マキナ
私は小学6年生になった。中学受験があるけど模試の結果を見ても心配はいらないと思う。夢の中の私は7歳で来年には貴族学院に入学予定だ。
親友の高塚 知佳ちゃんと剣道は続けていて子供の大会で私は優勝した。おじいちゃんはあまり道場に顔を出さない私に『もっと剣道に力を入れて欲しい』と何度も言うけど、私はそこまで興味はない。こう見えても色々と忙しいんだよね。
しかし成績が凄く良かった結果を見て母は何を勘違いしたのか情操教育と称してピアノを私に習わせ始めた。他の子達よりも随分と始めるのが遅いし私はそんな暇ないよと頑張ったけどダメだったよ。母もピアノをやってて好きだったからだそうで機会を狙っていたのだそうだ。これでまた寝る時間が減るよ。
自宅までピアノの久美子先生が来て週一で教えてくれる。まあそこまで時間をとられる訳じゃないから母の気が済むならいいか。バイエル、ツェルニーと徐々に進めて行った。私の出来はそれなりという感じだよ。母は発表会のドレスはどんなのがいいかしらとおかしな事を言い出す。ちょっとそんなの出ないからね。そんな暇ないよ。
勿論、今一番力を入れているのは家庭教師の美鈴先生との過去の歴史研究で当時の失敗談や改善も含めていかにして最初から失敗なく様々なものが作れるかを議論している。
夢の中で私は叔父様のマクシミリアン様から既にかなりのお金を持っている事を知らされている。色んな事をやっていてお店にも何店舗も出資もしているらしくマルテのマンスフェルト商会と比べても結構な資産を持っているらしい。そう言えば叔父様はそんな事を言ってた気がする。叔父様はお金を増やす事に長けているようだった。
商工ギルド長のパウルが足漕ぎ式の遠心分離機を持ってきた際に、どうしてもこの鍛冶職人とお話がしたいとお父さまにようやく許可を貰ってクラウとフェリックスを紹介して貰った。遠心分離機の機構の精密さはまるで現代日本のような見事な出来だ。強度や軽くする為の工夫など本当に凄い。二人共まだ若いんだけど、これを作ったクラウとフェリックスならば産業革命が出来ると思ったからだ。いや、7歳の私に若いとか言われてもなんだかなぁだったよ。
今は美鈴先生と蒸気機関でエンジンの作り方を議論している。蒸気機関の歴史の『キュニョーの砲車』が基本だけど、その2号車の改善や古い技術での作りやすさ、将来の汎用性を含めて私達は時間を忘れて細かく検討して議論した。
美鈴先生と石炭の採掘や現代の効率的利用など様々な改良が加えられて行く。ルントシュテットの黒い地層と拾って来てもらった黒い石はもう確認している。蒸気自動車、蒸気機関車、戦争に使う戦車(砲車)、工業に使うエンジンと可能性を羅列してそのメリットをレポートにしていく。
夢の中の私は、全体構想と図面を描き、細かな部品を詳細に一つずつ確かめながら図にしていく。レポートがようやくまとまり予算と計画書を作成して石炭のサンプルを準備してお父さまに面会をお願いした。
午後の会議室にはお父さまとお母さま、騎士団長のビッシェルドルフ様、ユリアーナ先生、マクシミリアン叔父様と叔母様だという初めて会うラスティーネ様が待っていた。
私は叔母様に挨拶していくつかの美味しいご飯のお話をしてから着席して本題を話しだした。
私は腕の良い鍛冶職人がいる事を先に話し、開発したい蒸気機関について説明を始めた。
簡単に熱によって発生した蒸気の力を利用する仕組みから説明していく。そこから細かくエンジンにする為の方法や仕組みを説明した。
その後、まずは小さな蒸気自動車を作成し、様々な工業のエンジンとして利用して、さらに応用すれば他国との戦争にも利用が出来る事を説明する。
ラスティーネ様が驚いた顔で私に尋ねる。
「ソ、ソフィア様は来年から貴族学院ですよね。こんな事をここまで細かく計画出来るなんて、、、」
ラスティーネ叔母様はこめかみを押さえている。
はい、そうですが、、、。ラスティーネ叔母様は私の状況が判ってないんだ。他の小学生と違ってやらなきゃ私達死んじゃうんだよ。平和ボケなんかしてる場合じゃなくてこっちは必死で生き残る為にやってるのに全然判ってないよ。
あっ、そう言えばこっちじゃ私7歳だったよ。
「ラスティーネ叔母様、わたくしまだ戦争で死にたくありませんし、本来なら他国とお話合いで解決出来ないのかと今でも考えています。それはこれまでのお話から難しいと判りました。でも同じ人ですから完全な優位性を持って降伏して頂いてそれ以降に他国と一緒に発展する方が懸命であると考えました」
お父さまが溜息をついて呟く。『他国と一緒に発展か、、、』
「ソフィア、この話が巨大な事は理解した。其方のこの『機関』で時代そのものが変わるだろう。しかし、、、皆はどう思う?」
騎士団長のビッシェルドルフ様がさっきから話したそうにしていて、いち早く意見を述べた。
「ソフィア様の資金などでなく領の予算の全てをつぎ込んでも全力でやるべきです。ソフィア様、他にも考えていらっしゃる事があるのではありませんか?」
私はドキッとした。美鈴先生はダイナマイトや銃や大砲の開発に乗り気で既に様々な資料を集めてくれている。でも私は直接人を殺せる武器の開発には躊躇しているというのが現状だ。
状況が許すなら工業を先に発展させたいし順番としても旋盤や他の工業機械を先に開発すべきだよね。
「ビッシェルドルフ様、皆さまからわたくしに課せられた現在の使命は領内のお金を動かし『繁栄』させる事が優先だったはずです。人を害する兵器などのお話は今はしたくありません」
「やはり、兵器にもお考えがあるのですね」
しまった。戦争の兵器の話をしてた訳じゃなかった。大叔父様ずるいよ。7歳の私、はめられたよ。
「では、そちらは一番でなくとも構いません。時間がかかる事もあるでしょうからお考えの一端でも教えて頂き、準備だけはわたしにさせてください。命運がそれで決まるかもしれないのです」
「わ、判りました。準備だけですよ」
その通りかもしれない。命の危険が迫ってからやっても間に合わないかもしれないからね。それにしても大叔父様の話し方が異様に丁寧だよ。
ユリアーナ先生が発言した。
「ソフィア姫様、わたくしとしましては他領や中央の事もございますからいきなりの大きな変化は抑えるべきかと思います。小さく秘密裏にマキナを開発して姫様のおっしゃる蒸気自動車を作り始めるのがよろしいのではないでしょうか?」
「中央ですか?」
ラスティーネ叔母様が詳しく状況を教えてくれる。
「そうです。ソフィア姫様、中央や他領からは農作物が豊作であることも妬まれている始末で、このままルントシュテットのみが栄えればその差は取り返しのつかないものとなりかねません」
えー、お父さま達が私に頑張れって言ってたのに、、、。しおしお。
「ソフィア、貴方はどうしたいのですか?」
「はい。わたくしは蒸気機関を直ぐにでも作りたいと思います。過去の歴史には剣や家がなかった時代もあったでしょ? 様々なものの発展は私でなくともそのうち訪れるでしょうし今が産業革命であっても良いと思うのです」
「産業の革命か、、、。ソフィア、其方以外にこんな事が考えられるとは思えんがな。全て其方に任せよう。中央や他領、他国のそれに上手く相対するのは大人の仕事だ。今の其方が心配する事ではない。以前約束したように其方は存分にやってよろしい」
「お父さま、ありがとうございます!」
「マクシミリアン! ラスティーネ! ユリアーナと共に鍛冶職人も入れ秘密を守らせる魔術を使った契約書を作れ。応用先をソフィアに確認し計画をルントシュテットに沿うように修正して直ちに取り掛かる事を命ずる!」
「「はっ」」
「お父さま、少しお待ちください」
「ソフィア、私の決めた事に口を挟むものではないぞ」
「いえ、でも、食を展開して頂いていますマクシミリアン叔父様には、このお話とは別に衛生面を進めて頂きたいと考えているのです。領民が綺麗に過ごして上下水道を完備すれば今よりも亡くなる方も減り皆健康に過ごす事が出来ます」
「な、ソ、ソフィア、まだ他にもこのような大きな構想があるのか?」
「はい!」
「わ、わかった。マクシミリアン。其方はこの任から外す。ソフィアのその話は直ぐに別の機会を設けよう」
「は、はい、、、。かしこまりました兄上」
「お父さま、ありがとうございます」
「ソフィア姫様、軍事の方もお願いしますよ」
「は、はい」
軍事かぁ。まあエネルギーは必要だし、効率を考えれば石炭も必要なんだから、火薬も一緒に開発する利点は多いよね。人を殺す事が本来の目的じゃなくて、採掘が進めばダイナマイトも重要だったはず。
私は日本で美鈴先生と火薬の開発についてまとめたものを、ビッシェルドルフ様と騎士団副団長のヤスミーン・フォン・クラトハーン様に詳しくお話した。美鈴先生と私は理論や簡単な方法だけでなく、運用や保管など実際に出来る方法を検討していたのでそれを含めて説明した。
化学工場の秘密を守る契約だけでなく、とても危険である事、事故を起こさないためにフェイルセーフの仕組みを導入する事などを約束して貰ってお任せする事にした。ニトロ怖いからね。
今は火薬やニトロを利用したダイナマイトだけしか教えていないけど、必要になった時点で砲弾について考える事にした。
疲れたよ。とても7歳の女の子がやる仕事じゃなかった。小学6年生だと考えても荷が重いよね。
殆どおたくの美鈴先生の力だけどね。
マルテが私の好きな洋ナシのタルトをおやつに出してくれた。私のお菓子のメニューの中でもマンスフェルト商会で一番人気の商品で、最近はなかなか手に入らないそうだ。
美味しい♪ 少し元気に復活した。
「お兄さま、わたくし、ソフィアの話を聞いてとても怖くなりました」
「我が娘の事ながら其方の気持ちは良く理解出来る。あのような小さなもので6頭立ての馬車馬よりも強いなどと誰が考えるのか!」
「ヴァルター様!」
「すまぬレオノーレ。しかしソフィアの構想が進めば何もかもが進むだろう。ソフィアの言った通り革命と言うべきものである事は間違えない」
「ヴァルター、軍事もとんでもない兵器を考えておったぞ。あれはグレースフェールに勝利をもたらす軍神に違いない」
「叔父上、わたしとレオノーレの娘です」
「・・・そうだな」
「それにソフィア様はあの他国の者達の事まで同じ人と言い他国と一緒に発展とまでおっしゃっていました。あのような慈悲は、、、」
「それはわたしも気になったが、ソフィアなりのやさしい心だけでなくまるで我々と異なる平和の価値観のようなものを持っているようだったな」
「貴族学院へ行くまで普通はそんな事を考える事もしないでしょう。そして国同士はそんなに平和ではありません」
「そうだな、しかしその前に既に他領の密偵が入り込みざわついているようだな」
「既に32名程捉え8名処刑致しましたがまだかなりの数が入り込んでおります」
「判った。処刑の事は内密にしソフィアの耳には入れないでくれ」
「心得ております。兄上」
「ところでラスティーネ。貴族学院でのウルリヒの様子はどうであった」
「はい、ウルリヒ様は燃えるような気力を持って剣に打ち込まれていました。そう遠からずこのルントシュテット一の騎士となるでしょう」
「いや、それは難しかろうな。報告はまだだったが、昨日のソフィア姫様には護衛騎士のミスリアが手も足も出なかったぞ」
「噓でしょ! 7歳の女の子ですよ」
「いや本当だ。一番強いカイゼルと手合わせさせてみたがソフィア姫様が圧勝した。カイゼルの強さは逆に姫様に近づく事を自然と身体が拒んだくらいであった。またその慈悲深さはクイスフェルメンタムで作ったしっかりとした両手剣で怪我を出来るだけさせたくないとまで言っておった。しかし強さはまさにまるで他の者が止まっているかの如く切り捨てていたのだ」
「なんて事、、、」
「そ、そんな事があるのか?」
「ヴァルター様!」
「なんだユリアーナ。何か知ってるのか?」
「はい。以前中央で読んだ伝説のお話の中に賢者の英雄のお話があります。その賢者は自らの身体強化を2重にかけ他の騎士の倍の速さで動いたと言うお話でした」
「うむ、まさにそんな感じであったぞ」
「身体強化を2重で倍の速さだと? いや、そんな事はあり得ない。それは単なる伝説であろう。いや、しかしその賢者の話は戦って何か問題はなかったのか? 時に昔話にはいやな教訓が含まれている事もあるだろう」
「わ、わたしもこのままでは怖いです」
「レオノーレ、ソフィアは私達の娘だ。聞いておくだけだから心配するな」
「はい」
「その賢者はその力を使って長時間戦い続けましたがその後疲れて数日間眠ったというお話でした」
「眠っただけか。ならば力を使えば余計に疲れるというくらいか」
「だと思います」
「しかし、そんな事になっていようとは、、、。ウルリヒが戻ってもソフィアとは手合わせをさせないで欲しい」
「わかっておる。しばらくはカイゼルに当たらせるがソフィア姫様にはやはり内政にお力を注いで頂いた方がよいだろう。軍備も捗ろうというものだ」
ソミア、、、お前は一体何者なんだ。何故こんなことが考えられる。この強さはなんだ。
わたしは少し怖くなってきたぞ。
いやたとえ神であったとしてもソフィアはわたしの娘だ。必ず私が守ってみせる。
私はお小遣いで蒸気機関の模型を美鈴先生と割り勘でネットのママゾンで購入して過去の技術で作りやすいように設計し直した。夢の中の私は完成図と部品毎に分解したものを再現してクラウとフェリックスを呼び出した。
魔術契約により内容の極秘性から二人は怯えていたけど、ラスティーネ叔母様やユリアーナ先生ではなく幼い私が説明しだしたのを見て、安心したように二人は身を乗り出して来た。
お湯を沸かす際の蒸気はとても力がある。氷から蒸気までの水の三相図を使って蒸気圧曲線を説明して作りたい図を見せた。あれ? 二人のさっきの勢いはどうしたの? そんなに引かなくてもいいよね。
最初は小型の模型で、シェードを外したランプの火でギアを廻すものだ。ここまで出来ればギアで泡立て器を作っているから力を様々に応用できる事が理解できると思う。クラウもフェリックスも衝撃を受けたように図面を見つめて「お借りします」と図面を抱えると直ぐに作りたいからとせっかく用意したお菓子も食べずに走るように帰って行った。
頼みますね。ルントシュテットの未来は二人にかかっていると言ってもいいんだからね。
その後、ラスティーネ叔母様やユリアーナ先生に人が乗れる大きさの自動車のモデルを説明して、片方のペダルを踏み込むと可変で回転する力が伝わり、それを離してもう片方を踏むとブレーキがかかる仕組みと、ハンドルによって方向を変える仕組みを説明した。本来なら加工機械が出来てからの方が楽だけどこれは鶏と卵だからね。
ユリアーナ先生は会議室で大騒ぎしてこれは私に作らせて欲しいとまだ模型の蒸気機関しか作る予定はないのにこの本物のサイズで作り始めるようだ。
私はユリアーナ先生に「数多くの工程があるので出来るだけ部品を減らして工程を分けて考えて欲しい」とお願いした。
量産する際に流れ作業に分割したいからね。
ここまで同席して頂いたラスティーネ叔母様には費用管理や工程管理をお願いした。叔母様は呆れたような表情をしつつも「わかったわ」と了承してくれた。
次回、日本で成績が良くなりそれまで成績が良かったお嬢様に絡まれる夢美。
お楽しみに。