琥珀色のスープ
問題は料理人だよね。
マルテにお願いしてもノーラにお願いしても私は料理人と直接お話をさせて貰えない。
日本で沢さんにお願いして私めっちゃ頑張ってパンやスープ、いくつかの料理が出来るまで練習して、こっちでもせっかく天然酵母の生イーストと干しシイタケがやっと出来たのに幼過ぎるだけでなく私は姫様という立場的に調理室に入ってはいけないのだそうだ。
幼い私はこちらのお母さまにお願いし、かなり粘ってダダをこねた。
うーん、なんか日本では私が沢さんに料理を習っている事を聞いて母はとても喜んでいたのにこっちではダメと言われて少し落ち込んだけど、余りにしつこく言う私にようやく「ソフィアは危ないものには触らない事」「料理人と話してはいけません」「マルテ、ノーラ、貴方達がついていてソフィアに危険が及ばないように」と調理室に入る事が許された。
マルテは商人の娘でノーラは公爵家である私の家の子飼いの子爵家の娘で家に働きに来ている。私はマルテの方が気軽に話せるので好きなのだけどノーラは貴族としての色々な堅苦しい事を言うので少し苦手だ。
さっそくマルテに干しシイタケと生イーストを持ってもらい二人と一緒に調理室に出かけた。
調理室では朝から結構な人数が忙しそうに働いていたけど中でも偉そうな人が緊張した面持ちで直立して私達を待っていた。
ノーラが「ご苦労様です」というと
「はい、こちらで調理をしてください」
と畏まったように言うとそのまま後ろに下がり立ったまま料理人達も私達も見える場所に移動した。
私が「じゃあ、料理を始めましょう♪」というとマルテは驚いたように
「わ、わたしがですか? わたし料理なんて上手く出来ませんよ」
えー、メイドさんの姿なのに料理が苦手なの?
「ノーラ、、、」
「ソフィア様、わたくしは料理など致しません」
終わったよ。私が危ないから料理しちゃダメでマルテもノーラも料理が出来ないんじゃおいしい料理なんか作れないじゃんか。
私は忙しそうだけど誰かに手伝って貰おうとさっきの偉そうな人に助けてもらおうとすると
「姫様、お話はわたしがしますので姫様はわたしにお話しください。どのような事がお望みでしょうか?」
「誰も料理が出来ないとお料理が作れないから誰か料理人をお借りしたいとお願いしてください」
「かしこまりました」
マルテが偉い人と話すとまだ子供みたいな小さな見習い料理人を2人貸してくれた。
「クルトとカリーナです。姫様、料理人にはわたしがお話しますので全部わたしに何をしたいのかお話ください」
結構面倒だなと思ったけど何も出来ないよりはましだと私はパンを造り始めた。
クルトとカリーナは生イーストを使って何度も寝かせるパンの作り方を怪訝そうな顔で作業していたけど私の言う通りに作業してくれた。砂糖を入れたり、バターを入れたりするのも初めてのようだ。うん、入れないそれは沢さんに教わったフランスパンの作り方だから硬いパンになりそうだよ。
発酵させる時はもう少し温かくて湿気の多い方がいいと鍋の近くで寝かせたりもした。
クルトもカリーナもまだ子供なのに力持ちだなぁと思う。いや比べた私は幼女だったよ。おそらく今の幼い私の腕力ではあそこまでパンをこねるのは絶対に無理だと思う。日本の少し成長している私でも腕が疲れたけどそれをこの見習い料理人は難なく出来るのだ。凄いよね。
一次発酵が終わり布巾を採るとクルトとカリーナがあまりに膨らんでいることに驚く。少し空気を抜いて干しブドウを混ぜて2次発酵を行う。本当は葡萄じゃなくてウバエなんだけど押し通そう。
おおぅ。また呆れる程に膨らんだよ。この辺りなら力もいらないから私がやりたかったなぁ。
コッペパン型や丸型に形作ってオーブンに入れてもらう。これも普通は大きな丸い1つのパンを作って切って出すのが普通でこんな小さなパンは作らないのだそうだ。
なかなか火力が強そうなので火加減に注意して貰って後をお願いした。
カリーナにはその間にも干しシイタケから出汁をとってくれていたんだけど、、、。
ダンッ!
うぇ! 料理人が向こうの調理台で鳥の頭を落としたよ。
えっ、あるじゃん鳥ガラ!
平民はパンを沢山食べるのが普通で、冬の前に必要な餌を減らす為に年老いたヤギを締める時に僅かに肉を食べるとマルテが言ってたけど、私のお家は肉が頻繁に出て来る。家の騎士達が狩ったものをくれるのだそうだ。
鳥を焼いたものなども塩コショウとバター味だけど結構家の食卓には脂ののったものが出る。父や母、兄の方が優先だけど私にも出るのだ。私は鳥の皮は少し苦手なんだけど、、、。
なら要らなくなった鳥ガラは骨を取り除く際に必ず出るよね。今日は丸焼きじゃないよね。日本では鳥はさばけないけど沢さんに聞くとやり方だけは教えてくれた。
沢さんはなんとなくだけど絶対にさばいているんじゃないかと思う。日本ではシロウトの内蔵処理は違法だそうだからダメですよ。
本当に沢さんの言うような手順で骨を外して器用に肉をとって行く。かなり力を入れてる。うーん大胆だねぇ。私達は部分的に肉になったものがスーパーに並んでるのしか見た事がないけどこうやって見ると確かに命を頂いているのだと改めて思う。
骨は、、、。やっぱ端っこにやったよ。あれ捨てるのかな。
「マルテ! わたくしあの骨が欲しいのです。料理人に交渉して頂けませんか?」
「うぅ、姫様、鳥をさばくのは大丈夫なんですね。えっ、鶏肉でなくて骨ですか?」
「はい。お願いします」
マルテがさっきの偉そうな人とお話をする。
「姫様、お腹を壊す事があるので良く火を通して下さいとの事です」
「勿論ですよマルテ。これでもかっていう位に長く火を通します」
こうなったら肉も少し貰って最近やっと沢さんに合格を貰ったコンソメにチャレンジだ。
さっきの膨らんだパンを作ってもらったクルトとカリーナはまた私を怪訝な目で見ていたけど私はちょっと長い玉ねぎと人参とトマトを貰う。名前が違うから余り自信はないけど、うーんこれは玉ねぎだよね。日本で見ているものと形が違うけど多分玉ねぎだと思う。
牛肉、鳥肉も少しづつ貰いみじん切りにして玉ねぎ、人参、トマトもみじん切りにしてボウルで混ぜてさらに卵白を練り込んで貰う。
先程の干しシイタケの出汁に加えて鳥ガラからも出汁をとる。これでもかっていう位弱火で長く煮込んで結構濃厚な出汁にはなったよ。これを鍋毎水に浮かべて冷やしてから肉や野菜のみじん切りをヘラでかき混ぜながら少しづつ加える。
中火に掛けてヘラで混ぜ続ける。ここからは沸騰させないようにするのが重要だ。練り込んだ卵白の状態を注意して見る。煮汁が白く濁ってきてさらにヘラで混ぜ続ける。
私はマルテやノーラに怒られないように危なくないぎりぎりの位置で椅子の上に立って鍋の中を見つめながらマルテに細かく指示を伝える。小学生の私より身体が小さいから椅子に乗るのも大変だ。「うんしょ」っと。
鍋の中がモロモロとしてきた。もう少しで沸騰しそうだという所でヘラを抜いてもらい鍋を凝視する。ポコ、ポコと1つ、2つ沸騰が始まりそうだという所で鍋を火から遠ざけて徐々に火を弱める。ガスコンロじゃないから火加減が難しいなぁ。
卵白が浮かび上がって来た。この卵白にアクが吸われるので白い層を崩してはいけない。卵白が持ち上がって来てヒビが入って割れた。これはお玉ですくいそこから中の様子が見える。
とてもいい感じに澄んでいるように見えた。良し。このまま超弱火で煮込んでいく。
結構時間が経過したけど出来たみたいだ。色んな旨味がこのスープに染み出しているよ。
クルトもカリーナも緊張していたのか疲れているように見えたからこの辺りでいいかな。
こし布でこしてもらい表面の脂をとる。かなり濃い色のコンソメスープが出来た。
これを一旦冷やして貰いさらに表面の脂をとってからもう一度温めて塩コショウで味を整えて欲しいとお願いした。仕上げに硬いパンを切ったクルトンとこのハーブも忘れないでね。
マルテが二人に説明し終えた頃にはもう他の料理人は作業を終えていて昼食の時間になろうとしていた。
他の料理人達もこちらを気にしているようだ。
やばい、このコンソメスープ凄くいい匂いがするよ。
「マルテ、私の昼食は私が焼いて貰ったパンとこのスープでお願いします」
「姫様、かしこまりました。わたしとノーラも毒見をかねて同じものを頂きます」
「毒なんか入れてないでしょ」
「念のためです」
??
昼食になって私は食堂へ向かった。お父さまはいつも昼食時にはいないけどお母さまとお兄さま達それぞれの側仕えが給仕を行い食事を用意して私の食事はマルテとノーラが準備した。
「あら? 今日のお昼はソフィアだけ違うのね。これはソフィアがお願いして作って貰ったのかしら?」
「お母さま、これは私がお願いして作ってもらったパンとスープです。お母さまやお兄さま達もいかがですか?」
私はお母さまだけでなくエバーハルトお兄さまとウルリヒお兄さまにも薦める。
「そうなの。それは頑張ったわね。私は頂こうかしら?」
「わ、わたしは、、、そのなんだ、ソフィアは良く頑張ったな」
「うん、頑張った、頑張った」
えー、私が作ったのはエバーハルトお兄さまもウルリヒお兄さまもいらないのね。
「マルテ、お母さまにスープとパンをお願いね」
「姫様、かしこまりました」
お母さまにスープとパンが余分に出されお母さまのテーブルの端の方に置かれた。
うーん、お兄さまはこんな幼女の私が作ったという料理を信じてないしお母さまも私の気を悪くさせない為に付き合ってくれたような感じだ。
完全におままごとだと思われてるよ。まあ仕方ないか。日本の私も料理を始めたら母が凄く驚いてたからね。
私は勿論これだけでいいし、本当に美味しいんだぞ。
お母さまが神に食前の祈りを捧げ私達も祈って食事を始めた。
軽く薄味のバターを取りパンに少し塗って千切ったパンを口に入れる。
わぁ、めっちゃ柔らかく出来たよ。ブドウパンだけど、ここでこんなに美味しいパンが食べられるとは思わなかった。沢さん本当にありがとう。もうあの硬いパンは食べたくないよ。あんなの顎がガヒガヒに鍛えられちゃうよ。
私はみるみるうちにパンを完食しておかわりをマルテにお願いした。
「まあ、ソフィアがこんなに早くおかわりをするなんて珍しいわね」
「お母さま、わたしの作ったブドウパンが柔らかくてとても食べやすくて美味しいのです」
「ブドウパン? まあ、そんなに柔らかいの? では私も頂きましょう」
お母さまは脇にあった私のブドウパンを手に取り小さくちぎってバターを塗る。
「まあ、これは柔らかくてバターが塗りづらいくらいですね」
いやいやいや、いつものパンが固すぎるのだ。
お母さまはそう言うとパンを口に入れた。
いつも美しくてにこやかな表情を変えないお母さまの瞳が驚いたように丸く大きく開いた。
直ぐに咀嚼して飲み込み更にパンを手で千切りそのまま口に入れる。そうなのだ。砂糖が少し入っているから甘味もありバターをつけなくても美味しく食べられるのだ。
私なんか一口サイズに千切って食べなくてもそのまま齧りたいくらいだけどここではそんなことは出来ない。
お母さまは2口食べてから私の方を向いて瞳をぱちくりとさせた。
「ソフィア、貴方はこのパンの作り方を一体どなたに教わったのですか? とても柔らかくて美味しいです」
これは困った。どう説明しても沢さんの事は信じて貰えないだろう。
「わたくしが作り方を説明して料理人に作って頂きました」
「ソフィアがこのパンの作り方を考えたのですか?」
ここはそういう事にしておこう。
「はい、干しブドウを入れたパンはとても美味しいでしょう? お母さま」
「ええ、とても美味しいわ」
「それではスープも冷めないうちに召しあがってみてください」
「そうね。あら? ソフィア。この琥珀色のスープにはお野菜が入っていないわよ」
「はい、そこに浮いているのはクルトンとハーブでこのスープはお野菜を食べるのではなく飲んでその味を楽しみます」
「そうなのね。では」
お母さまはそう言うとスープをスプーンですくい口へ運んだ。
一口飲むと目を瞑って少し上を向く。これは味わって貰っているようだ。
お母さまは少し震えながら
「ソフィア、このスープも貴方が作ったのかしら? わたくしはこんなに味わい深いスープは初めてです」
「はい、お母さま。私を手伝ってくれた見習い料理人が頑張ってくれました」
私は口を出したけど実際にパンをこねたり重い鍋を火加減調整の為に動かしたりの重労働をやってくれたのは見習い料理人のクルトとカリーナなのだ。
「は、母上、ソフィアの料理はそんなに旨いのですか?」
「ええ、エバーハルトもウルリヒも食べてみたければソフィアにお願いしてみるといいわ」
「ソ、ソフィア、先程はすまなかった。其方が料理に詳しくまともな料理が作れるなどとは思わなかったのだ。許して欲しい。私とウルリヒにも其方の料理を分けて貰えないだろうか?」
「エバーハルトお兄さま、わたくし今日初めて調理室に入りましたもの。良くわかりますよ」
「其方は年相応とは思えんな」
やばい、もしかして日本人の私がバレそうなのかな?
「ふふふ、お兄さま、お褒めに預かり光栄です。マルテ、ノーラ。お兄さま達にもお願いします」
「はい、姫様」
カタッ。カタッ。
マルテとノーラがお兄さま達にパンとスープをお出ししたとたんにお兄さま達はパンをもの凄い勢いで口にほう張り、スープもカトラリーが音をたてる程に勢い良く飲んだ。お兄さま、ちょっと目が怖いよ。
「これは旨いぞ」とお兄さま達は正式な昼食であるにも関わらずちょっとお行儀悪く呟く。
私はさすがに呆気に取られ二人を見たがお母さまは意外と冷静に
「まあ、二人共食いしん坊さんだこと」
といつものよう美しく笑いながらおかわりをお願いした。
こっちで初めて美味しいもの食べたからまだお昼だけど、きっと今晩は気持ち良くぐっすりと眠れそうだよ。
次回、ソフィアの料理を領主である父ヴァルターが食べます。ソフィアは正直に夢の中でと話すけど、、、。そして貴族学院へ行くための家庭教師が始まり日本の知識で問題発生!?
お楽しみに。