城「夢占い」
倫と軍人オスロ、宙飛ぶセナを残して、他の者はみんな部屋の外に出た。
「頭痛い」
夏季が不機嫌な顔をして言った。
「まだ休んでた方がいいんじゃないの?」
哲が言った。
「さっきまではよかったんだけど、あのおじいさんの話を聞いていたら……」
「うん。わかるな、それ。もう何も考えたくないよね」
俊が言った。
「帰れない、みたいだね」
こめかみを擦りながら、夏季が言った。
「脅しだろ」
俊が笑いながら言ったが、森で見せた貼り付けたような笑顔が、今はひきつっていた。
夏季は思った。部屋の中にいる彼らは何らかの目的を持って私たちをさらったのだ。その目的が達成されるまで、解放することはないだろう。誘拐されたようなものだ。ただし彼らには客人を丁寧に扱う準備があるようだし、こちらが承知できる内容かどうかは分からないが、事情の説明は、してくれそうだった。
「なあ、さっきあのプカプカ浮いてる人とママがなんとか言ってたけど、あれってなんのことだ?」
哲が言った。
「なんでもない」
俊は哲の顔を見ずに、ぼそりと小さな声で答えた。
「おかしいよ。なんで会ったばかりなのに、二人にわかる話があるんだ?」
「俺にもよくわからない。どうしてあいつがあのことを……」
俊が考え込むように言った。
「あのことって?」
夏季も興味があった。
「別になんだっていいじゃないか!」
夏季と哲は好奇心を隠そうともせずに、期待を込めて、俊の顔をしげしげと見つめた。
「お前ら、年上の顔をそうやってじろじろ見るな」
俊が苦々しい顔で目を細め、二人を睨みつけた。
「年なんて関係ないだろ!」
哲がピシャリと噛みついた。
部屋の扉が開き、倫が中から出て来た。
「次のヒト入れだって」
無愛想にそう言い残すと、スタスタと歩いて行ってしまった。
「おい、どこ行くんだよ!」
俊が呼びかける。倫は歩きながら、頭上で鍵らしきものをチャリチャリと振ってみせた。
「鍵?」俊が言った。
「倫さんの部屋の鍵じゃない?」夏季が言った。
「ほぉー」俊が感心したように、あごに手を当てた。
「次の者、入るがよい」
部屋の中からオスロが呼んだ。
「誰が行こうか?」夏季がおろおろと、俊と哲を交互に見た。
「俺行くよ」
そう言って、俊が部屋に入ていった。
「あいつ、逃げたな」
哲が舌打ちした。
「あの女の子との、会話のこと?」夏季が言った。「なんだろうね。何があったんだろうね」
「ま、どうせ大したことないよな」打って変わって、哲が表情を和らげた。「こういうのってさ、大体期待して損するんだよな。さんざんもったいぶっておいて『実は……』なんて打ち明けられても、きっとがっかりするだけだもんな」
夏季はくすくすと笑った。
「ここは安全みたいだな」
「うん。そうみたいだね」
「よく助かったよなぁ、あそこから落ちて」
「あたしもなんだかよく分からない。落ちてる間に気を失って、目を覚ましたら洞窟にいたんだ」
夏季は、包帯に巻かれた左手をさすりながら言った。洞窟の住人カイハの間に合わせの処置が効いたのか、痛みはすでにほとんど無くなっていた。
「洞窟だって?」
「そう。氷で出来ているの。女の人がいてね、とても親切で。出口を教えてくれたんだ」
「はあーん。なんか、まるでおとぎ話だな」
哲はやれやれというふうに天井を見上げた。
「さっきのあれはなんだったの? 森で。空が暗くなったかと思ったら、なにか黒いものが……。それから、なんでか知らないけど目の前が真っ白になって」
「ああ。それはあのセナっていう人と、もう一人なんとかっていう人が助けてくれたらしい。俺も目の前が真っ白になって何がなんだか分からなかったけど。で、気付いたらここにいた」
「気付いたら? それってどういうことかな。ワープしちゃったわけ?」
おかしなことが起こり過ぎて、話し合う話題は尽きそうにない。
扉が開いて、俊が出て来た。
「じゃあ、お先。またな」
俊はなぜかとても嬉しそうである。廊下を歩いて行ってしまった。
「お先にどうぞ。」
夏季が哲に促した。
「いいの? じゃあお先に」
夏季と哲は一瞬、笑顔を交わした。
夏季は廊下で一人きりになると、これまでに起こったことが突然頭を駆け巡った。
氷の洞窟で見た狐の耳を持った人間や、宙に浮かぶお団子頭の女など、納得のいかないことは多々あるのだが、オスロという人物がここでの保護者のようであるためか、不安は軽減されていた。彼は全てを把握しているようである。
なにより、この特異な状況にいるのが夏季一人ではないという事実のおかげで、自分が狂っているわけではないことが分かる。もしもあの森で一人きりだったら、今頃自分がどうなっているのか、想像がつかない。しばらく様子を見るしかない、と思えた。『兵士の訓練』なるものは多少気掛かりではあったが……。
しばらくすると、部屋から哲が出て来た。手にはやはり鍵を持ち、哲はそれをしげしげと見つめている。
「どうだった?」夏季は不安げに、哲に声を掛けた。
「どうってことない。別に怖くはないから、安心しろよ」
二人はもう一度笑顔を交わした。哲は手を振りながら廊下を歩いて行った。軽く深呼吸をして、夏季も部屋に入った。
「ここに座りなさい」
オスロの目の前に丸椅子か置かれていた。セナはオスロの背後に控えて、宙に浮いている。部屋には窓もなく、一本の松明で照らされ、薄暗い。
「喬松夏季」
「はい」名前を呼ばれて、反射的に、返事をした。
この人はなぜ自分の名前を知っているのだろうか? 夏季はいぶかしい。
「最初に、トラブル続きで済まなかったね。主にセナの相棒の責任でな。彼女には今、罰として外の仕事をやらせている。君は森で、崖から落ちてカイハの洞窟に辿り着いたそうだが」
「はい。生きているのが不思議です」
夏季は正直に言った。
セナが暗がりでクスッと笑った。
「まったくだ。まあ、私が思うに、それも君の力のおかげだろう」
「特別な力、ですか?」
「そう。『特別な力』だ」
二人はお互いに、相手の思考を探るように見つめ合った。やがて、ひと呼吸おいてから、オスロが言った。
「さて、本題に入ろう。君は夢を見たかね?」
「夢……。さっきですか?」
夏季は不意を突かれた思いで、少し首を傾げた。
「さっきというか、この国に着いたばかりのことだ」
「ああ……。はい、見ました」
「どんな夢を?」
「……まず、わたしのお母さんが出て来て」
夏季は思い出しながら言った。
「ふむ」
「その後が、よく分からないんです」
「詳しく」
「えーと、光が、六つか、七つくらい。小さな光が、だんだんと大きくなっていくんです」
「他には?」
「最後に、馬、かな? なにか黒いものを見ました。でも、ほんとうに、よくわかりません……」
「そうか。ありがとう」
どのような意味があるのかは分からないが、その夢はたしかに不可解で、不思議なくらいによく覚えていた。それにしても、この人はいったいどんな狙いで人の夢の内容などを訊くのだろうかと、夏季は怪しんだ。
「君たちには一人につき一部屋が与えられる。これが部屋の鍵だ」
オスロが上着のポケットから鍵を取り出し、それを夏季が受け取った。
「兵士の宿舎は、扉を出て廊下を右にまっすぐ。突き当たりに階段が3本あって、左を上ると女子棟。右を上ると男子棟だ。まちがえて男子棟に行くとタチの悪いのに出くわすかもしれないから、気をつけなさい」
タチの悪いのってどんなのだろう、と思いながら、言われたことを頭に叩き込んだ。
「私から用があるときは、レナかセナを遣る。あと数時間で夕食だが、それまで城の中を自由に見学してよろしい。ただし、念を押すようだが、兵士の中には少し常識から外れたやからもいるから気をつけるように。いいね?」
「はい、わかりました」
すでに、常識は外れていると、夏季は心の中で思っていた。
「では、また後日」
オスロによる奇妙な面接を終えた夏季は部屋の外に出た。
薄暗い部屋の中には、セナとオスロ師士だけが残っていた。
「決まりです」
セナが言った。
「そのようだな」
オスロ師士は、おもむろに答えた。