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脅しという名目の暴力

 羊皮紙を受け取ったクレールの、


「……解っています。内容の確認は私がいたしましょう。皇弟殿下にゆかりのあるものを、あなたに任せるなんて、とんでもない」


 という言葉に、マイヨールは尖ったものを感じた。

 彼はそのトゲを「高慢な家臣に対する少しばかりの厭味」と受け取った。ブライトが薄く笑ったものだから、余計にそう信じ込んだ。

 マイヨールは少しばかり腹を立てた。

 大体、こういう面倒な仕事というヤツは、家臣がやってのけたものを主君の「功績」にするというのが、当たり前のことだろう。

 主が年若い場合は、ことさらだ。

 クレールがため息をついている。


『こんなに美しい方を悩ませるなんて、とんでもない』


 意見をしてやらないといけない。


「ご主人さまに厄介ごと押しつけるなんて、旦那は本当に本当に本当に非道い人だ」


 マイヨールはブライトの広い胸板の真ん中あたりへ拳を一発打ち付けた。

 無論、本気の一撃ではない。本気で殴り付けるほどの立腹ではないのだ。

 本気で殴ったところで、痛むのは自分の拳の方だということは解っている。

 初手から力を込める気などなかった。

 仲の良い友人のちょっとした悪意に対して、軽い突っ込みを入れてやろうと言うだけのことだ。

 この世慣れした剣士には、そういう冗談が通じる。他愛のないじゃれ合いで、双方苦笑いして終わる……。


 ところが。


 気がつくとマイヨールは地べたに這い蹲っていた。

 背中側にねじ上げらた右腕からは、骨が軋む音が聞こえる。


「冗談は(つら)だけにしやがれ」


 低い声が彼の頭上から振り、背中に重い衝撃が落ちてきた。

 マイヨールは沼の魚が(あえ)ぐように、口をぱくぱくさせた。

 呼吸(いき)ができない。

 目玉を動かして周囲を見回す。

 クレールの足先が見えた。

 視線を持ち上げる。

 白い顔に困惑が満ちていた。

 眼差しの先を追う。

 ブライト・ソードマンがこめかみに青い血管を浮き立たせ、憤怒と苦悶の表情を浮かべている。


「旦那……」


 漸く声を絞り出したが、後が続かない。唇を動かして、


『ご勘弁を』


 音の出ない一言を形作るが精一杯だった。

 途端、マイヨールの右腕の戒めが解かれ、背中を押さえつけていた「重さ」が無くなった。

 一気に新鮮な空気が配布に流れ込み、その急激さ故に、むしろ彼の呼吸は激しく乱れた。

 唾を吐き出しながら咳き込んだ彼は、それを押さえ込みつつ徐々に呼吸を整え、体を起こして顔を上げた。

 ブライトが不機嫌顔でまた右手を突き出している。


「貴様が書いた方」


 原本との突き合わせをするために台本を寄越せ、と言っているのだ。


「紙に書いた分は、ここにゃありません」


 マイヨールは地面に胡座(あぐら)を掻いた。肩口をなでさすり、情けなくも力ない声で言う。

「座長がお役人の所に出しに行ったきりで」


「台本というのは、役者の人数分作る物ではないのですか?」


 訊ねたのはクレールだった。


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