人なんだから」

アレモの言葉に、イルタが力強く頷いている。

「そんなにエラい人だったんだ、あのじいさん」

哲は素直に驚いた。


「やあ、君たち」

 噂をすれば、だった。

 声をかけたのはオスロ師士だった。夏季たちのテーブルに近づいてくる。

「いっしょにいいかね」

 オスロは自分の食事が載ったプレートを持って、やって来た。アレモとイルタは軍師が同席することに明らかにびびっている。対照的に、夏季たちは昼間の穏やかな面接があったので、リラックスしている。たまたま会ったおじいさんと、これまた偶然再会したような気分だった。

「まず、今日はご苦労だった」

「ほんとに」と夏季。

「みんな、お疲れ」哲。

「やれやれだな」俊。

「宿舎はどうだね」オスロが真面目な顔で言う。

「文句ないです」哲が言った。

「キッチンが欲しかったかな」

夏季が自分の皿の上のものをフォークでつつきながら、ぼそっと言った。

「おや、もう一人はどこへ行った?レナを呼びに遣ったんだが」

「たぶん図書館です。レナさんにそう言ったら、呼びに行きましたよ」

夏季が答えた。


 そのとき、広間にいる全員が振り返るような音を立てながら、ものすごい勢いで食堂の扉が開いた。ほこりをまき散らしながら派手に登場したのは倫だった。周りの兵士はカビ臭さに顔をしかめている。倫は夏季たちが座っているテーブルにまっすぐやって来て、オスロの目の前で立ち止まった。

「図書館で寝てもいい?」

一言目がこれだった。真っ黒な瞳には危険な光を帯びている。

「……まあ、別にいいと思うが、わたしに訊かんでくれ」

「今、『いい』って言ったわね」倫の目が光る。

「ああ、言ったな」オスロは困惑した様子で答えた。

 倫は夏季の食べかけのプレートをぶん取ると、脇目もふらずに食堂を出て行った。嵐のようにやって来て、去って行った倫の行動に、食堂全体が騒然としている。

「おい、まさか、あれも『使い』なのか?」

アレモが驚いて言った。

「まあ、そうらしいな。目がイっちゃってるけど」

俊は呆れた様子で答えた。「あいつの名前は『本の虫』だ。よく覚えておけ」

「覚えとくよ」イルタがニヤニヤしながら言った。

「あれ、あたしのご飯だったのに」

夏季は諦めて、新しいプレートを取りに行った。

 食堂が平穏を取り戻した頃、今度は倫を呼びに行ったはずのレナが、泣き顔でオスロのところにやって来た。

「あの子、私の顔を見るなり『あんたの顔は見たくもない!』って怒鳴ったんですよ。目つきが怖いし、なんだか嫌な感じ……」

「まあ、無理もないだろう。倫を『呼び寄せ』たのは君だからな。彼女はしっかり覚えていたようだ。相手に顔を見せるでないと言ってるのに、お前ときたら。自分をさらった犯人の顔を見て喜ぶ人間がどこにおる?」

「あっ! あんたは、あのときの!」

急に哲が大きな声を出した。手に持ったフォークでレナを指している。

「レナ、君はこの子の『呼び寄せ』でも顔を見せたのか?」

「……すみません」

「まあ、傘はありがとうね」

哲がフォローするように言った。

「傘?」夏季にはなんのことだか分からなかった。

「まあ、どうでもいいことだよ」哲が夏季に耳打ちした。


「さて、昼間も話した訓練のことだが、明日は休みとして明後日から始める。それまで城と城下町を自由に探検してよいぞ。あまり遠くに行き過ぎないようにな」

「訓練」の言葉が出たところで、夏季と哲と俊は顔を見合わせた。

やはりこのおじいさんは本気で、四人を入隊させるつもりなのだ。

「その点『本の虫』さんは心配ないよな。あの様子じゃ図書館から一歩も出ないだろ」

イルタの突然の言葉に、夏季と哲はくすくすと笑った。俊は倫の名前を聞いただけで顔をしかめた。


食事の後、夏季、哲、俊の三人は連れ立って宿舎に向かった。

「明日はどうする?」

哲が言った。

「俺、ちょっと街に出てみるよ」

俊が言った。

「わたしは、わからない」

「俺もどうしようかなぁ」

「おいおい、有意義に使えよ。明後日からは地獄が待っているんだから」

「地獄かどうかはわからないだろ」

「だって兵士の訓練だぞ」

「ねえ、倫さんに言っておいた方がいいかな。明後日から訓練だってこと」

「言ったとしても、あの様子じゃ噛み付くだけだろ。ほっとけよ」

俊は、どうでもいいといった態度。

 また怒鳴られるのは嫌だし、放っておくのが一番かな、と夏季も俊にならって思った。

「あ、そういえば。今日の昼の『面接』だけど、あなたたちは何を訊かれた?」

夏季がふと思い出して言った。

「『夢を見たか』。で、見たって言ったら内容を詳しく話せだと。面接だって?入隊するための尋問かと思ったのに、ふざけてる」

俊が言った。

「俺も同じようなところかな。いったい何を知りたかったんだろう?」

「そうね、やっぱりそうよね。わたしも同じことを訊かれた」

 夏季たちはしばらく頭をひねったが、結局、昼間の面接がなんのためであったのか、答えは出るはずもない。

「あと、俺はなんだか褒められたぜ。森に吹っ飛ばされたところで4人のまとめ役になってくれてありがとうとかなんとか」

 俊がニヤけた顔で言った。面接の後で俊がうれしそうだったのは、ひょっとしてそのせいだったのか、と夏季は思い至った。

「はあ? 誰がまとめ役だって? その辺ちょっと歩いてみようとか言い出したのはあんただ。おかげで夏季がひどい目に遭ったじゃないか」

哲が語気を強めて言った。

「まあまあ、それはあたしが勝手に道を外れたんだし……」

哲の怒る様を見て、夏季が慌てて言った。

「ああ、その通り。その件に関して俺に責任はない」

俊はきっぱりと言った。

 男子棟と女子棟が別れる階段の下に着くと、俊はおやすみを言って、さっさと階段を上がっていった。

 夏季は俊の言動に少し腹が立った。

(責任がないってことは、ないんじゃない?)

「褒められたって言ってもそれだけだろ。なにを調子に乗ってるんだか。あいつちょっとおかしいよ。誰も頼んでないのに仕切りだすタイプだ」

 哲は、俊が消えていった階段の奥の闇を見上げた。夏季はなにも言わなかったが、頭で考えていることは哲と似たり寄ったりだった。

「その、昼間は助けられなくて悪かった」

急に、哲が情けない顔をして言った。

「そんな、あなたが謝るようなことじゃない。ほんとに、悪いのは勝手な行動をしたわたしなんだし」

夏季は慌てて言った。

「どうして、道をはずれたんだ?」

「ああ。あのね、人の声みたいなのを聞いたような気がしたんだ。なにかなーって思って」

「ふうん。声、ねえ。一人で行かなくても、言ってくれればよかったのに」

「うん。ごめん」

夏季は、そういえばあの声はなんだったのだろうと思った。

「じゃあ明後日にな。明日も、どこかで見かけたら声かけろよ」

「うん、そっちもね。おやすみ」

「おやすみ」

二人は別々の階段を上っていった。


 夏季は服も着替えずに、風呂にも入らずに、そのままベッドに転がり込んで眠りに落ちた。

 深い眠りにもかかわらず、夢を見た。

 夢の中で、巨大な水柱が天に昇っていくのを、夏季は口を開けて眺めていた。



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