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ドゥープレックス ビータ ~異世界と日本の二重生活~  作者: ルーニック
第一部 第一章 美味しい夢
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オタクとお嬢様

 私にはまったく重要な事ではないけど、この国の貴族達の飲むお酒はリンゴ系の果実酒で庶民はプラムのようなものを焼酎のようなお酒につけたものを飲むらしい。他にもお芋を使った焼酎のようなお酒もあるのだそうだ。つまりお酒の発酵は普通になってたっていう事だね。お父さま達も時々薄紫色のプラム酒を飲んでいる事もあるけど焼酎のようなものをそのまま飲んでいるのは見たことがない。


 マルテが作ってくれた赤ワインと白ワインは知らないうちに無くなっていて、今は煮沸消毒した瓶での発酵ではなくもっと大きな樽で出来ないかマクシミリアン叔父様とノーラが頑張っているそうだ。ノーラ、、、。


 叔父様には蒸留の説明をして今度図が欲しいとお願いされた。ワインを蒸留すればもっと強いお酒のブランデーが出来て、って違うよ。私がお酒を飲みたい訳じゃないよ。レーズン入りのパウンドケーキをブランデーに浸してカビない様にしばらく馴染ませればブランデーケーキが出来るからだよ。沢さんなんか冷蔵庫に一年位前のブランデーケーキがあって何かの記念日じゃないと食べないらしいからね。もちろん色々なお料理にも使える。


 私は叔父様に用意した図を見せながら蒸留器を作るのに力を入れ過ぎて蒸気機関の開発が遅れない様にお願いしたけど叔父様はちょっとだらしない凄く嬉しそうな顔をしてたから少し心配だよ。ラスティーネ叔母様、頑張って。

 叔父様のお仕事って別の事をお願いしたよね。


 全くもう、そんな余分な時間があるなら快眠グッズを作って欲しい。みんなの時間が無ければ私が頑張るしかないね。

 私にとって重要なのは本当はこっちだよ。


 多分麦(わら)がみっちりと入っている様なマットではなくてこう気持ち良く沈み込むようなマットレス、頭が適度に沈み込んで熱を貯めない低反発枕でしょ、抱き枕に足をのせるフットレストにサラサラの着心地のいいパジャマ、心地よい微睡みを誘ういい匂いのお香。ああもう快眠グッズをこっちで想像しただけで眠くなりそうだよ。

 健康の一環だからね。頑張って叔父様を巻き込むんだ。こんなに長くやらないで待ってたんだからそろそろいいよね。(私7才だけど)



 日本で成績が伸びてからかなり私に絡んでくる子がいる。私の前に学年一位で全国模試でも上位の西園寺 美麗さんだ。確か財閥のご令嬢だったと思う。


「九条さん、最近成績の順位がよろしいようね。貴方の家庭教師はどちらから派遣されていらっしゃるのかしら?」


 正直面倒くさい。順位とかそういうのが欲しければ、出来ることなら面倒だからいくらでも譲ってあげたい。そんなつまらない事なんか私興味ないんだよ。


「父の知り合いで個人的にお願いした方ですよ」

「何と言う方なのですか?」

「それは個人情報ですからお話出来ませんよ」


 情報リテラシー低っ! お嬢様はなんでも聞けば教えて貰えるのかな?


「まあ! 九条さんは成績の上がった秘密をわたくしに隠したいのかしら?」


 いや、お嬢様、人の話を聞けよ。夢の事は隠したいけど勉強は私と興味の対象が違うでしょ。


「私は成績が上がるとかあまり興味はないんですよ」

「何を言ってますの? では一体どういう事なのかしら?」

「うーん、死に物狂いで知りたい事を勉強した単なる結果だからですよ」

「わ、わたくしもお父さまの後を継ぐ為に必死にお勉強していますわ!」


 うーん、多分私とちょっと違うと思う。


「では西園寺さんは何か判らない事があったら死ぬような事に直面しているんですか?」

「し、死ぬですって!」

「だって今、必死で勉強しているって言ってましたよね」

「・・・く、九条さんは本当に死ぬっていうの?」


 そうだよ。私はそんな生半可な気持ちで勉強していない。私は以前向こうのお父さま達にお話された事を思い出して、多分かなりダークな怖い顔をしていたと思う。


「ひっ!」

「あっ、ご、ごめんなさい。わたし、、、」


「九条さん、わたくし貴方とお話がしたいわ。わたくしのお家でお茶会をしましょう」


 なんでなの。いやでも西園寺さん程のお家なら私が食べた事ないような美味しいものが食べられるかもしれないし、美麗さんのベッドも見てみたいかも。


「西園寺さんの寝室のベッドを見せてくれるならいいですよ」

「私の寝室ですって!? うーん、まあいいわ」

「どうすればいいんですか?」

「特に何もいらないわよ。家の者に用意させて連絡させてもらうわ」

「わかりました」


 この面倒なご令嬢にはあまり関わりたくないけど、私はお金持ちのおやつと睡眠環境の興味に負けた。



 私の日本で使っているベッドは兄のお下がりの普通のベッドだ。私の部屋にある。お城のは今で言う寝室という普段の生活から隔離されたような部屋ではなくて、普通に私の部屋に置かれている。天蓋はそういう生活空間という状況のほこりを避ける為につけられているものだ。


 普通の領民たちは麦藁を敷いたところに普通に寝るそうだけど私のはリネンが敷かれて背中はそんなにチクチクとはしないけど日本のベッドと比べたらやはり少し残念だ。かけるのは毛布で冬には少し寒くて二枚にすると結構重い。夏は熱がこもって夏掛けないの? と思ってしまう。


 以前ウルリヒお兄さまと出かけて麦わらがバサーってあるところに寝っ転がってお昼寝したのはとても気持ち良かったよ。

 

 でもやっぱり欲しいのは寝転がって気持ちいいいベッド、お布団、それとやさしくて寒くなく蒸れない掛け布団だね。


 まずはベッドだけど、ポイントはマットレスだ。

 問題はスプリングでこれはバネの適度な反発が重要になる。焼き戻し、焼き入れ、焼きなまし、焼きならしによって強さの違うスプリングを作る。さすが美鈴先生は専門家だよ。鉄の不純物割合を予測して恐らくこれくらいという最適解は準備してくれたけど、最も手順の少ない試験の手順も説明してくれた。


 今回は「ボンネルコイル」ではなく「ポケットコイル」で行こうかと思っている。スプリングを一つずつ布でくるんで他と絡まないようにして並べて行く方法だ。


 以前、父に少し複雑な事を聞いた時、

「夢美、そんなお金にならない事は勘弁してくれ」

 と面倒くさそうに断られた事がある。

 考えてみれば美鈴先生は私の家庭教師代以外、一切余分なお金にならないのにとても熱心に私にそんな事を指導してくれる。私は美鈴先生に「どうしてそんなに熱心にこんな事を一緒に考えてくれるんですか?」と聞いた事がある。

「ん? それは私が『おたく』だからですよ。好きなんだからそんなの関係ないですからね」

 と、私に教えてくれた。やっぱ『おたく』って凄いよ。


『オタク』万歳!


 スプリングだけでなく、剣を強化する焼き入れと焼きなましについても教えてくれた。向こうの騎士団で使っている剣は、基本的に鉄が導入されてからは鋳型で作ってそれを削り、研いで剣にする。つまり鋳造というやつだ。それをこれからは鍛造にして焼き入れと焼きなましで叩きこんで強い剣にする。

 あまり硬くしてしまうと割れ易く低温で焼き戻さなければならないし、逆に柔らかすぎるとへこんでしまう。


 美鈴先生に強度を測定する為の振り子のような実験機を提案され私はそれを詳しく写した。

 でも面倒なら剣同士を打ちつければ『どっちが強いか簡単に判る』という簡単な方法も聞いた。片方は壊れちゃうけどね。


 美鈴先生の今回の情報量はとても多くて、7歳の私がそれを記憶を元に書き出すのは結構大変だった。



 騎士団長のビッシェルドルフ様にこの技術を説明した。でも条件として私の日本刀を一本とスプリングを私が欲しいだけ先に作ってくれるという事を約束して貰ってのお話だ。


「にわかには信じられんが、ソフィア様の言う事だ。どの程度の効果があるのかは判らないがやってみよう」

「お願いしますね。大叔父様」

「うむ」


 と約束して貰った。うんうん、これでやっとマットレス制作に取り掛かれるよ。

 ラスティーネ叔母様とマクシミリアン叔父様の両方に鍛冶職人が使われちゃっているから軍事としての秘密保持も含めてビッシェルドルフ様にお任せするのが得策だよね。私がここで後で割り込んでスプリングを作ってもらうのは厳しい。



 でも一番先に出来たのは蒸留器だったよ。なんでなのよ叔父様。以前の容器を改造するだけで良かったからだそうだけど、なんかなぁ。私はマクシミリアン叔父様にスプリングの為の小さな袋を量産したいからリネンを欲しいとお願いした。リネンを用意して貰ったその晩からマルテと作ろうとしたけど、針仕事はダメだと断られまたギルド長に発注すべきだと言われた。さすがにそれは面倒だ。ううっ、私何もさせて貰えないよ。これは針子仕事の得意なメイドさんのハイデマリーとケイトにお願いすることにした。


 

 日本の夕飯はお寿司だった。お寿司はとても美味しくて大好きだ。夢の中ではお米が手に入ってないから余計にそう思うのかもしれない。

 沢さんのお寿司は更に特別に美味しくて、食べに連れてってもらうお寿司屋さんも顔負けだ。


 以前、母に兄と一緒に買い物い連れて行ってもらった際に回転寿司に行った事がある。

「好きなだけ食べていいわよ」

 と言われたけどあまり美味しくはなかった。普通に手に持って醤油皿につけようとすると、ネタは握られていなくて乗っかってるだけで、私も兄もうまく醤油がつけられなくて苦労してたのを覚えてる。


 兄は「これは握り寿司じゃなく乗せ寿司だ」と文句を言ってネタだけを醤油皿につけて一旦戻してから食べていた。私も正直そう思った。ネタが乗っているだけでネタによってシャリの量が違うような事もないし、握られていない事でかなり食べずらかったよ。


 それに比べて沢さんのお寿司は最高だ。適度に薄いネタが巻き付くようにシャリに絡み逆さにして醤油をつけてもネタが落ちたりすることはない。

 口に入れるとシャリがほぐれるように口の中に広がりネタと醤油とシャリがどれもマッチするのだ。


 私は沢さんのお寿司がとても好きだ。色々なネタが食べられるのもいいよね。


 でも夢の中ではお米はないし、冷凍されていない生魚なんて寄生虫が怖くて絶対無理。敵国に攻められる前に寄生虫で死んじゃいそうだよ。

 ここは憧れだけに留めておくのが良いのだと思う。でも向こうでも食べたいなぁ。



 いつも通り忙しく過ごしていると西園寺さんからお茶会のお誘いがあった。

 


「いらっしゃい。九条さん。わたくしあなたとお話がしたかったのよ。こちらよ。どうぞ」

「お邪魔します」


 とんでもない大邸宅だ。そもそも絨毯が敷き詰められているけどここで靴は脱がないんだね。ホテルみたいだよ。メイドさんや執事さんのような人が何人も並んで私と西園寺さんに頭を下げた。


 執事さんに案内してもらって私は温室のような所へ招かれて庭に出されたテーブルの席についた。

 うーん、これこそ私の想像上のお城のお姫様みたいだよ。必要に迫られてお勉強をして成績が上がったらこんなめったに体験出来ないような事もあるんだね。


「九条さん、今日はいらして頂いて嬉しいわ。わたくし貴方とお話がしたかったのよ」


 私は自分で作ったパウンドケーキをお土産に渡した。メイドさんに渡して直ぐに生クリームを添えて小さなフォークと共に出してくれた。臨機応変の対応凄いね。マルテならびっくりしちゃう位だよ。


「私こそ招いて頂いてありがとう。どんなお話ですか?」


 お嬢様が私に紅茶を勧めながら尋ねて来た。夢の事をお話しても信じてなんか貰えないだろうけど私がやってる事くらいは言っても構わないと思う。


「以前『成績が上がるのは興味ない』とおっしゃてましたよね。それでは貴方は一体どんな事をお勉強しているのかしら」

「えーと、今は、様々な食べ物や科学知識、特に今は化学とその技術が生まれた背景や失敗事例、またそれによって社会にどう影響があったかなどですね。他は戦争の際の技術や戦略、対処方法。一番興味があるのが戦争で負けた方はどのタイミングでどうすれば負けなかったのかなどを中心に勉強しています。でも一番私が興味あるのは睡眠ですよ」


 お嬢様の目が輝いた。難しい本を読むための国語や複雑な計算の為の算数などの基礎は当然の事と判って貰えただろうし、領地の区分や地形的なものにも興味があるから地理も苦手ではないよ。


「貴方、とても面白そうな事をしているわね。本気で成績なんてどうでもいいって思っていそうだわ。歴史や化学をそこまで掘り下げて勉強している小学生なんて考えられないわね。食べ物はどんな事を?」

「現代の便利な冷凍食品のようなものがなくても干し葡萄や生イーストなんかを作って素材から美味しい食事が作れるように研究してますね」

「この便利な現代社会では無駄な事に思えるけどとても面白そうね。今はどんなものを作ろうとしているのかしら」

「今は、お寿司が食べたいなぁって思ってるけどお米がないとしたらどうしたらいいか考えてるけど、、、」

「お米がなくてお寿司が楽しみたい?」

「うん」

「おかしなことを言うわね。日本にお寿司の文化が根付いたのは『早寿司』と言って気軽に色々なネタで食べられるようにした事だと聞いた事があるわ」

「お嬢様、物知り!」

「美麗でいいわよ」

「私も夢美でいい」


「ですからたとえお米がなくても例えば今日用意したようにクラッカーに色々なものを載せて色々な味をササッと楽しんだら少しはそんな楽しい気持ちになれるんじゃないかしら」

「美麗すごいよ! 多分お寿司を食べた時の楽しさの何分の1かはそういう事だと思うよ」

「あの商売はお客様の好きなネタで色々なお寿司を提供して大将と会話を楽しんでお腹と心が満足する時を過ごす事に価値があると思うのよね」


 なんかこのお嬢様普通じゃないね。ちょっと凄いかも。


「ありがとう。やってみるよ」

「やってみる?」

「いや、えーと、ごめん、勉強になったよ」

「そう。ではこのクラッカーを召し上がってみて頂戴。わたしのお勧めはキャビアかしら」


 おお、なんかどれも凄そうな食材だよ。

 私は薄くカッテージチーズを塗ってキャビアを載せて食べてみた。黒い小さなつぶつぶで食べた事がない食感と味で美味しかった。他にもチーズやサラミ、見た事がない食材などを色んな味のペーストと共に食べた。特にピーナッツペーストはナッツを乗せると絶妙な味だ。とても美味しかったよ。


「ごちそうさま、凄く美味しくてのせるのも楽しかったよ」

「そう、それは良かったわ」

「ところで美麗、わたし寝るのが大好きで美麗のベッドを見せてもらいたいんだけどダメかな?」

「夢美は面白いからいいわよ。こちらへいらっしゃって」


 美麗についていくと自分のお勉強部屋は隣だと言う寝室を見せてくれた。


 凄くシンプルな部屋でいい匂いがした。私の勉強部屋と同じ部屋にベッドがあるのとは違ってとても落ち着ける寝室の環境だ。埃なんかなさそうだけど天蓋もついていて、とても滑らかな生地の羽毛布団が使われている。私のよりずっと高級そうだ。さすがお嬢様。


 この匂いは眠くなるお香を使っているそうだ。私は色々とメモさせて貰った。


「また、何か考えこんだら私にも教えて頂戴。一緒に考えてあげるわ」

「美麗、ありがとう」

「でも、お勉強は負けないわよ」

「応援するよ」

「そうじゃないでしょ、、、。もう。私達はライバルでお友達なんだからね」

「うん、また何か判らなければ相談させてね」

「勿論よ」


 とっつきづらいお嬢様で面倒だと思ってたけどお友達になれたよ。ちょっとツンデレっぽいのも可愛くていいね。


 さっそくクラッカーの美味しい作り方を沢さんに習って向こうで何が乗せられるのか考えてみようっと。


 次回、日本のおじいちゃんから秘伝の技を教えて貰う夢美。夢の中でようやくお気に入りの寝具を揃えて大喜び。

 お楽しみに。


 

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