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それは誰の魂であるのか

 厄介なのは【アーム】の「意思」が偏執的(へんしゅうてき)であることだ。

 死せる魂は彼らが「死ぬ」直前の心残り()()を内に抱いて凝華(ぎょうか)している。それ以外の感情はすべて消え去っている。


 クレール姫の父親は、たった独り残さねばならない愛娘の身を案じていた。【正義(ラ・ジュスティス)】と呼ばれるようになった今でも、彼は娘の身を案じ続けている。

 今の彼には只その一点しかなく、それ以外の感情も理性もありはしない。

 すなわち、彼にとっては己がこそが唯一娘の守人であり、それ以外の存在は、誰であろうとも総て排除すべきものなのだ。


 凝り固まった「意志」に、娘の呼びかけは届かない。

 たとえクレールが信頼を寄せる人物であっても、あるいは彼女が全く感心を持っていなくても、【正義(ラ・ジュスティス)】の刃はその相手に激しい攻撃を加えてしまう。

 その攻撃をよく喰らうのが、ブライト・ソードマンであった。

 ちょっとした拍子に(あるいは、ちょっとした拍子を装って意識的に)彼女の腰のあたりに手を触れたとしよう。そこに【正義(ラ・ジュスティス)】の力が封じられている場所に、である。


 途端、バチリと火花が発する。さながら絹地とウール地を擦り合わせたかのような瞬間的な痛みが、ブライトの側にのみ走る。

 爪が割れ、皮膚にやけどの跡が残ることもある。


 蜜蝋の中に埋もれている【アーム】の欠片について、ブライトが「【正義(ラ・ジュスティス)】ほどではない」と前置きしつつも「攻撃的」と言うからには、何かしらの刺激があるのだろう、とクレールは想像した。


 その想像は当たっていた。

 ブライトの指先は、ごく僅かな痛みを感じている。

 小さな欠片にも、他者に対して牙を剥かねばならない「意志」があるのだ。

 その「意志」が何を訴えているのか、ブライトはおぼろげに察していた。

 それはあまり認めたくない「理由」ではあった。

 試みに、心の奥で拳の中の小さな欠片に問いかけた。


『俺が末生り瓢箪の野郎ヨルムンガント=フレキを嫌っているってのが、気に入らンかね?』


 小さな切っ先は、彼の指を刺し貫かんとしているらしい。

 皮膚が裂けることも血がにじむこともない小さな痛みは、しかし明確な返答だった。


『ウチの姫様クレールにちょっかいを出した上に、俺が野郎を嫌うのが気に喰わねぇと抜かしやがる。しかも野郎の書いた物の封緘にめり込んでたと来たら……』


 小さな【アーム】の欠片が、生前は皇弟と深い縁を持っていた人物であることは間違いない。


『それどころか、野郎本人の可能性がある』


 ヨルムンガント=フレキ・ギュネイが死んだという報は世間にもたらされていない。


 今上皇帝フェンリル・ギュネイには正室も嗣子もいない。今上帝からすれば、腹違いながらすぐ下の弟である彼は、皇太子に準ずる存在である。

 そんな重要皇族が万一にも(こう)じたというのなら、大葬が執り行われてしかるべきだ。

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