強さの証明
翌日、シュトライヒの方々がビシッと並んだ見送りを受けて私達一行は出発した。ノーラのドレス姿も美人さんで良かったけどメイド服の方が見慣れているから安心出来るね。
シュトライヒ子爵は私達の馬車のスプリングにとても興味があったようだ。ノーラが乗り心地などを説明したのかも。
シュトライヒの街は相変わらず綺麗で、ノーラのキチンとした性格や綺麗好きな所はこの地域で育ったからじゃないかなと漠然と思った。でも時々見せる笑顔が堪らなく可愛いんだよ。男の人はそういうノーラの可愛い所も見て欲しいと思うね。
そういえば判らない事があったよ。
「叔父様、尖塔師と言う方はどのような仕事をされるのですか?」
「ソフィア様、昔の呼び方が今も残っているので分かりにくいのだけど、魔法通話でこの一行の状況をヴァルター様へ毎日報告する役目だよ。昔から城の最も高い塔の上に登り通話魔法に備えるのが仕事だ」
来たー! 凄い魔法を使う人がいるんだね。なんか司祭様っぽい服の人がそうだけど良く見ると魔法使いに見えなくもない。そういえば私が怪我をした時もお兄さまが側仕えを呼び出していたのも魔法なのかも。遠くと通話する魔法で塔の上で待ってる役目なんて大変な仕事だね。これはお母さまや叔父様の前で出来るだけ失敗しないようにしないとお父さまに報告されちゃうんだ。
よし気を引き締めて行こう。
「叔父様、シルバタリアでは食を考えるだけで良いのですか?」
「いや、バルネーム(銭湯)や衛生面もお話して死亡率を下げる事が優先だよ」
確かに子供の死亡率を下げるのは優先だよね。乳幼児の死亡率が下がるだけでもだいぶ違うはずだ。
「油や砂糖、薄い布が特産品だと伺いましたけど手に入れにくいようなのでもっと沢山取引出来ませんか?」
「こちらの麦や綿花、家畜を沢山消費して貰えばもっと増やせるだろうね。砂糖も油もソフィア様の料理には沢山使うが結構高いんだ」
成る程、私は向こうの見たことのない食材で料理を頑張ろうと思ってたけどルントシュテットの物を使って貰えないとダメだなんだね。発想を切り替えないと無理っぽいや。
しばらく馬車を進めると大きな河が見えて来た。
護衛騎士のミスリアがルントシュテットに流れる河の下流がこの辺りだと教えてくれた。今日はミスリアの実家リバーサイズに行く予定だからミスリアに色々と聞くのがいいのかも。
ミスリアに色々と話を聞くと湖も多くスメルトという小魚やスラングスクイーラムというエビが美味しいらしい。スメルトは煮て干して保存食にもするらしい。煮干しなのに出汁を取るのではなくそのまま食べるのだそうだ。骨が強くなりそうだね。
シュトライヒと違ってリバーサイズは大きな河と小高い山もあって子供の頃から走り回る元気な土地らしい。シュトライヒがとてもキチンとした街だったのでミスリアは少し恥ずかしいのだそうだ。リバーサイズ男爵は領民にも人気で距離もかなり近いらしい。私が領民に手を振るのを見ていたミスリアの表情はそんな事を考えていたようだ。
魚介類や鳥肉が美味しいので是非とも食べて欲しいそうだ。うん、楽しみだね。でも私は煮干しにしているというスメルトという小魚が気になるよ。
叔父様が
「何故だ?」
と聞いて来るから、もしかしたら美味しい出汁が取れるかもしれないと言うと叔父様も期待が膨らんだようだ。
しばらく進み見晴らしの良いところでお昼にした。
今日は昨日クルト達に作ってもらった揚げパン、コーンマヨパンを温めるのと昨日初めて作って仕込んで置いたうどんだ。
鍋に火をかけて沸騰するまで待つ。キノコを焼いてほうれん草を茹でて用意する。小麦粉をまぶして置いたうどんを湯がいて醤油、出汁、みりん、お酒、ほんの少しの砂糖で味を整えて熱いお湯で汁を作りうどんを入れてキノコとほうれん草を乗せて出来上がりだ。
湯がくのが早いから次々と出来る。湯切りのザルも欲しいね。
私は木工職人に用意してもらった箸で食べるけど問題はお母さま、お兄さま、叔父様はフォークで食べなければならないからちょっと難しいね。
先に出来た私達から食事を始める。お母さまのお祈りに合わせて私達もお祈りした。
みんな私が食べるのを見ていた。うーん、見られてると食べづらいけど行くよ。
私は箸を使ってうどんを少しあげてから口へ運んだ。
ズルズルズル。
たっはー、旨い。このキノコの出汁が凄くいいよ。醤油の塩梅も最高!
「ソフィアっ!!」
へっ?
「食事の際にそのような音をたててはなりません」
わわっ、しまった。日本でうどんを食べるそのままの気になってたよ。でもこれはちょっと、、、。
「お母さま、このうどんは麺とスープを一緒に口へ入れしかも熱いスープを冷ましながら啜るのが正しい食べ方なのです」
お母さまは私にこれが正しい食べ方だと言われて困惑している。他の誰も知らないだろうけど。お兄さまも叔父様もそんな感じだ。
「判りました。しかし他の貴族の前でその食べ方は禁止です。私達の前だけですよ。もう少し小さな音になるように努力して下さいませ。ところでわたくしの分のその箸という物はないのですか?」
おおう。これは流石にお母さまの言い分は理解出来るよ。箸も用意しよう。
「お母さま。戻りましたら至急準備させます」
「ソフィア、お願いしますね」
お母さまはフォークでうどんを食べ始め、それを見ていたお兄さまと叔父様も続いた。
お母さまも叔父様も気に入ってくれたようだ。お兄さまはうどんを食べてそのまま砂糖をまぶした揚げパンを口にする。入れ替わりが凄い速さだよ。
しょっぱい系と甘い系が口の中で大変な事になってるだろうけどとても楽しそうだ。
私は出来るだけお上品に静かにうどんを食べた。
私が食べてる間にお兄さまはうどんをお代わりして揚げパンを3つも食べた。しょっぱさと甘さのコンビが気に入って貰えたようだ。
「ソフィア様、これはとても旨いと思うがこれも新しいメニューじゃないか」
「そうですよ。色々な物を乗せたり、様々な方法で調理したりしてバリエーションがとても多いものです」
ありゃ? 何かいけないのだろうか?
「戻りましたら灰を使って麺を作るラーメンも作る予定ですよ」
「うぐっ、わ、判った。帰ってから、帰ってからな」
今日は叔父様の顔が少し赤いね。うどんが熱いのかな。
お母さまはとてもお上品にコーンマヨパンをナイフとフォークで食べて『美味しいわね』と言ってたから大丈夫だと思う。
クルトとカリーナであれだけ沢山用意してもらったのにお昼の食材は全部使い果たしてしまったようだ。騎士団や護衛の貴族達よりも平民の兵士達に受けが良かったようだね。みんな私の箸を見てたからこう言うので広めてもいいね。
リバーサイズの街へ向かう。シュトライヒとは違って自然が豊かで別の意味で綺麗な場所だね。
山肌に滝の流れる脇を過ぎてリバーサイズの街へ入った。
リバーサイズの街へ出店したのはパン屋さんとお菓子屋さん一店舗ずつだけど今はパン屋さんが4店舗、お菓子屋さんが2店舗に増えている。
今日はミスリアの実家にお世話になるけど夕食はクルトとカリーナにお願いする予定だ。
切り開いた広い土地に大きな屋敷が見えて来た。ミスリアの実家だそうだ。お抱えの兵士達が広い場所での訓練をやめて私達の一行に頭を下げた。
私達がミスリアの実家リバーサイズ男爵家に到着するとリバーサイズ男爵は満面の笑みで出迎えてくれた。
ミスリアに聞いた家族はバルト・リバーサイズ男爵、奥様のヴァルディ様、長男のベンノ様、次男のヴィルヘルム様だ。
一通り挨拶して私に話しかけて来た。今回の旅行は私の側仕えと護衛騎士の実家に泊まるのでこれはどうしても仕方ない。
「ソフィア様、ミスリアが幼い姫様に剣術で歯が立たないと言っておりましたが是非ともリバーサイズの兵士達に訓練を付けては頂けませんでしょうか?」
あれ? ミスリアが手を抜いてたんだよ。でもこれ私を挑発してるんだよね。
ミスリアが青い顔をして止めに入った。
「父上! それは秘密の事です! 何を言い出すのですか!」
「しかし姉上程の騎士を負かすのでしょう。是非ともわたくしも御指南頂きたいものです」
不敵な笑みを浮かべるこの次男も好戦的だね。
私はこの程度の話に乗せられたら日本のおじいちゃんに怒られちゃうよ。
お兄さまが前に出る。
「ソフィアが戦う前にわたしが相手をしよう」
「真ですか?」
お、お兄さま!
「ウルリヒ様!」
慌ててお兄さまの護衛騎士達が止めに入る。
「ヴィルヘルム! これ以上の無礼は護衛のわたくしが許しません」
ビシッ!
あちゃー、平手打ちで頬を殴ったよ。まずいよね。これ今晩お世話になるのにどうにかしないと気まずくなっちゃうよ。仕方ない。
「ミスリア、それではわたくしとミスリアの練習を見て頂けば良いのではないですか?」
それならミスリアにまた手を抜いて貰えるよね。
「姫様」
「丁度動きやすい服装ですからこのままで大丈夫ですよ」
「わ、判りました。父上! ヴィルヘルム! 其方らの目でしかと確かめるといい」
「姉上は手を抜くのではありませんか?」
「私は一切手など抜かぬ」
私はミスリアの演技は上手いなーと思いながら竹刀を出して貰う。
ここの兵士の人達が沢山集まって来た。
「姫様、申し訳ございませんがまた一手御指南をお願い致します」
「はい、ミスリア。よろしくお願いしますね」
私はいつものように身体強化をかけた。
『『プテス ターテム コリポリ』』
礼の後構える。
「行きます!」
ミスリアが小さく左に飛んでから私に飛び掛かって来た。ミスリアが素早く左に剣を引く。私は切っ先をミスリアの喉に合わせたまま少し左にステップした。
ミスリアが突っ込んで来るのを止めて体制を立て直す。
この隙に私はミスリアに向かって飛び込むとミスリアは迎え撃つようにほんの少し剣を上げるのが見えたので籠手を打ちそのまま面を入れて胴を薙いで抜けた。
ピシッ、パン! パシーン!
残心してミスリアの気配を明鏡止水で感じる。
「参りました。姫様。お見事です」
またぁ。ミスリアは今回も私に花を持たせてくれたね。ありがとうミスリア。
「ヴィルヘルム。其方はわたしの腕が切られたのが見えたか?」
『えっ!?』次男のヴィルヘルムが首を振る。見づらかっただけじゃない?
ミスリアが赤くなった腕を捲って見せた。
「其方では見えまい。己の力との差もわきまえずこれ以上無礼な事を申すならばわたしが鍛えなおしてやるから表へ出ろ!」
ミスリア一家体育会系だよ。
「す、すみません姉上」
「其方が謝るのはわたしではない。ソフィア姫様だろう。父上もだ!」
「ひ、姫様。た、大変失礼致しました」
「ご無礼をお許し下さい。これ程までとは存じませんでした」
「ソフィア姫様。お手数をおかけしました。お許しを頂ければ幸いです」
「許しますよ。ミスリア。叔父様、リバーサイズの事をお伺いするのですよね」
「そうだ。リバーサイズ男爵、頼む」
「畏まりましたマクシミリアン様。皆様のお部屋へご案内させますので後でお迎えにあがります」
私達はそれぞれの部屋に案内してもらった。
部屋のベッドは少し薬草の様なにおいがした。執事さんによると虫よけの為に麦藁に混ぜているのだそうだ。成る程、こう言うのもあるんだね。天蓋は布ではなく網の様なもので日本の蚊帳のようだ。そうか、確かに自然が豊かだと虫もいるよね。
虫の嫌いな草が入れ物に用意されその匂いもする。これ除虫菊じゃない?
ノーラがシルバタリア原産であまり沢山は栽培されてはいないけど暖かく自然豊かな所へ少し取り引きされていると教えてくれた。本来はダニ避けに使われるのだそうだ。
虫が多いなら蚊取り線香位欲しいね。私は快眠グッズの一つとしてラベンダーのお香を作るためにクスノキ科の「イヌグス」の樹皮でタブ粉を作っている所だからあれを使えば除虫菊を使って蚊取り線香が作れそうだよ。気候の問題なら叔父様に言ってシルバタリアに栽培を増やして貰わないとね。
勿論、快眠グッズの方が優先度は高いけど虫で眠れないのは困るからね。
私達は執事さんに迎えて貰いリバーサイズ男爵の報告を聞いた。
この男爵の所も好調らしい。魚も肉も好調で領地の人達も元気過ぎるくらいだそうだ。さっきの次男を見てたらなんか良く判るよ。
今晩の夕食は連続だけどイタリアンで昨日とは別のパスタやピザの予定だ。
ミスリアが馬車で話していたスメルトの煮干しを持って来てくれた。
これワカサギじゃんか。確かワカサギでは出汁は取れなかったはずだ。叔父様、残念だったよ。でも煮出すと油も豊富に取れて美味しいお魚だよね。
一つ貰って食べてみた。美味しいね。カルシウムもたっぷりと取れそうだよ。ここの人達が元気な訳だね。
でもこれ天ぷらにしたら美味しいよね。
「ミスリア、これは取れたての物は手に入りますか?」
「入りますが直ぐに痛まないようにフンを出して煮出すのが普通です」
「では、少し今日の取れたてを用意して頂いてもいいですか?」
「はい。姫様が煮出すのでしょうか?」
「いえ、天ぷらにするのです」
「テンプラ?」
「ソフィア様、また新しい料理なのか?」
「はい。美味しそうですよね」
「今日はイタリアンのパスタの予定だろう」
「一品追加するだけですよ」
「そ、そうか。判った。その辺りで勘弁してくれよ」
「叔父様は心配性ですね。美味しくしますから心配しないで下さい」
「ミスリア、スメルトとこの辺りで取れる美味しいフンゴスや山菜もあればお願いしますね。この地の美味しい料理が出来ると思いますよ」
ミスリアの瞳が輝く。
「畏まりました。直ぐに手配します」
「は、母上、ソフィアはいつもこのように料理を増やしているのですか?」
「そうね。美味しい物を作るのだから文句はないでしょう?」
「は、はい」
リバーサイズ男爵家の人達は呆気にとられていた。
クルトとカリーナにパスタ三種類、トマトとハムのイタリアンサラダ、ベーコンとトマトのピザにして貰いトマトのブルスケッタも用意して貰う。メインはガーリックチキンのハーブソテーだ。イタリアンドレッシングはハーブとこれもニンニクが決め手なんだけど私でも食べられる程度にして貰う。
これらとは別に油を火にかけて小麦粉をといて貰う。小麦粉を垂らして油の温度の確かめ方を教えて油がはねる事もあるから気をつけてやって貰う。
ワカサギの天ぷらだ。キノコや山菜も幾つか揚げて貰った。
醤油、出汁、みりんをお湯で薄め大根おろしを別に用意して貰う。天つゆもバッチリだよ。
この辺りで柚が取れるらしいけど柚の皮を使ってなかったそうだ。一番栄養があるのになんて勿体ない事をしてるの。皮をすって貰って柚塩も用意する。
準備が出来て夕食が運び込まれた。
ミスリアから話だけ聞いていたリバーサイズ男爵は満面の笑みだ。
特にこの地の特産品を使った天ぷらを食い入るように見つめていた。
神に祈りを捧げ食事が始まった。
お母さま、叔父様、リバーサイズ男爵とヴァルディ様とベンノ様にワインが振る舞われる。
白と赤の両方だ。私達は発酵させてない普通のブドウジュースなんだけどこれも美味しいからね。
ヤバいよ。天ぷらめっちゃ美味しいよ。ワカサギが凄く脂がのってる。冬になればもっと凄いはずだよね。山菜もキノコも天ぷらにするととても美味しいね。天ぷらって本当に万能だよ。
叔父様がこっちを見ていた。これは判りやすい料理なのでレシピは売れない。柚塩でも美味しいけど天つゆに色々と必要だからセーフだよね。
と、私が天つゆを指差す。
叔父様が目を閉じた。ふふふ、勝ったね。
食後にリバーサイズ男爵はことの他喜んでいてイタリアンレストランを直ぐに出店したいからお願いしますと叔父様とお母さまに願い出ていた。天つゆの作り方もすぐにでも教えて欲しいそうだ。
私の事はどうやら苦手意識でも植え付けてしまったかもしれないね。まあいいか。
「ウルリヒ様はとても勇敢なのですね。先程もソフィア姫様を庇おうとなさいました」
「ソフィアも母上も私が守ると父上に約束してきたのだ」
「頼もしい限りですね」
「ウルリヒ。私は守って貰えないのかい?」
「すみません叔父上、抜けておりました」
「た、頼むぞウルリヒ」
「ソフィア姫様、家のミスリアは少しはお役に立っておりますでしょうか?」
私にも来たよ。
さっきも上手く私を立ててくれてたし頼りにしてるからね。
「勿論ですよ。私の護衛騎士はとても強くて頼りになります。安心して任せられますよ」
「そう、ですか、、、」
リバーサイズ男爵は複雑な感じに微笑み、ミスリアが少し赤面した。
次回:初めてのキャンプに心躍るソフィア
ヘルムートの演奏でフォークダンス大会?
お楽しみに。