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ドゥープレックス ビータ ~異世界と日本の二重生活~  作者: ルーニック
第一部 第一章 美味しい夢
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閑話 ホメオパシー

 私はマクシミリアン・フォン・シュタインドルフ、この領地ルントシュテットのドミノスの弟だ。兄上がドミノスになった際に領地を分けて貰い余っていたシュタインドルフの家名も頂いたが領地は兄上にそのまま任せて土地持ちとは名ばかりの子飼いの地方領主で主に中央で貴族の社交を担っていた。


 兄上からルントシュテットを手伝うように私と同じように兄上の妹で、私の姉である叔父の家に嫁いだラスティーネも暇だからと中央に来ていたが、私とどちらかが来いと呼び出されたようだ。

 貴族の社交はそれなりに重要なのは兄上も理解しているであろうに一体何事なのか。


 貴族学院に通う兄の息子達、つまり甥であるエバーハルトとウルリヒが休暇から戻ると私とラスティーネに領地での食事が如何に美味かったのかを熱意を持って語った。

 なんと彼らの妹ソフィアが料理を作っているそうだ。何を言っているのだ。君らの妹はまだ5歳の幼女ではないか? しかしこれは面白そうな話だぞ。興味があるな。


 私は半信半疑のまま領地へ手伝いに戻る事にした。社交に飽きていたラスティーネと少し言い争い説得した。何故ならラスティーネは姪の料理の事など全く信じていなかったからだ。



 領地に戻ると私だけでなく叔父上ビッシェルドルフ・フォン・クラトハーンも呼び出されていた。

 当のソフィアは転んで足を大怪我したそうだが驚くほど短期間で完治したそうだ。女の子なのに傷跡が残らなければいいが、、、。

 確か以前ソフィアの事は『寝るのが大好き』な普通の幼女と聞いていた。



 そのソフィアの料理だという夕食に二人共招かれ食事をする事になった。

 ソフィアとも挨拶し夕食になった。まだ家庭教師がつくわけでもない程幼いのになんとも丁寧な言葉使いを既に習っていたのだな。


 見た事のないキラキラと光る黒いソースがかかっている。これは珍しいな。

 スープもサラダも普通とは少し異なるようだ。フォークの先にこの黒いソースをつけて少し舐めてみた。


 甘辛いソースだな。うん美味そうだ。これは何が使われているのだろう?

 ソフィアに聞いてみる。

 害鳥のカルブスしか食べないというサーヤの実が使われているらしい。人の食べるものではないという常識とは裏腹になんとも深いコクとうま味が出ているとても鳥肉に合う味だ。


 サラダはブラシカが高度な技術で細く切られリコペルシが添えられシェーパがこれでもかと言う位薄く切られている。ここにもサーヤの実を使ったソースがかかっているようだ。


 食べやすく口の中が凄くさっぱりとした。すばらしい前菜だ。


 このスープは琥珀色に輝いているが中に何も入っていない。しかしとてもいい香りだ。小さなパンが今入れたばかりなのかスープに浮かび、同じようにハーブが少し浮かべられている。

 スプーンですくっても綺麗な透明感がとても美しい。スプーンに灯りが映り込み輝いた。


 口に入れた瞬間驚いた。なんという深い味わいか!? 肉汁、野菜、あらゆるものの旨さが含まれているかの如く味わい深いのに、ここまで透明で綺麗な琥珀色であるとはなんと美しい料理なのか! 一緒に口に入れた小さなパンがカリカリとした食感を楽しませ同じく口に入ったハーブの香りが爽やかに香り味を引き締める。とても完成度が高いスープでここまでのものはこれまで食べた事などない。

 本当にこの幼女ソフィアが作ったものなのか? 一体どうやってこれの作り方を知ったのだ。


 鳥の肉を切り口に入れる。鳥の皮はいつもぶよぶよに焼かれている事が多いが、これはパリパリに香ばしく焼かれていてこのサーヤの実のソースにとても合う。


 パリパリの皮と異なり中はまるで蒸されたようにとても柔らかくサーヤの実のソースがしっとりと甘味と塩味をバランス良く引き立てて口の中に拡がる。一体どう作ったのか本当に美味い、とても好きな味だ。

 兄上があまり沢山はないから一口だけと出してくれた赤く透き通る酒を一口含む。


 うっ。こ、これはなんと肉に合う酒なのだ。このウバエのフルーティな味覚とアルコールの刺激、渋みと酸味が合わさりこの心地よい味が喉を通る度に喜びに変わる。他の酒など比べられないではないか? まさかこの酒まで5歳の姪のソフィアが作ったとでも言うのか!?


 私は酒を飲むなり兄上を睨んだが兄上はニヤニヤと私を見返す。ソフィアの側仕えが大きな桶に入れたウバエを足で踏んで絞った物だと言う。どんな冗談なのだ。

 何かの安心する煮込みとさっぱりした酒の友と一緒に私の少ない酒を楽しんだ。もしも中央でこのような酒と料理を出す店があれば貴族の多くが食べにくる人気の繁盛店になるだろう。

 兄上が私を呼んだ理由はまさかこれか? ルントシュテットでこれらの料理を流行らせようとしたいのだろうか?


 パンもほんのりと甘く柔らかいもので持って帰りたい程美味かった。


 少な過ぎる酒に未練は残るが驚愕の料理だった。ソフィアに聞きたい事が山程出来たな。


 いや、まだデザートが用意されている。見た事のないまるで大きな木を削ったような白い塊だった。クラーシクが添えられ薄いジャムがかけられている。スプーンですくうと白い塊にスプーンがスッと入り少しの抵抗で持ち上げられた。口に含む。

 つ、冷たい。いや冷たい驚きだけでなく甘くとても美味い。乳が凍っただけのものと全く違いなんともまろやかな口あたりが美味さの拡がりと共に口の中で溶けていく。


「こ、これは常軌を逸している!」

「マクシミリアン叔父様、それではわたくしがおかしいみたいじゃないですか」

「い、いやそうではない。ヴァルター兄上、こんなものを作る発想は領内どころか国内にも一人もおりませんよ」

「まあ、待て。その為に其方を呼んだのだ。二人共明日からは頼むぞ」


 やはりそういう事だったのか。

 信じがたいが本当にこれらを私の5歳の姪っ子が作ったという事らしい。


 これは夕食後に詳しく話さなければならないだろう。



 兄上と兄上に嫁いできたレオノーレ様、叔父上のビッシェルドルフ様、家庭教師のユリアーナと詳細に打ち合わせした。

 貴族学院へは8歳で入学するが通常貴族達にはその際に他国との情勢や自らやるべきことなどを考えさせ貴族の自覚を持って領地の繁栄や国を守る心を育てる。

 ある意味私は逃げたとも言えるかもしれないが兄上にその責務を任せ自分の好きな魔術や政務で補佐をする事を選んだ訳だ。


 一人の貴族が出来る事などたかが知れており、いくら貴族学院でそれなりに成績が良かった私でも流行の一つを変える事も出来ず、幾度も挑戦し幾度も失敗した。世の中はそんなに簡単には変えられないという事を嫌という程知っているつもりだ。

 観察や知識によってほんの小さな改善ならば星の数程あるし私も死ぬまでにはいくつかの事が出来るとは思う。しかしソフィアのあの食のような革新的進歩は神に啓示でも与えて貰えない限り無理なのではないか? 何かの間違えで私達の誤解があるかもしれない。



 まだ時期は早すぎると思うが私の家庭教師でもあったユリアーナがソフィアを教え始めたそうだ。


 信じられない事にソフィアは複雑な算術で研究者程の知識が既にありユリアーナにどこまで判るのかを詳しく説明したそうだ。詳しく聞いたが私が知らない事までソフィアは知っているという。


 それはあり得ないだろう。聞いた事がない事を知っているはずがない。

 いや、算術も徐々に進歩してきた事を考えれば可能性としては文字や言葉も判らぬうちに頭の中で考えを進め想像上で食べてもいない料理を作ったり、これまでの歴史で築いて来た算術を頭の中で構築したりしたとても言うのか!?

 寝るのが好きなら夢の中ででもやったとでも言うのか?

 驚く程の才女であったとしてもたった5歳でそれはあり得ないだろう。


 ユリアーナは躊躇なくソフィアは『賢者』だという。


 そうでなければ『神』ではないかとも言うが勘弁してくれ。私の姪が『神』であったとしたら『神』の血縁者であり情けない私達はいったい何者なのだ。



 更に珍しい調理器具もソフィアは鍛冶職人に頼んで作っているそうだ。ぷるぷるぷる。


 落ち着け私、これはソフィアはルントシュテットにとっての祝福である事は間違えないだろう。


 ソフィアに話してルントシュテットの為に力になって欲しいと伝え、私が兄上の補佐としての力を発揮する大きなこのチャンスを出来るだけ伸ばすように力になろう。


 貴族の一般的知識は低くとも、怪我の治り、知識、明晰さ、どれを一つ取っても神に愛された者以外には考えられない。しかしそれが間違えないとしても本当に知識はどこから得ているのだろう。


 これは私が『ソフィア』と呼ぶのはおこがましい話だ。ソフィアと明日話して間違えのない事が確認できればこれから私は『ソフィア様』と呼ぼう。


◇◇◇◇◇


 ソフィアは想像以上の多数の料理を知っていた。同じ牛肉を焼いてもソフィアの調理の方が柔らかく味も美味い。料理長と見習い料理人から聞き取り、筋切りや隠し包丁、下味などの聞き慣れない言葉の意味を見習いに確認する。料理長すら知らない手間のかかる調理技法なのだそうだ。何故だ。


 複雑な機械にも詳しいようでこれはもう呆れるしかない。時折見たことのない文字を書いているがこれは古代文字か何かだろうか? ソフィアの知識は古文書などから得ているのか?



 ソフィアの言うように料理のレシピをカテゴライズし、聞いた事がない単語ではあるが「イタリアン」「フレンチ」「チュウカ」「ワショク」などのジャンルが出来た。これらは全て「ルントシュテット料理」として拡めて行くとしよう。その下のこのジャンルで店を分ければいいだろう。これらも古代の単語なのかも知れない。


 まず必要なソフィアの言う出汁、パン酵母、粉末醤油を押さえる。干しシイタケとソフィアが呼ぶフンゴスを干したものは水で戻せば食材がバレるから細切れにしよう。ソフィアによるとより味を出しやすいと喜んでいたが出汁の元が鍋に残るのが気になるらしい。いやそれは残るだろう。本来は解けるものが作りたいそうだ。

 それも濃く出汁を取ったものを煮詰めてエキスを別の溶けて味のない吸収体に含ませ顆粒にする事で可能だそうだ。これは私の方で別途研究を進めよう。


 他は元を見ても作り方が何かは判らないだろう。フンゴス、サーヤの実、ウバエを庭師に指示して大規模栽培を開始した。

 これであの美味いワインという酒も作れると思うとウバエの大規模栽培は欠かせないだろう。


 ドミノス直営でこれらを提供しカテゴリ別の店舗を作る。

 開始出来たが好調過ぎて困る程だ。ソフィアの発明者登録によるレシピの権利は膨大に膨らみもうこのまま行けばもう一生遊んで暮らせるだろう。このお金をソフィアにことわって次の店舗を出しこれまでの所全てがうまくいっている。

 ソフィアが作って貰ったという調理器具も増え、各店舗だけではなく一般販売も開始した。

 ソフィアを煽ってからまだ数か月でここまで結果が出るとは思わなかった。


 私の好奇心を刺激し、補佐という能力をここまで引き出せる姪が生まれた事を『神』に感謝した。

 この頃までならば私にとってソフィアは本当に『神』のような存在だった。


◇◇◇◇◇


「蒸気機関で産業革命!?」


 な、なんだこれは!?


 呼び出されたラスティーネの顔がみるみると青くなっていく。いや恐らく私の顔も恐怖で青くなっていただろう。ドミノスである兄上だけ顔を真っ赤にして興奮していた。

 蒸気のヒントは湯が沸くのを見れば判る。それは理解出来る。しかしその力を利用して馬の数倍もの力を得るだって!


 もしかすると私は姪のソフィアに仕え一生を費やしても私の人生は後悔しないのかもしれない。


 整理された理論と判りやすい図。詳細な設計を幼い姪が作って説得可能で完璧な資料をまとめて来たのだ。こんなものこのまま国王に出しても膨大な資金が得られただろう。

 しかも全て自分の資金でやろうとしていたのだ。


 本当に全てが変わる『革命』になると予想出来る。よし、私はこれに人生を掛けるぞ!!



 えっ、私をこの計画から外す!?


 ソフィア、兄上、頼む、そんな事を言わないでくれ。

 私はもう一生これを進める覚悟をしているのだぞ。


『衛生?』


 領民に直結する生活を改善するだって?

 さっきの蒸気機関の衝撃から頭が切り替えられない。また別の日にソフィアと詳しく話すしかないだろう。くそー、私はソフィアに、神に見放されたのか!? ラスティーネとユリアーナが羨まし過ぎる。


◇◇◇◇◇


 領民に食事の前に手を洗う事の徹底や貴族しか利用しない風呂を提供する!?

 環境に配慮した石鹸や洗濯洗剤を安価に作って領民に広める!? 上下水道の整備!? 新生児に与えてはいけない食材と摂取しないといけない食材と量の周知、民間療法や『ホメオパシー』のいくつかを禁止する!?


 豚の毛を平たい枝の先に幾つも(まと)めて植毛して歯を磨く? 歯は鉄の楊枝で汚れを落とし、塩水で口をすすぎ、尿で拭いて歯を白くするのが貴族の普通であろう。ソフィアのような幼女の尿は汚れや匂いが少なく人気があるはずだ。いや事実にそんなに怒らなくても良いではないか。何故そんな面倒な物を作るなどと言ってるのか。

 

 民間療法をこれだけ禁止すれば反対も出るだろう。しかし、ヒ素、犬の乳、瀉血、亜鉛、水銀など様々な民間療法で使われているものをソフィアの発案で禁止し領民に徹底させた。一体緑黄色野菜が乳幼児に必須などと本当に何処で知ったのだ。


 上下水道の整備は近場から始めたがこれは時間も費用も掛かるだろう。領地のお金は潤いそちらの心配は既にない。作業の人手が足りず領内は嬉しい悲鳴に溢れている。


 ソフィアが銭湯と呼んでいる大勢で入る安価な風呂は好評で心なしか領民の顔色が良くなっている気がする。


 ルントシュテット領の新生児が一年以内に死亡する割合は23%程であったものが、始めてまだ半年になのに激減し、現在既に7%程度まで落ちている。これが一年続きもっと領民に拡がると考えれば領地はより繁栄するだろう。


 なんて事だ。人の命まで左右するのか! 本当に神の知識だ。


◇◇◇◇◇


 私達大人があの時ソフィアに求めたものは『料理を使って領地に繁栄をもたらせて欲しい』という意味だった。しかしソフィアの考えた『繁栄』は食だけに留まらず、産業、工業、生活、健康、死亡率の低下までに及ぶ想像を絶するものだった。

 本当の繁栄は国を守る軍事や僅かな貴族の流行などでなくこう言うものかと改めて驚かされた。


 私のこれまでの知識で少しでもソフィアに勝っているものは、経験による領民と貴族の知見だけだが、ソフィアの発想で出来たレストランを競わせる『フェルティリト』1つをとっても発想は私では手も足も出ないだろう。


 私はこれまでも失敗ばかりを経験しているのだ。


 しかし幼女のソフィアに『叔父様の失敗の経験はとても貴重な経験で他の知識よりも余程優れた学びですよ』と慰めとも真理とも思える事を言われ、私はソフィアを心の師として今後続ける事を決意した。


 ソフィアから期待の何倍にもなって跳ね返って来た仕事に今の私は忙しくて死にそうだ。身体が4つ位欲しい。


 私の立場上、叔父であるからには私が死なない程度にはソフィアに文句を言ってやりたいがそれも難しい。何とかラスティーネにうまく振れないかと考える事も多くなった。いや立場を考えればもう私から見たら暴走とも見えるソフィアを止める事くらいしか出来ないのかもしれない。


 頼むソフィア、少し抑えてくれ。私の身体が持たん。


次回、働きまくるマクシミリアン叔父様。お母さまの故郷へ旅行へ行けそう?

 お楽しみに。


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