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愛のかたち「後の祭り」





 横たわるベラ王女は気を失っている。

 夏季に見向きもせずに、ラートンが王女の方に駆け寄った。

「しっかり。ベラ」

 切羽詰まった様子でラートンがベラを抱き起こし、背中と頬に手を添えた。

 小さく唸ったベラは、うっすらと目を開けた。

「ああ。シエ」

 ベラがシエ・ラートンの顔を見ると、ホッとしたように微笑んだ。それから、何かを思い出し、顔を歪めた。

「わたしはなんということをしてしまったのでしょう」

 王女の目から涙がこぼれ落ちた。

「怒っているのでしょう、わたくしのことを」

「いいや、怒ってなどいない」

 ラートンが一言、つぶやいた。

「軽蔑しているでしょう」

「そうではない。ただただ、心配だ」

 ベラが顔をくしゃくしゃにしてむせび泣いた。ラートンは背中に添えた手で彼女が身体を起こすのを助けた。

 ひとしきり泣いた後で、ベラはラートンの顔をまっすぐに見て、言った。

「わたしのそばにいて、支えてほしい」

「仰せのままに」ラートンが答えた。

 どこからともなく花弁が舞い込み、二人を包み込んだ。白やピンク、赤色の大きな花弁が舞い散った。まるで王女の心のうちを表すような、甘く華やかな光景だった。






 かたく抱きしめ合う二人の男女を見て、夏季は嗚咽を漏らした。もう二度と届かない自分の想いを仕舞い込むが、代わりに悲しみが溢れ出して止まらない。

 彼女の想いを受け止める相手はもういなかった。

 やがて床を這ったままで、涙が枯れるまで泣いた。

 その横を、手に手を取り合ったラートンとベラが連れ立って歩いていく。

 床に鎮座している壷が白い光で爆発した。

 這いつくばり、握りこぶしで床を叩く夏季の背中の上に、ばらばらと破片が飛び散った。

 哲は膝から崩折れた。俊がラートンの背中を睨みつけていた。倫は静かに涙を流し、夏季のそばで、背中をさすった。

 ネレーは祈るように、両手を握り合わせていた。その両目からは、静かに、涙がこぼれ落ちた。







 人々は祝福した。

 ベラ王女とシエ・ラートンが手と手を取り合って皆の前に立っている。

 二人は互いに支え合うことを宣言した。

 誰も違和を唱えない。

 当初から望まれていたような空気さえあった。

 お似合いの二人だと、皆が口々に言っていた。

 夏季とラートンの関係の変化に気付いた者はほんのわずかだった。一部の軍部の関係者と、二人に近しい者だけだ。

 ユニは泣き続ける夏季を抱きしめた。

 母親はすでにセボを後にしており、彼女の代わりにと。

「夏季。あなたもセボを発って、そしてお母さんに話しなさい。抱きしめてもらって。わかったわね?」

 ユニはぽろぽろと涙をこぼしていた。

 夏季はされるがままで、頷きもしないでひたすらユニの肩で泣き続けた。


 憲兵たちは憑き物が取れたように態度を変えた。「使い」たちを追い回すことを止めた。そして必要以上に王族を崇めることもなくなった。王室復権派と称していた人々は、攻撃的な思想は鳴りを潜め、一日のうちに数回、かつての王の肖像に向かって祈るだけの、ひっそりとした宗派に戻った。






 セボの日常が取り戻された頃、ベラ王女は罪に問われた。罪状はロイ・パソンと召使いニッキの殺害だった。ラートンの証言により、壷の呪いの事情が把握されたため、民からは同情の声が溢れた。しかしベラ王女は自ら罪を償うことを申し出て、進んで投獄された。

 ベラ王女の供述では、焼き菓子に毒を盛ったとのことだった。それをロイ・パソンに食べさせるつもりで部屋に呼び出したものの、憲兵による囚人脱走の報告により、パソンと、召使いのニッキを部屋に残して出て行った。地下牢と尖塔の囚人に逃げられたことを確認した後で、部屋に戻ったところ、二人とも焼き菓子を食べて倒れていたという。しかし、そこでラートンが指摘したのは、ニッキの方が先に絶命したらしく、ニッキの死を見届けてから、パソンが菓子を口にした可能性が高いということだった。

「想像にまかせるしかないが、おそらくロイ・パソンはベラ王女の暴走を止めるためにわざとニッキが焼き菓子を食べるように誘導した。そして、これこそ想像するのみだが。パソンはすべて推測していたのではないだろうか? ニッキが亡くなることで、王女が我に返る可能性が高いこと。そのためにニッキに焼き菓子を食べさせなければならないが、パソンはそんな自分を赦すことができず、後を追って焼き菓子を口にして、あえて自ら絶命した」


 一方で、厳しく裁かれたのはピルツだった。セボの城に壷を持ち込んだことを認めたためだ。王女のそばに壷を置いたことが反逆罪であると判断された。

 部下であったネレー・ドゥーラは終始冷静に元上司について淡々と証言をした。日々感じていた違和感、野心家としての彼の一面に結びつく態度や癖など。そして異様に高いプライドについて。

「わたしが行ったのは研究だ! セボの歴史の仮説を証明したのだぞ! わたしを高く評価するんだ!」

 ピルツが簡単に壷を運んだことを認めたのは、自身の功績を証明したい一心からだった。裁きの場で叫ぶのをやめないピルツは、引きずるようにして、地下牢に連れていかれ、そこから地上に出てくることは二度と無かった。







 時間だけが過ぎていき、夏季は次第に涙を流さなくなった。

 朝礼で、シエ・ラートン師士から、勲章を授与された。

 互いに微笑み合うことはもうない。

 軍を束ねる男と、その他大勢の兵士の中の一人という主従関係。

 ラートンはベラ王女と面会するために、地下牢に足繁く通っているという話だった。

 ラートンは一人でいることが多くなった。

「それはすべて王女のためだそうだ。俺にはそう教えてくれる。以前のような彼に戻ってしまったわけじゃないんだ」ハリル隊長がしみじみと言った。

 兵士が訓練で使用する広場のはずれの、木陰で休んでいた。

「諸悪の根源であった『壷』が壊されたのだから、もう『使い』が呼ばれることはなくなるのかしら?」倫が言った。

「それはどうだろう」ネレーが言った。

「セボに危機が訪れるとしたら、けっきょくは人の考えに依るもので、必要ならばきっとまた『使い』に頼るだろうさ」

 何かを悟ったような、話しぶりだった。

「だいぶ頭が柔らかくなったようで。頑固なネレー君もなかなかおもしろくて好きだったんだが」ハリルがニヤニヤとして言った。

「そうなのか? ……わたしのことを、馬鹿にしていただろう」ネレーは横目でちらりとハリルを見た。

「大好き!!」ハリルが突然ネレーに抱きついた。ネレーが悲鳴をあげた。二回り以上年の多い男の身体を剥がすのに、必死だった。

「平和っていいよな」イルタが木陰をつくる木々を見上げて言った。

「まあな」アレモは寝そべっている。

「いつ結婚するんだ?」アレモが眠たそうな口調で言った。

「明日には婚姻の届けを出そうかと」イルタが照れ臭そうに笑った。

「じゃあ今夜は『ヒムラ』に行くぞ!」アレモが拳を突き上げた。

「今夜『も』でしょう」倫が笑う。

 夏季は傍らで膝を抱えていた。事あるごとに倫から声を掛けられて、皆の後ろをついて歩いていた。口数は少なく、表情にも乏しいが、こうしてにぎやかな会話を聞いていれば、一人でいるよりはホッとできる安心感があった。

「夏季、行こうよ」

 倫に声を掛けられた。

 気づけば皆、腰を上げて広場を歩き始めている。夏季はハッとして、皆の後を追った。





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