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ゲネプロ開幕

 水を打った静けさの中、楽団溜まり(オーケストラピット)と客席を隔てる薄い板の縁を指棒が叩く硬い音が響く。

 一瞬の静寂の後、序曲が始まった。

 (どん)(ちょう)がゆらりと動く。

 上手の舞台端でローブを纏った人物が一人、幕の間から首を突き出していた。目深にかぶったフードの下から、低い声がする。


「時は(いにしえ)。知るすべ無き昔。世界を巡るは一陣の風」


 閉ざされた幕の前、細く狭い空間を、その人物はふわりと駆け抜けた。

 右から左へ、幕が波を打って揺れる。

 語り部の姿が下手に消えるのを合図に、(どん)(ちょう)(まく)はゆっくりと上がり始めた。

 薄寒い空間があった。婦人の部屋だった。暗く、人気がない。壁も丁度もみなゆらゆらと揺らめいていた。(くろ)()が道具幕を不規則に揺っている。


 舞台下から木材の(きし)む音が響いた。

 奈落の底から、丸い床が回りながらせり上がってくる。上に、白い影が乗っていた。

 白い薄衣が細長い何かを覆っている。

 透けて見えるシルエットは、うつ伏して倒れ込んでいる人間。繭にこもった蛹のようだった。ぴくりとも動かない。

 白い人物を乗せた丸い床は舞台の高さを超えてなお、せり上がり続けた。

 上手から立派な軍装を纏った踊り子のたちが、下手からは貧相な装備の踊り子たちが、それぞれ飛び跳ねつつ現れた。上昇を続ける回り舞台の前で出会った二つの集団は、入り乱れ、争うように舞った。


 戦が起きている。結果は見るまでもない。


 下手の集団はあっという間に押し戻されてゆく。彼女らは隊を乱し、てんでに逃走する格好で舞台袖に消えた。

 上手からの集団は傲慢(ごうまん)にすら見えるほど力強い舞で(かちどき)を表現すると、なおも勝利を求めて敗者を追走し、やはり下手に向かって走り去った。


 集団が去ったとき、舞台のせり上がりは止まっていた。


 壇上の人物が、ゆっくりと身を起こす。薄衣を頭からかぶったまま、赤子のように這い歩くと、回り舞台の縁から身を乗り出して舞台の上を覗き込んだ。

 悲しげな音楽が鳴り、下手から別の踊り手達が音もなく現れた。

 彼女らは皆真っ白な裾長の衣裳ロマンティック・チュチュを着、顔を青白いドーランで塗りつぶしている。

 衣裳とメイク、そしてアンバランスなポーズを強いる静かな振り付けが、彼女たちが人でないものを演じていることを表していた。

 幽鬼達の列は回り舞台の足下を囲み、舞う。

 白い顔で舞台を仰ぎ、白い腕を壇上の人に向けて力なく伸ばす。


 回り舞台の影から古いローブを着た人物が現れた。踊り手達の間を縫って舞台の上を駆ける。

 風が吹いている。生暖かい、不穏な風だ。

 音楽が音量を上げた。低く不快な響きが舞台を包む。

 白い集団演舞(コールドバレエ)の動きが激しさをが増した。それに誘われ、回り舞台の上の人影が立ち上がる。

 薄布を被った人物の真後ろで、照明が輝いた。細いシルエットが浮かび上がる。

 影の腕が突き出され、己の頭上を覆う薄衣を掴んだ。打楽器出す破壊音と同時に、その人物は自らを覆い隠していた布きれをはぎ取り、足下遙かな舞台上に投げ捨てた。


 男の身なりをした踊り子が、高みから下界を睥睨へいげいする。

 再び打楽器が大音響を発する。

 細身の男が、せり上がりの上から飛んだ。

 そう、飛んだのだ。飛び降りたというのではなく、鳥がするように、大きく腕を広げて飛び立ったのだ。

 瞬間、照明が消え、黒幕が風を巻いて閉じられた。

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