2 邪悪の化身
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
「ヴォルデュー様、、、」
リオンは呪文のリズムに導かれるように、森の中の湖へと進んだ。
湖面からは邪気が立ち上り、辺り一帯が紫の霧に覆われている。
「さあ、湖に体を浸すが良い。腐気となって生き続ける動物たちの思念を、お前の体に取り込むのだ」
この星を支配する邪神ヴォルデューの声が響いた。
湖水には、これまでリオンが闇に葬ってきた動物たちの思念が、時を経て腐気となって溶け込んでいる。
怒りや憎しみや恐れや哀しみなどの念が、消えることなく、腐気として、湖の中に生き続けているのだ。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
リオンは、ヴォルデューの奏でる呪文のリズムに合わせて体にそのリズムを刻みながら、湖の水に体を浸していった。
一歩、また一歩と深みに向かって足を踏み出す度に、リオンの体は腐気の渦に、深く、深く、浸かっていく。
「おおっ、動物たちの断末魔の叫びが、腐気となってワシの体に染み込んでいく、、、」
湖の揺らぎに身を任せながら、リオンは次第に、憎しみとも恐れとも、哀しみとも怒りともつかぬ思念に、全てを支配されていくのを感じた。
「おおっ、お前は、、、マリオン」
リオンの目の前に、幼少の頃よりずっとそばにいた名馬マリオンが姿を現した。
砲弾に首を飛ばされて焼かれながら、ヒヒィーンッと叫ぶ、その断末魔の叫びが腐気となって、リオンの体に浸みた。
「ぐううぅぅっ、、、」
マリオンの受けた衝撃が、そのままリオンの体内に取り込まれた。
リオンの目の前には、かつてリオンが操り、闇に葬った動物たちの姿が、次々に現れては消えた。
そしてその度にリオンは、彼らの痛みや苦しみなどの衝撃を腐気として体に取り込んでいったのだ。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
邪神ヴォルデューの刻むリズムに包まれ、リオンの顔は、青白い炎のように水の中でゆらめいた。
そしてついに、リオンの体が腐気でいっぱいに満たされた時、リオンは、痛みと熱さの中で、恍惚の表情を浮かべたのだった。
「さあ、リオン。邪の森の胎内へ。新たなる邪の王として、生まれ出づるのだ」
リオンは湖から出て、すぐそばに群生する木々の中央に立った。
木々は、湖から滲み出る腐気の溶け込んだ水を源としており、真っ黒な木肌で、歪な形をしていた。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
リオンが両手を上に上げて、天を仰ぐと、木々からは無数の枝が伸びて、リオンの体に巻き付いた。
「ブレス」
ヴォルデューの声が響いた。
すると一斉に木々は、リオンに巻き付いた枝先から、リオンの体内の腐気を吸い取った。
「うおおおぉぉぉぉーーーっ」
リオンの叫び声が森にこだました。
すると今度は一斉に、木々は、吸い込んだ腐気を邪気に変えて、リオンの体内に吹き戻したのだった。
「うおおおぉぉぉぉーーーっ」
再度森にリオンの声がこだますると、巻き付いた枝は解かれて、今度はリオンの頭上に紫色の雲が現れた。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
青白い炎のようなリオンの頭部から、紫の髪の毛が上へ上へと伸びていった。
毛先はまだわずかにオレンジ色をしている。
「陽の色は、われらにとって忌むべき色、、、」
ヴォルデューの声が響いて、リオンの髪の毛は雲と繋がった。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
オレンジ色は少しずつ紫に変化し、やがてすっかり紫色を取り戻すと、今度は根元から先まで、さらに一層深く妖し気な紫の光を帯びていったのだった。
「ヴォルデュー様、、、」
リオンは、髪の毛から伝わる邪気に全身が包まれていくのを感じた。
「うおおおおおおおーーーっ」
全身にみなぎる邪気に、リオンは両手の拳を振り上げ、天を仰いで叫んだ。
そして、、、。
「さあ、リオン、仕上げだ」
「ブレス」
ヴォルデューの声が響き、リオンは全身から、森に漂う妖気と邪気を体内に取り込んだ。
そして次にリオンは、頭内にこびりついたステラの風の残像を霧のように噴出した。
スロームスロームメルディスメルディス、スロームスロームメルディスメルディス、、、。
呪文のリズムに合わせて、リオンは紫の髪の毛を揺らし、天に轟くような声で笑った。
「フッフッフッフ、ハッハッハッハ、ハーハッハッハッハ、、、」
青白い炎のようにゆらめいていたリオンの顔は元に戻り、邪気に満ち溢れている。
邪神ヴォルデューの息を吹き込まれた邪悪の化身として、リオンは完全に蘇ったのだった。
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