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ドゥープレックス ビータ ~異世界と日本の二重生活~  作者: ルーニック
第一部 第一章 美味しい夢
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ネモフィラ

 会議室へ入る前にお母さまの側仕えのオットーさんが合流した。そして私達はオットーさん達と会議室入った。本当はオットーと呼び捨てにするんだけど心の中でもちょっと難しいくらいの大人だ。

 会議室には既に大柄な男性が待っていた。今日は私がお話してもいいらしい。

 男性は部屋に入った私の前に跪いた。

 えっ、これ私に?

 こういった貴族的な判らない事があるとノーラを見る。ノーラがコクリと頷く。

 そうだったよ。

 私が席に着くと男性はオットーさんから私に挨拶をしてから椅子に座るように指示される。


「ソフィア姫様、わたくしはこの城下町にてギルド長をやらせて頂いておりますパウル・ハーゼと申します。以後お見知りおきを」

「パウル。こちらこそよろしくお願いしますね」


 何故かノーラにおかしな目で見られた。いやいやいや、私の挨拶完璧なはずだよね。ムムム。


「でもパウル、わたしは鍛冶職人とお話したかったのですが何故ギルド長のあなたがいらっしゃったのでしょう?」

「はい、わたくしは様々な職人や商人を取りまとめているギルド長でございます。近年はソフィア姫様がお生まれになってからというものこの領地では農業や酪農が豊作続きで私共商人や職人のギルドとしましては、、、」


 オットーさんが話に割り込んだ。


「パウル。今その話はよい。姫様に判りやすく説明せよ」

「はっ」

「ソフィア姫様のどのようなご要望にもお応えすべくわたくしの方で適した職人の工房へと仕事を振り分ける所存です」

 成程、このギルド長がどんなものには誰と得意な人に振り分けてくれるのね。

「わかりました。そのようにお願いします」

「してソフィア姫様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「はい、いくつか職人の方に作って頂きたいものがありますが、まずそのようなものが今あるのかどうかを確認したいのです」

「どのようなものでしょう?」

「最初は、硬い針金を加工したもので、、、」


 私は泡立て器を説明した。


「搔き廻す? それはヘラではいけないのでしょうか?」

「ヘラで混ぜるのではなくて、上手く泡を立てるようにしたいのです」

「泡を、、、判りました。形と大きさは理解しました。お任せください」

「えーと、これを進化させると、こんな歯車とハンドルで簡単に回転する事が出来ます」

「な、なんと、、、」

 

 ギルド長がオットーさんの方を見てからまた私に向き直った。


「ソフィア姫様は歯車のような複雑な物も良くご理解されていらっしゃるんですね。大変失礼いたしました。先程の泡立て器は安価に作れそうですがこちらはもう少し費用とお時間を頂ければと思います」

「普通の泡立て器があればそんなに急ぎませんから大丈夫です」

「かしこまりました。助かります」


 その後、私は食パンを焼く為の薄い鉄板の箱と、野菜スライサーを説明した。


「野菜スライサーの方は、このような形にして手で持てるようにして頂くとお野菜を薄く切るだけでなく人参やお芋の皮を剥く事も出来ます」

「ソフィア姫様、人参やお芋とはなんでしょうか?」


 しまった。ここでは固有名詞が違うんだったよ。


「キャロータやアヌームです」

「キャロータの皮を、、、。成程そのような形で作らせましょう」

「こちらで全部です」

「はい。野菜スライサーというものは木工職人の協力も必要ですが、簡単な方の泡立て器と野菜スライサーというものは直ぐに出来るかと思います。しかし食パンケースという四角い鉄の箱は少々お時間をください。四角い鍋のように作れるかと思います」

「それで結構です。よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」


 私が席を立つとギルド長のパウルさんは私が退出するまで跪いていた。


 歩きながらずっと不機嫌そうだったノーラを見ると、

「ソフィア様、平民に対しお願いしますなどとソフィア様がおっしゃるものではありません。彼らは貴族との繋がりを求めていますからよろしくしたいのは当然でありソフィア様がお願いするものではありません。作るように申し付ければよろしいのです」


 ん?


 私は良くわからなかったけどあまりへりくだってはいけない立場なのだという事だけは理解出来た。

 日本の何気ない気持ち良く作ってもらう為に言うような「お願いします」もここでは相手によるんだ。面倒くさいなぁ。


「マルテ、わたくしの作ったパンはまだ残っているかしら」

「姫様の分だけは何とかございます。まだ柔らかいですと料理人が驚いていおりました。しかし明後日にはエバーハルト様とウルリヒ様が貴族学院の寮に向かわれますからきっとご自分の分がないと残念がられますよ。わたしもとても残念です」


 ここにも食いしん坊さんがいたよ。ノーラもコクコクと頷いている。

 こっちもか!


 私達はお昼にする為に食堂へ向かった。


 ユリアーナ先生は先に席についていたがかなり顔色が悪い。体調が優れないのだろうか?

 それぞれの側仕え達から給仕してもらう。お父さまがめずらしくお昼なのに食堂に来た。


 私だけ昨日の残りの柔らかいブドウパンとスープ、朝と同じベーコンエッグだったけど、ユリアーナ先生はやはり不思議そうに私に配膳されたお皿を見ていた。


「なんだ。ソフィアの食事ではないのか」

「ヴァルター様が今日からユリアーナ様を教師にしたではありませんか。そんな時間は取れませんよ。それよりソフィアはとても優秀でもう丁寧なお手紙を書けるようになったのですよ」

「何、それは真か?」

「ええ、勿論ですとも。ソフィア。これはわたしからのご褒美です」

 お母さまの側仕えのマチルダが何かの瓶をマルテに渡すとマルテが私に瓶を見せてくれた。


 ハチミツだ! やったー、これでフレンチトーストが作れるよ。

 あっ、いや、まだ食パンが作れてなかったよ。


「お母さま、ありがとうございます。とても嬉しいです」

 お母さまがにっこりと答えた。


「ヴァルター様、わたくし大切なお話がございます。ユリアーナ様とご一緒に夕食の後でお時間をくださいませ」

 お母さまが結構真剣な表情だ。

「レオノーレ。わかった。時間を取ろう。さあ昼食だ」


 お父さまが神に食前の祈りを捧げて私達も祈って食事を始めた。


「ソフィア、エバーハルト兄上と私は明日には貴族学院へ戻らねばならぬのだ。夕食は頼むぞ」

「ウルリヒお兄さま。それではまた私と一緒に食材を探しに行きませんか?」

「わかった。しかし食材は沢山あると聞いているから今日は食材でなくとも良いだろう。夕食を作る手配が終わったら良い所へ連れて行ってあげるよ」

 良い所? なんか珍しい美味しいものでもあるかな?

「ウルリヒお兄さま。とても楽しみです」


 私は昼食後にケチャップ、ソース、マヨネーズを作り始めてもらい。鶏肉と豚肉があったので揚げ物ばかりだけどトンカツと唐揚げを作る事にした。


 ここの偉い人は料理長だとお父さまが仰ってたのでやっぱり偉かったよ。私が欲しがっていた貝を用意してくれたのでとても嬉しい。

 水につけて砂を抜いておいてくれた。これはぜひクラムチャウダーにしよう。


 下ごしらえや以降の手順を教えて油を温め始めたのでもう大丈夫だと思う。美味しく二度揚げしてもらおう。

 パンも今日はブルーベリーだけど美味しく焼いてもらうよ。

 私がマルテにクルトとカリーナに確認してもうらうと『任せてください』というので後は大丈夫だと思う。明日のお昼からまた作れば足りるだろう。



 私は久しぶりにウルリヒお兄さまと外に出るので嬉しかった。

 ウルリヒお兄さまが外に出て走り出すととても早く、まだ幼い私の足では追いつけない。ウルリヒお兄さまが気が付いて私の手を引いてくれた。今日は森の方ではなく、森の端を通り抜けてそのまま丘まで来た。


 晴れた空と同じように透き通るような青のネモフィラが目の前一面に咲いていた。


「うわぁ。ウルリヒお兄さま。凄いです。とても綺麗です」

「そうだろう? この空のように青いネモフィラだ。わたしのとっておきの場所だ」


 ここではなんて呼ぶのかわからなかったけど同じネモフィラだったよ。


「ネモフィラにはいくつか花言葉があるのだけれど、この花はどこでも根づくことから『どこでも成功する』というものがあるんだ」


 なんかそれ私にピッタリな花言葉だね。

 

「どこでも成功ですか? それは頼もしい花言葉ですね」

「うん、わたしが貴族学院へ行っても成功するようにソフィアも祈っておくれ」

「はい、ウルリヒお兄さま。わたくしお兄さまの為にお祈りします」

「ありがとうソフィア。じゃあ夕食に間に合わないと大変だから早めに戻ろう」

「はい」


 私達は来た道を戻った。

 森の端を抜けようとする際に、木の上から蛇が落ちて来た。

 私はかなり慌てて身体を横にしながら逃げるように大きく転び大声を上げると、ウルリヒお兄さまは腰の剣で蛇を追い払ってくれた。あーびっくりしたよ。


「大丈夫か? ソフィア! あっ!」

 

 へっ?


 あっ、私の右足、かなり切れてる。蛇に噛まれた訳じゃないけど慌てて引っ掛けたんだ。

 勢いよく血が溢れだした。よく見るとかなり酷い傷だ。

 わわわわ、こ、これ不味いんじゃない!


 私は泣かなかったけど慌てて足を押さえてウルリヒお兄さまに助けを呼んでもらうようにお願いした。


「わ、わかった直ぐに呼ぶからな」

『~バルバリーベラ・オス~』

「マーヤか? 至急ソフィアの側仕えと共に森の東口に来て欲しい。ソフィアが足を怪我した」


 えっ、もしかして遠くの人と話してる? そんなスマホみたいなのがあるの?


 うー、段々と痛くなって来た。引っ掛けた時は興奮してて気が付かないくらいだったけどこれだけ酷い傷を見るとそれだけで痛くなっちゃうよ。私は泣きそうな顔をしながら出血多量にならないように足の血流を一生懸命に止めるけど私の握力だと上手くは止まらなかった。


 なんか自分の身体が歩けなくなるような問題が発生しちゃうかもと心配になった頃、マルテが赤い髪を揺らして全力で走って来てくれた。

「はぁはぁはぁ。姫様、少し痛いですが我慢してくださいませ!」


 マルテは私の傷口の中まで布を押し入れて出血を止めてくれる。圧迫止血だ。傷口にマルテの指を感じる。わきゃー!

 私はその瞬間、あまりの痛さに気絶した。




「ソフィア様のご様子はいかがですか?」

「出血は止まったがかなり大きな傷だったので歩けるようになるまでには時間がかかるだろうしあれでは傷跡も残るだろう」

「癒しは?」

「治療師に癒しを与えて貰った」

「早く良くなりますようにお祈り致します」


「ところでユリアーナ、レオノーレからソフィアの事は聞いた。本当なのか?」

「はい、ソフィア様は貴族学院で習う全ての計算の更に先まで習得しておりました。本当に私よりも前に教師はついていらっしゃらないのですね」

「ソフィアはまだ5歳だぞ。側近もメイドのマルテとノーラのみで絵本を読み聞かせている位だ」

「あの子は他の子とは違っていて随分と大人びた所があります」

「とてもにわかには信じられんな。その更に先とはどういう意味だ」

「専門の学者達が研究しているような事にございます」

「そんな、それは流石におかしいですわ」

「もしも、魔法学や社会学まで習得しているような事があれば、ソフィア様は神の化身なのかもしれません」


「えっ!」「何っ!」


「レオノーレ様もご存知ではありませんか? このルントシュテット領のみがソフィア様がお生まれになったその時より驚くほどの豊作が続き今に至ります。あちこちの農村においてソフィア様の事を豊穣の女神と噂されているのです」

「それは存じています。しかしそれではまるでわたくし達のソフィアが遠くへ行ってしまう様ではありませんか」

「今晩ソフィア様が作られたというお食事もわたくしは生まれて初めてあのような美味しいものを頂きました。ソフィア様が女神様でなかったとしても間違いなく我々とは異なる優れた知識をお持ちの賢者様であることは間違えないでしょう」


「まさかな。いや、いずれにしてもソフィアの足が治ってからの話だ。ソフィアにはそのような事は話さないで貰いたい。歩けるようになれば其方には連絡をする」

「はい。判っております」

「その後、魔法学や社会学などを教え、ソフィアがどのような反応をするのか報告をしてもらいたい」

「わかりました。ソフィア様程の方の教師などわたくしにはおこがましい事ではございますがきっちりと務めさせていただきます」

「ユリアーナよ。わたしの時のもそれくらい謙虚な教師であれば良かったんだがな」

「ヴァルター様はお勉強がお嫌いで逃げ出したり暴れたり大変でしたから、、、」


 ソフィアの怪我と心配事の大きさを忘れたいかのごとく3人は笑い合い話は終わった。

 ヴァルターはソフィアが産まれた時の事が鮮明に蘇り思い返していた。



 日本での朝、目が覚めた私はあまりの事の重大さに顎がはずれそうなくらい驚いた。慌てて大声で叫ぶ!


「ママー! ママー!」

 バタバタバタ。


「どうしたの夢美、朝っぱらから大声を出して」

 私は大怪我をしている足を見せた。


「夢美っ! あなたこんな怪我一体どうしたのよ。ええっ。いえ先に救急車だわ!」

 バタバタバタ。


 ピーポーピーポーピーポー。ウィーン。


 私は生まれて初めて救急車に乗って救急病院へ連れて行かれ足を治療した。


 先生の話では「どこかに引っ掛けたのでしょう。危ない所がないかお家の中をご確認ください。傷の方は大丈夫ですよ。傷跡が出来るだけ残らないように処置出来ると思います」


 と麻酔を注射して丁寧に対応してくれた。あーよかった。本当に助かったよ。


 入院の必要なはく、少し休んで一旦麻酔が抜けてから痛み止めや抗生物質を貰って松葉杖を借りて家に帰った。母も仕事をお休みして私も学校を休んだ。

 沢さんが来て心配そうに私の部屋までお見舞いに来てくれたけど、私が料理の質問をしたら沢さんに「そんなお話より早く怪我を治しなさい」と怒られた。はーい。

 

 私はベッドで一人で考えた。


 これは一体どういう事なんだろう?

 あっちの世界は私の夢で本当に繋がってるなんて非現実的なんじゃ、、、。

 いや、でも私本当に同じ個所を怪我してたよ。日本の夢美の私がベッドに入った時は怪我なんかしてないしパジャマも破けてなんかいない。

 という事は私達はもしかすると本当に夢の中の心だけじゃなくて身体も繋がっていてお互いが怪我をすればそれは同じ身体なんじゃない? あっちは5歳も年下だけど同じ私なのかな?


 でも考えてみればあっちにいる時って逆に日本の私が夢で、、、なんて事も何度か考えた事がある。


 ここで怖い事が思い浮かんだ。

 だとすると私がどちらかで死んだとしたらもう片方の私も死んじゃうのだろうか?


 私はこの時、子供ながら初めて自分の死を考えて寒気がした。



 ・・・

()()()、目を開けるのだ・・・』

 誰の声だろ。何故か頭の中に『ドロミス』という名前が浮かんだ。

「いや! こんなに気持ちいいのに」

 麻酔がまだ効いているのか私は微睡(まどろみ)の幸せを楽しみながら温かさに包まれる。また誰かの声が遠くで聞こえた。

『其方との約束を守らねばならぬ。あの蛇は、、、』

「また後でね、、、」

『おい!()()() ふぅ、仕方ない。ドゥープレックス・・・』

「お休みなさーい、、、むにゃむにゃ」

 ・・・

 

 次回、閑話 おままごと

 毎日忙しい厨房の料理長は領主の子供が厨房へ来ると聞かされ頭を抱える。

 お楽しみに。

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