閑話 ゲートルード元王妃の手記 ~ルーファス~
第十章の舞台はグレクリストで、あの失脚したゲートルード元王妃の地元です。ゲートルードと長女のエルフリーデには罪はありませんがこの時代の習わしとして切られ、貴族籍も失っていますが名君と言われた領主の血族であり近隣の街で蟄居しています。
グレグリストはルントシュテットと敵対している訳ではありませんがゲートルードの存在が少し不安ですね。
好き勝手やっていた元王妃ですが、彼女は如何にして頂点に登り詰め何故失脚したのか? 子供達のモラルの低さは何故だったのか? 今回はその半生を簡単に綴った手記を見てみましょう。
トンデモないファンタジーな兄がいた!?w
私は事実上、息子と娘の罪で二人を一度に失いそれと同時に王妃の座も失い貴族籍も失って文字通り完全に失脚した。夫であった国王様も臥せったままだという。このまま修道院に入ろうかと思ったが長女のエルフリーデの事を思うと実家のグレグリスト家でエルフリーデが嫁ぐまではどうにか留まる決意をした。
こうなったのは勿論自分のせいである事は間違えない。
子供達に正しい躾けが出来ずに社交界に出す事は許されない。貴族学院も同じだ。そしてその罪も親も負うべきもので今更何を言い訳しても始まらない。
他罰的だと眉をひそめる人もいるかもしれないけど、こうなった私の考えは早世した私の兄のせいかもしれない。
私の兄は事ある每に幼かった私に『ルーディ、あざとい主人公になれ』と言い続けた。
私が『よく判らない』と言うと兄はいつも忙しそうに『やる事が目白押しで忙しいがルーディに面白い話で教えてあげる』と言う。私には『目白押し』の意味も判らなかったけど兄は忙しそうな中、私に幾つもの冗談のような魅力的な男女がおりなす恋愛劇の面白いお話をしてくれた。
幼かった私はその魅力的な話に取りつかれ、いつしか自分がそれらの主人公になると思っていた。
そして、
『ルーディ。多少強引でもあざとくても話したようにすれば必ず王妃になれるはずだよ』と言っていた。
・・・。
◇◇◇◇◇
私には早世したルーファスという兄がいた。私が王妃になれたのは間違えなくそう話していた兄のお陰だ。
兄の言った通り、国王に成るために貴族教育されてきた王太子のダルは真面目で女性への免疫も少なく、隠れて身体を張って迫った私に簡単に籠絡され溺れた。まだ国王としてのそのような対処の教育が始まる前の貴族学院のプラマーリアでの話だ。
ダルは成人デビューするまではとても気の弱い性格で恐らく今落ち込んでいるのはその本性が影響していると私には判るけど今の私にはどうにも出来ない。
その後学院では様々な恋愛劇が繰り拡げられ、兄の言っていた悪役令嬢に仕立て上げようとしたアドリアーヌやレオノーレ、ルイーゼ、ロゼッタを兄が言ったように冤罪で弾劾する事は私では出来なかった。
兄から聞いた話は全てが中途半端で詰めが甘くどれも実際にやろうとすると無理だったり問題が発生したりする。どの話も面白かったが現実には無理があり過ぎる話だったのだ。
やはり兄の言っていた逆ハーレムと言う事も叶わず、私のあざとさが足りなかったのか国を担う知者は逆にアドリアーヌやレオノーレに付いたがあの時のロゼッタの事故死で私の反対勢力は静かになり、結局ダルの寵愛を手に入れた私は卒業後に直ぐに式を挙げエルフリーデを産んだ。
兄が生きていればもっと上手く出来たのかもしれない。
エルフリーデはダルの血を引いたのか気が弱く引っ込み思案で無理だったがその後産まれたヴァルドヴィーノやリーゼロッテは幼い頃から私が兄から聞いた悪役令嬢の話が大好きで様々な物語の事件や事故、工作を事細かに瞳を輝かせながら私に何度も聞いた。
ダルが国王になり、権力も手に入れ悪事の知識も豊富な私達は言わばこの国グレースフェールで無敵で何でも思いのままに出来た。
でもそれは国よりも巨大な正義と力を持つ者達がルントシュテットに現れるまでだった。
兄の知識があれば彼らを私の手に出来たのかもしれないが亡き今は無理だった。
つまり、私は兄の話のお陰で王妃にまで登り詰めそして破滅したのだ。
◇◇◇◇◇
小さな頃、父母は兄の奇行を嫌っていたが私はこのおかしな兄の事が好きだった。
メイドのマーサの話では私が生まれた頃、兄は階段から落ちて3日程意識不明になり、目が覚めると別人のようになっていたという。私は以前の兄を知らないので私にとっての兄はこのおかしな兄だけだった。
兄は良く独り言のように私の知らない意味不明な事を口にしていた。
事ある毎に『ステータス』と呟いた後で『何で何も出ない! 何でチートがないんだよ』と言っていた。ステータスもチートも今でも何処の言葉なのかも判らず意味も判らなかった。
私が3歳の頃、3つ年上の兄の作ったものを食べさせられた。
小麦を粉に引かずに粒のまま焚いたもので、かなり硬く粒々感満載の掌サイズに固く握ったものに生の川魚の切り身を乗せたものだ。兄は何かが足りないと言っていたけど似ているからと代りに味付けに塩と菜種油を使ったという。
私は兄と一緒に口にすると、菜種油でギトギトしていて固く粒々で凄く不味かった。
兄は『本当はもっと凄く美味いんだぞ』と言っていたがそんなのどこで食べた事があるんだろうと思った。
私達は生魚を食べてはいけない事を知らず案の定その後、二人共お腹を壊し1週間寝込んだ。
その後も兄は色々なものを作ってくれたが全部不味いものでアヌーム(芋)を揚げて塩をかけたしなしなで油でベトベトのものがかろうじて食べられるものだった。でも油でなく普通に茹でた方が美味しいと思うけど、、、。
兄はあの時倒れてからお腹が弱くなりこのようなものが余り食べられなくなったようだ。
グレグリストには北に極寒の海も凍る島々があるが南側は山を隔てルントシュテットと中央、そしてイエルフェスタに隣接している。土地だけは広く大麦、小麦、菜種を栽培し家畜も育てていた。
この年は夏も寒く不作になると兄は
『ノーフォーク農法だ』と言い農業ギルドの大人を呼んで詳しく説明した。所々わからない事もあるようで曖昧だけどとても誇らしそうに説明していた。
私は後で知ったけれど兄の言う農法は何千年も前からあり近年では更に洗練されたものが論文として出され幾つかの地域ではその改良版で実践されている。
兄は幼かったけど領主の息子と言う事もありギルド長は古くからあると知りながらも兄の長い説明を聞いていたそうだ。やりたいけど出来ない様々な理由でやっていないそうでみんなもっと豊かになれば出来るのかと思う。後で聞いた話では普通は輪作に豆を使うそうだが兄が言うにはクローバーを育てると違う事を言っていたそうだ。
けれど、そもそも兄はそんな事は学んでおらず、私が後で家の書庫を探してもそんな書籍は見つからなかった。この兄の知識はどこから手に入れたのだろうか?
今になって思えばとても不思議だ。
ある日、同じように兄は
『燻製だ』と言い、大人達に説明したそうだ。
当時の知識も情報もない子供の私達に判るはずもないが、今では私も燻製は原始時代からある技術だと貴族学院で学びわかっているけど兄が何処からそんな話を聞いたのか? 何故この地に無いと思ったのか、何故誇らしそうだったのか? は全くわからなかった。
このような兄のズッコケ話は枚挙に遑がないが亡き兄の名誉の為にこの辺りにしようと思う。
実際には幼い兄の話が凄く役に立つ事もあり『この領地が良くなる』と何度も父に誉められる事もあったのだ。
◇◇◇◇◇
兄が亡くなるその年に、兄は私に『マスカラ』と呼ぶものを作ってくれた。兄は『美人になるぞ』と大喜びで私の目のまつ毛に炭で真っ黒になったニカワをぬり、案の定私の目はくっついて取れなくなり、マーサが無理して取るとまつ毛が全て抜け私は大泣きした。
まつ毛が生え変わるのに半年くらいかかった。
兄はこの年に半熟の卵の料理を作り私に振る舞ってくれたけどマーサが私の前で転んでテーブルに派手に手をつき私の料理をひっくり返してしまい私は食べられなかったけど旨そうに食べた兄はお腹を壊して倒れそのまま帰らぬ人となった。
兄が貴族学院へ行く年だった。
領民の間ではあまり子供は大切にはされていない。子供も老人も簡単に死ぬ事は仕方なく、多産で成人までに幾人かが生き延びると言う世の中の状況だからだ。それでも貴族の子供達、特に男子は大切に育てられる。
奇行の多かった兄も領地の為になる事もしていたので奇行を嫌っていた父も母もとても残念がっていた。
私が兄の言っていた通り王妃にまで登り詰めようと思ったのは幼いその時だった。
今でも兄から話してもらった多くの悪役令嬢の話やあざとい主人公の話は覚えている。
息子のヴァルドヴィーノやリーゼロッテは私からそれらの話を聞きそれを少し間違えたやり方でやってしまい破滅を迎えたのだ。
今にして思えば私もリーゼロッテも兄が言っていた常に破滅する『悪役令嬢』の方だったのかもしれない。
奇行の続いた兄でも幾つかの話は間違えなくこの領地の為になり兄の死後、ルントシュテットの領境の街に兄の名をとった名が使われた。プリンステレ・ルーファスと言う街だ。単にルーファスの街と亡き兄の名で呼ばれる事もある。
もしも兄が生きていたら悪役令嬢のように破滅した今の私に何と言っただろう。
私は残されたエルフリーデの為に罪を償い生きていきたいと思う。
時間の出来た今、私は兄の不思議な知識と業績を思い出しここに書き記す。
~ゲートルード~
ソフィアは夏休み前の面倒な貴族学院の難関に挑みます。
『黒魔法』w。
本物の魔法手順なので余り面白くないと思いますw。ストーリーを進めたい方は読み飛ばしても大丈夫ですw。