名前の由来
この言い訳によってブライトの表情が変化することはなかったが、同様にクレールの顔から疑問の色が消えることもなかった。
マイヨールは言葉を続ける。
「聞いた話ですがね。ブライトってのは、海を渡った先にあるっていう……たしかユミルとかいう土地の方の土着の言葉に由来するってぇ単語じゃないですか。
ユミルの島の中やら、行き来のある港のあたりじゃぁ、いくらかは名字に使っている家もあるって話ですが、私らなんかは聞き慣れない単語ですからね。
でね、最初は聞き間違いかと思ったわけですよ。
だってそうでしょう? 旦那のお名前は、確か『明るい』とか『輝いてる』とか『冴えている』とか、つまり『ピカッとした光』みたいな、まあそんな意味合いの言葉なんだから。
つまり、主家のご家名の『クレール』と言うのと――これは昔ながらの古い言葉で、元は『光』『輝き』って意味だったわけですが――それとほとんど同じ意味だ。
……若様の方のは、もっと透明な『キラキラっとした光』って感じですから、ちょいと語感が違いますが、まあほとんど一緒の意味なわけすよ――」
長々しゃべりながら、マイヨールはブライトの顔色をうかがっていた。
ブライトは、唇を引き結んでいた。沈黙がマイヨールにプレッシャーを与えている。
マイヤー・マイヨールの脇にねっとりとした汗がにじみ出た。
ブライトの不機嫌の切っ掛けがどこにあるのか、マイヨールにはさっぱり解らない。
何を言っても、またあの腕が目に止まらぬ早さで自分の胸ぐらを掴むかもしれないことに恐々としつつも、しかしその不安を表に出さぬよう喋り続けた。
「つまるところ、旦那は、自分の主家の名字と同じ意味の単語を名前として使ってる。
出来過ぎ……いやいや、ぴったりすぎて吃驚して、耳を疑っている、という按配です」
長台詞は最後まで中断されなかった。
マイヨールの恐怖は、しかし晴れない。
ブライトが無言のまま彼を見据えている。
ブライトの名が、クレールの名と同意であることは、偶然ではない。
ブライト・ソードマンの名は、「物忘れの病」で己の実の名を思い出せぬ彼が、必要に(つまりクレールに)迫られたために己で付けた「符牒」だ。クレールという言葉からの連想が含まれたことは、多分に意識的ではある。
クレールは今自身が名乗っている「エル=クレール・ノアール」という名が「本名を少し捻っただけの『仮』のもの」であるのと同様に、彼の名前が「本物」でないことを理解している。彼は彼女に偽名を名乗るように忠言したその場所で、自分への命名を行ったのだ。
ただ、それに自分の名が重ねられていようとは思いもしないことだった。
故に聞いた。
「そういう意味なのですか?」
「そういう意味なのですよ」
ブライトは鸚鵡返しに答え、薄く微笑した。
小さな笑みは、相合い傘の落とし文を見つけられた少年の照れ隠しに似ていた。
会話とも言えぬ短いやりとりは、当事者以外には内容の理解ができぬ物だ。
「つまり、どういう意味で?」
マイヨールが恐る恐る声を出すと、ブライトの微笑に違う色が混じった。
「偶然も必然の内ってことさ」
言葉と表情に反論を許さぬ圧力がある。