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亡き人の志「無敵」



 道すがら武器を構えているセボの兵士は、老婆の杖の一振りで、手繰る糸を断ち切られた操り人形のように、ばたばたと地面に倒れていった。

 それを目撃した兵士たちは、大半が背中を向けて逃げ出した。なんとか足をふんばって持ち場に残った者も、いずれにせよ、魔女が振る杖によって一瞬で命を落としていった。建物の陰で全身を震わせながら手を組み祈りを捧げたものだけが、生き残った。

 神輿の上でリカ・ルカがにんまりと笑った。神輿は、様々な服装の人間を従えている。黒いマントをまとった者、みすぼらしい、ボロ切れのような服を着ている者、あるいはセボの軍服を身につけた者など、年齢にしても身分にしても一貫性がない。街道をゆく神輿を見つけて、大半の者は震え上がったが、まれにその列に加わる者たちがいた。少しずつではあるが、リカ・ルカが従える集団は大きくなっていた。

「茶番はもうよい。そもそもアレを手に入れれば『使い』などもうどうでもよいのだ」

 魔女はぶつぶつと言った。その顔面には生々しい火傷で爛れている。しかし痛がる様子はない。

「六季には感謝しないとねえ。あんな形で役に立ってくれるとは。おかげでやつらに追いつかれずにセボに入れそうだよ。ヒヒ」

「見事な爆弾でしたね」目深にマントをかぶった男がリカ・ルカに話しかけた。

「ああ、没落したセボの兵士が作ったんだ。没落兵は攻撃の手段をいろいろと持っているのが魅力だのう」

 軍服を着た男が、軽いお辞儀で答えた。

「しかし、あなた様のお力をもってすれば、あの山など沈められたのではないですか?」マントの男が甲斐甲斐しく会話を続ける。

「バカを言うでない」リカ・ルカが大口を開けて笑った。「それは大きな勘違い。わしは力を誇示したいわけではない。わしの力を見て、人が驚いたり、怖がったりするのを観るのが好きなだけ。たとえわしが絶大な魔力を持っていようとも、ヘロヘロになるまでその力を使おうなどと思ったことはない」

「ご先祖さまから受け継がれた山を崩してしまっては、さぞこころもとないでしょう」マントの男は神妙に言った。

「おまえ、おもしろいやつよのう。心遣いはありがたいが、わしはもう決めたのじゃ。わしはこれからは城に住む。そう、あのセボの城にな……」

 そびえる尖塔が眼前に迫っていた。






 白い光は儚いが、よくよく見ると天まで上っているようだった。その光の壁の根元はツタ状の植物でできているように見える。地面から生えているそれは自然のものにしてはあまりにも正確に、美しく、あや織り状に細かく編まれて壁を形成していた。

 それに果たしてどれだけの抑止力があるのだろうかと、イルタは考えずにはいられなかった。

 壁を作り上げた本人たちが今ここにいないのだから。

「なんて顔しているのよ」

 ウォローがイルタの脇腹を肘で突いた。

「痛いな。少しは力加減を考えてくれ」イルタが苛立ちもあらわにしかめつらで言った。

「あら、悪かったわね」冗談のような口ぶりだったが、ウォローの顔はまったく笑っていなかった。

「すまない。緊張しているんだ」イルタはウォローから目をそらした。

「みんな同じよ。わたしだって手が汗まみれ。槍が滑ってばかり」

「そうだな。そうだよな」

「カイハの鳥の伝言から丸一日。いつここに来たっておかしくない。待つのってしんどいわね」ウォローが鼻をフンと鳴らした。

「覚悟はしていたけれど、『使い』にもう少しがんばってほしかった、って思うのは贅沢かな」イルタが少し顔を緩めた。

「贅沢なんじゃない。あんな魔女の相手するのなんか誰だってイヤ。そもそも『使い』だって同じ気持ちかもね」

「ああ。わかるよ」

 イルタやウォローは「使い」と身近に接してきたからこそ、彼らが「使い」以外の者たちとなんら変わらない人間だということを知っていた。彼らだって戦闘さえなければただの人間だ。悲しみ、怒り、痛みを感じて、そして喜ぶ時もまた同じであった。

「それにしても魔女ってとんだ嫌われ者ね。なにが楽しくて、これほど憎まれる生き方をするのやら?」ウォローが眉を吊り上げた。

「はは。本当だよな」イルタが鼻で笑った。

 笛の音と共に遠くの方で土煙が上がった。ハリル副隊長とアレモを先頭に、何人かが馬で駆けてくるのが見えた。

 イルタとウォローだけではなく、待機していた者たちが列の前の方から後方に向かって、さざなみのように立ち上がっていった。

「魔女が来たぞ!」

 ハリルが一声叫んだ。

「ついにこの時が来た。覚悟はいいな?」イルタはウォローの顔を見ずに言った。

「あなたと一緒にいるわ」ウォローも、前を見たままで言った。

 二人はぎゅっと手を繋いだ。






 最前線部隊のセボの兵士たちは一斉に武器を構えた。白い光の壁を挟んだ向こう側に、黒々とした集団がゆっくりと迫ってきた。

 壁からあと少しというところに来て、神輿が進行を止めた。


 兵士たちの前方には、四人が立ちはだかるようにして並んで立っていた。

「貴様はハリルだな。ごきげんよう」神輿の上のリカ・ルカが気だるそうに、口を開いた。

「名を知られているなんて光栄だな」ハリルがニヤリと笑い、槍を地面にドンと突き立てた。

「バカなオスロの最期を看取ったのは貴様だろう」リカ・ルカがぎょろりと目を見開いた。

 ハリルはとたんに顔を怒りで歪めた。

「なるほどな。オスロの目を通して俺を見ていたわけだ」

「自害は想定外じゃった。だからこそ、よく覚えている。本当ならばあのときオスロの手を借りて欲しいものを手に入れるはずだったのさ」

「あの時同様、今日も行かせはしないさ。ここは通さん!」

 吠えるハリルの横で、イルタ、アレモ、ウォローが剣を抜き、槍を構えた。

 周囲の兵士たちも雄叫びをあげた。

「懲りない奴らだねえ。どれどれ、力試しといくかのう」

 リカルカが杖を一振りした。風のようなものが通り抜けたような気がして、兵士たちは周囲をきょろきょろと見回した。ハリルたち四人は身じろぎしなかった。

 兵士の中から悲鳴が上がった。

「何するんだ!」

 何人かが隣の兵士に剣を突き刺している。

「ほお。思ったよりは少ないな。あの壁のせいかのう?」リカ・ルカが顎に手を添えて、ふむふむと感心している。

「魔女の力のせいだ! 信じろ! 仲間を信じろ!」ハリルが声を張り上げた。

「いつまでそう言っていられるかな」リカ・ルカがにたりと笑った。そして杖をもう一振りした。

 兵士たちはあちこちで相討ちがはじまり混乱に陥っている。

「目を覚ませお前ら! 昨日までの酒場での仲間を思い出せ!」大岩のようなごろごろとした声が辺りに響く。パパスが警棒のような武器で仲間を討とうとする者たちを昏倒させてまわっている。それを見た他の兵士たちも、努めて刃を向けずに仲間に峰打ちで打撃を与えた。

「少し意識を高めてやっただけで大騒ぎだねえ。さてと。お前たちはどう片付けてやろうかな?」リカ・ルカの薄紫色の瞳は、微動だにしない四人を、順に眺めていった。

 リカ・ルカは、神輿を担いでいたならず者たちに向かって杖を振った。男たちは崩れ落ちるようにして倒れ、神輿の下敷きになり動かなくなった。リカ・ルカは傾いた神輿からひらりと飛び降りると、ゆったりと前に進み出た。じわり、じわりと近づいてくるリカ・ルカをじっと見つめて、四人は動かない。

 リカ・ルカは曲がっている腰を次第に伸ばし、ぐんと姿勢を正していった。姿勢が若返るのと一緒に顔からシワが消えていき、痛々しい火傷までもがすうっと消えていった。

 それを見たアレモがごくりと生唾を飲み込む音が、隣にいるイルタにまで聞こえていた。

「まさかその丸腰でわしの相手をするわけではあるまいな? 『使い』ですらわしを前に苦戦しておったぞ」

 そりゃあそうだろう。こいつは化け物だ。ケガさせようがぜんぜん効かないんじゃないか。不死身だ。

 イルタは後ずさりたい衝動を抑え込み、一歩、前に踏み出した。

「たとえ犬死にであってもここから動かないことが俺の強さの証になる」

 イルタが朗々とした声で言った。

「たいそうな綺麗事じゃ。先に女の方を片付けたとしてもそう言えるのかな?」

 魔女がイルタから、隣にいるウォローに視線を移した。

「そんなの平気よ。彼はそれくらいでひるむ人間じゃないわ」

 ウォローがバカにするように言い放った。

「はっ。いじめてやりたくなるねえ」魔女が眉を上げた。

「リカ・ルカ様!」

 大騒ぎとなっている兵士団の後方から、一際大きな裏返った叫び声が響いた。リカ・ルカは目を細めて、声のした方を見た。

「キムか。久方ぶりよのう。元気そうでなにより」

「リカ・ルカ様! 今そちらに向かいます!」

 キムは兵士に捕らえられていた。その少し後ろには仲間のベルナも捕まっている。二人の捕虜はリカ・ルカの姿を見て興奮している様子だった。

「バカなのかこいつ」キムを縛り上げている縄を掴む兵士が呆れたように言った。

「今に見ていろ……今に見ていろ……」キムはブツブツと言いながら、噛み締めた歯を奥歯の方までむき出して、口の端から唾をはみ出させていた。

 兵士はぞっとした様子で、キムの縄を乱暴に引っ張り、ほとんど引きずるようにして兵士団の合間を縫って進んでいった。

「それではキムに免じてはじめるとしよう」

 リカ・ルカが、手のひらを前に突き出すと、勢いよく黒い蝶々が大量に飛び出した。まるで砂嵐のようにとぐろを巻いて、白い光の壁に向かった。


 それらは光の壁の前で粉々に消し飛んだ。

 一瞬静まり返ってから、セボの兵士たちが歓声を上げた。魔女の軍勢は呆気にとられたようにして突っ立っていた。

「知らなかったのか? 前もその蝶々はちょうどその辺りで粉々になっていたぜ」ハリルは少しだけ、息を吐いて言った。ほっとした様子は隠したいようだった。

「ちっ。しょんべん漏らしそうな顔して怖がっていたくせにぃ……」魔女が鼻の上に無数のシワを寄せて言った。

「ラートンか倫を連れて来い!!」魔女リカ・ルカがわめいた。

「倫って誰だ?」魔女の後ろで下僕たちがヒソヒソと話している。

「『雑草使い』だ! あのいまいましい小娘だ!」

 魔女は振り向きざまに杖を振った。下僕が二、三人消し飛んだ。

「蝶はだめでもさっきのは効いたよな。覚悟をしな。仲間割れで全滅させてやる!」

 魔女は顔を歪ませて目を血走らせ、唾を撒き散らして怒鳴り散らした。

「怒ってる! 来るぞ! 構えろ! 心を構えろ!」ハリルが大慌てで兵士たちに命じた。

「今更遅いわ!」

 魔女が大きく杖を振りかぶっている。

 魔女の怒りが衝撃波のように空気を波打たせて、兵士たちの間を風が通り抜けた。

 しかしほとんど影響がないようで、一部で武器を振り上げた兵士がいても、周りの兵士たちが取り押さえてしまった。

「くそ……壁の力が増しているようだ……」

 魔女が悔しげに言った。

「ここへ近づいているのでは?」

 魔女の部下たちが言った。

「それならば好都合だ。ラートンでも倫でもどちらでもいい。見つけ次第殺せ。いいな?」

 リカ・ルカが低い声で言った。

「御意」

 神輿の側で魔女と会話をしていた者が二人、その場を立ち去った。

「そして『黒』い力が効かないなら、別の力を活かそうではないか。出番だ、お前たち」

 魔女リカ・ルカが杖で進行を指示する。

 剣や槍を構える没落兵やならず者たちが、一斉に光の壁に向かった。

「そうこなくっちゃ! 待ってました肉弾戦!」

 ハリルはどこかうれしそうに、槍を構えた。

 イルタ、アレモ、ウォローも、決してハリルのようにご機嫌ではなかったが、武器を握り直した。




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