シルバタリアへ行こう
マクシミリアン叔父様から打ち合わせがしたいとお話を貰いマルテ、ノーラと共に会議室へ向かった。
叔父様にはオーガニックな石鹸や洗剤の作成と領民への販売普及、そして衛生面向上の領民用銭湯と癒やしの施設としてのスーパー銭湯をお任せしているはずなのに、、、。
「ソフィア様。ワインもブランデーも凄く良いですよ」
『良い』と言うのはどういう意味だろう。
「はぁ、叔父様。お酒よりもお願いしている衛生面はどうなのですか?」
「い、今進めている。頼むからそうせっつかないでくれないか」
「お酒、、、」
「い、いやすまない。しかし悔しい事に白ワインを一つ魔法で発酵を進めるのを失敗してしまってな、一樽だけ酸っぱくなってしまったよ。焦るといかんな」
そんな魔法があるんだ。いい温度に温めたりして発酵を進めるみたいなのを魔法って比喩で言ってるのかも。
「叔父様、それは酸化してしまったんですね。それ捨ててないですよね」
「ああ、明日処分する予定だが、、、」
「私に下さい」
「えっ、使えるのか?」
「はい、その状態は白ワインビネガーと言って様々な調理に使えます」
「本当か? ではソフィア様に届けるようにしよう」
沢さんやったよ。これでカッテージチーズが作れるよ。ここには普通のチーズがあるから偶蹄目(ウシ、ヒツジ、ヤギ)の哺乳期間中の第4胃袋『ギアラ』のレンネットは知ってるんだよね。他にもカビなんかからも取れるけどフレッシュサラダやデザートにはやっぱりこっちだよね。レモンっぽい果実もあるし楽しみ♪ 以前は考えられなかったけど最近は太らないか心配になって来たよ。
「叔父様、先にお願いしていた鉱物や植物の収集についてお聞かせ下さい」
「すまない、そちらはまだ成果はあがっていない。昨日もソフィア様の言うカタクリに似た物を持ってきた者がいるがソフィア様の絵と違うものだった」
椎茸は簡単に見つかったけどなかなか野生の欲しい物は集まらないね。今はイヌグスとラベンダー、ヒノキ、ベルモット、ローズマリーの自生地が見つかっただけだ。これが主に快眠グッズの為の物だと叔父様に知られると呆れられちゃうから内緒だけど。
「そうですか。では私の資金をもっと使って賞金を倍にして下さいませ」
「そんなに上げるのか? それなら子供達が片手間で探すのではなく大人達が仕事として探すだろう」
「仕事をないがしろにしてはダメですけど頑張って探して頂きたいです」
「判った。そう指示する」
「で、叔父様、本日はどの様なご用件でしょうか?」
「二つある。一つは普通の銭湯の方ではなくこのスーパー銭湯と言うものの設備についての確認と他領への出店の話だな」
「他領へ?」
「既に国王様から兄上に何度もせっつかれているんだよ」
「はあ、これが叔母様やユリアーナ先生がおっしゃっていた事ですね」
「まあ、それだけじゃないのだがな。まずはスーパー銭湯についてだが普通の銭湯と違いこのくつろげる大きなスペースとは何だ? ソフィア様」
「それはお食事したりお昼寝したりするスペースです」
「食事にお昼寝? 何故だ。衛生的に身体を綺麗にする事が目的ではないのか?」
「それは普通の銭湯です。スーパー銭湯はもちろんお風呂にも入りますがマッサージがあって一日中くつろいで遊べるいわば遊戯施設のようなものです。お休みに普段の疲れを取ってリフレッシュしてお仕事が頑張れますよー」
「なる程目的そのものが違うのだな」
「そうですね、では名前も変えましょう。バルネームとサニタースでいかがですか?」
ざっくりと入浴と癒し的な意味だ。
「判りやすくていいな」
なんか私センス良くなってる?
「お食事はどんなものがいい?」
「領民がちょっと贅沢して食べてみたいものと簡易に食べられるものですね」
「ちょっと贅沢なら展開したレストランのようなものだな。しかし少し領民には、値がはるな」
「では給仕をやめてセルフサービスにしましょう」
「セルフサービスとは何だ」
「自分で出来た料理を運んで、食べたら自分で食器を戻します。これで少し安く出来ますよね」
「そうだな。領民なら安ければそれもいいだろう」
「簡易に食べられるものとは例えばどんなものなのだ」
「焼き鳥とかお好み焼き、クレープですね。後でレシピをお渡しします。お酒も少しなら提供してもらっても大丈夫ですよ」
「どんなものかわからないがよろしく頼む。お酒は少しなら?」
「はい、酔っぱらってお風呂に入ると事故を起こす危険性が高くなるので少しです」
「ソフィア様のような歳の子供に酒の健康を心配されるとは、、、。うん。で昼寝はどんなスペースなんだ?」
「お昼寝はお布団を敷いてお昼寝するんですよ」
「お布団を敷く?」
「はい、出来るだけ良いお布団を揃えましょう」
「初期投資に結構掛かりそうだな。ソフィア様のあのウモウブトンとやらも使うのか?」
「そうです」
「高級で高過ぎると思うが」
「毛布でもいいですけど綿を入れた布団も今作ってます」
「それでもまだ高価だろ」
「布団カバーやシーツで汚れませんし、それで気に入ってくれて頑張って買って貰えばいいんですよ」
「なる程、そういう商売の方法もあるんだな」
「まだCMがうてませんからね」
「ちょっと待ってくれ、もうこれ以上大変な事を言わないでくれ身体が持たん」
「叔父様大変そうですね。お身体に気をつけて下さい」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
最近、叔父様の私の扱いがだんだんとぞんざいになってる気がする。ムムム。
私は頬に手を当てて首を傾げながら心外だという表情を作る。お母さまの真似だ。
「えっ、わたくしですか? 叔父様が頑張ってお酒にまで手を出して、、、」
「わかった。わたしの負けだ。しかし今は今回確認させてもらった事を全力で進めるからこれ以上はその後にして欲しい。文官の数がもう足りないんだ」
「判りました。疲れが取れる快眠グッズが必要ならいつでもおっしゃって下さい」
「判った。その時は頼むよ」
「次は他領の件だ」
「何と言って来てるんですか?」
「中央の方は中央の商業ギルドにもルントシュテットと同じように店を出させろと言う事だ」
「他もあるんですか?」
「シルバタリアだ」
「確かうちと仲のいい国境を守る辺境伯の所ですね」
「その通り。レオノーレ様のご実家にあたるのでこれはドミノスからの要望でもある」
「お母さまのご実家?! それは優遇しないといけませんね」
「まあルントシュテットと同じと言う訳にはいかないがね」
「中央やシルバタリアにも氷室はあるんですか?」
「無いと思うぞ」
「でしたらレシピの販売より先に氷室を作成してうちから氷を沢山買って貰う事からですね。こちらも高く売れるでしょうから氷を切り出す池を山に増やさないと。無ければバター一つ作れませんしお菓子のいくつかやアイスクリームも無理ですよね」
「確かにそうだな。バターが無いと難しいな」
「基本的に作り方は秘密なので粉末醤油、生イースト、粉末にした出汁の元、そして氷の手配をうちの領で押さえて高値で卸売りするシステムにしてからレシピを販売しましょう。もちろんシルバタリアにはお安くしておきますからお母さまには安心して貰っても大丈夫ですよ」
「マジか。既にソフィア様に全て押さえられてる気がするが、、、。ソフィア様は敵に回したくないな。判った。その線で兄上と進めてみよう」
「一応クルトとカリーナはわたしが貴族学院へ行っても連れて行きますけど、叔父様はわたしが貴族学院へ行っても向こうのお店でも美味しいものが食べられる様に頑張って下さいね」
「うぐっ。しかし中央はルントシュテットと食材も似ているがシルバタリアはルントシュテットとは食材がかなり違うぞ。困った事にソフィア様のこれまでのレシピのルントシュテット料理は半分も作れない」
これはもしかしてこっちでお出かけのチャンスかも。私の知らない美味しいものもあるかも。
「それでしたらわたしがシルバタリアへ行って新しいメニューを作るしかありませんね♪」
「ソフィア様が!? そ、そうかも知れないがそれはレオノーレ様に相談してからだな」
「わーい、お出かけ、お出かけ♪」
もう完全に行く気まんまんの私。
「まだ決まってないぞ。ふう」
マクシミリアン叔父様ひどいよ。まるで私が悪徳代官みたいに言うなんて。私もノーラから聞いて知ってるんですよ。
最近ブランジェルでは様々なパン屋さんが増えている。既存のパン屋を潰して助けるという名目でチェーンを増やしていたのは叔父様だ。本当に敵に廻したくないのは叔父様の方だ。でも実際にWin-Winになってるのなら結果は正解なのかも知れない。
結局お父さま達と相談してもらい、お食事店舗に星を与えるフェルティリトの判定員三名のお母さまと私とマクシミリアン叔父様とでシルバタリアへ行く事になった。私はこのお城の敷地を初めて出るよ。なんか楽しみ~。
確かにルントシュテット領は南北に長いけど隣の領地であるシルバタリアだと半分しかレシピが再現できない程食材が違うものなのか疑問だったけどお母さまに聞くと気候も温かくどうもかなり違うらしい。
パスタとは違う日本的に言うとコシがなくて少し切れやすい麺を塩味のスープで食べたり炒めたりするものが多いそうで味も辛い物が多くて慣れていない子供の私に合うか心配だと言う。
私だとそんなの判らないしちょっと難しそうだなぁ。
私は日本で沢さんに聞いてみた。
「それもしかしてフォーの事じゃないですか?」
「フォー?」
「フォーはお米の粉をこねて薄く伸ばした麺ですよ。じゃあ今晩は東南アジアの料理にしましょう」
今なんと!? お米? あるのかな?
沢さんの今日の夕食のメニューはフォー、チキンライス、揚げ春まきとちょっと辛い海鮮でデザートにマンゴー・ローというゴージャスに盛られたマンゴーに隠れちゃいそうな小さ目のかき氷だった。
辛いエビはなんとか食べられたけど正直私には厳しい。ひー。フォーは塩味と鳥ガラスープで凄く美味しかったよ。このマンゴー・ローには感動したけどもしも向こうでこういうのを作るならミキサー的なのが必要だよね。
タイの方では唐辛子が刻まれたナンプラー系が使われ、インドの方は肉などの臭い消しに使われるクミンやコリアンダー、辛いレッドチリ、カレーなんかに使われるターメリックなどを粉末にした香辛料が使われるそうだ。ナンプラー系はちょっと私には厳しいかな。
粉末の香辛料は頑張ればミキサー的なので作れるそうだ。
沢さんに聞いたらもしもフォーであれば片栗粉も使っているそうだ。それ欲しいんだよ。
その後、そのミキサー的なのを沢さんに相談したら
「手動のものがありますよ。持ってますから今度持ってきます」
と持って来てもらい美鈴先生と手動ミキサー? カッター? のようなものを作る事の検討を行った。美鈴先生はブレンダーと呼んでいた。
スプリングを立てたまま、取っ手を付けた蝋引きの強い紐で引っ張ってセットした刃を廻す。放すとスプリングで紐が戻って繰り返せる。これはスプリングじゃなくてゼンマイのような物だね。おお、これ沢さんの持って来てもらったのと一緒の動きだよ。透明なプラスチックがないからそこは紐を引いた時の手の抵抗の感覚で出来そうだ。
私は美鈴先生の案の通り分解図を作って覚えた。
さっそくクラウとフェリックスを呼んだ。私はお母さまからこの鍛冶職人の2人と見習い料理人のクルトとカリーナに直接話す事をやっと許されたのだ。もうこのみんなは完全に私の専属だよね。一緒に産業革命頑張ろうね。
クルトとカリーナは見習い料理人からいきなり他の料理人に調理を教える先生になったし、お給料も上がったみたいで最近笑顔が増えてこっちも嬉しくなっちゃうよ。
クラウとフェリックスがやって来るとこれから大変なお仕事を頼むのにこちらも何故かニコニコだった。
「ソフィア姫様、まだ完全ではありませんが小型の模型が出来ました」
マジ! もう出来たの? やっぱこの二人凄いよ。でもその目の下のクマは何。それ私のせいだよね。まだ完全じゃないって美鈴先生も良く言うけど完璧を求める二人も同じで私からしたら完璧なんだよね。最近良く判って来たよ。
「本当ですか? マルテ、叔母様とユリアーナ先生を呼んできて下さい」
「えっ」
「急ぎの用事なのです」
「は、はい」
本来は貴族の間では約束のない呼び出しなどもっての他だけどこの時は私も興奮していたから仕方ない。ノーラにランプとコップに水を用意をして貰う。
叔母様は出かけていたけどユリアーナ先生が走ってやって来た。
「ソフィア姫様。鍛冶職人に頼んでいた小型の模型が出来たとお伺いしました。おお、二人共来ていたのか」
「はい、ソフィア姫様が頼みたい事があると」
「ま、またですか。ソフィア姫様、私の方が進みませんから少し鍛冶職人に出すペースを落としていただけると」
「それよりもユリアーナ先生、模型ですよ、模型!」
「は、はい」
「クラウ、フェリックス。見せて頂けますか?」
「はい、只今」
クラウとフェリックスはそう言うと小さな鉄製の容器のねじの蓋を廻してそこに水を入れる。きっちりと蓋をするとランプのシェードを外してランプの火を水の容器が繋がった加熱部分に近づけた。
蝋燭の火が揺らめき加熱部分に少しススが付いた。
私もユリアーナ先生もマルテとノーラも固唾を飲んで見守る。
湯気が少し排出口から出て来た。
来るよ~。
少し動いた。表に出ているギアが回り出す。
シュル、シュル、シュル、シュル、シュルシュルシュルー!
「ま、廻った!」
「す、すごい速さだ」
「「わー」」
シュー。
模型はしばらく廻り続けて湯気が出なくなりフェリックスがランプを外した。
「凄いな」
「こちらの回る力はかなり強くソフィア姫様のおっしゃる本物のサイズだと馬10頭分くらいになるのではとフェリックスと考えています」
「馬10頭だと。水はどれくらい必要になる」
「結構水と火は必要ですね。ソフィア姫様のお持ちになった石炭が燃え始めるとかなり凄い火力になります」
「ユリアーナ先生、水は100度で沸騰するとおおよそ1700倍の体積になります。もしも蒸気を出さないで無理をすればこの鉄の容器も破裂してしまう危険がありますから安全弁があるのですよ。樽で積んでおけば結構使えると思いますよ」
「1700倍ですか」
「ソフィア姫様は何でもご存知なのですね」
「では其方らは実際のサイズの蒸気機関の作成に取り掛かってくれ」
「かしこまりました。しかしソフィア姫様の本日のお話を優先させてください」
「むぐっ。し、仕方ない。わたしの部品もよろしく頼むぞ」
「はい」
「ソフィア姫様。シルバタリアへ向かう前にラスティーネ様に今の実験をお見せした後、ヴァルター様の前でもお願いしますね」
えー、それユリアーナ先生でもよくない?
「はい」
ユリアーナ先生が忙しそうに出て行った。
「クラウ、フェリックス、では本日のお話を始めましょう。私がシルバタリアへ持っていきたいのでお願いしますね」
「いつ頃シルバタリアへ行かれるのでしょうか?」
「お母さまのご都合で10日後位です」
「10日っ!!」
二人の顔色が少し悪くなったけど、私は手動ブレンダーを図を見せながらお願いした。
二人はまたお菓子を食べずに図面を持って走って戻った。折角用意してるのに。甘いものは頭にいいんだよ。
その後、私は沢さんに、『ナシゴレン』や『マンゴープリン』、美味しいタイ風のパンケーキ『ロティ』などの作り方を教わった。
シルバタリアで同じような香辛料や食材が見つかるといいなぁ。お米と片栗粉は是非あって欲しいよ。
次回、第二章 夢の旅人
妹のアメリアと初めてのご対面。
クラッカーで美味しいものを乗せてお母さまとのお茶会は成功すのるか?
お楽しみに。