閑話 ああっ女神さまっ
私の名はヒルデガルト・フォン・アーデルハイド、ルンテシュテットのドミノス付きの文官をやらせて頂いており様々な仕事を任されている。レオノーレ様が嫁いでいらっしゃった頃から多くの仕事を任されドミノスに心労をおかけしない事が私の役目だ。
数年振りにレオノーレ様がご実家であるシルバタリアへ旅に出発され今日からその報告が届く。まあ旅行の報告など常に問題無しと一文が送られて来るだけだと相場が決まっているからドミノスへ報告すれば終わりの簡単なお仕事だ。
しかも今回は憧れのマクシミリアン様からの報告だとあればどうにか間違えて私に愛の言葉でもかけて頂けないかと妄想する日々をこれから何日も過ごすのだと思うと楽しみだわ。
尖塔師からの昨日の報告を文章にする。非常に簡潔な文章だけれど
「ソフィア様から兄上に出されたサンドイッチは簡単にお昼を取るのに相応しく旅先でも美味しく食べられるものだった」
むむむ、またソフィア様のお話か!? マクシミリアン様はまさかあのような幼女がお好みなのだろうか? いや、恐らくは女神様設定でルントシュテットで売り出しているからだわね。その為の裏付けを色々と作りたいのだろうと思う。
「ソフィア様から馬車で一時休む農村地域の場所に『サービスエリア』なる食事や飼い葉を提供する休憩所を設けたらどうか? との発案があった。ここ数年ソフィア様のおかげで商人の移動が増え驚く程の数の馬車とすれ違う。休憩時にも5つの商隊が休憩しており、余ったスープを販売したところ瞬く間に売り切れた。必ず休むものであり街から離れた農村地域の雇用も生まれるだろう。主要な3路、おそらく5か所が該当すると思われる。至急検討されたし。またシュトライヒ子爵に高価な方のパンの作り方が売れたので用意して欲しい。それに更にパンを柔らかくする方法があるようだ」
えっ! マクシミリアン様ではなくソフィア様の発案ですって!?
なんなのこの的を射た指摘は。商人の移動が増えればそれだけ路の整備や環境を整えなければ増える取り引きに対処出来なくなる。そこに手を付けるのは当然だという考えは指摘されるまで気が付かなかった。
さっそくドミノスに報告すると仕事が私に振られて来た。
マクシミリアン様の案だとは思うけどソフィア様の女神様という地位を確保したいのだろうと思う。さすが私のマクシミリアン様。私は部下と共に直ちに取りかかった。何人もこの業務に割り当てなければならないけど土地や人の手配を指示して慌ただしく動いた。シュトライヒ子爵へのレシピも用意しなければならないわね。ヒルデガルトは走った。
翌日。
「昼に新たな『うどん』というメニューをソフィア様が開発した。さまざまな調理が可能だそうでこれだけで小ジャンルになるだろうという事だ。腹にもたまり小麦粉も沢山使うルントシュテットにうってつけのメニューだ。貴族ではなく領民に人気が出ると思われる。少なくともブランジェルに3店舗は確保して貰いたい。詳しくは帰ってから説明するが土地と人員確保を頼む。またシュトライヒ子爵へ誰かスプリングを説明する人員を派遣されたし。ソフィア様とミスリアが再度対戦しミスリアがコテンパンにやられた。叔父上の話が本当だったことをこの目で確認した。リバーサイズに適した調理だと『テンプラ』という料理もソフィア様が夜に披露した。簡単な調理なのでレシピの販売は難しいが醤油や出汁を使うタレをつけて食べる事とラディクサをソフィア様開発のおろしを使って調理する事だけだがリバーサイズの名物になりそうだ。またリバーサイズ男爵の領地にイタリアンレストランの出店が決まったから手配を頼む」
うぐっ。な、何を言っているのですか。マクシミリアン様はMなのですか? 私を仕事で痛めつけて嬉しいのですか?
ドミノスに報告すると技官が一人呼ばれたがスプリングの話以外は案の定全部私に振られた。
こうなったら意地だ。昨日振り分けた人員をさらに少なく振り分け直し新たな手配を開始する。部下の文官はてんてこ舞いだがこれもマクシミリアン様の為だわ。
ヒルデガルトは駆けながら『護衛騎士のミスリアも何度も負けたふりをするのは大変だわね』と呟いた。
テンプラとは何だか判らないけど醤油粉とおろし板を準備しなければならないわね。もうこれ以上イタリアンの料理人がいないので城の料理長に頼んでみるしかなさそうだわ。
深夜遅くまで対処に追われて疲れた足を揉みながら明日からの膨大な業務の予定に頭がクラクラしたまま休んだ。
「リバーサイズからプルンチブム(鶏肉)やスクイーラ(エビ)を仕入れられるように手配して欲しい。またリバーサイズ男爵は氷室も2つ程欲しいそうだ。
蒸気自動車の後で工事に使える重機という工作機械をソフィア様に作って貰えそうだ。
ソフィア様が歌って踊れる曲を作り出した。楽しい曲でわたしも踊らされたよ。
夜間に獣使いによる『ガルティグリス』を使った襲撃があり騎士団が向かったがそちらは囮でわたし狙いの襲撃があった。おそらくイエルフェスタの襲撃で元騎士団長のイゴール・ザグレブをソフィア様が倒し事なきを得た。兵士が一人切られ重傷だったが、ソフィア様の魔法で直ぐに回復した」
なっ、マクシミリアン様へ襲撃!? そ、それをソフィア様が倒した!?
訳が判らない。私は急いでドミノスにそのまま報告した。
ドミノスは内容が間違えないかと何度も私に確認し騎士団長のビッシェルドルフ様と副団長のヤスミーン様を呼び出された。勿論間違えてなどいない。武官数人もドミノスの執務室へ入ると人で一杯だ。
私に氷室の手配を割り振ると『口外無用だ』と言われドミノスの部屋を私だけ退出させられた。
マクシミリアン様がご無事だったのは良かったけど話半分にしてもソフィア様のお話は盛り過ぎだと思う。改めてマクシミリアン様の営業力の高さは私達を苦しめる程優秀な事が証明されたわ。他領から見れば腹立たしいかもしれないけどこれで我がルントシュテットの至宝である事が証明されたわね。私は氷管理局へ走った。
さらに翌日。シルバタリアへ着いたようだ。あそこは暑いから大変だと思う。マクシミリアン様は大丈夫かしら?
「ソフィア様が部屋を涼しくする装置を即興で作った。自動で部屋を冷やし他の部屋よりもかなり涼しくなるものだ。下働きの口封じはするがおそらくシルバタリアの執事ビルムに見られたと思われる。早急に発明者登録が必要だ。リバーサイズの蚊帳の網の手配と扇風機の作成をギルド長に依頼しておいて欲しい。詳しくは戻ったら伝える。わたしも欲しい素晴らしい装置だ。
おそらく襲撃の際に毒を混入されレオノーレ様が持っていらした花が全て枯れていた。
ソフィア様がシルバタリアのセリークムの布を使い綺麗な薔薇を作り事なきを得た。これを作って売り出せば貴族の間で間違えなく流行るだろう。美しい飾りで木の実や鳥の羽根も添えた素晴らしいものだ。作り方はそこまで難しくなさそうではあるが今の所ソフィア様しか作り方を知らない。大至急発明者登録をして欲しい。これはシルバタリアでは直ぐに真似をされると思う。その上で花の色と緑のセリークムの布、針金を手配し、針子を数名確保して新たな商会の設立を準備して欲しい。兄上頼んだぞ」
いや、ちょっと待って。もうこれ以上は無理だ。新しい装置に発明者登録に新しい商品用の商会の設立ですって!?
もう誰も空いてなどいませんよマクシミリアン様。指示が多過ぎます。
ドミノスに報告すると私にそのまま振って来た。私が相当青い顔をしていたのかドミノスに心配された。これ以上どうすればいいの? 文官一人に複数の業務を割り振り睡眠時間を削って対処してもらうしかないわね。文官達が文句を言う姿が目にうかぶわ。
これまで全てソフィア様の報告じゃないの!! もう報告書を見るだけで頭が痛い。
いえ、マクシミリアン様の言う『ソフィア様』は魔王のようにわたくし達をこき使う為の口実の象徴に使われているとしか思えないわね。
ああ、マクシミリアン様。わたくしはこの激務に痛めつけられても何処までもついて行きます。
「新しくソフィア様の言うタイ料理というジャンルが増えた。シルバタリアの食材を利用したとても旨い料理ばかりだ。ブランジェルでも出店を検討して欲しい。シルバタリアのドミノスは料理を気に入り全てのレシピや様々なものが沢山が売れそうだ。今のところシルバタリアへは8店程欲しいそうだ。
次男のルーカス様とソフィア様の婚約を申し出て来られた。やはり心配していた通りソフィア様を表に出せばそう遠からず囲い込みが発生する。レオノーレ様がウルリヒ様の事があるので別の機会にと慌ててお断りしたが、早急に対策を講じる必要がある。これは兄上にどうにかして欲しい。
また、昨日の冷風機というソフィア様の作った部屋を涼しくする技術をドミノスから売って欲しいと打診があった。これは早急に返事が欲しい」
8店舗も!? 貴族学院入学前に婚約!? いや、た、大変だ。ドミノスから返事を頂いて返さなければならない。私は取り急ぎドミノスと面会して内容を説明した。
「ヒルデガルト、このソフィアの言う部屋を涼しくする装置とはどんなものか判るか?」
「い、いえ、見当もつきません」
「私もだよ。ソフィアの考える事は半分もわからない」
な、何をおっしゃっているの? それではまるでソフィア様が本当に全てをやられているかのようでは、、、。まさか本当にルントシュテットの女神様だとでも、、、。
「わからない技術を売る事は出来ないとマクシミリアンに返事をしてくれ。マクシミリアンも理解していないだろうからソフィアから詳しく聞いておくようにとも伝えて欲しい」
ほ、本当なの!? そんな恐ろしい事があっていいの? ソフィア様は貴族学院にも行ってない子供なのに、、、。い、こ、これは本当に女神様、、、。
「か、畏まりました」
「そうだった。ソフィアの仕事が多すぎるからヒルデガルトはマクシミリアン達が戻ったらマクシミリアンに付けてソフィアの仕事をこなす役目に廻すから今後も頼むぞ」
「わ、判りました!!」
私マ、マクシミリアン様付きになれたのね! ソフィア様のおかげで!?
あれ? いや、これ、、、。
まずご返事が先だ。今の業務を出来るだけこなして私はとうとうマクシミリアン様の右腕として働くのね。ヒルデガルトは走った。
尖塔師に技術は売らず内容を確認するように伝えて貰う。
翌日、私は初めてドミノスの悲鳴を聞いた。
「冷風機の仕組みを聞いたが直ぐには理解出来ない。戻ってから対処する。ラッベルの木の樹液を取り引きする事になった。ソフィア様によればこれはとても重要なものらしい。またパイリートロムも沢山買っていく。これで蚊を避ける香が作れるそうだ。他にもソフィア様が香辛料やライスを買い漁っているようだ。水車を利用する加工機械を作成すると言うので帰りにあわせてギルド長の予定を合わせて欲しい。
アイスクリームよりも柔らかく美味いソフトクリームをソフィア様が作りブランジェルに店舗を作って欲しいそうだ。ブレンダーと言う調理器具を作ったそうだから鍛冶職人に問い合わせておいて欲しい。
そしてここからは冷静に聞いてくれ。人は空を飛ぶ事が出来るそうだ。どんなものかは判らないがソフィア様が空飛ぶ模型を紙で作りシルバタリアの子供達と丘から彼方まで飛ばしたそうだ。ノーラが青い顔をしていた。その模型は執事のビルムが回収したらしい」
ドミノスに今回の報告を見せたら悲鳴をあげた。
「うおっ!」
声が大きかったので私も少しは予測していたが驚いた。
「ヒ、ヒルデガルト、すまぬ」
「だ、大丈夫ですか? わたくしはギルド長の予定を確認して参ります」
「判った。頼む」
私はドミノスの部屋を静かに退出しギルド長の元へ走った。
お願いだから「問題なし」という報告が欲しい。マクシミリアン様お願いします。
そろそろ帰りの旅程のはずだ。もう少しでお戻りになられる。頑張れ私。
「シルバタリアとの新たな取り引きは大成功と言っても良いだろう。辺境伯からマドグラブルの動きが怪しいとの情報を頂いた。帰ったら詳しく話す。帰路についたがソフィア様の作るタイ料理の方がシルバタリアで食べたものよりもずっと美味かった。
ソフィア様とレオノーレ様と今後の優先順位について話し合ったが意見が一致せず平行線に終わった。軍備を優先との話は伝えたが他は枕の開発を優先したいのだそうだ。助けてくれ兄上。わたしでは説得出来ない。
既に鍛冶職人のフェリックスと小さなバネの開発を進めているそうだが一度その状況を確認して欲しい。土地の状態を測れるものが出来るそうだ。わたしが聞いたが理解が出来なかった。その小さなバネとコイルや磁石を使った電流計を使い、真水と土のイオン差を測り土地の酸性度を計測するというものだそうだ。電流計やイオン、酸性度とは何か? そちらの文官で理解出来るものがいれば教えて欲しい。
石灰や特別な肥料を作物毎に適した値になるように蒔き適した土壌を作ればより作物が収穫できるのだそうだ」
「ヒルデガルト、其方は貴族学院で自然科学を専攻していたであろう。マクシミリアンが何を聞きたいのか判るか?」
「いえ、皆目見当もつきません」
「そうか。私にもさっぱりわからん。誰か手の空いている者にソフィアの言っている不明な言葉をまとめさせ辞書を作らせる必要がありそうだな」
「もう、誰一人手の空いている文官などおりません」
「そ、そうか。では鍛冶職人の状況確認を頼む」
「畏まりました」
申し訳ございません。ドミノス。もういっぱいいっぱいです。私はこの2日寝ていないのですよ。
「ソフィア様が貴重な資源だといくつか木を持ち帰る。庭師に場所を開けて貰って欲しい。ライスを使った料理を新しく作り食欲の出る旨いものだった。これも領民に流行るだろう。カテゴリはチュウカだそうだ。意味は判らないが後ラーメンという麺料理を作ればチュウカがよりチュウカらしくなるそうだ。
料理人が不足している件だがソフィア様がソフィア様の料理を覚えている料理長を講師とした料理学校を作る提案を貰った。下働きから始め何年も掛かる修行を相当短縮出来る案だと思う。これまでのやり方と異なると反発もあるだろうが領の主導で進めれば大丈夫だろう。新たにギルドを作り衛生管理を含めた料理人の資格を設け、優秀な者には称号も与えたいようだ。
リバーサイズのザルツ殿並びに半数程の兵士達がソフィア様に命の誓いを捧げた。軍備についてビッシェルドルフ様と調整して欲しい。ソフィア様が細い剣でも折れない剣技をザルツ殿らに肉を切りながら説明していた。詳しくはカイゼルに聞いて欲しい。
間もなく旅は終わるが兄上がわたしをこの旅に参加させてくれた事に感謝する。
レオノーレ様も仰っていたが本当に『夢のような旅』だった。ありがとう兄上」
が、学校とギルドの新設っ!
ドサッ。
私の呟きを聞いて一緒に連れて来た部下の文官の一人がドミノスの部屋で倒れた。
おい! しっかりしろ!
誰もがもうダメだという中、皆歯を食いしばって耐えているんだぞ。おい!
その日の午後、軍部で問題が発生し私は倒れた。
気が付けば倒れていた間にマクシミリアン様がお見舞いに来てくれたそうだ。
私は一気に元気になりマクシミリアン様の執務室へ向かいこれまでの真実を知った。
ああっ女神さまっ。
次回、第三章 夢の軍備
帰り道のリバーサイズに厄介なおじいちゃん登場! 剣道を知らない剣士に大剣と打ち合って細い刀が何故折れないのかを懇切丁寧に説明する免許皆伝の幼女。
お楽しみに。