生まれ変わり?
ゲートルードと絡む事になるソフィア。
食事は江戸前寿司回ですw。
ルーファスのゲートルードの館に呼ばれトンデモない事件が発生する。
「きゃー、ソフィア様。何をなさいます!」
後ろから私に向かって飛び込んで来た人が普通では考えられない程の大きな声で騒いだ。
周りの視線が集まる。
ちょっと太め、もとい、ぽっちゃりめなお姉さんは尻もちをついている。
私ではなくミスリアに『ボフッ』と当たり、ぶちまけるはずだったであろう飲み物もミスリアがキャッチしてこぼれてはいない。
とても残念な感じのワザとぶつかって被害者を装う人だった。
それにしても慣れていないようで演技もとても残念な感じだ。
なんでこう自分を被害者にしたがる事が好きな人がいるんだろうねw。
まあそんなのは当然全部潰せばいい。
ヘルムートが優しく声をかける。
「大丈夫ですか? エルフリーデ様」
えっ!? エルフリーデ様と言えば元王妃ゲートルード様の長女じゃないですか!
ヘルムートが手を差し伸べる。
エルフリーデ様はここでしりもちをついてから初めて目を開いたようだった。小さく呟く。
『し、失敗したわ、、、』
ヘルムートに立ち上がらせて貰うとスタスタと歩いて行き、
『お母さま。失敗してしまいました』
と言っている。
ゲートルード元王妃が額に手を当てた後こちらに歩いてくる。
これを見て流石に不味いと思ったのか大叔父様が慌ててこちらに来た。私の前にかばうように出る。
「ソフィア様。娘が大変失礼を致しました。また息子と娘が許されぬご無礼を働きました事改めてお詫びさせて頂きたいと思いますので明日、ルーファスにございます当家の別宅にお寄り頂けないでしょうか? 昼食でも召し上がりながら謝罪をさせて頂ければと存じます」
大叔父様が完全に私との間に割り込んでいるけど、お構いなしに私を見て話して来た。
大叔父様が警戒して答える。
「お二人の罪は法で裁かれ、既に国王様からも謝罪を頂いております。これ以上の謝罪は無用というものですぞゲートルード様」
「それではわたくしの気がすみません。ソフィア様。是非に」
これ、大丈夫かな。めっちゃ怖いんだけどこっちにも戦力がない訳じゃない。
護衛の他にも中央のランハートさんとレイモンドさんもいる。
本当に謝罪がしたくてそれで気が済むのなら話くらいは聞いてもいいかな。でも国王様からも謝罪を受けてるからね。
ノーラが慌てて耳打ちをしてくる。
『ソフィア様。毒を盛られる危険がございます。招いていただくにしてもお礼にこちらの料理人が何かを作るとしてください』
私はコクリと頷いた。
「では明日のお昼前にお伺いします。明日は招いて頂くお礼にわたくしの料理人がお昼を何か振舞いますので調理場をお貸しください」
「畏まりました」
恐らくゲートルード様には私が毒殺を危惧している事は判るだろうけどそんなことはどうでもいい。
危険回避の方が重要だよ。
そろそろ私達も部屋へ戻る時間だけど後学のためにミスリアとヘルムートにダンスを見せてもらった。
圧倒的な身体能力の見事な二人は息もぴったりで他の参加者が踊るのを止めてしまう程美しいダンスだった。
エルフリーデ様とゲートルード様も並んでただ二人を見つめていた。
◇◇◇◇◇
よりにもよってソフィア様にぶつかろうとしてしまうとは、、、。お兄さまが生きていらっしゃったならば相手を見極めて上手く出来たのかもしれない。私が王太子で成功したのはお兄さまの判断があったからこそ。
でもエルフリーデだけでも何とか上手く注目を集め伴侶を見つけられればと勇んでみたもののこれでもうチャンスも来ないだろう。家名もなく蟄居している私達にはもう無理だ。
残された道はエルフリーデと共に修道院へ、、、。
あの後、私は心からの謝罪がしたかっただけだけど、ソフィア様は恐らく毒殺を疑われ自分達が料理を振舞うと仰っていた。
逆に私達が毒殺されても仕方ないのかもしれない。
いや、いっそエルフリーデに惨めな未来を背負わせる位ならこのまま毒殺される方が良いのかもしれない。
幸い、この館には老いた執事のヨナスとこれも年老いたメイドのマレーネのみ。
私が子供の頃から仕えてくれた彼らには申し訳ないけど一緒に旅立って頂く運命になるのかもしれない。
でもあの聡明で見事なまでに公明正大なソフィア様が毒などを使われるだろうか?
誰にも疑われない技術があるのかもしれない。
エルフリーデは、、、。
「お母さま。どうされたのですか?」
「何でもありませんよ。そろそろソフィア様がいらっしゃる頃です。どんな料理を振舞って頂けるのか楽しみね」
「はい。美味しいものならよいのですけど、、、」
「そうね。でもエルフリーデ。わたくし達はもう貴族ではありませんから公爵家であるソフィア様にはくれぐれも粗相のないように」
「判りましたお母さま」
◇◇◇◇◇
料理人のカリーナとメイドのハイデマリーの保護観察期間は終わり二人には休暇を与えた。
本当に私に付きっ切りだったから戦場にも連れて行って大変だったと思う。
そんな訳で料理人にはクルトを連れて来たんだけど、お昼にゲートルード元王妃に振舞う料理を何にするかをクルトと市へ行って食材を見て考える事にしたよ。
まあ眠いけど旅行みたいだと思えば不思議と起きられてちょっと頑張って朝市だねw。
ゲートルード元王妃ならやっぱりお母さまのような美容に良いものがいいんじゃないかなと今は思っているけど食材を見るとつい献立って変わるよねw。
(はい、そこの共感した人。私のお仲間ですw)
私から見るとゲートルード様は結構ぽっちゃりしていたけど、大叔父様によれば以前王室にいた際にはもっとすっとしていたそうだ。
『蟄居してやることがなく人前にも出ないので太ったのだろう』と言っていたけど本人には言えないねw。
城下町モルキッソの街はグレグリストの最大の都市で、北側に港があり穏やかな内海がある。
少し見てみると思いの他色々な魚が朝の市場に沢山出ていたよ。
恐らく時期によってさまざまな種類の魚の食材が出ているのかと思う。
とても新鮮そうだ。
エークスラチェルトス、ロリゴ、オクトプス、スクイーラ、トゥナ、アングイラ、パルブムフィンを購入した。
魚は足が速いから気を付けてと注意されたけど今日はきちんとクーラーボックス持って来てます。
日本語で言うとアジ、イカ、タコ、エビ、マグロ、アナゴ、コハダだよ。
美味しそうなカツオとツブガイも手に入ったよ。寒い地方だけど夏っぽい魚が手に入ったよ。
『ロリゴ(イカ)やスクイーラ(エビ)は塩焼きにすると美味いぞ!』とお勧めしてくれたけど確かに美味そうだね。
タコはやはりここでも食べられていないようで、買えるか聞いてお願いしたら下魚として脇からだしてくれたけれどタダみたいな値段だったよ。捨ててるとかマジですか?
オレアンジェスではダメだったけど、これはもう季節に合わせた江戸前寿司を試す時が来たねw。
さっぱりしたキュウリとショウガとゆでダコを和えた前菜を作ってお寿司のコースにしようかと思う。
早めに戻って今から仕込みだね。
漬け、酢漬けを始める。漬けも塩を使うけど例えばアジはお塩の浸透圧で生臭さを取り除き酢につけて保存を効かせる。本当はもっと熟成したいけどこれだけ時間があれば美味しくなるよ。
タコは硬い嘴があるからこれを取り除いて内臓も取り出し、タコの袋の中に指を入れて砂や泥を洗い流して下茹をして柔らかさを確認しながら茹でる。
エビも殻をむいて背中に切り込みを入れ消化管を取り除く。背中に切り込みを入れると平らに広がるよ。
両方共茹でて直ぐに冷たい水で冷やすのがポイントだね。
ノーラには日本茶を用意して貰う。わさびを忘れたと思ったら大叔父様が好きで持って来てくれてたよ。思いつきでお寿司にしようと思ったから助かった~。
後はゲートルード元王妃の館の調理室を借りてクルトに頑張って貰おう。
クルトも新しいテクに興味津々だよ。
ゲートルード元王妃の館を訪ね、まず調理室を貸して貰ったw。
マレーネさんという年配のメイドさんが古くからゲートルード様に仕えていて今はここの食事を作っているそうだ。
内容を聞いてみると脂質、コレステロール、飽和脂肪酸、それに塩分がかなり多そうだ。
お酒も沢山飲んでいるらしい。このままでは身体を壊しそうだよ。
本当にこの世の中は極端だね。領民達の多くはパンばかり食べて栄養が偏っていたのに貴族は好きな肉ばかり食べてる。貴族の女性は自分の見栄えを気にするから社交があれば体形も気にして摂生もするのだろうけど確かに人と会う機会もなく家に籠って面白い事もなければ食が進むのも仕方ないかもしれない。
でも流石に健康に悪そうだからマレーネさんに健康食のレシピをお渡しした。
マレーネさんは文字が読めるそうで私から貰ったレシピを見てとても嬉しそうにしていた。
『興味があるようでしたらルントシュテットの料理学校へ学びに行きませんか?』と誘ったけど、高齢なのでと申し訳なさそうに辞退した。
いや学ぶのに年齢なんて関係ないんだけどここのメイドの仕事とか大変なのかもしれないから無理強いはしないよ。
流石のゲートルード元王妃も調理室に入るという私のこの行動には驚いたようだとマレーネさんが言ってた。
下処理は殆ど終わっているからまあご飯が炊けたら直ぐですからポテチでも食べて待っててくださいね。
ここは殆ど私がやってクルトは真剣に見ていたよ。
ネタを丁寧に確認して用意してから試しに握ってみる。
うん、やっぱりクルトは私よりずっと上手かったよw。
一応食べる順番を指示して長めのお皿に左から順に並べて貰えば大丈夫だと思う。
◇◇◇◇◇
「ソフィア様は公爵家のご令嬢なのにいつも調理室へ行って調理をなさっているのでしょうか?」
「まあ、そんな事もあるがいつもではありませぬ」
「こちらの茶菓子は、、、」
「ソフィア様によればポテトチップスというものです。酒にもよく合うもので折角なら夜に出して欲しかったのだが、、、」
毒どころか皆さんの方が先につまんで食べている。
もう私は失脚し貴族ではないので目の前のビッシェルドルフ様の方が位は上だ。
パリッ!
美味しい。
「エルフリーデも頂いてみなさい」
「はい。お母さま」
この食感、、、。昔兄が包丁で作ってくれたアヌームを薄く切ったものに似ているわ。兄も塩をふっていたけど10枚に一枚くらいはここまで薄く出来ていてパリパリしたものもあった。でも殆どが油でしんなりしちゃっててそういうものかと思っていたけど、もしかして兄はこういうのがやりたかったのではないかしら、、、。
パリッ!
私はパリパリのポテトチップスというものを食べて兄を思い出した。
◇◇◇◇◇
「マ、マルテ。今回の毒見役は先に譲りますよ」
「そんな。ノーラがいつも私より先に食べているではありませんか? この毒見で先の食事を終えて給仕に廻らないといけないのですから早くお願いします」
ノーラが目を硬く閉じ渋い顔をした。
「判りました。クルト、これは生魚ですね。悪くなっていれば口に入れれば判りますよね」
「はい。でも悪くならないように様々な工夫がなされていて大丈夫ですよ。味見してもとても上手かったです。この長い皿に並んでいる左から順に食べるそうですよ。一番左のはお酢でしめてますから少し酸味があります。はい。お茶をどうぞ♪」
「ありがとうクルト。でも貴方も味見して貴方のお腹は大丈夫なの?」
「全然平気です。美味すぎてもっとつまみ食いしたくなりましたよ」
「判りました」
ノーラが決心したように左側のエークスラチェルトス(アジ)に手を伸ばす。
これまでソフィアが良く使っていたハシをようやくノーラも上手く使えるようになって来た。
魚の鱗が綺麗に取られいくつもの切れ目が入った切り身に生姜とネギが小さく乗っている。
塩で締めた後に酢につけたものでかなり長く痛まずに持つとクルトは言っている。
クルトが醤油をハケで塗ってくれているのでこのまま食べられるそうだ。
これ以上時間を掛けてはソフィア様を待たせてしまう事になる。
パクッ! モグモグ。
「んんっ!!」
「えっ! ノーラ、大丈夫ですか? 悪くなってましたか!?」
マルテは慌てて吐き出すためのお皿を差し出した。ノーラに話しかける。もしも毒が混入されていたり食材が悪くなっていたらマルテが状態を見てノーラの対処しなければならないからだ。
「お、美味しい。これ凄く美味しい。一緒にお酒が飲みたい」
おい、、、。
マルテも安心して毒見兼食事を始める。
アジの次にイカ、エビ、カツオ、ツブ貝、赤身、アナゴ、コハダ、キュウリと赤身の巻寿司と食べて行き二人共お腹も膨れ美味し過ぎてソフィアを待たせている事をすっかりと忘れてしまいお茶を飲んでいると、クルトから声を掛けられ毒見である事を思い出し慌てて給仕の準備を進めた。
◇◇◇◇◇
みんなポテチで待っててくれたよ。
「今、お寿司が出来ますからもうしばらくお待ちください」
「ソフィア様。そのお寿司というのは何だね?」
「はい。生きのいいお魚を酢飯にのせた美味しい料理ですよ大叔父様」
「ほう、それは期待しよう」
「その前に、ゲートルード様とエルフリーデ様。昨日の行いはあまり褒められるものではございません。飲み物をお持ちの際は良く前を見て移動し、走ったり、大声を上げたりするのも貴族としてはどうかと思います」
「も、申し訳ございませんソフィア様。そうするようにとわたくしから話しました」
「やはりそうだったのですね。何故そんなおかしな真似をされたのでしょうか?」
「被害者を装いどなたか優しい方の同情を頂こうとしたのです」
いや、そんなのに騙されちゃう人って、人として、、、もしかして国王様もそうなのかもしれないから黙っておこう。
「わたくしは失脚し全ての地位を失いましたのでこの小さな館に蟄居しております。昨日の歓迎パーティは実家にお願いしソフィア様に謝罪したいからと無理を申して参加させて頂きました。娘のエルフリーデにはあのような席でこの地の貴族の目に止まれる事も最後かと『あざとく』とも良いので注目を集めなさいと話した所、恐れ多くもソフィア様に飲み物をかけられた事を大声で演出する為にあのように動いたのだと思います。真に申し訳ございませんでした」
えっ! 『あざとく』?
「『あざとく』という言葉はどちらでお聞きになったのでしょう?」
「はい!? 身内の者から昔聞いた言葉です。意味も身内から聞きましたがわざとらしくとも強引にという意味だと理解しております」
日本語の形容詞だよね。こっちにはないと思うけど、、、ま、まあそんな共通点もあるかもしれないから気にしてもしょうがないか。
「ゲートルード様はヴァルドヴィーノ元第一王子、リーゼロッテ元第三王女をご教育をなさる立場でしたのでその罪はあるかもしれませんがエルフリーデ様には何も罪はございません。その辺りをグレクリスト伯がお間違えのようでしたらわたくしの方から申し上げてもよろしいのですが、、、」
「あの子達の血のつながった姉であるというだけで貴族社会では厳しい事になります」
「でも人としては別の人な訳でエルフリーデ様は普段ご一緒にいらっしゃらなかったのであれば、ご本人がどうしようもないお話ではありませんか?」
「そうかもしれませんが、地位もなく何も役に立たないものが居ても仕方ないでしょう」
確かに地位も名誉も全てを失い、貴族籍からも出ているので家族が領主だと言っても人前には難しい。
「エルフリーデは、実の親が言うのも何ですがあの体型と容姿なものであまり殿方に人気もないのです」
エルフリーデ様ご本人がいるのに実の親がそういう事を言っちゃうんだね。容姿だけじゃないし、整った顔立ちでちょっとぽっちゃりしてるだけだと思うんだけどなぁ。これは食事を節制して貰えば大丈夫だけど甘やかされて沢山食べ過ぎてるんだろうなぁ。
「少し食事のバランスは考える必要があると思いますが、お化粧をすればとても美人だと思いますよ」
このタイミングだけどクルトが食事を運んで来た。やけに時間が掛かったよね。
でもぱっと見大丈夫そうだ。
「では、食事が出来たようですので、食後にエルフリーデ様のお化粧を試してみましょう」
「ソフィア様、、、」
「まず、この濡れ布巾で手をぬぐって綺麗にして頂き、お箸ではなく手で食べても大丈夫です。味は付けてありますからそのままお口に運んで頂いて大丈夫です。これくらいだと一口で大丈夫ですね。左から順に召し上がると美味しいです」
◇◇◇◇◇
「どれ、、、。 ソフィア様! これは生の魚ではないか!?」
大叔父様がかなり驚いたように言った。
「はい。生のエークスラチェルトスです。勿論毒見も終わってますよ」
まあ日本語で言えば『アジ』だけどね。勿論、生と言っても江戸前の処理はしている。
「毒見と言っても悪くなっていて後でお腹を壊すのではないか?」
「悪くなっていれば食べれば判りますよ」
大叔父様は江戸前寿司を見て目をぱちくりとしているw。
マルテとノーラは大丈夫そうだけど、護衛に立っているヘルムートとランハートさんも顔が引きつってるよw。直ぐに順番にご馳走してあげるからねw。
まあ食べ慣れていなければ無理もないか。アジは鱗は取られているけど銀色の肌も残り生魚感は満載だw。処理は終わってるから完全に大丈夫なんだけど流石に食べるハードルはちょっと高そうだね。
大叔父様は江戸前寿司には手を付けず赤ワインを一口飲んだ。
◇◇◇◇◇
こ、これは!! 昔兄が私に作ってくれたものとそっくりだわ!
あれは凄く不味く、その後魚に当たり二人共一週間は寝込んだ記憶がある。
ソフィア様は、私とエルフリーデにこれを与え、死を賜るおつもりなの?
ゴクリ。
エルフリーデ。ごめんなさい。私達はここまでだったようね。
涙ぐみ心臓の鼓動が早くなるゲートルード。
バクバクバクバク。
キリッ!
「エ、エルフリーデ。あなたも頂きなさい!」
「で、でも、、、お母さま」
「一緒に頂きましょう!」
パクリ。
モグモグ。
「ではわたくしも、、、」
パクリ。
あら? 柔らかくて生臭くもなく凄く美味しい。お兄さまが作ったのは生臭くて麦もポリポリで凄く不味かった記憶しかないけど、もしかするとお兄さまはこれが作りたかったのかしら?
「お母さま。とても美味しいです」
「そ、そうね、、、」
「それではわたくしも。ぱくっ。もぐもぐ。ん-、美味しい。大叔父様も食べてみてください」
えっ!? ソ、ソフィア様も!?
◇◇◇◇◇
「大丈夫なんだろうな?」
「赤ワインに合いそうですよ」
「そ、そうか」
パクリ。
「な、何だこれは!? 生魚の柔らかい歯ごたえといい酢で味付けされたライスといいこんな美味いとは思わなんだ。見た目からは判らないものだな。何故生魚なのに生臭くなく傷んでないのだ?」
「勿論、生のお魚は直ぐに傷みますがこれは今朝の新鮮なお魚をグラーチェスボクスで運んで直ぐに傷まないように工夫して調理したものなのですよ。これは塩の浸透圧と酢を利用しています。魚の種類毎に様々な工夫をして食あたりしないようにしているのですよ」
「成程。魚によってそれぞれの工夫をしているとは手の込んだ食だがここまで美味いのならその手間も理解出来る。しかしあっぱれなものだ。これは美味い!」
「はい。わたくしも大好きです」
「うん? ソフィア様は初めて食べたのではないのか?」
「そうですよ」
「そうか、そうか。わたしもこれが一番好きかもしれんな。隣のこの白いものは、、、これは何だ? ソフィア様」
「これはロリゴです。普通は塩焼きで食べますが少し噛み応えがあるので沢山切れ目を入れほんの少し表面を炙ってあります。これは塩で味付けしてありますからそのまま食べてみてください」
日本語で言えば『イカ』の事だ。
パクッ。
「エルフリーデ。私達も頂きましょう」
「はい」
パクッ。
「これは凄い。噛み応えも丁度良く生のロリゴの味が良く判り引き立っているな。先程のエークスラチェルトスも身の味が良く判ったがこれも美味いな。この魚とライスの間に入っているのはトートスか?」
トートスは『わさび』の事だ。
「はい。大叔父様のお陰で使えました。ゲートルード様とエルフリーデ様がお好きか判りませんでしたので量は少しにしました」
「わたしはトートスが好きだからもっと沢山入れて貰っても良かったな」
「余り沢山だとお魚の味が良く判らなくなりますけどトートスには保存効果があるのですよ。今度は沢山にしますね。でもこのロリゴも美味しいです」
「全くだ」
「オレアンジェスもそうかもしれませんが、この領地は特にお魚が美味しいからですね」
「ソフィア様。グレグリストをお褒め頂きありがとうございます。でも本当に美味しいです」
タコときゅうりの和え物とお茶で口直しをして次はタコだ。
「これは何か?」
「これはオクトプスです。お母さまが好きで良く食べていますけど形が気持ち悪いと漁港では捨てられているのですよ」
「こんなに美味いのにか? これを捨てているとは、、、これを食べずに食料がないはないな」
「本当ですよw」
「次のエビは茹でてありますけど新鮮ですから柔らかくて美味しいですよ。尻尾の所は残してください」
「うむ。これは曲がっていないな。開いているのか。これも美味い」
「本当に美味しいです。トートスの辛さが絶妙なタイミングで口の中に拡がります。トートスはどこにつけてあるのでしょう?」
「ネタとライスの間に入れてあります」
「成程。そこが正解なのだろうな。確かに絶妙だ」
「食材によって量も合わせているんですよ」
「次は表面をワラ焼きで少し炙っているボニート(カツオ)です。クローン(柚子)の果汁と醤油、それに出汁を使ったポン酢にジンジベリ(生姜)とペリーラ(シソ)で香り漬けしています」
「うん、美味い。柔らかく味が濃厚かと思ったがさっぱりしてとても軽く喉の奥に消えて行った。これが一番かもしれないな」
「ジンジベリが良く合うし炙っている香りもとてもいいです」
「はい、美味しいですね。わたくしも沢山食べられそうです。エルフリーデ様は如何ですか?」
「とっても美味しいです。こんなに美味しいものを食べたのは初めてです」
人気そうだね。
次はツブ貝だけど、ツブ貝の唾液腺には、テトラミン(唾液腺毒)という毒素が含まれていることがあるからきちんと処理している。私的には貝としてはアワビよりも旨味があると思うんだよね。
色んな種類があるんだけどこれは大きな種類だね。柔らかい食感と厚みからきちんと旨味も感じられる美味しさだ。ほんのりと甘味もするとても美味しい貝だよ。
これも皆さんに受けていた。大叔父様は柔らかいのではなく塩で焼いた貝も好きなのだそうでこれが大好きだと笑顔で言う。
なんか大叔父様は全部好きっぽくて良かったよ。
朝からの即席だけど口直しの甘酢ショウガも結構人気だね。
次は漬けマグロだ。
「ではこの赤いトゥナも食べてみてください。『漬け』と言う調理法で、こちらは塩で締めた後にお醤油に漬けていたものなのです」
「それでこんなに赤いのか」
みんな物凄い速さで口に運ぶ。いや、漬けマグロは逃げませんからゆっくりで大丈夫ですよw。
「こ、これは。見事な食感と味だな。これが一番美味い!」
「大叔父様。毎回一番が変ってますよ」
「全て美味いのだから仕方なかろう。そうイジメてくれるな、ソフィア様」
「あははは。そうですね」
エルフリーデ様は凄く嬉しそうな顔をしてもう次のアナゴを見つめているw。
でもゲートルード様は何故か涙を流しているよ。
ワサビがちょっと効き過ぎたかな?
「次のアングイラは蒸してから焼いて味付けしてあります。少し甘いタレです」
アナゴだ。
エルフリーデ様が口に入れて目を見開いた。
味に驚いて貰っているようだ。気に入って貰えたようで良かったよ。
大叔父様は、
「こ、これは。口の中で溶けたぞ。これが一番だなw」
「あははは」
なんかもう全部一番だったね。
「とても美味しいです!!」
「わたくしはアングイラの見た目を存じておりますし、ぶつ切りを煮たものを食べた事もございますがこんなに美味しいものだったのですね」
「アングイラは一見蛇みたいですよねw」
「そ、そうなのか? ソフィア様」
「はい。でも美味しいでしょ?」
「驚く程に美味い。正直、ここまで美味い食事は初めてだ」
嫌がられるかもと思ってたけどこれは穴子や鰻重も行けそうだねw。よしもっとタレを沢さんに習って研究しよう。
最後はコハダだ。
「段々と濃厚なものにして最後にさっぱりしたもので締めます。これはパルブムフィンをやはり最初のエークスラチェルトスのように塩と酢で締めたものです。お口がさっぱりしますからどうぞ♪」
パクッ、モグモグ。
ゴクリ。
ここまでの話を聞いていて護衛のヘルムートもランハートさんも凄く食べたそうにしていたw。
「うむ、実に素晴らしい料理だった。小さな一つ一つに凄い工夫も見事だ。しかし少し量が足りないな」
「こちらのククミスとトゥナの巻寿司がありますからこちらを召し上がってみてください。この海苔はシルバタリアのものなのですよ」
「うむ。これはつまみ易くて良いな」
パクパクと沢山食べていた大叔父様が一度目をつぶってから言った。
「ソフィア様。是非クラトハーンに店を出したいのだが、、、」
クラトハーンは山の中だ。新鮮な魚は難しいけどキュウリ巻きやかんぴょう巻き(ゆうがおは未だ見つかってないけど)、いなり寿司、それにチキンやアボガトなら出来るけど、、、。なんか地球の海外のお寿司のようだねw。
「大叔父様。新鮮な魚が取れないと無理なのですよ」
「うぐぐっ」
「それでしたらグレグリストで取れた魚を冷凍してクラトハーンまで運べば食べられますよ」
「グレグリストとか。今は人の行き来もあまりなく取引はないのだが、、、」
「ならばエルフリーデ様に口利きして頂けばよろしいのではありませんか?」
もしもエルフリーデ様の功績としてグレグリスト家に認められれば貴族に返り咲く事も可能かもしれない。マルテのマンスフェルト商会のように地域に貢献して商爵から男爵になることもあるからね。
直ぐに貴族に返り咲くのは難しいかもしれないけどきっと生きやすくはなると思う。
「ゲートルード様、エルフリーデ様。帰りにまたお返事をお聞きしたいので是非前向きにお考えください。では食後のお茶を飲んだらエルフリーデ様のお化粧をしてみましょう。大叔父様達はお化粧ですので別室でお願いしますね。このお化粧もマレーネさんに覚えて貰えばいつでも大丈夫ですよ。それにエルフリーデ様のアクセサリーにお洋服に、、、。もうやる事が『目白押し』ですね」
「判った別の部屋でゆっくりとさせてもらおう」
ヘルムート達も一緒に出て行った。
◇◇◇◇◇
め、目白押し!?
ここでもお兄さまと同じ事を、、、。 ま、まさかソフィア様はお兄さまの生まれ変わりなのでは!?
「ソ、ソフィア様。『目白押し』とはどのような意味なのでしょうか?」
し、しまった。メジロなんて鳥がいるのは日本だけだったよ。
「えーとですね。メジロは鳥の一種です。パッセル(雀)のような鳥ですが小さい頃止まり木にひしめき合って並んでいる様子の事で、やる事が次々と沢山並んでいるというような意味です」
「そ、そうなのですね。初めて知りました」
お兄さまの言っていたのはそんな意味だったのね。
で、でも、、、。ソフィア様は本当にお兄さまの生まれ変わりでは、、、。
し、心臓の鼓動が、、、。
ドキドキ。
でも、確証がないのにそんな失礼な事は言えないしお兄さまと違ってソフィア様はお兄さまが出来なかった事をやっているようにも見える。
生まれ変わって神の祝福を手に入れたのかもしれない。
エルフリーデのお化粧が始まった。
見事な私が見た事もない化粧品を使っている。
お兄さまがこんなものまで作れたのかどうかは判らないけど何故か似た雰囲気を感じる。
綺麗になって行くエルフリーデを見ていたら心臓のドキドキが増した。
「ここでビューラーでまつ毛を整えてからマスカラで仕上げて完成です」
マ、マスカラ、、、。
「お、お兄さまっ!」
バタッ!
◇◇◇◇◇
「えっ!! ゲートルード様! ゲートルード様!」
ゲートルード様が倒れマレーネさんが駆け寄る。
「し、心臓の鼓動が止まっていますっ!」
えー!!
不味い。何でこんな事になったのか全く判らないけど対処が先だ。
幸いこの部屋には女子だけなので速攻で対処だ。
「ノーラ! マルテ! 破いても構いませんからゲートルード様の上着を取りコルセットを外してください! 早く!」
「マレーネさん、リネンを一枚ください」
呼びかけてみる。
「ゲートルード様! ゲートルード様!」
意識も呼吸も頸動脈も胸の鼓動も確かに止まっている。
AEDはある訳ないけど日本の私は中学生でも人形を使った心臓マッサージを習っている。
中高生だと半分くらいしか習わないって教えてくれた先生が言ってたけど是非全員に習って欲しい。
心臓マッサージをしたい場合は一分以内なら助かる可能性がかなり高い。
救急車なんかを待ってたら8分くらい掛かるから助かるものも助からないからね。
1分以内なら95%、8分経つと10%を切ると先生から聞いてるから早さが重要だ。
私の体重よりもマルテの方がいいと思う。
気道を確保する。かなり贅肉もあるけどコルセットで判らなかったんだね。
「マルテ。全ての責任はわたくしが取ります。隣に膝をついてください。このリネンを口に当て鼻を押さえながら息が漏れないようにして2秒程かけてゆっくりと息を口の中に吹き込んでください」
「は、はい」
ふ~!
胸が少し膨らむ。さすがマルテ。一度で出来てるよ。
「マルテ。もう一度!」
「はい」
もう一度マルテが吹き込み胸が少し膨らんだ。
ここで循環器のサインを確認する。
呼吸も何の動きもない。
心臓マッサージだ。
「マルテ。胸の中央、乳頭の中心に両掌を当てて肘を伸ばして体重をかけて胸を押してください。胸骨が4~5cmくらい沈むように、カリッサの唄のリズムで30回やってください」
「は、はい」
1分間に100回のペースなのでカリッサの唄は丁度いい唄だ。
最初は恐る恐るだったけど私が『もっと!』と励まして20回程度マルテが数を数えながら胸を押し下げるとゲートルード様が『ゴフッ!』と咳込んだ。
やった!
「マルテ。もう大丈夫です」
頸動脈を確認し心拍がある事が確認出来た。
ここでもしも心拍がなくても心臓マッサージによって脳に血液が行くから蘇生まで心臓マッサージを続ければ脳のダメージは少ないよ。
まだ呼吸は『ひゅうひゅう』言ってるけど再開出来たようだ。
「はぁ。良かった。マルテお疲れ様。マルテのお陰ですよ」
「よ、良かったです」
ゲートルード様が薄く一度目を開いた。
「マレーネさん。シーツをお願いします。私達ではゲートルード様を運べませんから殿方に運んで頂きましょう」
エルフリーデ様が泣いていた。
「エルフリーデ様。対処が早かったのでゲートルード様はもう大丈夫ですよ。折角のお化粧が台無しですね」
マスカラが落ちちゃってる。なんかデジャブっているような気がする。
私はエルフリーデ様のお化粧をノーラに落として貰い。ゲートルード様はシーツにくるまれてヘルムート達に寝室に運んで貰った。
大叔父様は『何があったのか?』とめっちゃ驚いていたけど、その後の心肺蘇生の方にも驚いていた。
マルテはもしかしてこの地で初めてやった人かもだね。
この経験は大きいかも。
はぁー驚いた。でも良かったよ。
「マレーネさん。先程、ゲートルード様がお倒れになる前に『お兄さま』と仰ったようですが、、、」
「お兄さま!? ああ、ゲートルード様には幼い頃に無くなられた兄がいたのです。神童と言われた優秀な方でしたが失敗やあやふやな事も多く全体で見たら領地にとってはマイナスであったそうです。しかし成功したものの功績を称えてこの街『プリンステレ・ルーファス』の街の名前になりました。奇行も多く貴族学院に入る前にお亡くなりになっています」
「お兄さまはそのお一人ですか?」
「はい。後は弟ぎみが領地を継ごうと張り切っている所ですがなかなか上手くは言っていないようで、今回ゲートルード様が王家から除籍された事によってなかなか厳しい事になっています」
「では『お兄さま』というのはその亡くなられたお兄さまだけなのですね。何故『お兄さま』と仰ったのでしょうか?」
「それは判りません」
「そうですよね。そうだマレーネさん。先程調理室であまり身体に良くないと言っていたのは心臓病に良くないものなのです。身体の事もありますから今後食事の内容にはお気をつけください」
「良く判りました。ソフィア様から頂きました健康食のレシピで気をつけたいと思います。ソフィア様はゲートルード様の命の恩人でございます」
マレーネさんは涙を流して感謝していた。
「心肺蘇生を実際に行ったのは側使えのマルテです。マルテは男爵令嬢なのに頑張ってくれたのです」
「マルテ様。ありがとうございました」
「い、いえ。ソフィア様に言われた通りにやっただけです。それよりもこのドレスは弁償しないとダメでしょうか?」
はっ!? マルテは男爵令嬢で、まあ『レヴァント』の商人の娘でもあるけど、、、。
私が全責任を負うって言ってるんだから気にしなくてもいいのに。
「命に代えられるものはございません。何か後で言われてもわたくしがどうにか致しますのでご安心くださいませ」
「はい。お願いします」
この日は思わぬトラブルでエルフリーデ様の続きは出来なかったけど、アクセサリーと行動的なドレスを2着お渡しした。
◇◇◇◇◇
美鈴先生とは別々に京王線の笹塚まで行って危険物の試験を受けて来た。美鈴先生は甲種で私は乙種4類から乙種を全部取る予定だよ。
甲種は実務経験や大学で化学の単位をいくつか取らないと受験資格がないのでこれは仕方ない。
でも乙種の受験には制限がないので私でも可能だ。
学習するだけの机上理論ならこれらはいらないかもしれないけど実際に触る為には必要だと思うので美鈴先生からのお勧めもあった。
過去問などもあってかなり簡単だったよ。
・・・。
たっくんが亡くなって49日が過ぎた。法要は一緒にやってしまったそうなので特にはない。
お坊さんがお葬式の時にお話してくれたのだけど、初七日から七日毎に14日が二七日、三七日と七七日の49日まで続くのだそうだ。
亡くなると最初の7日で丁度三途の川に到着するらしい。
生前の行いで三途の川を渡る難易度が変わるそうで、行いが悪かった人はとても深く流れも早く渡るのに相当苦労するけど、行いがいいと穏やかで浅い川だったり橋の上を歩いて渡る事も出来るそうだ。
たっくんは大丈夫だっただろうか?
この49日という間は亡くなった人の周りの人達の気持ちの整理をする期間でもある。
49日目にどのように生まれ変わるかが判断されるそうで、もう一度人に生まれ変わる為には『五戒』というものを守らなければならないそうだ。
悪い事をやらないというのは守れるというか当たり前に守らなければならないんだけど、この中で難しいのが『お酒を飲まない』というのがある。
つまりお酒を飲んだ人は『人に生まれ変われない』という戒律だね。
お酒の否定になって炎上しそうな話なのであまり広められてはいないよねお酒がダメって。
これはかなり難しくて私も未成年だけどお料理にお酒を使ってしまってる。
例えばうどんのお汁だったら、お醤油、みりん、お酒、出汁、砂糖という具合に色んな料理に使っちゃってるんだよ。もう私はダメだね。org.
現代日本で食生活を営めば小学生以上ならもう全員お酒を摂取していると思うから生まれ変わりは無理だね。そんなの生まれた時に教えて欲しかったよ。
日本の料理を食べて生まれ変わっているなんていうおかしな話があるのなら聞いてみたいねw。
◇◇◇◇◇
「ヴァルター様。遅くに申し訳ございません。尖塔師からの連絡です。ソフィア様が死者を甦らせたそうです」
「なっ、、、」(ヴァルター)
本来ならば次はクマのお話ですが一度美麗の閑話の割り込みの予定です。
お楽しみに♪