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痛み

 イーヴァンは下を向いた。

 筋肉の膨張した太腿から、質素な造りの刀の柄が突き出ている。

 見覚えがある。


「チビ助の、刀!?」


 イーヴァンは叫んでいた。


「刺さっているのか? 木刀だぞ!? 木切れが、私の……俺の身体に……俺の筋肉にっ!?」


 当惑する彼の視界に、自分の身体の横を通過する白金色の「光の束」が見えた。

 イーヴァンは首を回し、その影を追った。

 青い上着の裾がちらりと見える。クレールの服だ。

 信じがたかった。

 おそらく自分よりも年下で、間違いなく自分よりも腕力のない小僧が、彼の予測を遙かに超えた力量と動きを見せたことを、イーヴァンの脳が理解してくれない。


 言いようのない屈辱を己に感じさせているのは、本当にあのチビ助なのか? 信じられるものか、この目で見るまでは――。


 身体ごと振り向こうとする動きは、しかしすでに封じられていた。

 背中に何かが押し当てられている。硬く尖った切っ先が、衣服の上から背の皮膚にちくりと刺さる。

 肋骨(あばらぼね)の少しばかり下だ。切っ先の向けられたその先には、肝臓がある。

 刺し貫かれれば、ただでは済まない。


 動けない。


 イーヴァンは息を呑んだ。

 肩越しに背後を(うかが)い見ると、丸く小さな肩と、そこから繋がるほそやかな腕が見える。

 そして長い髪が、水にさらした亜麻(ヘンプ)の色の白い髪が、光をはじいて揺れていた。


「君、痛みを感じるのですね?」


 クレールが問うた。


「自分でやっておいて、何を言うか」


 イーヴァンは忌々(いまいま)しげに言い捨てた。

 それ以上のことはできない。少しでも身動きしようとすると、背にあてがわれた「何か」が皮膚に与える鋭角な刺激が強くなる。

 背後の敵は、あがらう権利も、腿に突き刺さった木刀の柄を抜く自由も、彼から奪っている。


「腿のそれは、急所を外しました。腱や太い血管には傷が付いていないはずです。

 安心なさい。私は人間には死ぬような傷を負わせることが元よりできないのですから」


 不可解な言葉だった。

 だがイーヴァンにはその不可解さが何であるのかを考える余裕はなかった。

 言葉そのものよりも、言い振りの方が(しゃく)に障ったからだ。

 目上の者が物を知らない子供に語るような、上から抑え込む(りん)(ぜん)さがある。


 なんたる辱めか。


 イーヴァンの(はらわた)は煮えくりかえっていた。

 その言葉をささやくチビ助の声が、妙に甘い色音だと言うことが、そしてその言葉で僅かに安堵を得た自分が、腹立たしい。


「……もう一度聞きます。私に刺された脚が痛むのですね?」


 クレールは念を押した。

 イーヴァンの返答はない。

 だが、大柄な体つきにしては妙に細い顎がぎりぎりと軋み、脂汗が珠と吹き出しているその状態こそが、肯定の回答であることを、背にぴたりと密着して立っている彼女は理解できた。

 続けて問う。


「君は、赤い石を持っていますか? 血のように赤い、拳ほどの丸い珠……あるいは小さく砕かれた(かけ)()かも知れぬけれど」

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