マクシミリアン襲撃
テントの中の中央に叔父様が綺麗なランプっぽいものを置いた。私は気になって何なのか聞いてみる。
「これは魔術具で敵意のある人や獣を近づけないものだよ。今起動するから」
と呪文を唱えた。
『~ノニントレビット~』
フワン。
中に入ってる石みたいなのが仄かに光出した。この範囲に例えば石とかを投げ入れられないのかどうかを聞いてみたらこれは生き物が入れないだけで無生物は中にまで投げ入れられるそうだ。なんかダメじゃんそれじゃ。でもこのテントの中なら侵入者には安心って事だね。
「何かあってもこの天幕から出てはいけないよ。ではゆっくりとお休み」
「はい。お休みなさい。叔父様」
蚊を避ける機械なら判るけど敵意とかだと完全にこれ魔術だよね。でも単なるおまじないや御守りみたいなレベルの物かもしれないけど。
まだ寝るには少し早いけど、と、ふと外がざわついた。私は何かと思って外にいるヘルムートに確認しようとするとミスリアに止められた。
「姫様! 外に出てはいけません!」
「ちょっと顔を出して確認するだけです」
私はテントの口を開けてヘルムートに聞く。
「どうしたのですか?」
「どうやらあちらで珍しい獣が出たようで、現在騎士団の数名が向かっております」
「大丈夫ですか?」
「勿論大丈夫ですよ。カイゼル隊長がおります」
私は笑顔でコクリとヘルムートに頷いてテントに戻る。
成程、カイゼルさんは強いんだったよ。
珍しい獣ってなんだろうね。
私は用意された藁の上にシーツをかけたベッドに座り、身体強化をかけた。
『『~プテス ターテム コリポリ~』』
身体強化は筋力なんかも強化出来るけど目、鼻、耳などの感覚も全部強化されるんだよね。
私はこの状態で感覚を拡げる明鏡止水で精神を整え廻りを感じた。
かなり遠くまでこれで判るよ。門側の森の中に大きな獣がいる。そこに騎士団が騎馬で2人接近していた。よく感じると更に先にもう2頭大きな獣がいて人も1人いるようだ。
これ2人だと不味いんじゃない?
バッ。身体強化をかけてたのでテントの入口まで飛んでヘルムートに話す。
「ヘルムート、騎士団が2人向かった更に先に後2頭、大きな獣がいて人もいるようです。カイゼルさんに伝えてください」
「えっ、は、はい。判りました」
ガシッ。
私はかなりの力で肩を掴まれた。ミスリアだ。
「姫様、中へお戻りください」
「はい」
もう一度ベッドに座って確認する。
騎士団の人達が最初の獣に到着すると、その後ろから2匹の獣が近づいて囲まれたようだ。そこに直ぐに追加の騎士団が到着する。
良かった、間に合ったみたいだ。
獣達と人は無理せずに徐々に遠ざかっているけど騎士団がそれを追いかけてる。
大丈夫っぽいね。
と思ってたら私達のテントの周りに何人かの人の気配がする。
慌ててミスリアに伝えると
「姫様、側仕えと共にここから出ないでください」
というとテントから飛び出した。
私は気になってテントから顔だけ出す。後ろからマルテが私を掴んで中に引き戻そうとするけど戻されなかった。私、身体強化を掛けてるんだよ。
「~プテス ターテム コリポリ~」
「~プテス ターテム コリポリ~」
ミスリアとヘルムートが身体強化を掛けた。
ガサッ!
周りの草むらで音がした。今日は満月の2日後でまだ月明かりで少しは見えるけど、こちらの方が焚火で明るいから森の中はかなり見えづらい。
息と何かの音がする。
「ミスリア、ヘルムート、何か来ます!」
ヒュン、ズビッ! ヒュン、ヒュン、ズビッ! ズビッ!
「ぐっ!」
弓矢が飛んできてミスリアとヘルムートに当たった。
「ミスリア! ヘルムート!」
ミスリアの右肩、ヘルムートの足と左肩に矢が刺さっている。二人共倒れた。
ダッダッダッ!
何人かが走り出す音がした。間違えなくこれは野盗の襲撃だ。
『マクシミリアンは何処だっ!』
遠くで叔父様を探している声がした。これ叔父様狙いの襲撃だ。
キンッ! ズシュッ!
剣を打ち合わせる音がした。
不味い。
「ノーラ、刀を!」
「いけません! 姫様。この中にいれば大丈夫です」
「入れなくても弓矢で撃たれますよ」
「そうですが、、、」
誰かが走って来た。このままじゃミスリアもヘルムートも危ない。私はそのまま飛び出した。
大きな男の人が剣を持ってこのテントへ走って向かって来る。ミスリアとヘルムートはまだ立ち上がれない。
私はミスリアをかばうように前に出た。
「そこのガキ! どけっ!」
剣を振りかぶって私に切りかかって来た。
私は振り下ろされる剣を躱して下がった持ち手を上から右手で叩き首を前から左手で押しながら左足で足を払った。無手の技だ。
バシッ。ズデン!
ヘルムートが座り込んだまま剣を投げ倒れた男の胸に刺さった。
もう一人走って来る。
「ミスリア、剣を貸してください」
私はミスリアに剣を借りようとしたけどミスリアの手から剣が離れなかった。弓で撃たれて固まったように握ったままだ。
もう一人が私に切りかかって来た。
私は振り回す剣を避け、振り下ろす剣をミスリアの手を持ったまま、その剣で逸らしてそのまま喉に剣を突き立てた。
ズビッ!
「ひ、姫様っ!」
血が噴き出る。初めて人を刺したけど心も身体も身体強化のままで、さほど何も感じなかった。それどころか私はかなり落ち着いていた。
ノーラが私の刀を出してくれた。
私は落ち着いて刀を抜いた。叔父様のテントはまだ襲われていないようだ。
「お前ら何をやってる!」
一段と大きな男がのしのしとやって来た。
弓矢が飛んでくる。
私は刀で切り落とした。
ヒュン。ビシッ!
弓矢が飛んできた方に立っていた野盗にヘルムートが小刀を投げ喉に刺さる。
おお、さすがヘルムート。
「ガキのくせにやるようだな。マクシミリアンは何処だ」
「あなたのような無礼な人とお話しをしないようにお母さまから言われてますから教えられません」
「そんな細い剣で何が出来る。邪魔だ。どけっ!」
剣を振りかぶり私に切りかかって来た。とんでもない大きな剣だ。
私は躱しながら右手の籠手を刀で切り、振り下ろす剣の軌道を刀で変えて、刀を廻してみねうちで脳天を思い切り叩いた。
ズビッ。ギュン。ズガッ!
大男はそのまま倒れた。右手は切り落としたけど頭の損傷もかなりだと思う。
お母さまとお兄さまのテントの方にいた野盗もカイゼルさん達が戻って来て対処してくれたようだ。
ふうっ。
私はもう一度明鏡止水で周りを確認する。
近くにはもう野盗はおらず、獣といた人も遠くへ走って逃げているようだ。大丈夫そうだね。
『~リバーレ~』
私は身体強化の完全な解除ではなく一時停止のように直ぐに戻せる緩和にした。
ミスリアとヘルムートに私が対処した事は内緒にして欲しいとお願いしたけど二人はそんな虚偽の報告は出来ないと言われる。
カイゼルさん達が馬で走って来た。
「姫様、ご無事ですか!」
「はい、ミスリアとヘルムートが守ってくれました」
「こ、この男はイエルフェスタの元騎士団長イゴール・ザグレブではないですか。これはミスリアかヘルムートが倒したのか? よく対処出来たな」
「いえ、申し訳ございません。こちらは姫様が倒されました」
「何だと!」
「で、でも、あそこに倒れている弓兵はヘルムートがやっつけてくれたのですよ」
「あの距離から姫様に撃たれた弓を姫様は剣で落としたのです」
「こんなに近くでか? その隙にヘルムートでも殺れたのだな」
「はい」
「良かった」
カイゼルさんが怖い顔で私の方を向いた。
「姫様、大変ありがたい事ではありますが、このような事は二度となさらないようにお願いします」
「カイゼルさん、それはいやです。私の目の前でミスリアやヘルムートが怪我をするのを見ていられません」
「くっ!。 ・・・、ならば二人共姫様の前では一切怪我などせぬように鍛えねばなるまい」
「「はっ!」」
「そんな事よりも早く手当をお願いします。他の被害はどうなのですか?」
「レオノーレ様の天幕を守っていた兵士が一人切られて重傷です。他は弓の軽い怪我やかすり傷です」
「えっ! 切られた方は酷いのですか?」
カイゼルさんが目を閉じる。
ええー。
マクシミリアン叔父様が走って来た。
「ソフィア様、無事かっ!」
「私は大丈夫ですが、ミスリアとヘルムートが弓でやられました」
「直ぐにフォルカーに癒しを与えて貰おう」
癒し? もしかして治す魔法みたいのがあるの? フォルカーさんは尖塔師の貴族の魔法使いだ。
私達はフォルカーさんが癒しを与えている処へ向かった。
『~ダ サニターテム エト レスレクショネム~』
癒しの魔法だそうだ。怪我をした人は後何人もいるけど、叔父様に私もやってもいいか確認した。
『いいけど、まだ貴族学院で習っていないだろう』と習っても適正がないと癒しは使えないのだと教えてくれる。
でも出来るなら私も助けたいよ。私はフォルカーさんの真似をして癒しの呪文を同じように唱える。
『~ダ サニターテム エト レスレクショネム~』
「おぉっ、凄いです。ソフィア様、痛みが無くなりました」
「これは凄い治りだ。ソフィア様、まだ使えそうでしたらご一緒にお願いします」
「はい」
頭の中に別の声が聞こえた。
『ソミア、手を当てこう唱えろ『~エルクルフルト クルリトン クレステペタル~』』
またいつもの声だ。私ソミアじゃなくてソフィアだよ。
半信半疑だけど今は藁をも掴みたい状態だ。
私は重傷だという兵士の所へ行く。胸から腹にかけて前から斬られている。血を止めようとしてるけど止まらない。この人がお母さまとお兄さまを守ってくれたんだ。私は傷の前に手のひらを開いて出す。
『~エルクルフルト クルリトン クレステペタル~』
私の手のひらが少し白く光り温かくなった。
傷口が動いた。みるみると生き物のように傷口が塞がり血が止まる。何この魔法。凄いね。
「嘘だろ。おい、傷口が塞がるぞ、助かりそうだぞ」
「お母さま達を守って頂いたのですから助かって頂かなければ困ります」
「ソフィア様、ありがとうございます!」
隣の兵士が涙を流して私にお礼を言う。お礼を言うのはこちらですよ。
マルテが何かを納得したように食い入るように傷跡を見ていた。
切られた兵士の人は歯を食いしばっていたけど息を吐いて和らいだ表情に変わった。
「かなり血を失っているようですからしっかりと休んで頂いて栄養のあるものを沢山食べてくださいね」
ミスリアとヘルムートの傷も私の治りのいい魔法を唱えて治した。
もうミスリアの肩もヘルムートの足もほぼ傷跡が判らないくらい綺麗に治ってる。
尖塔師のフォルカー・フォン・シュタインベックさんが
「こちらの魔法はどのようなものなのでしょう?」
と聞いてくるけど、困った事にそれは私にも判らないんだよね。
「傷を治す魔法のようです」
「面目ございませんがこの魔法もソフィア様の癒しも私の魔法よりも効果がありそうです。しかしこんな事があるとは思いませんでしたので本当に助かりました」
そりゃそうだよね。叔父様も騎士団がいるのに襲って来る野盗はいないって言ってたからなんか別の目的の襲撃だよね。マクシミリアン叔父様を探してたから間違えなくそっちの目的だね。
「カイゼルさん、さっきのイゴールっていう大きな人はみねうちで生かしておいたのですけど、、、」
「むぅ、そうでしたか。まだ息があったので私が先程とどめを刺してしまいました。尋問するべきでしたね」
「あちゃー」
転ばせて気絶させた方もヘルムートが剣を刺していて死んでしまったそうだ。
改めてこう言う世界なんだって良く判ったよ。本当に危険なんて直ぐ目の前にあるんだ。
その後、お母さま達のテントに集まり話し合いが行われた。
カイゼルさんの話では獣は『ガルティグリス』というこの辺りにはいない獣で、獣使いもいて騎士団をおびき出す陽動だったようで逃げてばかりいたようだ。それに気が付いて戻ってきてくれただけでも本当に助かったよ。『ガルティグリス』というのは詳しく聞くと黒い虎のような厄介な獣なのだそうだ。
私は襲ってきた人達がマクシミリアン叔父様を探していた事を話すとみんなの顔色が変わった。国内の他の領地、おそらくイエルフェスタの襲撃で、好調なルントシュテットの要と見られる叔父様の誘拐か殺害を目的としたものだろうという事だった。
以前の戦争の後、イゴール・ザグレブという元騎士団長は問題を起こして辞めさせられ野盗に身を落としていたのだそうだけど、おそらくそれを貴族が使ったのだと言う。その貴族も見当がつくと叔父様が言っていた。
叔父様が矢面に立っているのはこういった事に私を出来るだけ巻き込まない為だそうだけど、私が刀で応戦してしまったのはお母さまにも怒られたけど完全に想定外なのだそうだ。いや、他の領地の人も多くの人も知らないからまだセーフだよね。
「それでも今日の襲撃の被害は少なく、傷の浅いものはソフィア様の癒しでもう普通に動けるし傷の深かったイグナーツも大丈夫で驚く程元気になっているようだ」
「本当にソフィア様のおかげです」
兵士長のクレメルさんが私にしきりに頭を下げた。
いや、私にもよくわからないんだけどね。あの声に教わった魔法だからね。
「ソフィア、母上に止められてわたしは応戦出来なかったが今度わたしが怪我をしたら頼む」
「ウルリヒっ!」
ああ、お兄さま、お母さまに怒られたよ。
まあ、刀で戦っちゃった私はさっきもっと怒られたんだけどね。
相手の野盗の死体などは門から兵士が来て対処してくれるようでしばらくざわざわとしていたけど私もちょっと動いたから夜はぐっすりと眠れたよ。でもみんな助かって本当によかった。
次回;目的のシルバタリアへ到着し見た事のない風景に興奮するソフィア。思わぬトラブルにソフィアは?
お楽しみに。