フェルティリトで星3つ
日本のおじいちゃんの剣道道場では私は基本的な素振りや防具を着けたお人形相手に面、胴、籠手と打ち込む練習を一番多くしているんだけど前よりも少しだけ運動が嫌いではなくなった気がする。
時々師範代に向かって全員が順番に打ち込んでいくのがあるんだけど私が打ち込みたい所へは打てずに殆ど逆に師範代に打ち込まれるんだよね。師範代はわざと籠手を見せたりして隙を作ってくれるけど全然ダメで、パンってやられて防具つけてても結構痛いんだよ。
順番に並んでいたら頭の中で声がした。
『プテス ターテム コリポリ』
向こうの幼い私の声だ。身体強化の呪文だったね。うふふ、自分の声だけど日本で聞くとただのちっちゃい子の声だよ。向こうの大叔父様が常にやれって言ってたけど、ここは日本だからね。
次私の番だ。
師範代に向かって飛び込む。あれ? 身体が軽いし動きが遅く見える。もしかしてこれ身体強化がかかってる? 竹刀も持っていない位軽いけど竹刀の先まで神経が行き渡るように感じる。日本でもこれ使えるの?
私が飛び込み面を打とうとして飛び込む。師範代は首を横にして少しだけ体をずらして避けて私の面を打とうとする。私は師範代の避けようとする頭に竹刀の軌道を変えて横面を入れ、とてもゆっくりと繰り出される師範代の面を竹刀で受けそのまま籠手も打った。打つ位置に自然と正確に竹刀がスムースに動く。
パン、パシッー。
「面、籠手~!」
横面も芯に入ったよ。
なんか時間が遅くなった感じで師範代の動きがとても遅く見えた。これはもしかすると日本でも身体強化を使えば私も人並みに動けるのかもだよ。師範代に初めて当たったよ。
師範代が次の人を手で合図して止めて竹刀を下ろして通り過ぎた私の方に来た。
「夢美さんですよね」
と私の面の中を覗き込む。私は竹刀を脇に抱えて元気良く「はい」と笑顔で答えた。
師範代は館長で師範であるおじいちゃんの方へ行くとおじいちゃんが来た。
「夢美、私と一手交えよう」
いやいやいや、おじいちゃんって名誉9段だよね。今は剣道は八段までのはずだけどその上だよ。始めたばかりの私には無理だと思うけど師範の頼みを断るっていうのはちょっと礼を失すると言うものだ。
礼をして竹刀を構える。私はさっきの身体強化がかかったままだ。話す言葉も少し耳にこもったようだけど良く聞こえるし自分の心臓の鼓動も良く聞こえ自分がとても落ち着いている事が判った。
竹刀の重さが腕に気持ち良く伝わってきた。勿論私から攻める。
竹刀をずらしてそのまま飛び込んで面を狙う。おじいちゃんの突きがトンデモないスピードで喉に向かって伸びて来た。ずるいそれ大人だけの技じゃん。避けられない! おじいちゃんが凄い気合いで声をあげる。私はギリギリでかわしたつもりだったけど面のたれに竹刀が当たり私はそのまま伸びて来た籠手を打った。
ザッ、パシー。
「きぇ~っ!」
「籠手~!」
さすがおじいちゃんだよ。これがもし真剣だったとしたら身体強化してても私の肩は切れていたと思う。
一旦離れたけどこれは私の負けだ。身体強化しててもおじいちゃんの方が速かったよ。
私は「参りました」と言って憧れの目でおじいちゃんを見て改めてその強さに敬服した。
「今のはわしの突きが外され夢美が一本じゃぞ。何故そんなに強くなった?」
あれ? これ私が勝ちなの? でも使ってたのが真剣なら私の首の脇の肩が切れてて籠手が打てなかったかもしれないじゃん。
私がおじいちゃんにそう私の判断を説明するとおじいちゃんはとても嬉しそうに笑った。負けは負けだよ。
私は心の中で『プラチデ』と呟いた。
乾燥した竹を使って幼い私用の竹刀がこっちでも出来た。薄い金属の板を竹の内側に切れ込みを入れて2か所にはめ、割った竹がずれないようにする。皮で覆って先と持ち手をピッチリと合わせる。柄には木を薄くした物をはめた。
正直、私は美味しいものが食べたかっただけでそんなに戦いは好きじゃない。でも情勢はそんなやさしいものではなくて自分の身を守って生き残る為には必須の事として全力で頑張っている。こっちでは私は更に6歳の幼女だし皆も身体強化を使ってるから私が一番弱いけど生き残る為には少しでも足掻けるようにはしたいと思っている。本番はこっちで、夢美の時に剣道を習っているのはこっちの為だ。
マルテ、ノーラと共に大叔父さまのビッシェルドルフ様に今日も習いに行く。私の少し短めの竹刀を見せた。
少し離れた所で私の護衛騎士ミスリアが凄く大きな男の人と剣で戦っていた。物凄く速くて手数も多くミスリアより二回りも大きな男の人がたじたじになっているよ。私の護衛騎士って本当にカッコ良くて強いんだね。
ビッシェルドルフ様が
「何故木剣ではなくクイスフェルメンタムで剣を作るのか?」
と聞いて来るので「練習で怪我をしては元も子もないでしょ」と竹(クイスフェルメンタム)はしなやかで折れにくく強く当たっても腕が折れたりする怪我をしづらい事を説明した。
大叔父様のビッシェルドルフ様は『なるほど』と呟き私の竹刀を作った職人を紹介するようにとノーラに話した。ビッシェルドルフ様ならサンパチだね。(※竹刀の大人用の長さ)
今日は剣を打ち合うようにとの事で私の相手は先程男の人と戦っていた護衛騎士ミスリアだった。ビッシェルドルフ様によるとミスリアは女性ながらここの騎士団でもかなり強いそうだ。
私はいつものように身体強化から始める。
心の中で呪文を唱えようとすると声が聞こえた。
『ドゥープレックス』
えっ! 誰の声? 空耳かな?
私は気を取り直して目を瞑り心の中で身体強化の呪文を唱えた。
『『プテス ターテム コリポリ』』
あれ、なんか日本の小学生の私の声と声が重なったよ。
私は剣道のように礼をしてからミスリアと向かい合う。私の方が間違えなく下手くそなので私から打ち込んで行きミスリアがそれをさばくと言う。
私は日本で習っていた通りに竹刀で面を打ち込む。
スパーン!
「面~!」
えっ? 嘘、面が思い切り入っちゃったよ。
「ミスリア、大丈夫ですか? 準備が出来ていないのなら先にそう言って下さいね」
「い、いえ、準備は出来ており私も身体強化を既に使っております。姫様、もう一度お願いします」
ん? そうなの? ミスリアが身体強化使ったら絶対に100%ミスリアの方が速いし強いよね。
「ではもう一度行きますよ」
「はい」
私はもう一度短めの竹刀で面を打ち込んだ。
パシーン。
ミスリアが頭を抑えてかがんだ。防具を着けていないミスリアの頭が切れ血が流れる。
「ミスリアっ!」
私はミスリアに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「姫様、申し訳ございません。わたくしでは姫様の剣が避けられません」
嘘~。もうミスリアってば幼女にそんなに花を持たせなくていいんだよ。私も真剣にやりたいんだよ。
「わたくしは護衛騎士失格です。本日中に解任して頂けるように騎士団長に手配致しますのでご安心下さい」
「ミスリア、何を言ってるのです」
大叔父ビッシェルドルフ様が来た。
「ミスリア、其方、何をしておる」
「はっ。わたくしでは姫様の剣を受けられません。護衛騎士を解任して頂きたく思います」
「何を言っておる。其方より強い女騎士はおらぬし男でも其方よりも強いものは幾人もおらぬ。姫様に其方は必要なのだ。姫様の剣が受けられぬだと? カイゼル! ここへ」
「はっ!」
「少し姫様の剣を受けてくれ」
「かしこまりました」
「では姫様、わたしも両手剣の木剣でお相手致します。いつでもどうぞ」
「お願いします」
私は礼をしてカイゼルさんに向き合い同じように飛び込んだ。
ザザザ!
カイゼルさんが思い切り斜め後ろへ飛んだ。
私はカイゼルさんとの距離を詰めようと更に飛び込む。
ダッ!
ザザザ!
カイゼルさんはまた後ろへ飛んだ。
私の足は短いので少し不利だけどこれはもう一度詰めるしかない。
ダッ!
「姫様、お待ち下さい!」
私は竹刀を下ろした。
「騎士団長殿、わたしも打ち込んでもよろしいでしょうか」
「か、構わんが注意せよ」
「はい」
勿論、戦で受けてくれてるだけの人なんかいないから当然だよね。私が大怪我しないように注意してくれるのかな?
「姫様、参ります」
「はい」
カイゼルさんが両手剣を顔の前に立てて構え、私は中段に構えた。
今度はカイゼルさんから来た。凄い勢いで飛び込んで来ながら両手剣の刃をたて高速に小さく上げて打ち込んで来る。私は上段に上げられそうな剣を持つ左手を打った。
カイゼルさんはその左手を離して片手を伸ばして面を打ってくるけど動きが見えたので私は竹刀でその軌道をずらして右に抜けて胴を薙いだ。
「籠手、胴~」
パシ、パシーン!
カイゼルさんが膝をつく。
「ま、参りました」
わぁ、なんか幼女の私に花を持たせてくれたのかな。でもこれちょっと楽しかったよ。
「ソフィア姫様、お強いですね。本日はここまでに致しましょう」
「はい、ありがとうございました」
私はちょっとウキウキしながら心の中で『プラチデ』と呟いた。私は皆さんにお礼を言って練習を終えた。部屋に戻ろうと足を出すとまだ身体強化がかかっているようだ。私は『失敗、失敗』と言いながらもう一度心の中で『プラチデ』と呟いた。
「ミスリア、其方が何を言っていたのか良く判った。バカな事をと今最も強いカイゼルを当てたが、姫様の剣から逃げるしか出来ないとの判断は正しい。私でも逃げたであろう」
「姫様は昨日までと違い過ぎます。悔しいですがたった一日であそこまでお強くなられるとは、、、」
「何故なのだ。昨日までとは比べものにならぬ位に速い。一体姫様に何がおきていらっしゃるのか。カイゼルは何故左手を離したのだ」
「姫様に先に左腕を打たれたのです」
「何! 見えなかったぞ」
「速過ぎましたから。片手は距離のある際の私の得意技でもありますがそうせざるを得なかった訳です。しかしその一瞬に見事に胴を切られました。これが戦場ならば私は左腕を切り落とされ胴から二つに切られていたでしょう」
「うむ。この事はヴァルター様に私が報告する。カイゼルはその真っ赤な左腕と腹を冷やせ。姫様がクイスフェルメンタムの剣で助かったな。ミスリアは早く頭の怪我を手当してそのまま護衛の任にあたってくれ」
「はっ!」
結構沢山のお菓子のレシピが出来たから次はパンのバリエーションを増やして行くよ。
私の好きなカスタードクリームをフライパンで作って沢さん一押しのクリームパンを作る。沢さんはこのクリームパンに思い入れがあるのか他のパンとちょっと作り方が違ってて、とてもしっとりと柔らかく作って少し冷やして食べるんだよね。
ジャム、ナッツのクリームなんかを入れて菓子パンが何種類か出来るからこのやり方って使いまわしが出来るよ。調理パンはお昼にもなるから今日のお昼は腸詰を使ったホットドッグとコーンとマヨネーズを載せたパンにしようっと。お母さま達に出す分にはサンドイッチを用意した。
ハムサンドにサラダサンド、タマゴサンドは沢さんお勧めだしこのヒレカツサンドもめっちゃ美味しかったからね。
マルテがクルト達に指示を出してたけど凄くホットドッグを食べたそうにしていた。
お父さまが神に食前の祈りを捧げて私達も祈って食事を始めた。はむっ。ケチャップちょっと甘いけどホットドッグ美味しい。
お父さまがサンドイッチを手にとって私の方を向く。
「ソフィア、これは手で持って食べるのか? 少しお行儀が悪いな」
「お父さま、こういったものはピクニックに行った時とかにはとても便利ですし執務がお忙しい時にも気軽に食べられますからお父さまの為に作りました。布巾で手を清潔にして食べれば手軽に食べられます」
「ふむ、確かに忙しい時に良いな。次からそうしよう。ソフィアありがとう」
「いえ、少しでもお父さまのお役に立てて嬉しいです」
「ところでマック、店の展開の方はどうなった」
マックは時々お父さまが弟で私の叔父様のマクシミリアン・フォン・シュタインドルフ様を呼ぶ時に使う呼び方だ。いつもこれを聞いただけで私はハンバーガーが食べたくなる。
「兄上、ブランジェルに於いて12店舗が新たに始まり、子飼いのクラトハーン、リバーサイズ、シュトライヒでも2店舗ずつ始まりました」
これはパン屋さん、お菓子屋さん、レストランの事だ。ブランジェルのお店の内5店舗はマルテの実家であるマンスフェルト商会が経営している。子飼いの子爵家シュトライヒはノーラの実家でリバーサイズはミスリアの実家だ。
「領民の反応はどうなのだ」
「ブランジェルの3店舗は貴族専用のものですが他は領民が沢山利用しており活気づいております。ドミノスの評判も急上昇しています」
「そうか、良さそうだな」
「現在はソフィア様の分類で店舗を分けておりますが混雑する事も多く、同じような内容の店舗で競わせるのもよろしいかと考えております」
「よかろう。ソフィアのレシピに頼りきりでは困る。領民に努力させ続ける為に何か良い方策はないか?」
「お父さま、貴族のお店では私達で食べて美味しさを確かめて毎年、称号と星を与えるのはいかがでしょう?」
「ステイラか?」
「はい、美味しいお店には星3つ(トレス)、そうでもないけど合格のお店には星1つ(ウナ)という具合です」
「成程、ステイラの数によって店の美味しさが判るのは良いな。称号はどのようなものにする『ソフィア』にするか?」
いやいやいや、それは勘弁してよ。ミシュランっていう訳にもいかないし、食物が豊かだからこの領で出来ている訳だから
「豊穣の女神様から『フェルティリト』ではいかがでしょうか? フェルティリトの称号と共に星を与えて毎年更新することで競い合う事が出来ると思います」
「よかろう、そうしよう。何か記念となるものも付けよう」
「領民のお店も良いお店は星1つとして表彰するのではいかがですか」
「ウナステイラですか。ソフィア様、それはとても良い考えです。ソフィア様は参加すると致しまして他に評価する人選はどういたしましょう」
「何人かいないと偏りますから、今回はお母さまと私と叔父様で良いと思います」
「判りました。さっそく予定を調整して明日からわたしと一緒に食べにまいりましょう」
「それはダメです。一緒に食べに行ってしまうと、味だけでなく普段のお店の接客や清潔さなどを見る事が出来ません。取り繕ってしまうでしょう? お忍びでいきなり行くか誰か代りの者に行かせて採点評価するのが良いと思います。わたしが採点すべき項目を出します」
「な、成程。相変わらずソフィア様は人の理の何もかもを見通していらっしゃるようですね。それでは明日わたくしと方法をつめましょう。兄上、それでよろしいですか?」
「そ、そうだな。其方とソフィアに任せる」
「ソフィア、私を加えてくれてありがとう」
何故かお母さまに感謝された。
マルテとノーラは自分に関係した店舗があるからか緊張した表情で冷や汗を流しながら正面を向いていた。
その後、マルテのマンスフェルト商会のレストランとノーラのシュトライヒのお店にステイラが与えられ表彰された。
騎士団長の大叔父様からは私に凄く装飾の多い細身の両手剣が届いた。
ど、どうすんのこれ、飾っとく?
次回、領を発展させようと産業革命を企画する夢美。本当は戦争を止めたいけど軍備にまで力を発揮する。驚愕する周囲の大人達にソフィアは、、、。
お楽しみに。