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ぶつ切りにされた単語の群れ

 クレール・ノアールは舞台を見ていなかった。

 青白い顔はおのれの膝の上に向いている。

 背を丸め、顔を近づけ、古びた書物の残骸(ざんがい)凝視(ぎょうし)する。

 唇が小さく動いた。指先でかすかなインクの痕跡をなぞり、文字を読んでいる。


「大剣……相反する……逆賊……兵を率いるにおいて……烈火の如く逆上……細やかな配慮……冷徹な処置……甚だしく……波のある……二面は一つ……」


 彼女の口から漏れる音は、到底文章とはいえなかった。書かれている文字がその体裁をなしていないのだから、当然だ。

 幾ページにも渡り点在する断片的な書き込みは、クレールがどう読んでみても前後が繋がることがなく、意味なす文章にはならない。

 心を残したまま、彼女が諦め、顔を上げた時、舞台の上では甘く美しい恋人達のダンスが接吻(キス)のポーズで制止していた。


 四幕目は、高らかに響く婚礼祝いの鐘の音の中閉じた。

 緞帳の裏側で舞台替えの物音がせわしなく響く。

 二人きりの観客の内の一人が、残りの一人の耳元に顔を寄せ、


「裏っ側さえ気にしなければ、なかなか『笑える』出し物だと思うが、姫若さまのご意見は如何に?」


 捻くれた讃辞の言葉を枕に問う。

 抑えた声のが導き出したのは、一層小さな声での返答だった。


「私がこの演目を……この芝居を裏側を気にせずに観ることができるとお思いですか?」


 クレールが白い頬を剥くれさせるのを見、


「そりゃぁごもっともで」


 ブライトはおくびをかみ殺すのと同じ顔をして、失笑を押さえ込んだ。

 彼ら以外の人物が一人として居ないこの場所で、(ない)(しょ)(ばなし)めいた口ぶりで会話する必要などまるでない。しかし彼らはそうせざるを得ない心持ちでいた。


「天井知らずの剛胆か、底抜けの阿呆か。どちらにしろ、褒められたもンじゃあねぇな」


 ブライトは小さく伸びをすると、座り直し組み直した脚の上に頬杖を突いた。


「それは誰の事ですか?」


 クレールは背筋を伸ばし、閉じられた羊皮紙の束の上に両の拳を並べて置いていた。


「どこにチビ助以外の『そういうの』がいるかね?」


 間髪を入れず、彼女は答えた。


「ヨルムンガント・フレキ……は?」


 間髪を入れず、彼は吐き捨てた。


「論外だ」


 顔を背け、ブライトは(どん)(ちょう)(まく)を睨み付けた。


 この舞台は総じて幕間が短かった。

 地面を掘り下げまでして設置した大がかりな装置の威力だ。表で踊り子達が演技している最中に裏側で次の背景を準備し、すぐさま送り出すことができる。場面転換はすこぶる付きに素早い。

 裏方達は下品で口が悪いが仕事は早くて正確だった。騒がしい踊り子達も演技が巧みな上に持久力が高い。

 彼らは休憩をする必要がないらしい。すぐに次の仕事を始め、こなす。


 それがこの演目に限ったことなのか、あるいはこれが通し稽古(ゲネプロ)だからなのか、そもそもこの劇団の特徴なのか。今日初めてこの劇団のこの演目を見た二人には、比較対象がないので判定ができない。

 間違いなく言えることは、今日の舞台においては、めまぐるしいほどにテンポ良く事が進み、幕が閉じてはすぐに再開することを繰り返しているということだ。


「小便に行く暇もありゃしねぇよ」


 ブライトは戯けて言うと、厳つい掌でクレールの頭を覆うように掴み、彼女の顔を舞台の方向へ向けさせた。

 が。

 幕は上がらなかった。

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