赫い力
それは確かにクレールの顔だ。自由を奪われた不覚と、締め上げられる苦痛に歪んでいる。
だがその顔が、ふっと笑った。
クレール自身の顔の上には浮かぶはずもない、優しげな、しかし冷たい微笑だった。
鏡の中の青黒い唇が、ゆっくりと動く。
「そう、やっぱり、そういうことだったようね。うふふ、思った通りだわ……」
鏡の向こうの虚像が、独り得心している。
「つまりは、あなたはアタシだということ」
ねっとりとからみつく声で、嬉しげに言った。
その言葉が何を意味しているのか、クレールには理解できなかった。その理解不能の言葉が、背筋に悪寒を走らせた。
虚像の眼が、赤く揺れる。
「アタシは、二人もいらないわよねぇ」
黒い鏡の中から、何か向かってくる。
腕の形をしているようだが、あまりに勢いが早く、正確な形を掴むことはできない。
しかし形状のことなど、クレールには考える余裕もつもりもなかった。爪の伸びた先端が、心の臓に向かって突き出ようとしている。
その時――。
赫い光が彼女の体の周囲で弧を描いた。
その一閃で、悲鳴が二つ上がった。
一つは、クレールの体の下で。
イーヴァンが、屠られようとしている獣のそれに似た声を出して、苦しんでいる。
もう一つは、離れた場所で。
誰かが、地の底から響く死霊のそれを思わせる声を出して――狂喜している。
エル=クレール・ノアールは右手に赤く輝く細身の剣を持っていた。
クレールとブライトは「鬼狩人」と呼ばれる者である。
人の道を踏み外し、鬼へと堕落した化物を狩り取るのが彼らの使命だ。
彼らを狩人たらしめ、鬼たらしめる物が【アーム】と呼ばれる、物質でない武器だ。
狩人はそれを赤く輝く武器として手に掴み、鬼はそれを赤黒く濁った臓器として体内に収めている。
【アーム】を人の命そのものだと言う者もいる。大抵のそれが、「この世に未練を残して逝かねばならなかった者」が、亡骸の替わりに残していったモノだからだ。
つまりこの赤い物は、かつて人間だったのだ。
それが事実か否か、だれにも判らない。
確かめようがないのだ。
所持者と成った人間が、手中の【アーム】に問いかけても、彼らは応じてくれないのだから。
片膝を床に落とし、呼吸を整えつつ、クレールは体にまとわりついていた、切断された二本の「腕」を引っ掴み、投げ捨てた。
床に落ちた「腕」は、初め切断面から腐汁を垂れ流していたが、やがてそれ自身が、黄色みを帯びた濁った茶色の、粘りけのある、強烈な臭気を発する液体に変じた。