女子の嗜み:お姉さんかよ/不器用な男の生き方
イグリッツァ様と舞ちゃんとランハートの対応回。
実は先程までPCが仕事の処理によって使えなくて慌てて書いてますw。
サブタイトルを女子の~とお姉さん~とどっちにしようか迷い決まってませんw。
まあいいか。
翌日、本当はお母さまとビッセルドルフの街へ行く予定だったけど、お母さまに急なお仕事が入り私一人になってしまった。お父さまもずっとピシュナイゼルに出張だし忙しいから仕方ないけど、本当はイグリッツァ様に引退しないように説得して欲しかったんだけどなぁ。
ビッセルドルフの駅前までユリアーナ先生を迎えに行き一緒にイグリッツァ様の待つ館まで向かった。
イグリッツァ様はあまり期待しているようには見えなかったけど私に手間を掛けさせている事に恐縮しているようだった。
イグリッツァ様の二の腕の内側にパッチテストを全種類やって貰い30分間異常がない事を確認する。
イグリッツァ様とお茶をしながらユリアーナ先生の事について私の感想を詳しくお話をした。
ユリアーナ先生は私の隣にいて赤面していたけど、私はユリアーナ先生が私やこの国にとっていかに重要な人材であるのかについて容赦なくその優秀さを褒めたw。
イグリッツァ様は自らも謙遜しながらも自分の息子が私から優秀と言われている事がとても嬉しそうだった。
時折イグリッツァ様の肌の状態を伺いながら取り敢えずお肌の問題がない事が判ったよ。
お化粧をする際は男性に見せるものではないのでユリアーナ先生は別室で待って貰った。
ここからは側使えの人達に覚えて貰わなければならない。
洗顔を終えタオルで美しい金髪を上げてお化粧の邪魔にならないようにして貰った。
下地にはグリーン系を使う。このような痣のようなものを隠すには最も適している下地の色だよ。
私は順番やスポンジを動かす方向、力の入れ加減などを細かく説明しながら進めていく。
やや多めに塗り海綿スポンジを使って丁寧に伸ばして行く。美しい目元も小じわが綺麗に隠れ肌には一点のシミも残っていない。
この状態でルージュ、アイシャドウ、頬紅を使い、ビューラーでまつ毛を整えてからマスカラで仕上げる。
少しマスカラが乾燥したらお化粧完成だ。
細かく説明しながらだったからかなり時間が掛かったよ。
思った通り凄い美人だったよ。火傷の跡は全く判らないどころか小じわや目の下のクマなどの疲労感もお顔から消えてまるでタイムマシンで過去のお若いイグリッツァ様に会っているかのようだ。
イグリッツァ様に手鏡を渡すと、驚きに頬を押さえようとして慌ててお化粧の事を思い出し、辛うじて思い留まったようだ。
「ま、まあ!! 何と言う事かしら!」
側使え達も驚きに口元を押さえて涙ぐんでいる。
リナもエミリーも凄く笑顔になり、リナにユリアーナ先生を呼びに行って貰った。
カチャ。
「母上っ! えっ! え~~~! は、母上!?」
ユリアーナ先生が驚くのも無理はない。
イグリッツァ様は20~30歳は若返ったように見えて、まるでユリアーナ先生の美人のお姉さんのようだった。
「イグリッツァ様。まるでユリアーナ先生のお姉さんのようですよ♪」
「ソ、ソフィア姫様! 火傷の跡どころか年期の入った顔が幾年も若返ったようで、、、いえそれ以上に、、、うっううっ!」
「だぁ! な、涙はダメです。あ~マスカラが落ちてしまいますよ~」
あーイグリッツァ様の涙が止まらない。
折角のお化粧が台無しだけど、、、まあ、これは仕方ないか。
「ではお化粧も崩れてしまいましたので、お化粧直しではなく、お化粧落として再度側使えの方にお化粧をして練習して頂きましょう」
「はい」
「これは今後『女子の嗜み』として広めていきますから皆さんもしっかり覚えてくださいね」
「「は、はい!」」
一気に側使えの女性達が嬉しさの涙から笑顔になる。私は貴族だけでなく女性全てに広めたいのだ。
もう一度教えながら側使えの人達がイグリッツァ様を見事な美人に仕立て上げた。
私はイグリッツァ様を連れてユリアーナ先生が待つ部屋へ向かった。
「イグリッツァ様。ユリアーナ先生は先程お話しましたようにわたくしにもこの国にもとても必要な方で今、国やルントシュテットの業務から外れるのは大変大きな損失となります。どうか、イグリッツァ様のこのお化粧でもう少しバン権力を持つ貴族としてビッセルドルフ家の当主を続けて頂けませんか?」
「勿論でございます。ソフィア姫様。これではわたくしは後30年は辞められませんね。ユリアーナ。ソフィア姫様のお役に立てるように今後とも頑張るのですよ」
「は、はい、母上!」
30年、、、w。
私もこんなに頭が良くて器用なユリアーナ先生を手放すなんて出来ないよ。
「ソフィア姫様。ありがとうございます」
「いえ、ファンデーションは原料を見つけるが難しいのですが、ユリアーナ先生に見つけて頂いたのですからお安い御用ですよ」
後はちょっと日本で舞ちゃんと遠出しただけだよw。
「ところでソフィア姫様。この化粧品はこれからも販売頂けるのでしょうか?」
「こちらはイグリッツァ様の為に作ったものですから、料金は頂きますがこれからも錬金術師に作らせ必要な量を毎月お届けする事に致します。それでいかがでしょうか?」
「それではソフィア姫様が大変でしょうからわたくしが外出して買いに行きます」
おおー、ここまで綺麗になると確かに外出もしたくなるっていう事かな?
(まだ直ぐには販売出来ないけどね)
「ではユリアーナ先生、側使えの方々の練習がありますからわたくし達はここでお茶でも頂けますか?」
「はい。ソフィア様。今日はソフィア姫様がお好きだと仰っていましたマンスフェルト商会の洋ナシのタルトを用意していたようですから頂きましょう」
「はい。ありがとうございます」
やりー!
◇◇◇◇◇
そう言えば舞ちゃんと色々とお話して、舞ちゃんは複雑な立体形状も図形ではなく二次元の型紙に落とし込む事が出来るようで、私の三次元感覚からいくとこれは結構凄いよね。あっちでも仕立てが出来る人達にはそういった感覚が優れている人もいる。
立体のパーツならばプラモデルのようになんとなく私にも良く判るけどあっという間に2次元の平面に展開しちゃうのって私にはそんなに簡単じゃないよ。複雑な曲線なんか含まれていたらなおさらだ。
この前舞ちゃんに新幹線で遠出を付き合って貰ったのでそのお礼に今日はお休みだけど二人で買い物だよ。
まず舞ちゃんの好きなぬいぐるみのお店に行く。
舞ちゃんを見ると薄っすらとお化粧してたよ。私すっぴんだけど、、、org.
私達の学校では少しのお化粧は許されているんだけど、舞ちゃんこの前のお化粧品作成教室にいってからお化粧を始めたそうだ。なんか凄く可愛いんですけど、、、。
心なしかすれ違う男の子達の視線がみんな舞ちゃんに注がれている気がするw。
ここはぬいぐるみの完成品も売ってるけど、型紙やぬいぐるみが作れるセット、布地などの材料が売っている専門店だ。
よく見ると抱き枕や気持ちいい枕などのセットも置いあるよ。
ちょっと可愛い要素はないけど、ぬいぐるみだけじゃなくてこんなに実用的なのも売ってるんだね。
わー、これ良さそうだよ。
これみたいに首の所が気持ち良くなっていて首の部分が上手く支えられてれば相当気持ちいい安眠枕が作れそうだ。でも寝返りをうって横に向いたりすると、、、。
舞ちゃんに相談したら、横向きの寝がえりに対応している枕もあるそうだ。
さすが睡眠仲間。上手く頭を収める枕の脇の部分は横向きの際の枕の高さが計算されているそうだ。
つまり上向きと横向きとで枕の位置によって高さが違う。
その型紙のセットを見せて貰った。
凄い、これ欲しい。っていうか作りたいよ。
でも最近の私の寝ている時の暴れっぷりから行くとこの横向きから更にその先にまで行きそうだよw。
「じゃあ、ここに猫の手をちょこんと付けてそれ以上寝返りをうとうとするとこの猫さんの手が顔を刺激して止めてくれるっていうのはどう?」
「可愛い要素も来たー! それ買ったー!」
「いや、夢ちゃん、今言ったの売ってないから、これから私が作ってあげるよ」
「じゃあさ、その型紙をわたしに売ってくれない?」
「そんなのあげるよ」
舞ちゃんがこの枕の寸法を少しメモしている。たったこれだけで作れるのか。もう神業だね。
でも材料費は私が出すし、これもサンプルとして私が購入したよ。
でも何この舞ちゃんの凄さ。お化粧して綺麗だしお裁縫も上手だし優しいし私の遥か先にいる感じがする。お姉さんかよ。
でも私の親友だとこんなにも力強くて嬉しいよ。私は舞ちゃんに抱きついた。
私みたいに何にも出来ないのと違って、こういう『女子の嗜み』に長けた娘が男子にモテるんだろうなぁ。私にはわずかに優秀な成績と中学生には分不相応なお金しかないよ。
「舞ちゃん神! じゃあ今からパフェ食べに行こう。おごるからさ」
「わーい。夢ちゃん太っ腹!」
私はそう言われてお腹に手を当てた。
最近、沢さんの料理が美味し過ぎてちょっと食べ過ぎなんだよね。
いや、おごる話だから違うのは判ってるんだけど、ちょっと気を付けよう。
◇◇◇◇◇
向こうではラスティーネ叔母さまが雪の日に車を無理して移動させようとして事故を起こしたそうだ。
シートベルトのお陰で怪我はなかったそうだけど車の修理にはかなりの時間が掛かるそうだ。
元々タイヤのパターンは家の車のパターンを写して適当に作っちゃったけど、きちんと調べて勉強すると雪の上ではタイヤと地面との間に出来た水分が上手く流れずにスリップしやすくなるらしい。
公開されている最も効果が高そうなスタッドレスタイヤのパターンを学んで向こうで再現できるようにしようっと。でも当面雪の上は禁止で。
ガソリンエンジンが出来た頃、アメリカ人のイサドラ・ダンカンというダンサーが亡くなった時に、
『流行は危険な事もある』
と言われた事があったそうだ。
これは、当時流行していたとても長い派手なスカーフが、これまた流行し始めた自動車の車輪に巻き込まれて首の骨が折れるという悲惨な事故だったと言う。
勿論、私が作っている蒸気自動車は元々そんな危険な事になる作りではないけど、常に様々な危険な事を注意しなければいけないという良い教訓だと思う。
地球では蒸気機関を動力とする荷車が走り、蒸気機関車が走っていた20世紀の初頭には既に自動車はあったけど、ニコラウス・アウグスト・オットーが4ストロークの内燃機関を発明してガソリンエンジンが普及していった。
私も4ストロークからだと模型ラジコンの4ストロークエンジンを分解して模型の設計を進めた。
これは1ccもない0.9ccのエンジンだけどラジコンの模型飛行機はこれでも十分高速に飛ぶんだよ。凄いよね。
フェリックスは忙し過ぎて倒れそうだったので、クラウを呼び出して模型を作って貰ってお父さま達にデモが終わり、国王様と約束していたけどまだ顔を出さず、宰相様にデモを行った所だ。
ちょっと音も大きかったけどその力強さや燃費の良さに最初は信じられないという顔をしていた。でも、私を信じたのは間違えでない事を確信してもらうには十分だったよ。
ガソリンは気化させないといけないのと点火が模型だとかなり大変だった。
早速本物のエンジンの開発に入って貰う。本格的なバッテリーも必要になるね。
勿論、最初から最高の効率と性能を目指すけど、F1なんかで鍛えられている訳ではないからこれから何度も改良が必要になるとクラウに説明すると『それこそがわたしが望んでいた仕事です。一生を掛けて頑張ります』と凄く張り切っていた。
私が目指すのはF1でもスポーツカーでもなく、高燃費で排ガスが最も少ない車だね。
目標としてHANDAのスクーター、ウルトラカブのようなものだw。
美鈴先生は二人で中古を買おうと言ってるけど二人とも免許持ってないんだよw。
今では蒸気機関の問題が多い訳ではないので恐らくガソリンエンジンが始まっても効率や費用から双方の併用が行われると思う。
でも4サイクルエンジンの話になったら美鈴先生はまるで子供のように瞳を輝かせながらこうしようとかああしようと凄く楽しそうだったよ。
ピシュナイゼルでの原油の採掘は始めているんだけど、あの湧き出ていた部分から採取しているだけでも相当量の原油が汲みだされている。
ルントシュテットと中央の土地のある位置に地下貯蔵庫を作り、もうかなりの備蓄が出来ている。
蒸気機関の重機がなかったらと思うと寒気がするような大きさだ。
不活性ガスは通常は希ガス、すなわち元素周期表の0族の6元素,ヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンの事だけど、酸素ガスと比較してはるかに反応性に乏しい窒素ガスあるいは二酸化炭素でも流用が可能で、注意を重ね今は二酸化炭素を利用している。
事故を起こさないように細心の注意が必要だね。
これらのお金もピシュナイゼルに支払いが始まり、これから産業化が進めばピシュナイゼルの未来は眩しい光のように明るいと思う。というかもうかなり明るい。
そのせいなのかクルツバッハ伯爵様からの推薦で、ピシュナイゼルのソートルに住むアインハード・フォン・ヒンデンブルクさんとの縁談話が来たよ。org.
私のモテ期凄いよ。でももう勘弁して。
なんとか対策を考えないとこれからも貴族学院に通うんだからね。
今は、中央の第一騎士団のランハートさんの毎日の攻勢に四苦八苦している所だよ。
まずはランハートさんからだね。
◇◇◇◇◇
・・・。
「ま、参りました」
ランハートさんが膝をついた。
いつまでも引き下がってくれないので、ランハートさんを中央のザルツの屋敷に呼び練習場で対戦して私が圧勝した所だ。対戦前に皆との練習にも参加して貰い九条流の呼吸法なども教えての事だよ。
剣の加護を持つランハートさんだけど私も剣神の加護はあるし戦神アーレース、軍神ベッリの加護もあるからね。
後々面倒に絡まれないように陰流から九条流に伝わる一刀両断で下した。やられた方は完全に真っ二つに斬られた感覚があると思う。
でもこの差は多重化された加護だけではなくてやはり九条流の教えが大きいかと思う。こっちではランハートさんのように一人で剣が強い人もいるけど長年剣の研鑽を行う『流派』などが発達するという事がない。
ランハートさんと対戦してみてつくづく思ったよ。
「ここまでの力の差はまるで子供の頃、初めて剣の師と相対した時のようです。師と思い失礼を承知で伺いたいのですが、わたしには何が足りないのでしょうか?」
成程、この人も探求者なんだね。それは幾つもあったけど一番は『気』かな。
「ランハートさんは剣神の加護をお持ちで剣があれば誰にも負けない方でしたよね」
「はい。事実この所ずっと勝っていましたが先日カイゼル殿に負けソフィア様には手も足も出ませんでした」
「一つは、慢心とまでは言いませんがその強さが逆にランハートさんを弱くしてしまったようです」
「!! どういう事でしょう? 意味が解りません」
「もしもより強くなりたければ剣を持てば自分は強いと言う気持ちは捨てて下さい。わたくしの習った教えの一つに『常に無刀の気、忘るべからず』と言う言葉があります。自分は剣を持っていると思わず素手だと思って相手に対せよと言う意味です。時と場合によっては剣を持っていない事もあります。自分より強い者がおり、それでも負けない事を常に考える事が必要です」
「素手で相対するですか。そんな恐ろしい事を気構えとするのですか、、、」
「それですよ。ランハートさんは剣を持てば強いけど剣がなければ恐ろしいと思いますよね。するとほんの少しの慢心も消え細心の気構えが出来やすくなるのです」
「成程、素晴らしい教えです。一体どなたがソフィア様の師なのでしょう? ビッシェルドルフ様でしょうか?」
いや九条流なんだけど、、、。
「そ、そうですね。そんな所です」
「ソフィア様。正直に申し上げます。わたくしがここまでソフィア様にこだわるのはレイモンドから伺ったのですが、ソフィア様がオレアンジェスのライナー・ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲルを素手で圧倒したと聞いたからです。それを見たレイモンドが戦場を怖がり、宿舎に引き籠ったまま騎士団を辞めると言い出しわたしにはどうにも出来ず困っていました」
刀が折れた時の事だね。あれは無手だったから仕方なかったんだけど、正直よく覚えてないんだよ。
誤魔化せるかな。
「えーと、良く覚えていませんがそんな事がありましたかねぇ、、、」
「レイモンドの今の状況がそれが事実だと証明しています。いくらここまでの差があるとしてもわたしにはどうしても納得出来ないのです。卑怯と言われても結構ですから一度で結構ですからわたくしと素手で戦って頂けませんか?」
私に執着していたのはそのレイモンドさんの事があったからなのか。あの先に来た隊の人なら見られていても仕方ないか。
「勿論、木剣を使いますが、命がけで挑ませて頂きます!」
ダメだ。これ納得して貰えない。
「判りました。そこまでの決意でしたらわたくしが負けるかもしれませんがこちらも真剣にお相手させて頂きます」
「姫様!! 素手でランハート殿となど、、、」
「ザルツ。ランハート様はわたくしと戦わなければ納得して頂けないでしょう」
剣の加護を持つランハートさんだからザルツの意見は判るけど、、、。
「ランハート様。どのような結果になったとしても、この事は口外なさらないとお約束して頂けますか?」
「身命に代えて!」
「判りました。それではこちらに」
「いえ、先程の木剣はもうダメで新しい木剣を、、、」
「命がけで挑むのでしたらその腰の鋼鉄の剣で結構です。こちらも真剣にやらせて頂きます」
この後、ザルツが必死に止め、鋼鉄の刃引き剣で相手をして貰う事になった。
確かに、負ければ死ぬと思ってやるけど、あまり意にそぐわない練習試合で死んでも仕方ないか。
「それでは、参ります」
「どうぞ!」
ブワッ!
ランハートさんがギリギリの間合いで斬りかかって来る。
当然、私の手の長さは短いから間合いがこのままだと私は手が出せない。でもこれくらいの距離であれば私にはランハートさんの鍛えられた動きも遅く見えるので簡単に避ける事は出来る。
九条流の無手では『相手に斬られない事を旨とする』もので、わざわざ相手の間合いに飛び込み相手の刀を取る事などはしない。
しかしこの状況は死中に活を見出す事も必要だろう。
陰流書、九条流書など書き残された教えもあるけど、実際には殆どは口伝で、陰流から九条流になり更に進化した事も色々と多い訳だから、私が状況に応じて更に考えてもいいかと思う。
ランハートさんが右下段から斬り上げた隙にスッと右側に入り込む。ランハートさんの手の自由を阻害しながら右手で顔を抑え足を掛ける。
ランハートさんは体制を完全に崩されながらも、敢えて脇を開け考えられない程器用に肘を抜き上げ、高速に剣を振り下ろして来た。
ダメだ。これだと私が倒すより速くランハートさんに斬られる!
フッ!
『破砕牙っ!』
私は左右の手をわざとずらし剣を取るのではなく挟み、両側から力を入れ、剣を割った。
バギッ!
思い出したよ。これライナーさんの剣もこの九条流の技で割ってその後倒したんだった。
そのまま割った勢いの右手の肘でランハートさんの顎をかすめて脳を揺らし、返して掌でもう一度顔を押さえつけ足を弾く。
バッ!
ランハートさんの身体が宙に浮いた。
手で顔を押さえ加速させながら後頭部を地面に叩きつける。
グイッ! ブワッ!
『あっ、これ死ぬな』(ランハート)
これまで数多の戦場に出て死線を潜り抜けてきたランハートの本能が初めて自らの死を予感させた。
ランハートさんの気が抜けた。これ負けを認めたんだね。
私は後頭部を打ちつける為の加速を止め足の甲をランハートさんの後頭部の下に入れて地面に頭を強打するのを止めた。
ダス!
ランハートさんは仰向けに寝転がったまま起き上がらなかった。
ちょっと痛かっただろうけど鍛えられたランハートさんなら間違えなく大丈夫だと思うけど、、、。
雨が降り出して来た。結構降って来たよ。
バラバラ。
私がランハートさんを起き上がらせようと手を伸ばして近づこうとするとザルツに止められた。
「姫様。そのままにしておいてあげて下され」
「でも雨が、、、」
「いや、それくらいランハート殿は大丈夫でしょう」
「そ、そうですか、、、」
私達はザルツの屋敷に戻り私はルントシュテット家の屋敷に帰ったけど、ランハートさん大丈夫かな。
雨に打たれ続けたランハートは初めて死に直面した心臓の大きな鼓動がなかなか収まらなかった。
『レイモンドが言っていたのはこれか。とても人が出来るとは思えないものをわたしは経験してしまったな。あいつは人の気持ちを私より理解出来るだろうから相当ショックだったに違いない。
本当にあれ程速く振り下ろす剣が素手で割られるとは思わなかった。確かにあんな方が戦場にいれば幾つ命が有っても足りないだろう。今ならレイモンドの気持ちは良く判る。
いや、しかし本当にわたしは怖いのだろうか? このドキドキはもしかしたら私はソフィア様に憧れているのかもしれない。いやこの治まらない胸のトキメキは片思いかもしれないがこの想いはソフィア様に恋焦がれているのかもしれない』
(いや、それは吊り橋効果と言って、、、)
◇◇◇◇◇
【第一騎士団宿舎】
「レイモンド」
「なんだよランハート。今日はやけに嬉しそうだな」
「早く荷物をまとめて宿舎を引き払う準備をしろ」
「そ、そうか。ようやく俺が辞めるのを認めてくれたんだな」
「お前の剣の腕前はここで辞めてしまうのは惜しい。まあ、だからわたしと一緒に辞めてルントシュテットへ行くぞ」
!!
「何でだよ!」
・・・
【ルントシュテットへ】
当然反対はされたが無理やり騎士団を辞めルントシュテット行きの馬車に乗るランハートとレイモンド。以後第一騎士団はフランチェスカが率いる事になる。
しかしレイモンドには事態が良く飲み込めていない。
「どういう事だランハート」
「お前もわたしもまだまだ強くなれるという事さ」
「俺は今から行くルントシュテットのソフィア嬢が怖くて騎士を辞めたんだぞ。なんでその恐い人の領地へ向かう?」
「なーに簡単な事だ。それだけソフィア様は強い。俺達はまだソフィア様から剣を学べるし怖い人なら味方になればいいだろう」
「なっ! ・・・ いや確かに味方だと思えば怖いどころか心強いだけか、、、」
「そういう事だ。ソフィア様はまだまだ奥深い剣の道をご存知だ」
「ランハート。ソフィア様って、お前何かあったのか?」
「い、いや、わたしはソフィア様の深淵の縁を見ただけだろう。一生かかっても届かぬかもしれないが、わたしはあの方についていく事にした。レイモンドも味方になれば、お前なら他に何も怖い物などないだろう」
「ああ、そうかもしれないな」
俺は諦めようと思ったがランハートのこの大胆な発想に救われたかもしれない。
不器用だがこれも剣の道を目指す男の生き方の一つなのかもしれないな。
俺も嫌いじゃないぞ。ランハート。
そして二人はソフィアが貴族学院の一年生であった事をルントシュテットへ着いてから気が付く事になる。
「「あっ!!」」
◇◇◇◇◇
次回:は夢美のコラムの予定なので読み飛ばして大丈夫ですw。
多分マティーカの話になると思いますが公開が怪しければ一回飛ばすかもです。
再来週をお楽しみに♪