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最高位演者《エトワール》

 クレールは微笑んだ。緊張しきりの相手の心をほぐすには、笑みを見せるのが一番良いことを彼女は経験から学んだ。

 ブライト・ソードマンがそうやって初対面の人物を懐柔(かいじゅう)しては、己の知りたかった情報からそれ以上の話……時には全く余分な愚痴(ぐち)の類まで……を引き出しているのを、(かたわ)らで見てきた。

 もっとも、ブライトからすると、その行為行動は全くの「作業」に過ぎない。

 気の良い田舎者の顔、誠実な騎士の顔、零落した貴族の顔、博学な在野の学者の顔、小ずるい破落戸(ごろつき)の顔――時に応じ、相手に応じて、いかにもそれらしい、人当たりの良い笑顔を面に浮かべる。良くできた作り物の笑顔は、腹の奥にある思惑を覆い隠す仮面だった。


 クレールはその点ですこぶる不器用だった。無理に心にもない笑顔を作ろうとすると、大体の場合にこわばった表情となり、誰が見ても作り笑いとわかるものになってしまう。


 ……と、彼女は思いこんでいる。


 実際、彼女の作り笑いは硬く、時に冷たい印象を与えるものだった。しかしその彫刻のごとき微笑が、彼女が思う以上に相手の心を揺り動かす力を発揮することがある。


 例えば今、クレールが口角をごく僅かに持ち上げた途端に、シルヴィーは分厚いドーランの白がバラ色に変ずるほど頬を赤らめた、と言った具合に。


 シルヴィーの胸の早鐘が鳴った。熱い血潮が登頂へ上り詰め、身体ががぐらりと揺れた。卒倒しかけた彼女だったが、再び失神する失態を見せるのを恥じる一念が、危ういところで遠のく意識を引き留めさせた。


「君、大丈夫ですか? やはりあれほどの演技の後は、疲れも酷いようだ」


 手をさしのべつつ、クレールはまったく見当違いのことを言う。

 この世のものとは信じがたい「不可解な美しいモノ」に見つめられ、微笑を向けられた娘の心持ちを、彼女は気付いていないのだ。

 隣でブライトが彼女の「鈍さ」に失笑しているが、当の本人には彼の苦笑いの理由がさっぱり解らない。


「ああ若様……お心遣い、ありがとうございます」


 差し出された手をおずおずと握ったシルヴィーは、その指先がひんやりと冷たいことに驚き、弾けるように手を放した。

 眼がうっとりとして(うる)んでいる。


「思った通り。まるで泉の乙女のよう」


 呟いた彼女は、慌てて口を手で覆った。黒目がちな瞳がを泳がせて、あたりを見回した。

 閑散とした楽屋を一巡りした不安の色濃い眼差しが、最後にブライトへたどり着いた。

 鋭い眼光が跳ね返ってきた。

 シルヴィーの頬から血の気が引いた。彼女の白い顔に幾ばくかの恐怖心を見たクレールが、


「彼は、見た目にすこしばかり(いか)ついが、意味も理由もなく暴力を振るったりするような男ではないから、(おそ)れることはない」


 シルヴィーの顔に一瞬浮かんだ安堵は、すぐさまかき消えた。


「意味があれば子供でも容赦(ようしゃ)なくぶん殴るし、理由が有れば女だって遠慮なく叩っ斬るがね」


 ブライトは一層強い眼力で彼女の顔を睨め付け、声にすごみを利かせた。


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