フレンチトースト
日本で沢さんにいくつも新しい料理を習いながら幼女の私は日本と違ってまだ部屋を出して貰えないので絵本を読みながらレーズンや干しシイタケが出来るのを数日待った。沢さんのお話だと川魚でも出汁は取れるそうなんだけど今の私じゃ手に入らないから後回しだ。まず外出を許して貰わないと、、、。
私はもう部屋の中を歩きまわっているんだけどね。
ノーラが部屋に入って来た。
「ソフィア様、ギルド長がソフィア様から依頼された品が出来たと持ってきました」
「わたし、直ぐに伺います」
「いけません。まだレオノーレ様からの許可が頂けておりません」
「わたしもう普通に歩けますよ」
「確かにそのようですね。ギルド長からはわたくしがお預かりしますからその後でレオノーレ様にお伺いしてみましょう」
「はーい」
ノーラがギルド長の所に行ってくれるようだ。
結構楽しみだな。これで食パンも出来るし卵白でメレンゲも作れるからお菓子も作れそうだよ。うーん何を作ろうかなぁ。まずパウンドケーキでしょ、パンケーキみたいなのもいいしスポンジケーキだってもうマスターしてるよ。問題は牛乳から生クリームを作る作業だけどあのクルトの腕力だと出来るかなぁ。
これでこっちでは絶対になかった朝に食パンを咥えて道の角で運命の人とぶつかるなんていうドラマもこれから沢山発生しちゃうかも。
ドシーン!(妄想)
私がいくつものお菓子を頭の中で想像しているとノーラが出来た調理器具と何枚かの羊皮紙を持ってきた。私が調理器具に飛びつこうとするとノーラが、
「ソフィア様、こちらが発明者登録の契約用紙でございます。こちらにサインをお願いします」
発明者登録? ん?
これってもしかして特許のようなもの? という事はやっぱりこういうのなかったんだね。でもこんなの私しか使わないんじゃないの? と思うけどノーラに言われた通りの箇所に私の名前を書いた。
インクを付けない青いペンだった。
ノーラがサインした羊皮紙を持って部屋を出て行く。
やったー、調理器具が出来たよ。泡立て器が私だとほんのちょっと重いかな。
いくつかスライサーがあるけど、これ、刃の高さを調整出来ないからいくつか作って貰ったんだね。
どれくらいにスライスするのかで使い分ければいいからとても嬉しい。
私はお部屋でお昼を食べた後、ようやくお母さまからお城の中のみで歩く事が許された。
私はさっそくマルテ達と調理室へ向かった。
「マルテ、レーズンや干しシイタケはどんな様子ですか?」
「はい、もう1日2日だと思います。とても甘くて美味しそうでしたよ」
うっ、マルテ、なんで甘いって判るの。食べちゃってないよね。
「ノーラ、生イーストと干しシイタケはまだ足りそうかしら」
「はい、まだあると思います。生イーストの方は氷室の方で保管していると申しておりました」
氷室? えっ、氷があるの?
今日のお菓子はレーズンクッキーとアイスクリームを作る事にした。
美味しそうな鳥が入っていると料理長さんが言ってたのでさっそくお醤油を使って鳥の照り焼きを作り、肉じゃがも煮込んでもらうようにした。
干しシイタケをお湯で戻してほうれん草、いやここではスピーナッチだけどお浸しを作って今日の夕飯は完璧だよ。
アイスクリームが凍った頃にまた来ますとクルトとカリーナに任せて自室に戻った。
そう言えばお父さまがレシピを書き出せって言ってたよね。私は少しづつ挿絵を入れながらこれまでのレシピを書き出した。これ結構時間が掛かる。
明日の朝はスクランブルエッグとほうれん草の炒めもの、サラダでいいけどお昼はスパゲッティにでもしてみようと思う。スパゲッティのレシピを先に書いてクルトとカリーナに作って貰えばいいんじゃん。
私は少しやる気になってスパゲッティのレシピを書き出す。
一人前として小麦粉100gだからカップに半分で卵を一つ、オイルを少しと塩をちょっと振って後は頑張ってこねる。ここはひたすら頑張ってこねる。布巾をかぶせて少し寝かせている間にソースを作る。
ミートソースは肉を包丁で叩いて挽肉を作って玉ねぎ、人参、トマトを細かくする。
いや、シェーパ、キャロータ、リコペルシだったよ。
アリュウム(ニンニク)を包丁の脇で潰して挽き肉と炒め、野菜と先日作ったケチャップとソースを入れて塩コショウで味を整えればミートソースの出来上がり。トマトがユル過ぎたら小麦粉で整える。
寝かせた生地を麺棒で薄く伸ばし、かなり細く切る。
これ細くしないと茹でて膨らんじゃうんだよ。沢さんと最初に作ったのって私の太くなり過ぎてやばかったからね。ほぐした麺を2分くらい茹でてようやく出来上がりだ。
調子にのって私はカルボナーラのレシピも書いた。
ノーラが覗き込む。
「ソフィア様、わたくしの分は卵を使った方でお願いします」
もう注文が入っちゃったよ。
「姫様、私はリコペルシの方で!」
マルテもかぁ。
生姜焼きのレシピが2種類書けたところでそろそろアイスが冷えたかなと思って調理室へ向かう。
薄いお盆のような容器を氷室から出して貰い確認すると氷にちゃんとくっつけておいてくれたようで完全に固まっていたよ。
うーん、これアイスクリームディッシャーってないよね。仕方ないかと一番大きなスプーンを借りて何度か掻き出して器に入れた。うん、うまく丸まってる。これちゃんとアイスクリームだよ。
私が小さなスプーンで味見をしようとすると、
「ソフィア様!」「姫様!」とノーラとマルテにほぼ同時に呼び止められた。
「いけません! わたくしが毒見をしてからです」
「わたしにお願いします、姫様」
「でも、これわたしが作ってもらったのですよ」
「い、いつ毒がもられるかわかりません。絶対にわたくしに最初の一口をお願いします」
「わかりました。ノーラ。最初にどうぞ」
ノーラは顔をパァっと輝かせてアイスクリームをスプーンですくい口の中に入れた。
「んっ!」
えっ、まさかなんか変なのが入ってた?
ん、そうじゃなかった。アイスクリームが美味しかっただけだった。
「ソ、ソフィア様、わたくしには一口では判りませんでしたからもう一口毒見をよろしいでしょうか?」
「ノーラは一口食べたではないですか。次はマルテの番ですよ」
「はぁ~」
「それでは頂きます」
とマルテが口に入れた。
「ふひー」
スプーンを口に入れたままマルテが変な声を出した。
口からスプーンを出すと、
「姫様、これ凄いです。口の中でとけて柔らかくて甘くて冷たくて、こんなに美味しいもの初めてです」
と大声で言うと、クルトとカリーナだけでなく、調理室で作業していた料理人の殆どが手を止めこっちを見た。
私は慌てて小さな声で
「マ、マルテ。後でマルテの分もありますから落ち着いてください」
「はひ!」
「クルトとカリーナにわたくしが先程大きなスプーンでやったようにデザートの時間ギリギリにイチゴを添えてイチゴジャムをお湯で薄めたものを少しかけて出すように伝えてください。あっ、イチゴじゃなくてクラーシクでした。先に用意してしまうとこれは溶けてしまうのです」
「はひ!」
マルテが詳しく説明を始めた。照り焼きソースのいい匂いもしているしパンが焼けた香ばしい香りもする。焼けたクッキーをクルトとカリーナに一つずつ渡してから残りを貰ってお部屋へ戻った。
私はブドウの他、リンゴやイチゴでも生イーストが作れることを書いた。いやラークスとクラーシクだった。今後沢さんに聞いてドライイーストが作れればいいなぁ。
出汁も今知ってる限り書き出す。
やっぱり大事なのはサーヤの実の使い方だね。考えただけでもわくわくしちゃうよ。沢さんと一緒に考えてめっちゃメニュー増やすぞ!
興奮しながらレシピを書き出していたら夕飯の時間になった。お城の中を歩く許可を貰ったので今日から私もみんなと一緒に食事をする。お兄さまお二人はもう貴族学院へ行ってしまったけどお父さまとご一緒するのは足を怪我して以来だよ。
食堂にへ行くと私の照り焼きチキンから美味しそうな匂いが漂っていた。コンソメのスープと今日からはキャベツも千切りした食べやすいものだよ。これだよねこれ。私はこの時を待っていたんだよ。何故かお父さまとお母さまのテーブルに小さなグラスに白ワインと赤ワインが二つずつ置かれていた。私聞いてないんですけど、、、。こんなに早く出来るものなの?
時々お父さまとお母さまの席には小さなドリンクが置いてある事がある。間違えなく大人の飲み物なんだけど、先日はチョコレートの全く甘くないドリンクを飲んでて私も一口貰ったけどめっちゃ苦かったよ。健康にいいので貴族の大人の間で少しだけ流行っていると言ってた。
いやいやいや、なんか健康に良さそうな事は聞いた事があるけどチョコレートは子供の食べ物でしょ。
私はカカオの実が手に入るのか確認した所、取引は現在多くはないけど南の方には沢山あるそうだ。
これは沢山欲しいとお願いしておいたからそろそろ手に入る所だ。
ん??
今日は知らない男の人達が私の反対側の席についていた。ウルリヒお兄さまが座っていた席だ。エバーハルトお兄さまの席にはかなり年配の人が座っていた。いかつい顔に髭を蓄えているけど私に会心の笑みを向けている。
お母さまに挨拶するけど二人共紹介してくれないからお父さまが紹介してくれるのを待つしかない。なんとなくお父さまに似ている気もするけど、、、。
お父さまが来た。
「ソフィア、二人を紹介しよう。叔父上ビッシェルドルフ・フォン・クラトハーンと私の弟のマクシミリアン・フォン・シュタインドルフだ。其方の大叔父と叔父にあたる。今日は中央からマクシミリアンを呼びビッシェルドルフと共に領政について話し合っていたのだ。明日以降ユリアーナと共にソフィアの教師となる事になった」
な、なんでお勉強が嫌いなわたしに時期を早めてまで教師をつけるかな。私そんなに出来が悪いの?
「ビッシェルドルフ様、マクシミリアン様、ルントシュテット家の娘ソフィアでございます。よろしくお願いします」
「なんと頼もしいなソフィア。怪我が治ったと聞いたぞ。良かったな」
「ありがとうございます。ビッシェルドルフ様」
「ソフィア、わたしは其方の叔父だ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
「エバーハルトから其方の料理の話を聞き姉のラスティーネと争い私が戻った。本当にこの料理は美味そうだね。兄上、早く食事にしよう」
「ふむ、確かに美味そうな匂いだな」
「二人共判った」
お父さまは少し呆れたようにそう言うと神に食前の祈りを捧げ私達も祈って食事を始めた。
「これは本当にソフィアが作ったのか? この甘くてキラキラとしているソースは何で出来てる?」
叔父さん照り焼きソースをつけてフォークを舐めてるよ。
「これはサーヤの実とお酒などですよ」
「サーヤの実だって? あの実は害鳥のカルブスが空から落として割って食べるものだと思っていたが、、、」
ん? こんなかな? 「ひゅーん、ぱかっ」(妄想)
知らない鳥だけど鳥がそんな事するんだ。確かにウルリヒお兄さまが言ったように頭が良さそうだね。でも害鳥だったよ。
「水に溶いてお塩を加えると丁度良い調味料になるのです。それとこの照りはお母さまから頂いたはちみつも使っています。お礼ならお母さまにもお願いします」
「ソフィア、こんな風に美味しく使って貰えるならいくらでも提供するわよ」
「お母さま、ありがとうございます。わたくし明日の朝の料理にも使っているのですよ」
「ソフィア、このサラダのソースにもサーヤの実を使っているのかい?」
「はい、マクシミリアン様。和風ドレッシングです」
「ワフウ? それに随分と細かく切れているね。余程の腕を持つ料理人がソフィアの望みを叶えたとみえる」
「それを作ったのは見習い料理人ですよ。私が細かく切れる調理器具を開発して頂いたのです」
「何! それは本当か?」
「はい、ビッシェルドルフ様。わたしでも同じように細かく切れると思います」
「そ、それは便利そうだな。このパンも柔らかくてとても美味い。同じパンだとは思えん」
お父さまとお母さまは既にサラダとパンとコンソメスープをたいらげて照り焼きチキンをワインと一緒に頬張っている。お浸しと肉じゃがも合わないかと思ったけど叔父様達も気に入ったようで美味しく出来て良かった。お父さまは「肉には赤がいいな」と呟いていた。なんか今日はおかずはお酒のお供みたいだよ。
みんなすごく嬉しそうな顔だ。こんな笑顔を見れるなら私料理を作って本当に良かったよ。
明日の朝はトーストが出来る予定だし、私のはフレンチトーストだ。お昼はパスタだから麺も気に入ってもらえるといいなぁ。
よし、食べて驚いてね。今日のデザートはアイスクリームのイチゴ添えイチゴソースがけだよ。
「こ、これは常軌を逸している!」
「マクシミリアン叔父様、それではわたくしがおかしいみたいじゃないですか」
「い、いやそうではない。ヴァルター兄上、こんなものを作る発想は領内どころか国内にも一人もおりませんよ」
「まあ、待て。その為に其方らを呼んだのだ。二人共明日からは頼むぞ」(パクパクペロリゴクゴク)
「「はっ」」
お父さまと兄弟だったり叔父だったりしてもお父さまが領主だからお父さまが偉いんだね。なんか日本の身分差のないの年功序列と大違いだよ。
でも私勉強嫌いなのにちょっと憂鬱だなぁ。
少し憂鬱だったけどアイスクリームも美味しかったから幸せな気持ちで眠りについた。
私は日本で沢さんに和食のメニューを沢山教わってわくわくとしてたら夕飯はカレーライスだったよ。あっちでは食べれないから日本で一杯食べておこう。
夢の中の翌朝、スクランブルエッグにカリカリのベーコン、キャベツの千切りにトマトを添えて、トーストというもう殆ど日本の私のお家と朝のメニューは同じになって来た。
私のはトーストじゃなくて、特別にフレンチトーストなんだよね。えへへへ。
牛乳と砂糖と卵に食パンを浸して焼いてはちみつをかけたものだ。
「ソフィアのだけ美味そうだな。ノーラ、これのわたしの分はあるか?」
「はい、ヴァルター様の分はございます」
「ならばそれにしてくれ」
「ソフィア、わたくしがはちみつを提供したのにわたしの分はないのですか?」
お母さまが頬に手をあてて首を少し傾げて私を見る。
不味ったよ。甘いから大人はトーストがいいかと思って用意して貰わなかった。
「すみません、お母さま。少し甘いのでトーストの方がよろしいかと思いました。こちらのジャムとバターを熱いうちに両方塗って食べるととても美味しいのですよ」
「明日は同じものをお願いね」
「は、はい」
「あら、美味しいわね」
ふぅ。
美味しかったけど、ちょっと焦って上手く喉を通らなかったよ。牛乳ゴクゴク。
お部屋に戻って着替えをしてからお勉強部屋へ行くとユリアーナ先生だけじゃなくてお父さまと叔父様、大叔父様がいた。
私も椅子に座った。お父さまが真面目な顔をして私の方を向いた。
「ソフィア。本来は貴族学院に入る際に話す事だが、ソフィアには理解出来ると考えての事だ。良く聞いて自分がどうすべきか考えて欲しい」
私はコクリと頷いた。
お父さまが過去について話始めた。
この時に、日本の小学生だった私とここの幼女のわたしの運命は決まったのかもしれない。
次回、厳しい領地の状況や戦争の気配を聞き発展に力を注ぐ決心をするソフィア。日本の夢美も必死に勉強を始め、中学受験の為の運命の家庭教師が決まる。
お楽しみに。