赫い石
「こいつは誰かの魂の『断片』だ。
この世に未練を残して死んだ、愚かな、弱い人間の無念が凝り固まってこの世に残っちまった代物だよ。
あわよくば生きた人間の体を乗っ取って、言いように操ろうって魂胆の塊さ。
なにこれ自体にゃお前さんに悪さをするほどの力はねぇよ。悪夢を見せるが精々ってところだろうよ実害は……ちぃとばかりあったが……ま、その程度だ」
彼は、彼が言うところの「魂の断片」を硬く握った拳を、クレールの前に示した。
黒い爪の幻視も、まとわりつくような体感幻覚も消え失せていた。
彼女にそれを感じさせていたある種の波動じみたものが、ブライトの肉体に阻まれ、封じ込められているのやも知れない。
「あなたに対しては?」
薄気味の悪い「感触」が、彼に悪影響を与えてはいないのか、クレールは疑問にも思ったし、案じもした。
「どうやら俺は、死んだ野郎どもには嫌われる体質らしい。連中は俺に対してすこぶる攻撃的だ。
おまえさんの死んだ父親も、似たような塊になって時々俺を殴りに来る」
廃帝ジオ三世は、幼い娘を残して死なねばならない無念に凝り固まって死んだ。
死ぬ直前に抱いた、
『娘を守りたい』
という執念とも怨念ともとれる感情が、彼の肉体と魂を「人ならぬ物質」に変えた。
肉体は形を失い、怨念は赤い石となってこの世に残った。
かつて父親であった石を、いまは娘が持っている。
父親は娘を守るために、娘に敵対しうる者すべてに対して悪意を向ける。
それが真実敵であるのか、あるいは味方であるのか、その区別は心を失った彼にはつかない。
ただひたすらに、娘を誰の手にも渡すまいとしている。
父親の悪意は娘の手の中に赤い剣の形で顕現する。
クレールはその武器を【正義】と呼んでいる。
ブライトは拳を一層強く握った。
クレールの顔に不安が広がった。彼の拳に指先を添えた。
かすかに震える手を、ブライトのもう片方の掌が覆った。
「まあ、この位の大きさじゃあ、敵意ったって微々たるものさ。お前さんの『父親』の比じゃねぇよ」
反射的に、クレールは己の左の腰骨の上へ左の手を乗せた。
飲み込まれればその「力」に操られ、受け入れれば「力」を操ることが適う、赤い刃がそこに眠っている。
ブライト・ソードマンもまた、同様の「武器」を持っている。
両の掌の中、黒い革手袋の下に刻み込まれたそれを、彼は【恋人達】と呼んでいる。
クレールの【正義】は、彼女の実父、すなわちミッド大公ジオ=エル・ハーンの無念の結晶である。
ブライトが持つ【恋人達】は、彼の「友人」であったミハエルとガブリエラという男女が変じたものであるという。
この世に未練を残し、死しても死にきれぬ者の魂が変じた結晶……【アーム】などと呼ばれる物体は、ある種の意思を持っていると見える。
その意思に沿わぬ者、あるいは理解せぬ者は、【アーム】の力を解放することも、使いこなすこともできぬ。