さらなる嫌がらせ
貴族学院での最初の休暇(冬期休暇って言ってもかなり早くまだ全然寒くはないけど)を迎え、私とウルリヒお兄さまはルントシュテットへ戻った。エミリー達側使えや護衛も伴い、護衛にはザルツ、カーマイン、ミスリア、ヘルムートの4名も一緒だ。
お休みの間に最初にノーラのシュトライヒの相談とマルテの商業特区とする街『レヴァント』について司教様とマルテと一緒にお話に行ってエミリーの実家の牧場へ遊びに行き、一月以上先の年末に帰って来る予定だ。
また今回はシルバタリアのフリッツ伯父様のたってのお願いで、勉強の為とウルリヒお兄さまの婚約者アリッサ様、一緒に仕事をやってる次女アンネマリー様、次男のルーカス様が一緒に年末まで行動するのでルントシュテットまで来ている。
長男のマンフレート様は跡取りだけど、他は商売なども色々と勉強しないと将来的に厳しくなるかもしれないから学校で教えてくれないような事を学ぶのは賛成だよ。
そしてエミリーの牧場を一緒に見学したいとイエルフェスタのエミリアとエミリアのお兄さまアウグスト様もいらしている。
それぞれに側仕えがいるから大所帯で大変な移動だったよ。
お城へ戻りお父さまやお母さま、アメリアに戻った事を報告する。
長男のエバーハルトお兄さまはもう商業特区の『レヴァント』へ行っていて今年は帰れないらしい。
エバーハルトお兄さま頑張ってくれてるんだね。
私も直ぐに行くから待っててね。
◇◇◇◇◇
ノーラのシュトライヒの相談は何かと思ったらやっぱりノーラ本人のお話だった。
『側使えを続けさせて欲しい』のだそうだ。
それは構わないんだけどノーラもそろそろ結婚の事を考えてもいいんじゃないかなと思う。
一応お話としては隣の領地の同じ子爵家のアーデルハイド家から打診が来ているらしいけどノーラ本人は結婚はまだ考えていないそうだ。
アーデルハイド家は土地持ちの貴族で、マクシミリアン叔父様の側使えになった働き者のヒルデガルトさんやその妹の私の同学年の護衛騎士クラーラの長兄なんだそうだけど、とてもおっとりとしている人で、爵位を継ぐ予定だけどあまり働いてはいないらしい。爵位を継ぐ貴族なら少しくらいおっとりしててもいいと私なんか思うけど、ノーラは潔癖症とまではいかないけどきっちりとした性格なのでちょっと合わないかもだよ。
逆に爵位を継がない次男以降はみんな自覚をもって凄く頑張っているという世界だ。
近年、ルントシュテットでは女性も外出するようになって来たので女性でも色々と活躍して貰えると私も嬉しい。
シュトライヒの街も子爵を継ぐのはノーラのお兄さんのエルマー様だからね。
「ソフィア様。ソフィア様は以前、ワインやブランデーをお作りになりましたが、こうわたくしのような女性にも嗜めるようなお酒はご存知ありませんか?」
いやいやいや、ノーラはどんなお酒でも飲んでるじゃんかw。
まあ、以前そう言われていたので日本で久美子先生に女性でも美味しく飲めるお酒を聞くと
『まだ夢ちゃんは飲んじゃダメだけど、そうだなぁ、わたしはビールも好きだけどカクテルだよ』
と言ってた。ラム酒をベースにした口当たりのいいカクテルでダイキリやカリブリーズ、パイナップルラムなんかを良く飲むそうだ。ちゃっかりさんの久美子先生はいつも男性に奢ってもらうらしいw。
うーん。私の知り合いだとこんなの素で知ってるの陽キャの久美子先生だけだよ。
でもその先のお話は美鈴先生と色々と調べて詰めたよ。
以前言ったようにこちらの世界でも蒸留の概念は古くからあってお酒などにも使われている。
私が以前叔父様に作る際に渡したものは連続式蒸留器のとても効率の良い物で、単式蒸留器などは他の地域でも使われているよ。
以前、シルバタリアへ行った時にパーティーで出ていた透明なお酒は、サトウキビから作られているもので、日本的に言うと『黒糖焼酎』というお酒だ。これはサトウキビの汁から不純物を取り除いて煮詰めた『黒糖』を原料に作るもので日本なんかだと単式蒸留(一度毎にもろみなどを取り換えて蒸留するもの)を利用したものだ。
同じサトウキビが原料でもサトウキビの廃糖蜜やしぼり汁から連続式蒸留器と単式蒸留の双方を使って蒸留すると『ラム酒』が作れる。これはブランデーよりも甘めだけどカクテルにするととても美味しいのだそうだ。
いや、私が自分で味見が出来ないからどう美味しいのかは全く判らないけど。
私なんかだとラム酒にレーズンを漬けてラムレーズンだとアイスクリームでもクッキーでもなんでも大歓迎だよ。でもあれはダークラムだから10年くらい寝かせないとダメだけど。
ウルリヒお兄さまの婚約者アリッサ様が来ていたのでシルバタリアのお話を聞くと、単式蒸留はご存知で、連続式蒸留器の作り方とラム酒の作り方をアリッサ様に完全に理解して頂いてシルバタリアで作って貰うのがいいかと思う。サトウキビはシルバタリア産だからね。
それをノーラのシュトライヒに卸て貰い、私がカクテルのレシピをノーラに渡してノーラがカクテルを作るバーを経営する。
勿論、アリッサ様は他の地域に卸すのもありだけど、ノーラの分が足りないと困るからね。
資金などの話もあるだろうから一度に大量生産という訳にはいかないだろうから徐々にっていう感じですね。
と私が言うと、アリッサ様は、
「いえ、直ぐにでもお店が何店舗も運営出来るくらいには供給させて頂きたいと思います」
とやる気まんまんだったよ。しかも新しいお酒の作り方に満面の笑み。お兄さまの婚約者なんだから後にはルントシュテットで頑張って貰わないといけないけど、今はシルバタリアで頑張って欲しい。
ホワイトラムだけじゃなくて、ゴールドラムやダークラムのように樽での熟成するラム酒もあるから色々と時間を掛けないと難しいんだけどね。
こっちで生き延びられたら私がお酒を飲める年齢になる頃には熟成したラム酒が出来るかもしれないねw。
ノーラは感激して、さっそくシェーカーをギルド長に依頼していたよ。
なんとなくだけど、ノーラが髪を後ろで束ねてバーテンダーの姿でお酒を出すのは似合ってる気がする。勿論貴族なのでノーラ本人がやる訳じゃないけどね。
カクテルのレシピを渡したら他のお酒でシェイカーやステアの練習するのだそうだ。いやノーラは本当にお酒が好きだよね。
◇◇◇◇◇
マルテと一緒に沢山の側使えと護衛を連れてマンスフェルト家の新しい商業都市『レヴァント』へ行く。
イエルフェスタのエミリア様とアウグスト様も勉強の為に一緒に行きたいというので連れて行く事にしたよ。
おおよその街の構成は他の街と変わらないもので中央へ聖堂を配置して貴族の家がすぐ近くにありそこを中心に街並が作られている。他の街では貴族の家だけ小高い丘の上なんていうパターンもある。
思い切り違うのは市を開く場所が教会の脇などにあるのではなくそこから様々な業種の商店街になっているという事だ。さらに卸問屋が立ち並び様々な他の領地との取引が可能になっている。
商店街はここにはなかったパサージュ(日本で言うアーケード商店街)として上面にガラスを用いて太陽光も取り入れて雨の日でも心ゆくまで買い物を楽しめるという場所が中心からあちこちに伸びている。
(私も結構思い切った事をやったと自分でも思っているけどこれが大評判なんだっていうからまあ結果はOKだね。大きな板ガラス大正解)
取り敢えずマルテとマンスフェルト家の屋敷に行って、エバーハルトお兄さまも滞在しているそうだから色々と状況の話を聞いて対処しようかと思う。
マルテのお父さんエメットさん(正式に叙爵されて商爵から男爵になった)とマルテのお母さんエマさんに挨拶したよ。
エマさんは初めて会ったけど、働き者っぽい優しそうな人で、もう男爵夫人なんだからそんな事をしなくていいのに私達にお茶をだしてくれたよw。
働いていないと落ち着かないとご本人は言ってたけど早く貴族にも慣れて欲しい。w
マルテのお父さんエメットさんとお兄さんウィンデルさん、エバーハルトお兄さまに状況の話を聞いた。
エメットさんとエバーハルトお兄さまによると、中央、シルバタリア、イエルフェスタの三領地との領境の商人の通行税を廃止して販売税を半額にしても充分以上に商業特区として成立する事が判ったそうだ。
これでまず商業特区の成立は一安心だね。
イエルフェスタ側の領境の貴族が文句を言っていたそうだけどイエルフェスタの領主つまりエミリアのお父さんゲオルク・フォン・イエルフェスタに話を通して了解して貰ったそうだ。
税制の関係で直ぐに自分の街も凄く潤う事が判るだろうけど先が判ってないだけで目先の事しか見えていないだけだと思う。
でもエバーハルトお兄さま仕事してるねw。
問題はやっぱり司教様だそうだ。
司教様はお怒りのようでエバーハルトお兄さまによると2つの事を問題としているらしい。
1つは聖堂の鐘の件。
新しく建てた聖堂は大きさ的には大聖堂のような結構な大きさなんだけど、こっちで初めて機械式時計を導入したんだよね。
聖堂や教会の重要なお仕事の一つに水時計で時刻を計り時刻を知らせる鐘を鳴らすというのがあるんだけど、これを機械式時計に変えた事をお怒り? なのだそうだ。
司教様が来る前に機械式時計の錘の操作について、シスターのベアトリスさんにフェリックスが説明に来た時はベアトリスさんは『一日に一度でいいんですね』と感激していたと報告があったそうだけど司教様にはお気に召さなかったようだ。
もう一つは金融業の利率らしい。
うーん、利率は他よりずっと安いんだけど、何がいけないんだろ。司教様には関係ないと思うけど、、、。
エバーハルトお兄さまによると凄い剣幕で話し合いにならないそうだ。
そんな所に私が行くのは正直ちょっとイヤだな。
うがった見方をすればリーゼロッテ王女様の手が回っているかもしれないよね。
司教様はレオン・ギルバートさんで以前イエルフェスタのイエラルで助祭をやっていたそうだ。
貴族と言い争いになり中央へ呼び戻され今回こちらに司教として配属されたそうだ。
イエルフェスタのアウグスト様によると
「イエルフェスタのイエラルで貴族と言い争いを起こしたけど、中央の大司教様の血縁で、大司教様にも文句を言ってほぼ罰としてここ『レヴァント』に飛ばされたというのが正しいだろう」
という話だった。商人と仲が悪いのは知ってるけど商業の街の司教職は罰としての左遷先なんだねw。
明日話し合いの予定だけど、これだと話合いになるのかどうか心配だよ。
◇◇◇◇◇
この日の夜、ラーラが食事の前に悲鳴を上げた。
いや、マンドラゴラだと言っても人が死んじゃうような悲鳴じゃないよ。『ひっ!』って感じだった。
「どうしたの?」
「ソフィア、大変だ。温室の窓ガラスが数か所石で割られたよ」
「えー! ラルフは大丈夫? 温室にいたの?」
ラルフは中央に残って管理している。
「いや、ラルフは丁度いなかったよ」
「どんな人が犯人だか判る?」
「剣を持った髪の長い人だって」
「判った」
私はここまで嫌がらせがあるのかとやるせない気持ちになったけどルントシュテットの尖塔師のフォルカーさんへ連絡して中央の屋敷の管理で残っている人に温室を確認しに行ってもらうようにした。
しばらくしてフォルカーさんから先にマクシミリアン叔父様からの言伝があって『もっと詳しく服装とか特徴を教えて欲しい』と言われラーラがさっきから植物会話をしている。
エミリーも怒りの表情で隣で待っている。
リナが
「これも王女様の嫌がらせでしょうか?」
と言うけど
「証拠がないのに疑ってはダメですよ」
と自分で言ってはみたけど、私もそんな気がするのは確かだ。でもまあ私も敵が多いらしいから他かもしれないからね。
それでも人的被害がなくて助かったよ。
ラルフだけで管理して貰うのは危険だから誰か護衛をつけて貰おう。
そうこうしているとピシュナイゼルのクラウディア様から直接私への呼びかけがあった。
『・フィ・様、、、女・・・ィア様、、、』
どうしたんだろと思って私の方から遠隔通話『ボカ・リモーティス』をしてみる。
『クラウディア様、どうしました?』
『ソフィア様、ありがとうございます。わたくしでは安定してお話させて頂くには遠すぎましたので助かります。先程中央の温室のガラスが割られました』
『さっきラーラに聞いて犯人の特徴を確認している所です』
『あのマンドラゴラですね。しかしそれには及びません。犯人はカトリーナ・フォン・フライターク。リーゼロッテ王女様の側使え兼護衛です』
『あー、そうなんですね。目撃されたのですか?』
『はい。おかしな動きがないか調べていたのですが、わたくしがしかとこの目で確認しております』
『判りました。クラウディア様、ありがとうございます』
『中央と対峙する際にはお声がけください』
た、対峙、、、。
私の感覚だと個人の問題のような気がするけど、、、。
『判りました。それでは』
『はっ』
私は犯人をクラウディア様が目撃していた事をフォルカーさんに連絡して叔父様に伝えて貰った。
内戦とか不毛な争いになったら嫌だなと思いながら、ヴェルナーさんにガラス取り換えて貰わなきゃと変な心配をしていた。
◇◇◇◇◇
日本の秋。私の通う清廉学院中等部の各部活動も盛んになる季節がやって来たw。
「こんなに部員がいたのね」
美麗が呟いた。この部室に結構な数の美麗のメイドさんのいる方が不思議だよ。
いやいや、それは流石に私と神功先輩だけじゃないよ。人がいないと研究会の頃から認めて貰えないからちょっと苦労したんだよね。
部長の葛城さんはそのままストレートで高等部なのでまだ部活に参加して頂いている。
まあ、この部は内容的には葛城部長で持っているようなものだからね。
また久しぶりに岩崎先生も来てるよ。
お二人共頼りにしてます。
「では、秋の活動について何か希望がある方?」
前回の活動の時は剣道と重なって散々だったけど、私の希望だったよね。
一応、遠慮してちょっと待ったけど誰も意見がないようなのでまた私から発言する。
「出来ればまたどこかの大学などの日本の歴史的な技術発展の判る歴史博物館と葛城部長が好きな古い遺跡などに行きたいと思うのですが、どこか良い場所をご存知の方がいれば意見をお願いします」
「そうねぇ、あまり行った事がないけど大英博物館やイギリスの自然史博物館なら行った事があるわよ」
いや、ちょっと美麗は黙ってて。
「なら阪〇の博物館がいいと思う。国内初の電子顕微鏡や世界初のコンピュータENIACの頃の戦後すぐに教員2人で組み上げた真空管式コンピュータや江戸時代の健康などの様々な文献の展示だけでなく、近くの待兼山の埴輪など出土品の展示もある。目玉はマチカネワニの骨格標本」
おお、神功先輩から凄くまともな意見が、、、。
でも大阪かぁ、遠いなぁ。
「どこにあるの?」
「豊中キャンパス。日曜は休み」
「ああ、万博記念公園側ね。そこでも神戸でもうちの高級ホテルがあるから直ぐに用意するわ。新幹線なら直ぐだし、金曜の夜に入ってゆっくりしてから行きましょう」
高級ホテル!! 美麗 様様 !!
これ下手したらイギリスの博物館の話も美麗が連れて行ってくれるつもりだったのかもw。
「す、凄い計画ね。歴史研究会始まって以来、、、いや部になったのよね。もう反対する所がないわ。でもわたしとしては新しく見つかった北関東の遺跡にも行ってみたいと思ってたのだけど、、、」
「そっちも行けばいいじゃない。後で場所を教えて頂戴。部長はわたくしが所属する部の部費が心配だなんて言う訳じゃないわよね」
「そうね、西園寺さんがいらっしゃるなら、、、ではそちらは次の週に行きましょう」
「「はい」」
「岩崎先生、よろしいですか?」
「判りました。でも遺跡の方はまだ発掘が始まったばかりらしいからお手伝いの許可関係を確認します」
「お願いします」
という事で、今週末と来週に旅行みたいなレクリエーションが簡単に決まったよ。
美麗と神功先輩がいるとなんかちょっとこれまでとは違うね。
結構楽しみ♪