真筆判定
羊皮紙の束を受け取ったクレールはその表面に目を落とした。
古い写本の表面を削り、なめし直したものだった。
大きさが不揃いで、肌触りが少しずつ違っている。色目も違う。なめし具合も一定でない。材料となった動物の種類も、毛玉牛であったり、毛長山羊であったりと、統一されていない。
一冊の書物をばらしたものではないことは明らかだった。おそらくは、新しい書き手が入手した時には、すでに本の体裁を保っていない、数冊の書物の残骸だったのだろう。
それを「保存の必要がある書き付け」として再利用したものであるらしい。
『長期に保存するつもりがなければ、羊皮紙ではなく紙を使うはず』
クレールは刻まれた鵞ペンの跡を目で追った。
マイヨールが言ったとおり、文章の断片や単語、数字などが、走り書きにされている。
その筆跡は彼女が見知った「クレール姫宛の手紙」に書かれた文字とは違っていた。
思慮深いガップ公は、幼い姪が読む分については、ことさら丁寧に、一文字ずつ書き付けたものだ。普段の筆跡とは違って当然だ。
しかし、父の手文庫の中にそっと仕舞われていた私信の中には、急ぎ書き送ったものも含まれていた。
強い筆圧で、且つ素早く書かれた筆記体の手紙は、幼子宛の大きな文字とは印象が違い、いたずらな姫君は大いに驚いたものだった。
「おそらく皇弟殿下のお筆跡でしょう。
殿下は急いで文字を書かれたときには書き進むにつれて右上がりになる癖と、縦の線を極端に短く書かれる癖がおありでしたから……ああ、ちょうどここや、それからこのあたりの文字が良く特徴が出ていてわかりやすい……」
彼女は羊皮紙の何カ所かを指で指し示した。マイヨールは細い指先をじっと覗き込んで
「いやあ、若様がフレキ殿下と文を交わす仲であったとは」
少々的外れなことを言いつつ、盛んに頷いて見せる。
一方ブライトはそっぽを向いたまま、
「ふん……」
少々不機嫌に鼻を鳴らし、クレールの手から皮紙の束を乱暴に取り上げた。
マイヨールは当然それが自分の所に戻ってくるものと思い、両の手をブライトの前に差し出した。が、予想は外れた。
ブライトはそれを己の両手でしっかりと掴んだのだ。それでいて、汚らしいものを眺めるように眉間にしわを寄ている。
黄檗色の目玉は、「特徴が出ている」という箇所を睨み付けていた。
ややあって、彼は小さく舌打ちすると、皮の束をクレールの手の中に押し戻した。
あっけにとられるマイヨールに対して、彼は
「字は殿様のものだってのは間違いなさそうだ。ただし、中身をよぉく読んで見ねぇことには、あんたの芝居が殿様の原作にどの程度忠実かが解らんよ」
「旦那は本当に本当に非道い人ですよ」
マイヨールはあきらめの口調で吐き出した。正論に対する仕方なしの承知を意味するうなずきは、落胆の項垂れにも似た力ないものだった。