夢の中で
「お母さま、わたくし沢山美味しい料理を作りたいのでもっと調理室に行ってもよろしいでしょうか?」
「ソフィア、貴方は来年にはお兄さま達と同じ貴族学院へ行くためのお勉強が始まります。それまででしたら約束を守ればよろしいですよ」
「お母さま、ありがとうございます」
ウルリヒお兄さまが立ち上がりこちらを見る。
「ソフィア、其方はもっと沢山のこのような美味い料理が作れるのか!?」
私は大きな声で言われたので一瞬ビクッとしたけど沢さんととても頑張ったのだ。
「はい、沢山作れますよ」
「くっ、エバーハルト兄上と私はこの休暇が終われば貴族学院へ戻らねばならぬ。それまではこのような美味しい食事を頼みたいのだが、、、」
エバーハルト兄さまもコクコクと頷く。ここに食いしん坊さん達がいたよ。
「わかりました。ウルリヒお兄さま。わたくし頑張ります」
私がにっこりと微笑むとお兄さま達は『おお』と嬉しそうに拳を握りしめた。
うん? お母さまが何か重要な事を言ったような、、、。
来年には貴族学院に行くためのお勉強が始まる? うぅっまた寝る時間が減るよ。いや、それでもパンとスープだけでは私は満足なんて出来ない。
昼食後にさっそく美味しい料理にチャレンジする為にマルテとノーラを調理室に連れて行こうとするとノーラが
「ソフィア様、お昼休みの後はお作法とお言葉の練習ですよ」
とにこやかにお断りされた。
うーん、私と優先順位が違うよ。
「わたくしお兄さまとのお約束を守らなければなりません!」
「はい、お勉強の後に頑張りましょう」
うぅっ。料理に行けないならお昼寝したいよ。
お茶の時間までノーラを先生にお勉強をして私達は調理室に向かった。
「マルテ、ノーラ、わたくしのスープとパンは召し上がったかしら?」
「はい、姫様。とても美味しかったです」
「ソフィア様があれ程の料理をご存知だったとは思いもよりませんでした」
あー、この二人にもままごとだと思われてたよ。でもそんなのもっと美味しいの作って驚ろかせてやるんだ。
調理室へ行くとまた偉そうな人が出迎えてくれた。お昼の準備の忙しい時に見習い料理人を2人も借りたから偉い人に恨まれているかと思ったけどそんな表情じゃなかったよ。良かった。
他の料理人達も調理室へ入って来た私達の方を見てる。
マルテが偉い人にまた料理をしたい事を伝えると快く場所と料理人を貸してくれた。
クルトとカリーナは私の前で直立して次の命令を待っているようだ。
「姫様、姫様のパンとスープがとても美味しくてこの二人は味見をしただけですがとても感動したそうです。他の料理もあるのなら全力でお手伝いさせて欲しいそうです」
私はとても嬉しかった。
ここにもサラダにかけるソースはあるんだけど肉を焼いた際に出た脂に味を整えたようなもので冷めたものはかなり不味い。この二人は見習い料理人だけどキャベツを千切りに出来たりするのかな? 勿論私は練習したから出来るよ。
お願いしてみる。
「姫様、キャベツとはどの食材でしょうか?」
そうか、私がキャベツって言って指差しているだけで固有名詞は違うんだ。また押し通そうかと思ったけど見習い料理人に話が通じないのは困るよね。
マルテに確認するとキャベツはブラシカという名前だった。面倒だけど覚えていかなきゃ。当然千切りというのも違うけど出来るだけ判りやすく説明したけど見習い料理人の技術では細かく切る事は難しいようだ。そこまで細かく包丁に慣れていないらしい。
うーん、少しの練習で出来るのに、、、。
私は諦めて、酸っぱいレモンのような果実と油、塩、コショウでさっぱり系のドレッシングを作った。
うん、これなら少しはサラダが美味しく食べられそうだよ。
まだ、スープあったよねと鍋を見せて貰うとかなり減ってる。
あれっ? とクルトとカリーナを見るとモジモジしていた。偉そうな人や他の料理人達も私から目を逸らす。まさか食いしん坊さん達がここにもいたの?
私は諦めて、残りのコンソメを使って小さめのロールキャベツを作る事にした。
スープはまったく別のミネストローネを新たに作り、メインディッシュはハンバーグにした。中にチーズも仕込んでみる。
スープは貝があればクラムチャウダーにしたかったんだけど食材がここにあるだけだから仕方ないね。食いしん坊のお兄さまがいるからハンバーグも少し多めに用意して貰おう。
夕方まで調理に時間が掛かったけど、明日の朝の為にパンの湯種を準備してもらう。柔らかいパンがもっと柔らかくなるよ。明日の朝のスープは今日の残りとサラダはドレッシング、そして卵を混ぜあまり硬くならない程度にベーコンとチーズを砕いたものを一緒に焼いてフライパンの端に寄せて欲しいとお願いした。オムレツなんだけど説明したので出来るかな? 一応名前も教えておく。時間があればトマトケチャップが作りたかったけど、それは明日頑張ろう。
直ぐに夕食の時間になった。
私は早めに来たはずなのにお母さまやお兄さま達よりも遅かったようだ。直ぐにお父さまが着席した。
お父さまが神に食前の祈りを捧げて私達も祈って食事を始めた。
うん? お父さまの前に私の料理が並んでる!
お父さまはまだ若くてお母さまの事が大好きだけど私を揶揄う事が好きで私に絡むとこれまでの事を考えても私の被害が大きい。出来ればお父さまには私の作ったものは出さないで欲しかったけどマルテとノーラに言っておくのを忘れた私の責任だ。お母さまを見るとにこにことしていた。お母さまがお父さまに食べるように言ったのだろうか?
お父さまは「リコペルシのスープか」と呟いてからスープを飲み、少し驚いたような顔をしてお母さまを見る。私もミネストローネを口にする。お父さまはその後、サラダをいつもよりも速く食べロールキャベツを口にした。あれは私のコンソメスープを使った会心の一品だ。
お父さまはまたお母さまを見てから私を見た。
「ソフィア、この料理は其方が作ったもので間違えないのか?」
「はい、わたくしが見習い料理人にお願いして作って貰いました」
「見習い料理人だと?」
「ヴァルター様」
お父さまに何か怒られるかと思ったけどお母さまの助け船が入ったよ。
「わたくしも周りも皆幼子の遊びだと思っていたのです。料理長がソフィアに見習いしか貸し出さなかった事を咎めるのはお止めください」
「そうだな。ソフィア。お前はどこでこの料理を知ったのだ」
物凄い興味津々の顔でハンバークにナイフを入れながらお父さまが私の顔を見た。美味しそうな肉汁が溢れる。
でもダメだ。これは隠し通せない。
お父さまはハンバーグをパクリと食べ、目を丸くして『これも美味いな』と呟いた。
「ゆ、『夢の中で』です」
「『夢の中』だと?」
「はい、『夢の中』ではもっと沢山の食材や調味料があってそこで沢山の料理を学んでいるのです」
「其方、面白い事を言うな。気に入ったぞ。ソフィアが調理をすることを許す。明日からこの食材や調理法を書き出せ」
「ヴァルター様、ソフィアはまだ読み書きのお勉強を始めておりません」
「おお、そうだったな。何て事だ。では明日からソフィアに教師をつける。料理人も付けよう」
「お父さま、料理人であれば、見習い料理人のクルトとカリーナをお願いします」
「見習いではなく料理長に推薦させた方が良いであろう」
「いえ、料理人の皆さんはお父さまやここで働く沢山の方々の料理を作っています。そのお仕事のお邪魔になるような事はしたくはありません」
「ん? 私はレオノーレから聞いたが其方は幾つもの料理を出しておりまだ他にも作れると聞いている。私はもう其方の料理しか食べんぞ」
いやいや、レパートリーをそこまで出してないよね。これは暗に今の自分に出される料理が不味いと言っているに等しい。お父さまの給仕をしている側近が青い顔をしている。別に側近の方達のせいではないけどちょっと同情しちゃうよ。
「それではわたくしが料理を作ってから調理法をまとめますからそれから料理長にお願いするのはいかがですか?」
「ふむ、判ったそれで良かろう」
「ありがとうございます。それともう一つ、鍛冶職人に作って頂きたいものがあるのですけど、、、」
「鍛冶と料理とは関係ないであろう」
「いえ、『夢の中』ではもっと便利な調理器具を使っているのです」
「そうかそうか。マルテ、ノーラ。ギルド長を呼んで手配せよ」
「「はっ」」
「お父さま、ありがとうございます。一緒に快眠グッズを作らせてもらえばもっと沢山料理が出来ますよ」
「それはまったく関係ないではないか。却下だ。ソフィアはもっと美味しい料理を頼む」
「はーい、お父さま」
ちぇっ。でも今日やっとこっちでも美味しいご飯が食べられたよ。マルテもノーラも私の作った料理を気に入ってくれたようで明日から全力で協力しますと喜んでいた。
ちょっと眠くなってきたよ。
私は美味しい料理のおかげで気持ち良く眠りについた。
この後、日本の私はネットで色々と調べて沢さんにも色々と相談した。
ふふーん、準備万端。
お城の世界での翌朝、朝食でさらに柔らかい湯種のパンを食べた。オムレツもちゃんと出来てたよ。マルテ達の分がなくなってしまうのではないかと心配する程お父さまがいくつも食べた。まあ気に入って貰えたならいいけど。でもみんな料理が美味しくないと思ってたなら自分で、、、。
いや、私は日本の九条 夢美の知識があるし、沢さんに教わってるから出来ただけでと考えればこっちの常識としては難しい事なのかもしれないね。そして私は日本の料理の味を知ってるからみんなよりも改善したい気持ちが強かったのだと思う。
朝食後、私はウキウキとしてどうやって鍛冶屋さんにお願いしようかと考えながら、マルテ達に連れられてこれまで私がマルテ達と遊んでいた部屋へ行くとお父さまと同じ位の年齢の男の人がやって来た。かなりスマートな人だ。
「ソフィア様、わたしはユリアーナ・フォン・ビッセルドルフと申します。ヴァルター様やお兄さま達の教師を務めた者で本日からソフィア様が貴族学院に入られるまでわたしがお勉強をお教えします。どうぞよろしくお願いします」
鍛冶職人と料理人じゃなくて教師が来たよ。
そ、そう言えばそんな事を言っていた気もする。お母さまは一年後と言っていたのに美味しいもの作ったらお勉強が一年早まっちゃったよ。
「ユリアーナ先生、よろしくお願いします」
「はい、ソフィア様はとてもお行儀が良いですね」
これはもしかするとお父さまはお行儀が良くなかった? うふふぅ。
などと楽しい想像をしたけど、私は心配になってノーラに今日の予定を確認した。
「ソフィア様、本日はユリアーナ先生の講義を2教科行ってからお昼前にギルド長を呼び出してあります。午後は料理人とわたくし達でこれまでの料理とこれからについてのお話合いの予定です」
お昼が作れなかったよ。
「では、ソフィア様、さっそく文字のお勉強を始めましょう」
ユリアーナ先生は判りやすく文字を教えてくれた。表音文字ではなくやはり単語のスペルを覚えなければならない。でももう基本文字は全部判るし結構沢山の単語も知ってる。表記ルールもユリアーナ先生のおかげで大分判って来た。
「ソフィア様はとても物覚えが早いですね。本日はわたしもお昼に招かれております。それではわたしが添削を致しますからお母さま宛にお昼に食堂へ向かいますとお手紙を書いてください」
「はい」
私はお母さま宛に、今日は私の作った料理のお昼でなくて残念ですがユリアーナ先生と一緒にお昼に食堂へ行きますと丁寧な言い回しで書いた。
「ソフィア様はお料理をなさるのですか?」
「はい、今日のお昼は無理ですが今度はユリアーナ先生にもお出し出来るようにします」
「それはそれは。期待してお待ちします。お手紙はとても良い出来です。大変良く出来ました」
わたしはユリアーナ先生に『大変良く出来ました』を頂きました。
でも、ユリアーナ先生と静かにお勉強が出来たのはここまででした。
「では、次は簡単な数字と計算をお教えします」
さすがにこれまで本も読み聞かせて貰っているから数字位は判るよ。
私は先生に数字がもう判る事をお話するとユリアーナ先生は一桁の足し算の問題を出して来た。
いやいやいや、日本の私である夢美は小学校4年生なんだよ。「大きな数の掛け算・割り算」や「1000分の1の位までの小数の足し算・引き算」「小数と整数の掛け算・割り算」「仮分数や帯分数」「長方形・正方形の面積」なんかをもう学んでいるのに一桁の足し算なんて楽勝だよ。
私はユリアーナ先生が出した問題を全て簡単に暗算で答えた。
ユリアーナ先生の驚きは普通ではなかった。
「ソフィア様、こ、これはどういう事でしょう? わたしの前にどなたかから学んでいるのでしょうか?」
それは日本の私、九条 夢美が小学校で先に学んでますよ。っていうかユリアーナ先生に『夢の中で』って言ってもさすがにこれは信じて貰えそうにはない。
私はまだ習っていない事をユリアーナ先生にお話してマルテとノーラの方を見た。
ユリアーナ先生もつられてマルテとノーラの方を見るが二人共コクコクと頷いている。心なしかマルテの瞳が輝いているように見えた。
「では、ソフィア様、こちらの問題はいかがでしょうか?」
大きな数の掛け算だ。でもこれってどこまでやっていいんだろうと一瞬思ったけど、流石に日本の教育だと言ってもお勉強が嫌いな小学校中学年の知識だよ。私は絶対に大丈夫だという自信と共に筆算で簡単に求めて答えた。
「ソフィア様、ソフィア様はどのような事までご存知なのですか?」
いや、それは先生が言う言葉じゃないよね。でもどの辺りから教えるかわからなければ教師としては教えるのに苦労するかもしれないと思ってこれまで日本の小学校で習った色々な事を説明した。大きな桁の掛け算や割り算、少数や分数の計算、仮分数や帯分数と長方形などの図形の面積の求め方などを結構な時間が掛かったけど詳しく説明した。私はお勉強が嫌いだから応用問題になると全部が解ける自信はない。
ユリアーナ先生は一度『ゴクリ』とツバを飲み込みニッコリとしてから
「ソフィア様、本日の講義はこれは終了です。またお昼にお会いしましょう」
「はい、ユリアーナ先生、ありがとうございました」
ユリアーナ先生の授業がやっと終わったよ。私はお茶を頂いてから外から来るお客様の為の会議室へ向かった。
次回、兄と綺麗な場所へ行くソフィア。そしてとんでもない問題が発生してしまう。
お楽しみに。
中世の頃は数学が進んでいなかったのか?
と疑問に思う方もいらっしゃるかと思います。いや中世ヨーロッパと同じですが本当は違うのですが、、、。
幾つかお話がありましたので簡単に書きますと分数や小数の概念そのものは紀元前からあったと言われています。前は表記も色々でした。先日数学の歴史と言うジャーナルで小数点の表記が1600年位に見つかったと言う話がありましたが恐らくその前にもあり、学者達は使っていたかもしれないと言う仮定の設定ですが、ユリアーナ先生はそれを知っていてソフィアがその小数点を当たり前に使っていると驚いている設定です。いや細かく書きすぎても仕方ないので省いてました。
判りづらくて申し訳ありません。
最新のお話では1440年頃のものが見つかったそうです。