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断罪の時「朗読会」




 草木の生えない荒野にぽつんと一軒たたずむそれは、見覚えのある小屋だった。

 きちんと鍵を閉めてその建物を後にした時からそう長い時間は経っていない。

 日がとっぷりと暮れた闇の中で、小窓から暖かい光が漏れている。そしてにぎやかな話し声。


「俊?」

 わずかに開けたドアの隙間から、驚いた様子の哲の顔が覗いた。

「よう、久しぶりだな」俊がにんまりと笑った。

「まさかここまで逃げてきたのか?」哲は戸惑いを隠せない様子だった。

「かくまってもらいに来たわけじゃないさ」イルタがニコニコして言った。

 三人が無駄なく暮らせる程度の広さの家の中は、とたんに人であふれ、手狭となった。

 哲と、ユエグ親子は少々傾いたダイニングテーブルで席についた。他の者たちは、テーブルの近くに立っていたり、窓際に背をもたれたりと、互いにぶつからない程度に散らばっていた。

「やっと元の世界に戻れると思ったそばから飛んだ目にあったな」テーブルの傍らで、俊が哲を見下ろして言った。

「俺は戻らないよ。元の世界に」哲が顔を上げてきっぱりと言った。

「え?」夏季が声をもらした。

「だからこそ、今起きている問題を解決しなければ、パパスさんやカウジに迷惑がかかってしまう。俺はようやく守るべき家族を見つけたんだ。決して、傷つけさせはしない」

「男前だこと」倫がふーんと感心した。

「かっこいいな、お前」俊が言った。

「助けに行けなくて、ごめんな夏季」哲は窓際にいる夏季の方に身体を乗り出して言った。

「そんなこと言わないで」夏季は無理やり笑顔を作った。ますます悲しくなるから、という言葉をやっと飲み込んだ。

「わかってくれ。カウジを守りたかった」哲が言葉を続けた。

「わかってる」夏季がぽつりと応えた。

 嘘ばかり。何もわかっていなかったくせに。

 夏季は自分に文句を言いたかった。彼は自分が本当に大切にしたいものを見つけたのだ。彼の家族。それは彼が元いた世界には無かったものだった。

「ところで、君たちの荷物の中に『壷伝』の本なんかを持っていたりしないかい?」ネレーがずいと身を乗り出した。

「持ってるよ。なんで?」カウジが元気よく答えて、首を傾げた。

「少しの間、貸してくれないか?」ネレーが顔に笑顔を貼り付けて言った。

「嫌だ」カウジがハツラツと答えた。

 ネレーは笑顔のままで固まってしまい、それから背後を振り向いて、他の者の顔を順に見て、助けを求めた。

「それ、母ちゃんが買ってきたものなんだ」パパス・ユエグが頬杖をついて言った。少し面倒くさそうな、うんざりした様子だった。

 それもそうだろう、夜も深まり始めた頃に押しかけてきた遠慮のない訪問者たちを相手にしているのだから仕方のない反応だった。

「あれ? 奥さんが亡くなったのって」哲が口を挟んだ。

「ああ。カウジを産んですぐだ。おかしいだろう? 乳飲み子にはまだ早いって俺も笑ったもんだった……」

「そんなに大事なものでは仕方がない。ここで読もう」ネレーが拳をぐっと握って見せた。


 ネレーがあまり起伏のない口調で童話を読み上げるのを、皆で聞いた。そこにいるのは、カウジ以外は大人ばかり、もしも窓から家の中の様子を覗く者がいたら、さぞ滑稽に映ったことだろう。

「ただの童話だな」パパスがやれやれと背伸びをしている。

「いろいろはしょられている気がする」ネレーがテーブルを見つめて言った。

「これはやはり『初版本』というやつを手にいれるべきでは?」倫の目がキラリと光った。

「手に入れるってどこで」アレモが言った。

「城の書庫?」とイルタ。

「街の古本屋……」夏季が天井を眺めて言った。

「いちばん手っ取り早いのは」ネレーが言った。

「ピルツの書斎」倫が続きを言った。

 それきり、部屋の中は静かになった。

「なによりもまず、王女の背後にあるものの正体を見極めるべきよ」倫が言った。

「そのヒントが、『壷伝』の、それも初版本の中にあるってこと?」夏季が言った。

 皆が注目する一冊の本。その表紙は明らかに子供向けのそれだった。






 地下牢ではなかった。尖塔の先に、ここに人が住める空間があったのかと思わされる小部屋がしつらえてあった。

 窓からは月明かりが差し込んでいる。足音が近づいてくる。食事が運ばれて部屋に入れられる小窓に、誰かの手元がちらちらと見えた。

 ラートンには、その袖の装飾に見覚えがあった。

「ニッキだな?」

 ラートンは小さなベッドに腰掛けたままで身動きせずに、目線だけ扉に向けて言った。

「はい」

 男は小声で答えた。

「一人か?」

「はい。お話があって参りました」

「ベラのことか」

「そうです。まだ、話していないことがあります。今更という気もしたのですが……いや、こんなことになったからこそ、話そうという気になったので……」

 男はもごもごと、話した。

「一体なんの話だ?」

 対照的にシエ・ラートンは、はっきりとした口調で言った。

「あなたが決別の言葉をかけたあの日、王女は荒れました。それはもう、部屋のあらゆるものを壊す音が、数時間続いておりました。何か声を掛けたいという思いがある一方で、致し方ない、王女自身の問題であるという気持ちもあり、こらえておりました」

 ニッキは静かに、早口で話した。

「しかし、突然物音が止みまして、声も聞こえないではないですか。わたしはさすがに心配になり、そっと部屋の扉を開けました」

 ニッキは少し、息を吸ってから、先を続けた。

「部屋の中のものは何一つ、壊れておりませんでした。王女本人はというと、肘掛け椅子にお掛けになり、あなたが渡したらしき書類を一言一句、丁寧に読み込まれておりました」

 ラートンは興味深く聞いた。話の展開が唐突すぎる。この話だけ聞いていると、まるでベラ王女の人格が突然変わってしまったような?

 会議ではそのような印象はなかったのだが。いっとき荒れ狂うことはラートン自身も承知のうえで、ベラに話をしに行ったのだった。それから徐々に持ち直して、幹部会議への出席に至ったというのならわかるのだが、気持ちの切り替えがあまりにも早すぎる。それにもちろん、いちばん不気味なのはニッキが聞いた物音があったにも関わらず、部屋の様子はいつもと変わらなかった、という点だ。


 あまりにも不可思議だ。人間以外のなにかの力が働いているとしか考えられない。

 しかし魔女は倒した。それなのになぜ?

 それとも。

 十五年前の魔女討伐でも、倒したはずなのに生きていて復活したのではなかったか。

 今回も同じようにしぶとく生きながらえたのか?

 しかし、今回ばかりは、あの白い光の前に滅びるしかなかったように、思えるのだが……。


 考えても、考えても、今すぐには結論が出ない難問だった。

「よく話してくれた」ラートンは、ニッキに労いの言葉を掛けた。

「わたしは恐ろしかったのです。少し前に壷の話をしましたね? 本当はあの時、今日お話ししたことも言うべきだった」

 ニッキの声が震えはじめた。

「振り返ってみれば、すべてのきっかけはあの時だったのではないかと、思い至ったのです。いつも近くで見守っているからこそ、今の彼女はふつうではないことがわかります。わがまま放題でわめき散らされる方がマシです。たまらず、ここに来たのです」

「ニッキ」ラートンが名を呼んだ。ニッキは顔を上げた。

「じゅうぶん、気をつけてくれ」ラートンが言った。

 ニッキは震える声で

「わかりました」

 と答えた。そしてひととおり、ラートンの身を案じてから、早足で歩き去った。







 夢を見た。

 自分が自分ではなかった。目線も感情も、確かに自分のものであるはずなのに、自分ではないという違和感があった。

 それから、周囲にいる五人の人間が、見た目も性別もバラバラなのに、そこには確かに他の『使い』たちの存在を感じた。

 彼らもまた同じ夢を見ているのでは?

 ラートンはそう思った。


 六人で力を合わせた。

 それぞれが、必要な呪文を念じた。

 俺たちは今、壷を封印しているんだ。

 彼らの真ん中にいる壷は悶え苦しんだ。

「助けて」

 それが彼女の最後の言葉だった。

 ラートンには声の主がわかった。

 ベラ王女だった。


 ラートンは飛び起きた。

 なぜ、ベラ王女を封印した?

 いいや、封印していたのは壷だった。

 なぜ彼女の声が。

 ラートンは肩で息をしながら、額の汗を拭った。





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