偏った知識
彼は、亜麻布の手触りで産地を容易に言い当てることができるが、その糸が青く可憐な花を咲かせる亜麻の茎から紡がれるのだということを知らない。それでいて、亜麻畑の労働者達がどの様な労働歌を歌っているのかは熟知している。
あるいは、微妙に色合いの違う顔料がそれぞれどこから産する鉱石を砕いた物なのかを見分ける眼力があるがず、全く画風が違う絵の描き手の区別をつけられない。
ブライトは、知識の厚みが片寄っている。
焼き損ないの薄焼きパンさながらに、不必要に分厚く、それでいて所々薄く、酷いところは穴が空いている。
実をいうと、クレールは彼の知識の「穴」を見つけることが好きであった。
ブライト・ソードマンは、恐ろしく腕が立って、恐ろしく頭の回る男だ。
彼が外道共を文字通りに粉砕するさまを見せつけられれば、人間離れしているという言葉が比喩とは思えなくなる。
彼を心から信頼しているクレールも、時折恐ろしく思うことがある。……それは、自分自身の内側から湧いてくる力にも感じる、得体の知れない恐怖でもあった。
その恐ろしい男が時折間の抜けたことをするのを見ると、彼が普通の人間であると、ひいては自分自身も紛れもない人間であると確信でき、安堵できる。
粗探しの趣味の悪さを恥じつつも、クレールは期待し、同時に不安に苛まれている。
「精通なんて大仰なモンじゃねぇだろうに。
この国の人間をやっているヤツなら大概あのつまらない音楽が脳味噌にこびり付いてる」
ブライトは呆れ声で呟いた。知らない方が可笑しいと、暗に言っている。
「仰る通りです……一音たがわず楽譜の通りだと断じられるほど理解しているかどうかは別として」
「突っかかりやがるな」
クレールの眉間に浅い縦皺を見つけたブライトは、腰袋を指し示した。
「こいつが何か悪さをしてるかね?」
指先にあるのは袋そのものではない。その中の赤い死人の魂のかけらこそが、彼の言う「こいつ」である。
ブライトは相棒の不機嫌の原因に自分が含まれていようとは、つゆほどにも考えていない。もっとも、彼の言動自体が彼女に不審を与えているわけではないのだから、考えが及ばないのは当然のことだろう。
故に彼は、腰袋の中にしまい込んだ「物」が彼女に何かしらの影響を与え続けているのではないかと考えるに至った。
クレールは首を横に振った。ブライトにはその動作が緩慢に過ぎるように見えた。
お陰で考えは確信に変わった。彼は袋に手を突っ込んだ。
「お前さんがなんと言おうと、今朝からこいつの存在がお前さんの気を散らしているのに間違いはねぇ。押さえ込んでおいてやる」
ブライトは小銭や火打石、そのほかの我楽多の中から、小さな蝋の塊を探り出し、握る。