悪夢のレッドネック
落胆する夢美は食事も取れず眠れなくなる。ソフィアの睡眠は続く。
ソフィア抜きで踏ん張るザルツ達。
起死回生のヴァーミリオン部隊は間に合うのか?
たっくんのお母さんの雅子さんからの電話で、今朝たっくんが亡くなったと言う。
朝早くに悪いと思ったけど連絡してくれたそうだ。
『わ、わかりました。雅子さん、気を落とさないでください』
『ありがとう夢美ちゃん、お通夜やお葬式が決まったら連絡するからね』
『はい』
ガチャ。
私は受話器を置いたまま呆然とした。
噂でたっくんが不良の仲間に入ったなんていう事も聞いたけど、雅子さんの話ではバイクの二人乗りで落ちてガードレールにぶつかって亡くなったのだそうだ。
母が気が付いて起きて来た。
「どうしたの夢美。誰からだったの?」
「たっくんが亡くなったって、雅子さんから」
「えっ! 本当!?」
「お通夜やお葬式はまた連絡くれるって」
「わかったわ。夢美大丈夫? まだ時間があるから少し休んでなさい」
「う、うん」
私は自分の部屋へ戻った。
まだ信じられないよ。今の日本でまだ13歳なのにこんなに簡単に死んじゃう事があるんだ。
私はこの真実から逃げたくてベッドで布団をかぶったけど心臓がドキドキとしたまま眠れなかった。
私はなんで中学受験の時、たっくんを強引にでも同じ中学の受験に誘わなかったんだろ。
不良の仲間になんてならないで私達ともっと一杯一緒にいたら違う今があったかもしれない。
なんで、、、。
通学の時間になったけど私は起き上がれずに学校を休ませて貰った。
大人びるという方向性を間違えちゃったのかもしれないけど、私自身の後悔が大きくて気持ちがどうしても収まらなかった。
気持ち悪くて朝ごはんも食べられなかったよ。
ベッドの上で膝を抱えて頭をつけたまま時間だけが過ぎた。
舞ちゃんと知佳ちゃんからメッセージが入った。
たっくんはバイクから落ちただけで、亡くなった直接の原因は、勢いよくガードレールに当たり、当たり所が悪く、首がガードレールの鋭利な部分に当たって首の殆どが切れて即死だったそうだ。
吐きそうだ。
うぇっ。
首の殆どが切れ血だらけになっているたっくんの姿が思い浮かんで脳裏から離れなくなった。
目を瞑っても真っ赤な首のたっくんの姿が浮かんでくる。悪夢だ。
トイレも二階のものを使い、私は完全に自分の部屋に引きこもり、この日から学校へ行かなくなってしまった。
夜も眠れないし食欲もなくドアの外に置いてあるペットボトルの水だけを飲んでいた。
折角沢さんが作ってくれているのだろうけど、ドアの外に置いてあるご飯を見ても食べれば吐きそうだった。
◇◇◇◇◇
「姫様はまだお目覚めにならぬのか?」
「はい。ぐっすりとお眠りです」
「どうした事か、、、。身体に傷はないのだな」
「はい、一切ございません。姫様は寝る事が好きでしたが同じように寝息を立ててお休みになってます」
「では、我々だけで領民の被害を少なくする事に力を注ごう」
ザルツが主導して、オレアンジェスの兵士、第一騎士団の早馬で駆けつけたレイモンド隊、ルントシュテットの僅かな戦力で、メダイの聖堂を橋頭保としたヒーシュナッセの侵略による各村の住民だけでも避難させようと苦心していた。
ルントシュテットの戦力がくればどうにかなるが、オレアンジェスの騎士達は数も減り弱体化していて、第一騎士団も数が少ない。
そしてルントシュテットのソフィアの護衛だけではヒーシュナッセの数には勝てない。
いくつかの村の避難を終えながらもヒーシュナッセの兵士と裏切ったスパイの兵士達と戦い、被害は少ないものの敗走が続く。ザルツは、無理をすればソフィアに怒られる、ソフィアならばどうするか?と常に考え対処していた。
アドリアーヌ王妃にもルントシュテットのヴァルターにも既に連絡は行き届き、ヒーシュナッセとの戦争の事実は伝わっている。第一騎士団全体がオレアンジェスに向かっており、ルントシュテットのバーミリオン部隊も大急ぎで移動しているとは思うが、ザルツはルントシュテットの戦力が待ち遠しかった。
二日たってもソフィアは謎の睡眠が続き目覚めなかった。
ヒーシュナッセの侵略が着々と進んでくる。このままではメダイの街からセンスルビーチェの聖堂辺りまで侵攻が進みそうだった。
◇◇◇◇◇
何日か学校を休みずっと寝ていなかった。
電気をつけず暗い部屋に母が入って来た。
「夢美。制服に着替えなさい。柏木さんのお葬式にいくわ」
「はい」
私は制服に着替えた。ご飯も水だけで数日寝ていないので目の下にはクマが出来ていた。
私は無言で下に降り、気まずいので沢さんにも会わないようにしてそのまま外に出て車の横で母を待った。
美鈴先生にも久美子先生にもお休みにして貰っている。
今の気持ちだと、このまま色々うまくいっていた事が再開出来ないのではないかと漠然と思った。
車の中で母は
「お腹は空いていない?」
と当たり障りのないように聞く。
「うん、まだ食べると吐きそう」
「そう。無理しないでね」
「うん」
近くの駐車場へ車を入れたっくんの家に着くと舞ちゃんと知佳ちゃんがいた。
心配そうに私を見ていた。
「夢ちゃん」
知佳ちゃんが私の名前を呼んだけどそれ以上は何も話さなかった。
お坊さんの読経が終わり順番にお焼香した。
たっくんの死に顔を見たけど綺麗にお化粧され、首には白いスカーフのようなものが巻かれていた。
たっくんのお母さんの雅子さんとも親しかったけど、以前見た覚えている姿よりも小さな背中に見えた。
私の落ち込みなんて比べ物にならない程落ち込んでいるのだろう。
そう思うと、舞ちゃんと知佳ちゃんと抱き合って思い切り泣いた。
家に戻って、たっくんのお葬式が終わったと思ったけどまだ実感がない。
もう二度と会えないんだね。
剣道も一緒に行ったし色んな所に遊びに行ったよ。
夜、帰り道でふざけながら帰ったな。
私はしばらく涙が止まらなかった。
でも、泣き疲れこの夜久しぶりに眠れたよ。
◇◇◇◇◇
「ザルツ様。姫様が目覚められました!」
「本当か!」
丁度、ヴァーミリオン部隊が到着し第一騎士団の追加の早馬も到着した所だ。
あー、これ、私向こうで寝られなくて起きられなかったのかな?
3日も寝てたってマルテに言われたよ。顔色も悪いですよって。日本の影響かな。でもお腹すいたw。
カリーナに速攻でサンドイッチを作ってもらう。
取り敢えず食べながら状況を確認しよう。
ザルツ、カーマイン、オレアンジェスの武官のコアトさん、第一騎士団レイモンド隊のモーリッツさんに報告を聞く。
「レイモンド隊なのにレイモンドさんは?」
「レイモンドは体調を崩し副長のわたくしモーリッツが参加させて頂きます」
「判りました」
「姫様。ヴァーミリオン部隊が到着し、ヒーシュナッセ全土を滅ぼせる程の弾薬が届きました」
おお、私ナイスタイミングで起きたね。
「敵の状況は?」
「メダイの街と海沿いのセンスルビーチェの街の聖堂を完全に押さえられ2000人程の兵が来ております。人質は双方数名程度が捉えられております」
「判りました。直ぐに対処しましょう」
「お待ちください。ヒーシュナッセ全土を滅ぼせるとはどういう事ですか? 人質もいるしこちらの数では対処が難しく、他領地に援軍を頼むべきではありませんか?」
「モーリッツ殿。ルントシュテットの戦力をもってすればたやすい事。姫様にお任せください」
「・・・」
「では、まず、ザルツとカーマインは二か所に別れ、ヴァーミリオン部隊を数名連れて装甲車で人質を先に救い出してください」
「お待ちください。危険過ぎますし、どうやって匿っている人質の居場所が判るのですか? 人質の中に見知った物がいて遠隔通話が出来るのですか?」
「静かにせんか! 姫様が話しているのだぞ。そんな事は我らなら判るのだ!」
「は、はい。そうですか。申し訳ありません」
「ザルツ達は一旦それで引き、オレアンジェスの騎士団と第一騎士団の方々は救出した方々をお願いします」
「「はっ!」」
「その後、センスルビーチェの街の聖堂から攻めます。補給を中心に陣形は衡軛で遊撃を繰り返し当てましょう」
「姫様、聖堂は破壊しても構いませんか?」
「構いません。但しヒーシュナッセの人がヒーシュナッセに戻れるように道は開けてください」
「あの位置だとメダイに戻ると思いますが、、、」
「センスルビーチェの街の聖堂攻略が終わったらオレアンジェスの騎士団と第一騎士団の方々に確認をお願いします」
「ヴァーミリオン部隊は休息後、そのままメダイを攻め落とし、いやという程恐怖を植え付けましょう」
「生きて帰してよいのですか?」
「はい。今回の恐怖の証言がこの後の争いを減らすでしょう」
「成程。畏まりました」
「コアトさん、モーリッツさん、よろしいですか? それぞれの指揮はお任せします」
「はっ!」
「わ、判りました」
モーリッツさんはこれから来るという第一騎士団の本体にどう説明しようか悩んでいるようだった。
陣形などの意思疎通も出来ていないから別の任務にした方が使いやすい。
まあ、見ててください。
「ヴァーミリオン部隊、全員乗車! 発進!」
ザルツとカーマインが別々に動く。
聖堂にいる人質の位置を明鏡止水で確認し、カーマインはライフルで二人の見張りを倒し、ザルツは豪快に壁を壊して救出を成功させた。
そのまま直ぐに救出部隊を引く。
ヴァーミリオン部隊はセンスルビーチェの街の聖堂の前に集まり、衡軛の陣形で装甲車と砲車を並べる。
弾薬の補充を繰り返しながら遊撃を使い繰り返し砲撃し、数回で聖堂が倒壊した。
ヒーシュナッセ軍は死傷者も多いが、残りの多くの兵はそのまま敗走しメダイの街方面に向かう。
センスルビーチェの街の聖堂をオレアンジェスの騎士団と第一騎士団に任せてヴァーミリオン部隊を休息させ食事後にメダイの聖堂へ向かった。
走れば数時間の距離なので逃げていたヒーシュナッセの兵士は殆どがメダイの聖堂へ入ったようだった。
私達の装甲車や砲車が見えると要塞からヒーシュナッセの弓矢が飛んできたけど勿論、痛くも痒くもない。
要塞の弓兵のいる箇所を砲撃2発で破壊すると兵士達が要塞から無謀にも飛び出して来た。
手前に何度か砲撃しても向かって来る者はライフルで倒した。
まあ砲撃でも吹き飛んじゃってましたけど。
馬車も砲撃で破壊し、ここの聖堂も破壊した。
もはやヒーシュナッセの兵士で向かって来るものはいなく、大声を上げながらヒーシュナッセの国境へ向かって走って行った。
第一騎士団の人員がこちらにも来たので『深追いは不要』と後を任せた。
完全にヒーシュナッセの兵士を追い返せたと思う。
それだけでなく恐怖を植え付けたのでこれでしばらくの間は攻めてこないと思う。
私達がヴァーミリオンのスカーフを首に巻いていた事から、敵兵から『悪夢のレッドネック』と恐れられていたそうだ。(いや、この色はヴァーミリオンって言うんだけど、、、w)
後に両方の聖堂の多くの死体の中から数多くのオレアンジェスのスパイが見つかった。
各4か所の街の貴族は処分されるだろうけど、これは領主のアデルさんにお任せすればいいね。
証拠はビルムさんが完全に押さえてくれたから本当に助かったよ。
レオン司教にも助けられた。
領主アデルさんに報告する際には、武官のコアトさんがルントシュテットの戦力を報告し大騒ぎをしていた。第一騎士団にも今回来て貰ったけど、ヴァーミリオン部隊がいたのであまり活躍出来なかったからか、先日のモーリッツさんと偉い人2人が報告に参加したけど第一騎士団の人達は静かだった。
後かたずけはまだ時間が掛かるだろうけど、祝勝会が明日開かれる。
アドリアーヌ王妃とお父さまから勝った事に対する祝辞が届いた。
スパイは何人も死んでるけどこっちの戦力に被害もなくて良かったよ。
漁業ギルドのギルド長が各港で漁業を取りまとめてる人達を連れて来て私に全員から感謝が述べられた。後で過去の漁獲量とクジラを見た頻度を解析して適切に共存可能なクジラの数を試して貰う事を約束した。
なんか貴族だから遠慮してるのかもしれないね。
もっと気軽に話したいよ。
「わたくしはお魚が大好きなのですよ。美味しいお魚が沢山取れたら食べに行きますから皆さん頑張って漁業の復興をお願いしますね」
「お任せください女神様。美味い魚を沢山とってお待ちしますし、ルントシュテットまで美味い魚が届けられるように致しますよ」
「はい」
なんかここでも女神様とかになってるよ。
もうとっくに冬休みも終わっちゃって貴族学院ももうすぐ春になっちゃいそうなので早く戻らないとね。明日の祝勝会が終わったら戻ろう。
なんか領主アデルさんの顔も明るいし引き締まって責任感が出て来たように見えた。
領主アデルさんは
「もう少しでおかしな話からグレースフェールに侵攻を許す所でした。ソフィア様達に無限の感謝を」
と跪きながら深々と頭を下げ、私達に正式なお礼を述べた。
これからもいい領地にする為に頑張ってくださいね。
◇◇◇◇◇
【ビッセルドルフの街へ】
祝勝会の日。
オレアンジェスの祝勝会、私は子供なので抜けたのだけれど尖塔師のウイルソン・フォン・クルーゲさんから『戦争が終わったら伝えて欲しい』と言われていたというユリアーナ先生からの伝言を渡された。
ユリアーナ先生のお話は不味い事に『ユリアーナ先生が教師とサロンマスターの仕事を辞めてビッセルドルフの街のバン権力を持つ貴族の家督を継ぐ』という話だった。
えっ!!
ヒーシュナッセの軍勢を退けて内通者をやっつけた嬉しさもこれには吹っ飛んだよ。
これにはかなり焦った。その原因は、私がオレアンジェスに来た頃、ユリアーナ先生のお母さんが『転んで怪我をして火傷を負い、顔に大きな傷と火傷の跡が残ってしまい、貴族の仕事も忙しくなって来たのでバン権力の貴族の現役を続けたくない』という話だった。
どうやら昔の『クリノリン・スタイル』のドレスに冬の暖炉の火が燃え移ってしまい裾を踏んづけて火の中に倒れ込んでしまったそうだ。古いドレスだとこっちでは良くある事故なのだそうだ。
そんな事故を起こすドレスとか怖すぎるよ。
バン権力を持つ貴族を続けながら私を手伝えるなんていう離れ業が出来るのは恐らくお父さまとマクシミリアン叔父様くらいしかいないと思う。
ユリアーナ先生からは『貴族学院を辞めるにしても母の傷を見てどうにかして欲しい』との話で、ユリアーナ先生のお母さんが引退したいからと言う理由で先生が貴族学院を辞めるというのを防ぎたいために中央へ戻る前にビッセルドルフへ寄りユリアーナ先生のお母さんの様子を見に行く事にした。
ウイルソンさんにユリアーナ先生に日程を伝えて貰った。
【ビッセルドルフ】
ビッセルドルフの街の貴族イグリッツア様は打ち合わせのお部屋に来ても黒いベールをしたままだった。お顔の火傷は一応治ったけど残った大きな痣を私達に見せたくないからだね。
『忙しくもなったし』というその忙しくなった方の理由は私のせいでもある。
「母上。こちらがソフィア様です。母上、ベールを」
イグリッツア様はとても恥ずかしそうにベールを取り挨拶した。
「ソフィア姫様。わたくしはこの街をソフィア姫様のお父上ご領主様からお預かりしておりますイグリッツア・フォン・ビッセルドルフでございます。このような醜い顔で失礼致します」
「ルントシュテットの領主ヴァルター・フォン・ルントシュテットの娘、ソフィアです」
ユリアーナ先生の年齢は私のお父さまの一つ上だからイグリッツア様はおばあちゃんの年齢だと言ってもおかしくないはずなのに、とても綺麗に年をとった美しい顔立ちをしていた。シルバタリアのわたしのおばあちゃんとはちょっと違うね。やっぱ現役だとこうもキリリとして凄いのか。でもシルバタリアのおばあちゃんもあれはあれで優しさのにじみ出た年の取り方で私は好きだけどね。
イグリッツア様は貴族らしい意思の強さもにじみ出ている。でもやはりお年を召すと少し弱気になるのかもしれないけど、傷や痣を恥ずかしいと思うのはイグリッツア様が紛れもない女性だからね。
転んだ際の傷と痣はかなり大きく、痣はもう色が定着してしまっているようだ。
傷はかなり深く、治っていても肉が無くなってしまっている部分が見える。
これ相当酷い怪我だったね。
「イグリッツア様。わたくしの魔法では治せないかもしれませんが治癒魔法を試してみてもよろしいでしょうか?」
「もう幾度も治癒師が試しましたがこれ以上は治りようがないと申しておりました。ソフィア姫様のお手を煩わせるのは、、、」
「それは大丈夫です」
最大限で試してみる。
『~ドゥープレックス~』
『『~エルクルフルト クルリトン クレステペタル~』』
ブワッ!!
多重にして私の声と夢美の声が頭の中で重なりいつもよりも余計に白く光った。
イグリッツア様は目を瞑っていた。
少し掌の抵抗のようなものが減って来た。
「イグリッツア様。お体の方は大丈夫ですか?」
「なんともございません」
お年を召してもきりっとした貴族らしい引き締まった顔が少し緊張しているようだ。
本人の負担になってはと思ったけどこのまま大丈夫そうだ。
ようやく掌の抵抗がなくなり、私は掌をかざすのを止めた。
あっ!
傷は治っていると思う。だけど痣は消えなかったよ。
火傷のような皮膚再生は以前やった事があったけど、、、。
火傷した直ぐ後だったら出来たのかもしれない。戦争じゃなければもっと早く来れたのに。
イグリッツア様が手鏡を見ながらご自分の手で傷跡を触った。
「き、傷が、、、」
ボコッとへこんでいた大きな傷跡は綺麗に無くなっていた。
でも痣が、、、
「イグリッツア様。わたくしの魔法では痣まで消す事は出来ませんでした」
「いえ、それも仕方のなき事。他の治癒師に治癒出来ない傷を治して頂いたのですから感謝の言葉もございません。しかしこの痣ではやはり他の貴族達や領民の前に顔を出すのは憚られます。わたくしは夫を亡くしてからは街の事を見てお茶会にも顔を出し仕事を続けてまいりましたが、やはり引退しユリアーナに家督を譲ろうかと思います」
これ本気で不味い。今ユリアーナ先生に抜けられるとこれまで上手くいっていた事や蒸気機関車が難しくなる。あんなのを理解して作れる人なんて他にいないよ。
それにイグリッツア様はここまで見事な貴族らしい方なのに引退するには勿体ないよ。
「これまでも治癒力では治らない傷も治せた事もありましたが、もうその痣は既に傷ではない状態なのかもしれません」
「そうですか・・・」
少し残念そうだった。
「でも、痣くらいでしたら、お化粧すれば隠す事が出来ますよ」
「お化粧ですか? わたくしもソフィア姫様の化粧水やリップクリームを使わせて頂いておりますが、そのような事が出来るとは思えませんが、、、」
「ファンデーションがあれば可能なのです。なければ作れば良いのです」
ユリアーナ先生がいつものようにわたしに聞く。
「ソフィア姫様。ファンデーションとはなんでしょうか? わたくしは聞いたことがありませんが、、、」
「ファンデーションは女性がお顔に塗って荒れたお肌やシミ、そばかすを隠せてお顔を美しく見せる基礎化粧品なのです」
「成程、それがあれば母上の痣も隠せると?」
「はい、その通りです」
「それは作れるのですか?」
「今直ぐには無理ですけど、原料さえ手に入れば可能だと思います」
確か日本でもお化粧品を作る教室を原産地でやってたからあっちで私が行ってみる価値はあるよね。
今度のお休みに誰か巻き込んで行ってみようかなw。
「どのような原料でしょうか?」
「鉱石でセリサイトという最も細かく砕ける雲母と白陶土と呼ばれる天然の含水ケイ酸アルミニウムのカオリンですね。セリサイトは一般的にはマイカと言います。セリサイトからマイカパールも作れるので基本的にはこの2つが手に入れば大丈夫ですけど、カオリンの方はあてがあります」
恐らくクラトハーンのあの白い粘土みたいな源泉の所にあった粘土がそうだと思う。
「ソフィア姫様。オレゴーとアーデルハイドの中間付近の山に粉のようになるかなり細かく砕ける雲母を見た事がございます。それがソフィア姫様のおっしゃるセリサイトというものかどうかは判りませんが早速取りに行かせますから持ち帰ったら確認して頂けませんか?」
「本当ですか? 細かく砕ける!? 多分それですよ。細かいので別名、絹雲母というのですよ」
日本でも産出地が少ないからもしも直ぐに見つかったらラッキーだね。
「母上。ソフィア姫様にそれをお作り頂くまでお待ち頂けませんか?」
「ソフィア姫様にわたくしの為にそのようにして頂くのは心苦しい限りでございますが、そこまでして頂けるのでしたら仮にそれがダメであったとして待たせて頂きますとも」
こうして、100%あてに出来る訳ではないけど、セリサイトを待っている間にカオリンを取ってきて貰おう。
取り敢えず今直ぐにユリアーナ先生が退職しちゃうというのは先延ばしに出来たよ。
◇◇◇◇◇
『ゆ、、めみ、夢美! 聞こ、、かしら、夢、!』
えっ! 美麗だ。かなり遠そうだね。
私から『ボカ・リモーティス』をしてみる。
『美麗、どうしたの?』
『誘拐されたわ』
『えっ』
『冗談ではないのよ。目隠しをされ車に乗せられたけど、国道15号を南へ走ってるから曲がった回数と距離でおおよそここが大田区である事は判るわ』
『お家の人は?』
『スマホを取り上げられて連絡出来ないのよ。ここはどこかの工場の中だと思うわ』
『直ぐに迎えに行くよ』
『貴方だけでは無理よ。こっちはお化粧の濃い夜の商売のような女と拳銃を持った黒服が二人、若いヤンキーのような男が二人いるから』
『警察に連絡しようか?』
『裏に抜け道があるのよ。恐らく警察がくれば若いヤンキーに立てこもらせてその間にマダムと黒服二人は裏から逃げるわね。逃走に邪魔な私はその時点で殺されそうだわね。今は若いのが二人だけだわ』
『随分と落ち着いているね』
『場所さえ特定できれば西園寺で対処が可能だと思っているからよ。今からわたしの部下の櫻井の連絡先と合言葉を教えるから、夢美は場所を特定して後は櫻井に任せて頂戴』
『判った』
『櫻井の番号は0△0ー××××ー〇〇36よ。合言葉はわたしの状況を知らせる『赤のボーダー』。私が攫われたのはもう判っていると思うけど騒ぎにならないように警察に伏せて動いて欲しいとお願いしていると言えば動いてくれるわ』
『わかったよ。直ぐにやってみる』
『お願いね。それとちょっとだけ不安だから、時々連絡して頂戴』
『任せて。どこか出られそうなところはある?』
『トイレに小さな窓があるけど手を縛られていて今は出れないわ』
『縛られていたらパンツ降ろすのも大変そうだね』
『そうなのよ、降ろすのはいいけどちゃんとはけないのよ。って何を言わせるのよ。早く連絡して頂戴』
『あははは、判ったよ』
次回:舞ちゃんとの閑話【ショートストーリー】手作りコスメ教室の割り込み更新の予定です。
割り込み更新は次回で終了の予定です。時間が掛かり申し訳ありませんでした。




