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回り舞台

 舞台の上から減った人数は、失われた命の数だ。義勇兵は多く殺し、多く殺された。

 彼は服喪を意味する黒い薄布を頭から被り顔を覆った。(なげ)きを黙劇(マイム)で表現しながら、ゆっくりと歩く。


 人気のない観客席には、悲しげな音楽とその中に埋没している木が軋むかすかな音が聞こえた。

 回り舞台が、勝利に沸く義勇兵の一団を観客の視界の外側に押し出す。

 たった独りで北の果ての小城へ向かっているノアール・ハーンだけが舞台上に残された。

 血なまぐさい戦場を表現していた背景幕は、静まりかえった暗い城内を描いたそれに変わり、大きく波打って揺れている。

 柱を表現しているのであろう細い布が、幾枚も下がっている。黒い布をなびかせながら、初代皇帝は柱の間を縫い進んだ。


「ふふん」


 突如、鼻笑いを聞いたクレールは、笑い声の主の方に目を移した。

 視線に気付いたブライトは、小声で一言、


「早変わり」


 顎で舞台の上を指す。

 クレールは眼を見開き、慌てて再度舞台に目を移した。

 未熟を嘆き焦燥する若い男が、ぶつけどころのない怒りと悲しみを、力強い舞踏で表現している。


「あ……」


 クレールは気付いた。


「違う。あれはシルヴィーではない」


 背格好は似ている。だが躍動する手足の筋肉は、どう見ても、


「男性です。あれは本物の男の方です」


「……さて、ここ問題です。アレは一体誰でしょう?」


 ブライトの口ぶりは大分悪童じみていた。


「マイヤー・マイヨール、ですね」


「ご名答」


「では、シルヴィーはどこへ?」


「さて、本来の姿にでも戻っているンじゃないかね」


「本来……?」


 音楽が変わった。若い男の憤りと同じメロディは、オクターブが上がり、調が変わることによって、別の人間の嘆きを表現し始める。

 舞台上に薄いカーテンが引かれた。

 逆光の照明が、カーテンに人の影を映す。


 クレールは概視感に襲われた。


 前の幕に似た演出があった。

 似ているが、しかし違う。

 筋張ってはいるが、どことなく丸く柔らかな体つき。指先のその先までも神経を行き届けさせている、しなやかな仕草。

 薄布の向こうには、悲しみにくれる非力な女性が居る。


「早変わり……それにしても、いつの間にシルヴィーとマイヨールはすり替わったというの?」


 疑問の形で口にしたが、クレールは大凡理解していた。

 三幕が終わってから今までの間に、マイヨールは衣裳を若き日の初代皇帝のそれに替え、回り舞台の裏側に潜む。

 無力を嘆く若者の独演ソロが始まってすぐ、柱を模した細い布の後ろへ入ったシルヴィーは、観客の視線の陰を利用して舞台裏か舞台袖へ消え、入れ替わりにマイヨールが踊り出る。

 彼が黒布で顔を隠し、怒りと悲しみを爆発させながら激しく踊る、その僅かな時間に衣裳を替えたシルヴィーが、今、カーテンの裏で舞っている。


「まるで手際の良い手爪(てづま)のよう」


 クレールは嘆息した。


「早変わりやら入れ替わりやら凝った仕掛け舞台が得意な連中は、大概はそこを誇張した外連味が売りの派手な興行をブつもンだが、あの阿呆は何を思ったか、手前ぇらの技量をひた隠しに隠して『普通の芝居』に見せかけてやがる。

 何とも厭味(いやみ)じゃないか。チビ助め、そうとう後ろ頭が出っ張ってるな」


 後頭部の骨に極端な突出があることを叛骨(はんこつ)と言う。人相学によれば、こういった相の人物は生まれながらに反体制的・レジスタンス的気質を持つのだという。


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