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誇り高きは徳にあらず

 マイヨールは「クレール若様」の顔を見た。生来(せいらい)心根こころねが真っ直ぐな「青年」は、どうやら自分を信じてくれたらしい。澄んだ瞳で見つめ返してくれている。

 うれしさに頬がゆるんだ。だが、別の方向から向けられている眼差しが全身に突き刺さるのを感じて、視線をずらした。


 マイヨールの目玉は、その(とが)った気配の発信源に向けられた。

 ともすれば野蛮にさえ見える田舎侍の皮の下に、思いもよらない(えい)()を隠した大男が、眉間に深いしわを刻み、射抜くような眼差しで彼を(にら)んでいた。

 その目の色ときたら、まるきり「好いた娘に話しかける色男に嫉妬(しっと)している小僧」そのものだ。


『若様に劣情を抱いているのはそっちじゃないか』


 腹の底で思った。思いはしたが、口にも顔にも出すことはできない。

 万が一にも「旦那」に悟られたなら、たとえ命が七つあったとしても、この世に残れる道理がない。

 小屋の外でざわめきが起きのは、彼にとって好機だった。


「ああ、勅使の皆様がお着きになったらしい」


 マイヨールは聞き手の人差し指を立て、唇にあてがう。


「どうか今しばらくお静かに。すぐに都の方々を芝居の中に引き込みますから、その間に裏よりお出になって下さいまし」


 浅く頭を下げたまま、


「後のことは、シルヴィー、お前に任せるよ」


 言い残し、後ずさりで楽屋から出て行った。


「すぐに芝居に引き込んでみせるたぁ、全く大した天狗(ナルシス)だぜ」


 遠ざかる左巻きのつむじを眺めやるブライトのつぶやきは、(あざけ)りのようにも、感嘆のようにも聞こえた。


「確かにプライドの高い男ですが、だからといって、うぬぼれが過ぎているとは言い切れないのではありませんか?」


 自身が「すぐに芝居に引き込まれた」クレールは、舞台人としてのマイヨールに好意的だった。

 ブライトは小さく舌打ちした。彼女が「チビ助」の肩を持つのが気にくわない。意見してやろうとしたとき、視野の中に舞台化粧の踊り子が入ってきた。


「姫若、傲慢(プライド)ってのは『七つの罪源』の一つですぜ。度を超した自慢家は、俺から言わせりゃぁ(とが)(にん)そのものでさぁ」


 どうやらブライトは、この一座に関わっている間は、あくまで下男の振りを通す心づもりらしい。苦みばしった顔つきが、クレールの目に妙に可笑(おか)しく、少しばかり可愛らしく映った。


「その言葉、有難く(うけたまわ)り、我が肝胆に(めい)じた上で、そのままあなたにお贈りいたします」


「受け取り拒絶させてもらいますよ。俺サマと来たら、姫若にゃ忠実そのものなンだ。あの小天狗(ナルシスト)と一緒にされちゃぁ困る」


 自称・忠義者は、しゃくった(あご)で楽屋口を指し、わざとらしく下唇を突き出す。


『あなたが忠実なのは己の欲に対してでしょう』


 言ってやりたかったが、止めた。クレールの目にも、シルヴィーの姿が映ったからだ。

 薄衣を重ねた姫役の衣裳を着た彼女は、舞台の上に居たときよりずっと小柄に見えた。


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