中学受験の家庭教師
「ソフィア、其方が生まれる少し前に、わたしは戦で兄上と叔父上を失った。亡くなった兄上から今のドミノスの座を譲り受けこのルントシュテットの領を収めている。先の戦ではなんとか敵を退ける事が出来たがこちらの被害も多く国だけでなくこの領も多くの兵士を失った。このまま手をこまねいていれば今度はわたしとわたしの家族のみならずこの領の民まで多くを失う事になるやもしれぬのだ」
わたしの家族って、それって私も含まれてるよね。ちょっと待って。これこんな幼女にする話? いやいやいや小学生の私の頭でもちょっと理解出来ないよ。ってか私何も出来る気がしないんだけど、、、。
へたをすると私、長生き出来ずに死んじゃうの? 私は寒さがいきなり押し寄せたように凄く不安になった。
ユリアーナ先生が話し出す。
「ソフィア様、ソフィア様の兄ぎみエバーハルト様やウルリヒ様は貴族学院でもとてもお強く、数年すれば間違えなくこの地を守るお力になるでしょう。しかし失った国力や領の力はそう簡単には回復致しません。でもソフィア様がお生まれになってからは神に愛されたかの如く酪農や農業は豊作続きで領民に食料が行きわたり餓死するような者が出なくなったのです」
いや、それまでは餓死者とかいたの? 日本の小学生の私の感覚では想像出来ないよ。でも豊作は私の生まれとかは関係なくてたまたまだと思う。
「国の力もそうですが、内政が充実しなければ戦力も整わず、このままではこの領のみならず国も滅びてしまうでしょう」
えー。私は変に喉が乾いて声が出せなかった。ゴクリと一度ツバを飲む。
「この領地も農作物だけではダメで潤うためにはお金が出来るだけ沢山動き、領民の皆が潤わなければ力もつかないのです」
成程、小学生の知識でもここまでだったら少しは判る気がする。国が栄えないと国力はつかないよね。
「そこで、ソフィア様の知識やお考えを出来るだけ様々なものに活用して頂き豊かになるようにご尽力頂きたいのです」
いやいやいや、待って待って。私の知識なんて小学生の知識じゃそれ無理でしょう。
私が答えを躊躇しているとさらに現実を突きつけてたたみかけて来る。
「さもなければこの領も国も滅び、ソフィア様やわたくし共の命運もそこまでかもしれないのです」
うっ。
なんか、頑張らないと私これ本当に死にそうだよ。
時間もそんなになさそうだし。でも、どうすれば、、、。
大叔父様が私に話す。
「勿論それだけではなくここの騎士団を任されているわたしがソフィアを鍛えるぞ。強くなれば自分で身を守る事も出来よう」
いやいやいや、私の運動神経じゃそんなの無理だって。あの日本のお父さんの血を引いてる、、、。ってこっちのお父さまの血も引いてるんだけど。
強くなるっていうお話はまず置いておいて、私はあの調理器具のように様々な便利なものをこの領地や国内に流行らせて潤して『繁栄』させて行くのが私の役目っていう事だね。
「お父さま、わたくしそんなに上手く出来ないかもしれまんよ」
「当たり前だろう。ソフィア一人にそんな重責は負わせぬ。わたしも力を尽くすしその為にこの二人もつけるのだ。ソフィアは思う存分にやって構わんがな」
「お父さま、皆さま、わたくしはどれだけお力になれるかは判りませんが出来るだけ頑張らせて頂きます」
「何という事だ。ソフィア様は本当に5歳なのか? わたしも出来る限りソフィア様に仕えよう」
叔父様達がソフィア様呼びに変わったよ。
どこまで出来るのかは分からないけど本気で日本の知識を頑張って勉強しなきゃだよ。この領の役に立たないと本当に私達の命に係わるという事だけは良く理解出来た。
そして私ソフィアが死ねば日本の夢美も死んじゃう。
お父さま達のお話が終わり退出すると、この日はこの国グレースフェールの事や他の領地に関する地理などをユリアーナ先生に教わったけど、その前の話が衝撃的過ぎて全く頭に入らなかった。
夜眠りにつくと不安さは幸せな眠りが和らげてくれる事をしみじみと感じた。
日本で目覚めると今日は土曜日で母も出かけるはずだけど家にいた。
夢の中の世界の考え事をしながらボーっと朝ごはんを食べていると
「夢美、あなたももう5年生になるんだから中学受験の為に家庭教師を雇うのよ。今日面接に来てくれるからこの中でどなたがいいか意見を聞かせて貰えると助かるわ」
「うん、わかった」
兄がとても優秀なのは家庭教師の力だって母も言ってたけどなんかあそこまで勉強漬けなのは今の私からは違和感や逆に嫌悪感みたいのもある。多分兄の家庭教師と同じ新倉 礼さんを選んで欲しいのかと思う。この人目が眩みそうなめちゃくちゃ凄い成績だ。
でも今はそんなつまらない事は正直どうでも良くて私が生き残る為に、街の繁栄のさせ方とか戦争の勝ち方とか教えてくれる家庭教師はいないかな。いやこの今の日本じゃ無理だよね。
先生候補の履歴書を見ると、兄に教えてた新倉先生の他に2人のものがあった。
成績まで書かれているけど個人情報はこれ大丈夫なのかな。一人川端 美鈴という女性では珍しい理工系の大学生の履歴書が目に入った。機械工学とか珍しいよね。なんか男の人の印象があったけど。でも理工系なのに得意なのが歴史で自分で『歴史おたく』って書いてある。
うん? 良く考えてみれば夢の中って日本より遅れているし歴史に詳しい方がいいよね。そしておたくって専門家顔負けの知識を色々と持ってる事もあるし、もしかしてこの先生にお願いするのがいいんじゃない?
私は母に川端 美鈴さんがいいと伝えた。「あら、そうなの」と母は残念そうだった。やはり一番成績の良さそうな兄の先生にしようと母は思っていたようだ。
そう遠くない未来の私の命が掛かっているんだよ。この先生でお願いします。
そして、おじいちゃんの剣道場だけど、時々無料子供教室があってチカちゃん達と一緒に参加させられてたけど、向こうの兵士とは違うだろうけど、もしかすると運動神経の悪い私も少しは剣道くらい習った方がいいのかもしれない。おじいちゃんに頼んでみよう。
さっそくおじいちゃんにお願いしたら、満面の笑みで道場に入れてくれた。防具や竹刀を揃えたらいつでも教え始めてくれると約束した。
小学生の私に今出来るのはこれくらいだろう。
そして私はネットも使って毎日寝落ちするまで死に物狂いで勉強した。マジ死んじゃうかもしれないからね。私が睡眠時間を削るとかどれだけ必死なのか判って欲しい。
こっちでは結構長い時間良く寝たはずなのに少し眠い。日本の夢美の睡眠時間が少ないとこっちの私も眠いのだろうか?
ギルド長がやって来てお願いしていたハンドルを回すタイプの泡立て器が出来たそうだ。
あの説明で作れるんだね。
私は来客用の会議室に行って出来たものを見せて貰った。
パウルさんのお茶受けに泡だて器を利用したクリームを使ったいちごのショートケーキを出して貰った。
パウルさんは説明が終わって私がハンドルを回して動作を確かめ始めるとお茶とケーキに手を付けた。
ケーキを口に入れて驚いたように目を見開いた。
「ソフィア姫様、お話には伺っておりましたがこちらのお菓子はソフィア姫様がお作りになったものでしょうか?」
私の代わりにノーラが答える。
「パウル、わたくしが応えます。このショートケーキというものは確かにソフィア様がお考えになって作られたものでこの柔らかい生地と白いクリームの部分が先日パウルに発注した泡立て器で作ったものです」
「なんと、そうでしたか。ノーラ様、こちらのレシピはご提供頂けないのでしょうか?」
「今マクシミリアン様がまとめています。暫くすれば貴族用のものと領民用のものを発表しそれらに必要なものの栽培や確保を行っている所だから貴方はレシピやこれらの調理器具がいつ発注されても対処出来るように備えるのです」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「ノーラ、わたくしこんなに上手く作って頂ける鍛冶職人がいるとは思っていませんでした。これでしたら他のものも頼みたいのですけど大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。ヴァルター様には事後報告で良いと申しつかっております」
「でしたら、こんなミートミンサーと足で漕ぐ遠心分離機なのですけど、、、」
私は絵を描いてねじねじの部分やカットする部分、台に固定する部分などを詳しく説明した。
先日の生クリームは騎士団の見習いの方に腕を振り回して分離して貰ったけど普通はそんなの出来ない。
この足漕ぎ式が出来ればもしかすると自転車くらい作れるかもしれないよね。
小学生の知識の私がそんな簡単に考えちゃいけないのかもしれないけど、ミートミンサーと足漕ぎ式の遠心分離機は沢さんと詳しく細かい所までつめたから作れるならば大丈夫だと思う。
パウルさんはようやく理解してくれた。
お昼に好きなパスタを食べた。今日は貝のスープパスタにした。一緒に食事をとるマクシミリアン叔父様は私が沢さんから聞いた事を参考にシイタケの栽培やブドウの栽培を大々的に始め、サーヤの実がなる木も植樹して増やしていた。
私の作ったレシピを整理して本にするらしい。私はこれまでの料理をジャンル毎にカテゴライズした。和食やイタリアンなどの区分けだ。
そして領内に食事処やお菓子屋さんを作る事を提案して、今はそのいくつかの店舗を領地に作り始めた所だ。私は沢さんに聞いてメニューを増やしていって他の事はマクシミリアン叔父様に任せておけば大丈夫そうだ。
もしも領地にパスタ屋さんとかケーキ屋さんが出来たら行ってみたいよ。先日までの私の暗い感情が少しは明るくなって来た気がする。
日本の母は私の変わりように驚いていたけど私は本当に死に物狂いで勉強を続けた。美鈴先生は正直大当たりだった。算数や国語なんかの普通の教科は出来て当然だけど、理科なんてどんな実験がどうなるとかの結果だけじゃとても満足出来ない。それが何に使えて、過去にどんな発展があったのかが重要だ。美鈴先生と議論して考えてもっと応用出来ないかを詳しく考える。
歴史も何々の乱とかの戦争があると、当事者はどんな人でどんな立場や考えで戦争に参加してその結果どうなるのか? 負けた方はどのタイミングでどうすれば勝てたのか?を美鈴先生と何度も議論した。そんな事が現実に考えられなければもう少ししたら私死んじゃうかもしれないんだから当然色々と深く知識は身に着けたい。
私は自分から命がけの必要に任せて勉強を続け、当然ながら結果がついて来て成績は直ぐに学年一番になった。更に日本では余分な知識までかなり蓄えて来たと思う。
おじいちゃんの剣道場では私の運動神経は悪い方で、私より小さな子にも全然勝てなかったけど基本は大分判って来た。竹刀をバラバラにして構造を確認した。
6歳になった向こうの私もビッシェルドルフ様に剣術を学び始めた。剣には片手で持つ短剣と両手で持つ両手剣があるそうで私は身体が小さかったけど短めの両手剣を使おうと思った。何故なら剣道の竹刀に似ているからだ。竹、こっちではクイスフェルメンタムというのだけど今職人さんに竹刀を作ってもらっている。木の練習用の両手剣では私には少し大きいからね。
大叔父のビッシェルドルフ様に習い始めて直ぐに身体強化を教えると言われた。
何それ。えっ、もしかして魔法?
私は頭の中がぐるぐるとした。ここって過去の地球の国じゃなくってファンタジーの世界だったの? それとも過去の地球の国には普通にそんな魔法があったの?
「貴族学院でも様々な魔法を習うが剣術を上手く行うにはまず身体強化の魔法が必要となる」
「はい」
「まず、手足の先、目、鼻、耳に神経を集中し体の中をめぐるように感じるのだ」
何それ。考えるな感じろの世界なの?
「元々人にはそれだけの能力がある。それを使っていないだけで自分の感覚で使えるようになれば咄嗟の時にも直ぐに自由に扱えるようになるから練習してみよう。そしてこう唱えるのだ『プテス・ターテム・コリポリ』。心の中で唱えてもよいぞ」
元々って言うけど呪文を唱えるとか本当に魔法だったよ。
私は言われるままに練習を始めた。
何度か上手く出来なかったけど次第に頭の中の感覚が少しずつ変わって行った。
そして完全に感覚が変わるとこれまでの世界がまるで遅く動いているように感じるようになった。
なんだろこれ、私走ってないけど、ネットで見たランナーズハイみたいなものだろうか?
「うむ、出来たようだな。解除するには『プラチデ』と唱えるのだ」
私は心の中で唱えた。
感覚が元に戻る。特に魔法による疲労は感じられない。
「これからは直ぐに身体強化が出来るように常にこれを行ってから剣術を学ぶように」
「はい」
どうやら私は魔法を習い身体の感覚に慣れれば少しは身体強化というものが出来そうだよ。
ユリアーナ先生の勉強の方は私が苦手な国や領の地理だ。
国王はレクスと言い、ダルーン・サンレグリア様が現在の国王様で私の家系は公爵家で親族にあたるそうだ。私の住む領(テリトリウム)は家名のルントシュテット領で西から北東へ山が連なりハリケーン(トゥールボ)の被害が少なく中央に山岳からの大きな河が流れていて地揺れにも強い穏やかな気候の良い土地で近年の豊作続きに他領からは羨ましがられているそうだ。
国の地域は中央の他、ルントシュテット、シルバタリア、ブルリア、ラグレシア、オレアンジェス、イエルフェスタ、パープラング、グレグリスト、ピシュナイゼルがありそれぞれの最大の都市は城下町でレグリア、ブランジェル、ワイソトール、グラルフ、サクレール、イエラル、トリステア、モルキッソ、ソートルがある。私の領の城下町はブランジェルでパウルさんはそこの商工ギルド長という訳だね。
過去に戦争をした他国はマドグラブルとヒーシュナッセで、マドグラブルとは今も争っている状態で私達の斜め南のシルバタリアの辺境伯が納める地域が国境を任され国を守っていて家の領とは仲がいい。私達はそのすぐ近くなので兵士も派遣している。
うーん。疲れたよ。これ6歳の子供の勉強量じゃないよね。中身は小学校5年生だけど。
疲れたけど美味しい夕食を食べたら少し元気になった。
夢美は毎日食べてるけどでここでは少しご飯が恋しくなったよ。
これだけ疲れたら気持ち良く眠れそうだよ。
次回、何故か知らないうちに強くなっていた夢美とソフィア。本人よりも周りの対処がついて行けず戸惑う。
お楽しみに。