閑話 おままごと
私の名はディートリヒ、この領地のドミノスである公爵様のお城の厨房を任されているアルキマギル、つまり料理長だ。ドミノスのご家族だけでなく城で働く多くの者達や騎士団の方々全ての料理を任されている。修行を積んでここまで来たが私の腕もかなり上の方まで届いて来ているのではないかと最近ようやく感じて来た。
厨房は毎日戦場のように忙しく食事の時間ギリギリになってしまう事もあり、責任者として胃が痛い毎日が続いている。
手が足りない中、ようやく2人の見習い料理人が入った。料理が好きな子達だが、好きなだけでは城の料理人は務まらない。まずは厨房の雑務をこなし、アヌーム(芋)を洗って皮剥きをしたり薪を使いやすく手頃な大きさに割ったりする事も重要な役目だから手があるだけでも助かる。
朝は城で働く誰よりも先に起きて鍋に火を入れ我々の戦場が始まる。
ドミノスや奥様の料理人達は常にピリピリとした緊張感に包まれ野菜くずの細切れ1つ混入しないように細心の注意を払う。そんな熱気に包まれる厨房にどなたかの側近が訪ねて来た。
シュトライヒ子爵様の次女のノーラ様だ。
「えっ、厨房でお料理がしたいですか? 姫様? おいくつになられたのでしょうか?」
「今年で5歳になられました」
「ご、5歳、、、」
くそっ、この忙しい厨房に5歳の姫様がおままごとに来るのか!
友人の料理人が雇い主の娘のおままごとに付き合わされ大変だったとグチを聞いた事がある。
ドミノスの娘の願いであれば、断る事など出来ないだろう。
もしも包丁で怪我をしたり、鍋で火傷でもしたりされれば私のクビ一つで足りるとはとても思えない。
私は気持ちを出来るだけ悟られないように必死で笑顔を作り、日時をお伺いして
「お待ちしております」
とお答えした。
とうとう姫様がやって来た。ノーラ様が来て私に確認する。
「ご苦労様です」
声をひそめてノーラ様と話す。
「お待ちしておりました。くれぐれもお怪我のないようにお願いします」
「もちろんです。姫様には料理などさせません」
「こちらを空けておきました」
「よろしいのですね」
「はい、こちらで調理をしてください」
少しでも皿を並べる場所が欲しい中、わざわざ大き目のテーブルを空けておいた。こちらの時間が足りないかもしれないがやるしかないだろう。
私は料理人の全体が見渡せる場所で姫様達も見える場所に立った。
小さな姫様が『じゃあ、料理を始めましょう♪』とはしゃいでいる。くっ、『おままごと』の始まりだ。
もう一人の側近が私に近づいてくる。悪い予感しかしない。
「料理人をお借りしたいのですが、、、」
なんだって、この忙しい中、料理人を貸し出せだって。ああ嘘だと言ってくれ。
確かこの側近は商人の娘だったはずだ。お前は何故料理が出来ない。まだ料理を手伝う前から側近をやっているのか?
いや、これは姫様のおままごとに付き合えというご要望だろう。料理人であれば問題ないはずだ。見習い料理人の2人ならば一番被害は少ないだろう。2人の見習い料理人クルトとカリーナをそのまま姫様のおままごとに付き合わせることにした。
すまん、2人共。
姫様が小麦粉を使ってクルトとカリーナがこねだす。パンなら私達が沢山作っているぞ。全く無駄な事をしてくれる。
もう見ていられん。
料理人達に指示を出す。
「今日は野菜サラダに鳥の蒸したものをほぐして入れるぞ。鳥の準備を始めてくれ」
「「はい」」
姫様のおままごとになど惑わされている暇などない。
ダン! 鳥の頭を落として血を抜く。腹を割って骨を開きそれぞれの部位に切り分けて行く。いいぞ。その調子だ。
「えっ! 鳥の骨が欲しい? 一体何に使うのですか?」
「姫様が料理に使います」
食材はすこしくらい無駄にされる覚悟はしていたが鳥の骨で遊んでくれるなら安いものだ。しかし遊びで口にでも入れて腹を壊されたら目もあてられない。
「お腹を壊す事があるので良く火を通してお使い頂くようにお願いします」
「わかりました」
鳥の骨を殆ど持って行った。まあ片付けるだけだったからあまり変わらないだろう。
いくつかの食材を要求されたが、私の計算内だ。姫様がおままごとで作る量などたかが知れているだろう。
見習い料理人に指示を与えようやく姫様が帰ってくれた。
ふぅ。問題が発生しないで本当に良かった。首が繋がったよ。私は「よくやった。助かったぞ」と見習い料理人を激励した。
昼の開始だ。火を通して温め皿に準備するものや給仕に渡すボウルに食事を必要な量と数を順番に用意していく。私は最終確認のために次々と味見をして進めて行く。味見で味を整え直す事もあるのだ。
見習い料理人がおずおずとやって来た。
味を整えたから味見をして欲しいという。
ままごとかと思ったがこれは小さなパンが10個程ある。かなり白いが意外と綺麗な色に焼けているな。これでは切り取れないので私は1つを手に取り端を千切って口に入れる。
ん!
なんだこの柔らかさは! しかも程よく甘味まで感じる。美味い。美味すぎる。ウバエが入っていてアクセントにもなっている。見事だ。
「ま、まさか、これは姫様の指示で作ったのか?」
「俺達は分量も全てマルテ様が言うように作りました。何度も寝かせて凄く膨らんでいました」
あの実家が商人の側近のマルテ様か。
膨らむ? 成程、その膨らみが柔らかさの秘密かもしれない。
「何か特別なものを入れたのか?」
「マルテ様が持ってきた魔法の薬を入れました」
「魔法の薬?」
「はい、それを入れてこねて寝かせれば驚くほどに柔らかく膨らむのです」
「そ、そうか」
「それとこちらがマルテ様に言われて作ったスープです。私達が最後に味見して整えましたがこんな旨いスープは初めてです」
おままごとで見習い料理人が作ったものが旨いだと? 昼には別に用意したパンとスープをお出ししようかと思っていたが、、、。
パンが予想を超える味だったので私は半信半疑でスプーンですくい口に入れた。
うぐっ。
信じられない。なんという深い味わいだ。 肉や野菜の旨い味すべてがこの美しい琥珀色のスープに含まれている。いやそれだけじゃない。私の知らないものでこのコクや深みが限りなくまろやかに重なり合っている。野菜も何も入ってないのに白い食器に琥珀色が美しい。
こ、こんなスープ、あ、あり得ん。
「こ、これには何を使っているんだ!」
「これは先程頂いた鳥の骨と乾燥した何かの魔法の元がベースで、あとは色々なものをずっと煮込んでました。細かく色々と火加減を変えるのでタイミングなどもかなり難しいものだと思いました」
魔法の元?
私は見習い料理人が作ったスープを椀にいれもう一度飲んだ。美味すぎる。なんという事だ。側近のマルテ様が指示したのか? 料理の天才なのか? まさか姫様のままごとでそんなバカな、、、。
ドミノスの担当者達もスープを飲んで驚いた。どんどん料理人達がやってきて味見をした。
皆旨さに驚いている。
そうだろう、そうだろう。い、いやこれは私が作ったものではなかった。見習い料理人が作ったのだった。くそっ、私がマルテ様を手伝えば良かった。
「もの凄く旨い」
「こんな美味いスープは初めてだ」
「誰だ、おままごとなどと言ったのは」
い、いや、それは私だ。頼むからもう言わんでくれ。
いや、お前達、飲み過ぎだ! なくなるからその辺にしておけ。
「ところで料理長、こちらはお出ししてもよろしいでしょうか?」
「も、勿論だ」
私は見習い料理人に後で作り方を確認して覚えようかと思ったが、彼らの言う魔法の薬や魔法の元というものが判らない。貴族達の使う魔法か魔女でなければ作れないものなのだろうか?
どうにか私も作ってみたい。
やはり料理とはとても深いものだと改めて私は思った。どうやら私の道のりはまだ長そうだ。
次回、日本で治療したおかげで傷跡が残る事なく治りそうなソフィア。日本でサーヤの実に似た物を見つける。
お楽しみに。